オンリー・ロンリー 作:完凸したいマン
人より秀でた物があるとして、それを伸ばすには何をすれば良いか俺は知らなかった。そんな才能があるとも思っていなかった。
誰かの忘形見を振るい続ける中で漸く気付いた。俺にとってそれは戦いで、それは戦うことで伸びていくのだと。
気付いた頃には結構な歳だったが、身体はまだ若人の様に動く。物忘れは激しいが、誰が敵か、何が障害かを見誤る程耄碌はしちゃいない。
すっ飛んでいく鏃の様に、獲物を見据えただ只管に狩る。
それが俺の中で芽生えた人生の使い道だった。
ダイヤモンドは砕けても尚輝く、そう示さなければならない。
今日も今日とて俺はホロウに潜る。誰に言われるでもなく、誰に認められるでもなく。
「……おじ様! ねぇおじ様ったら!」
「ん……なんだ?」
俺は雑然とした事務所のソファーで目を覚ました。眼前には視界一杯に彼女の顔が広がる。
「もう昼飯の時間か?」
「おじ様、今日は仕事って言ってたじゃないの!」
桃色の髪をツインテールにした彼女の名はニコ・デマラ。勝ち気な性格と確かな実力で会社を回す敏腕社長、と言いたい所だが、金遣いが荒過ぎる。金を貯めるという概念が欠如しているとも言えるか。
「そんな時間だったか。ちょっくら行ってくる」
どっこいしょ、とソファーを降り、壁のラックに掛けた2つの武器を取り、装備する。言っても武器と弾薬だけだがな。
「ニコの嬢ちゃん達は別の仕事か?」
「……アタシ達には来てないのよ。おじ様は『邪兎屋』の正社員じゃないし、フットワークが軽いから指名が多いの。その分、依頼の質はピンキリだけど」
「良くも悪くも名が通ってるな。まあ、見合いの依頼はいつか来るだろうさ。それまでは恩を返させてもらおうかね。だから別にその事で気を病まなくていい」
「〜〜っ、おじ様ぁ!」
感極まった彼女の抱擁をひらりとかわし、俺は外に出る。新エリー都の朝方の風が冷たく肌に突き刺さる。
俺はこの新エリー都の生まれじゃない。
この街に俺の戸籍は無かった。俺の身の上を証明する物は、俺が彼女に拾われた時に持っていた『ジョン』と掠れた文字で刻まれたドッグタグと装備品だけ。それ以前の記憶は無い。
「さて」
朝焼けに迎えられながら、俺は彼方に聳える黒い山へ向かう。空へ向かって弧を描く日の出の様な半円の黒いシルエット、あれがホロウだ。
電波が通じず、道理も通じない。人を拒みながらも、人を逃がさない。そんな魔境でありながらもそこにはエーテルという新時代のエネルギーが眠っている。そのエネルギーにより昨今の人類は繁栄を享受して来た。同等の破滅を経験したともいうが。
今日も今日とて俺はホロウに潜る。名前以外何も分からなかった俺を拾った彼女達の為に。そして、俺自身の過去を知る為に。
「行ってらっしゃい、おじ様!」
「ああ、行ってくる」
「ンナンナ(案内します)」
ボンプ。短い手足の付いた楕円にウサギの耳が生えた様な知能構造体。俺の膝ほどの背丈をしたそれが手招いて道の先を行く。
いつ見ても気の抜ける光景だが、ホロウに潜った時の命綱の一つはアレに握られているのだから笑えない。
時空の歪みが生ずるホロウの内部において、視覚情報は疑って掛かるべきものの一つだ。
壁と目が認識してもそこに本当に壁があるかは分からない、道と目が認識してもそこに道があるかは分からない。下手なマジシャンよりも遥かに巧妙にホロウは侵入者……ホロウレイダーを騙くらかす。
そうした環境下では予め道を知らなければ行動は出来ない。つまり地図が必要である、地図のデータは『キャロット』と呼ばれ、ホロウを捜索する際に欠かせない代物となっている。キャロットはボンプなどにインストールされ、ナビ役として案内するのに使われる。
勿論、俺の手元にもそうしたデータはあるが、突発的な戦闘などで方向感覚を失う事も考えられる以上、ナビに専念出来る存在は重要だ。迷わぬ先の杖ってな……ん? なんか違うな。
「ワタンナ、ンナンナ(この先を行けば、すぐに目的地です)」
「そうかい、案内ご苦労さん」
そう報告したボンプの頭を撫で、先へ進めば一台の機械がそこには聳え立っていた。あれは周囲の環境をスキャニングしデータ化する機械。ホロウ内の構造を調査出来る為、キャロット作りには欠かせないらしい。
今回の仕事は、あの機械を起動しスキャニングが完了するまで守る事だ。
俺は右手に長く厚みのある片刃剣を、左手に自動対物ピストルを握る。
そして、俺は機械を起動した。同時に俺のフードが上昇したエーテル濃度に反応し、変形してフルフェイスのヘルメットとなる。視界がディジタルに置き換わる感覚は、いつも慣れない。
『守る』って話だが、ここホロウは単なるトラップハウスなだけじゃない、モンスターハウスでもある。
「ンナワタ、ンナナ! (エーテリアス、接近!)」
機械の放つ爆音に寄せられて、周囲からゾロゾロと蛍光色と黒曜石の化け物みたいな連中が集まってくる。
奴らはエーテリアス、虚の住人だ。無機質な身体で、一切の感情なく侵入者を抹殺しようとするモンスター。
人型、四足獣、機械。取る形は様々でキリがない。ただ殺意は一様に同じ、つまり軒並み敵だ。
──両手を刃の形にしたエーテリアスが数匹、俺の背後に飛びかかって来る。
「そらぁっ!」
俺は床に垂らした剣を振り上げ、勢いのまま飛び掛かる奴らへ叩き付ける。十二分の遠心力を込めた肉厚の鉄塊は切らずとも相手を砕き引き裂ける。泣き別れした上半身と下半身は地面に打ち付けられ、氷の様に砕け散る。
振り抜いた剣はそのまま、更に近付く他の連中をピストルで撃ち抜いていく。
「動くなよ」
俺も歳なもので、ピストルの反動が腕に響いて仕方ない。剣を振り回すのも億劫になる。椎間板が消耗品の様にすり減っていく幻覚が見える。
だから最小限だ。疲れない様に余分に走ることはない。空振りも無駄撃ちも意味なくするべきではない。枯れ木を扱う様に、慎重に身体を振るうことしか今の俺には出来ない。記憶の無い俺は、この身体がどこまで力を出せるのかを知らない。
身体は限界を覚えているだろうが、何も知らない頭は少し力を出すにも常にセーフティを掛けるから仕方ない。
雑兵紛いのエーテリアスは軽く始末し、危機らしい危機は訪れず順調にスキャニングは進んでいく。
今日もこれで終わりか、そう考えていた時、近くに居たボンプが急に騒ぎ出す。耳に流れ込んだ情報は切羽詰まったものだ。
「ワタンナナ?! ンナ! ンナ! (大規模な時空の裂け目!? 警戒! 警戒!)」
言われなくても分かった。目の前が陽炎めいて歪み、微かな風を感じたからだ。今に開こうとする裂け目の正面から飛び退き、俺は身を屈める。
すると風は雨を伴い開かれた裂け目から更に吹き出す。
まるで映画で降らす人工雨の様に、スキャニングを続ける機械を打ち付ける雨。それだけで終わればどれだけマシかと思うが、どうにもそんな気は全くしない。寧ろ災いの前兆の様に思えた。
「何だってんだ、今日は厄日か?」
まだ余裕はあるが、あの裂け目から何が出るか、それによって話は変わってくる。浅学の身では裂け目を閉じる方法なんぞ知る由もなく、ただ来る脅威に身構える他無い。
それは不意に現れた。
「わわわ〜っ?!」
裂け目から1人の女が飛び出した。両手に握った機械から火を噴き上げながら、まるで炎の弾丸の様に。そいつは近くにあった瓦礫の山に突っ込んだ。
「……な、なんだぁ?」
火だるまになったにしては呑気な声だった。が、一応確認は必要だ。
瓦礫の山に近付いて、トリガーガードに指を掛けながらも彼女の方へ呼びかける。
「おい、大丈夫か?」
「うぅ〜ん、クラクラする〜」
彼女の姿はここじゃ見ない出立ちだった。
当人だけで言えば金髪の美女って所だが、赤と黒と金のパンクなファッションは都会ではなく郊外のそれだ。これだけならただの郊外被れかも知れないが、彼女の背中に背負われた機械から伸びるノズルの先から立ち昇る臭いは化石燃料を燃焼させた時の独特な臭いがする。エーテル物質を燃焼させてもこの臭いがする事はそうそうない。
「大丈夫そう、か?」
1人で立ち上がった彼女は、おぼつかない足で歩こうとしていたが、ぶるると頭を振り、短いツインテールを揺らす。
「あれ、あれあれあれ? ここは〜?」
「新エリー都のホロウだ」
「あっ、そうなの!? 嘘……じゃないみたい?」
「初対面の相手に嘘を吐く理由は無いだろう」
「それもそっか!」
あっさり納得するな。そう口元まで出そうになったが、なんとか堪えた。何というか、単純そうでかなり胡乱なタイプと見える。マトモに相手すると馬鹿を見る可能性がある。
と、考えていたその時。彼女がノズルの先から火を放ち自らを包み込んだ。
「おい、何をやって……!」
その言葉を言い切る前に、火のカーテンが途切れ姿を現す彼女。笑顔混じりの表情と先の業火のミスマッチにため息が漏れる。
「雨で冷えちゃったから、あったまりたいなぁって! あ、もしかして君も?」
「いや、遠慮しとくよ。髪と髭が焦げそうだ」
「大丈夫! ウェルダンまでならセーフだよ!」
ウィンクをしながらカシャカシャとノズルから火を蒸す姿はなるほど最高にキマってる。人の道を踏み外す、いや人の道でドラッグレースしてるタイプの人間だ。人類に火を齎した神は今天上で泣いてる事だろうよ。
「確かに食中毒の心配は無いだろうな。だが遠慮しとくよ」
都会にも郊外にもヤバい奴は居る。ただ目の前の女は輪をかけてヤバい雰囲気が漂っている?
「え〜、あったかくて気持ちいいのに。一緒に気持ちよくなろうよ!」
「如何わしい発言はやめてくれ。治安官が見てたら俺が捕まる」
「そうなったら皆であったまろうね!」
駄目だコイツ、話が通じない。いや、通じた上であらぬ方向へかっ飛ばすせいで収集がつかない。こっちが主導権を握らなければ一生ゴールが見えなくなる。そんな危機感が俺を突き動かした。
「……そもそも、嬢ちゃんは裂け目の向こうで何してたんだ?」
「あっ、そうだ! 私、ニトロフューエルを買いに来たらホロウに飲み込まれて、一緒に巻き込まれた私のバイクを探してたの!」
「なるほどな」
俺がホロウに居た間にどこかでホロウ災害が発生し、それに彼女は巻き込まれた訳だ。よくある話ではあるな、大抵の場合、そいつは死人かエーテリアスになるのがオチだが。
と言うより、真っ先にそれを言うべきだろうに。まあ気が動転していたって事もあるかも知れないがな。
「どうしよ! 裂け目閉じちゃってる!?」
「諦める、って選択肢もあるが」
「走り屋にとってバイクは命の次に大事なんだ! ってシーザーが言ってたよ?」
「登場人物が増えたな。それは後で聞くとして、やっぱり嬢ちゃんは郊外から来たんだな?」
そう聞くと彼女はこくこくと激しく頷いた。彼女が出て来た裂け目は既に閉じ切っている。どこのホロウに入ったのか分からなければお手上げだ。
ならば諦めて別のバイクを買った方が建設的、と言うのは些か冷血か。長く使えば己の半身となる物も存在するだろう。易々と切り捨てられるならば愛着なんて言葉はこの世に存在しない。
「ンナワタンナ(スキャニング完了しました)」
「取り敢えず、ホロウを出よう。ここは話し合いには不向きだ」
「うん!」
そうして俺達は、ホロウを後にした。
ホロウを抜けた後は依頼者に報告をして、俺はバーニスを連れて邪兎屋へ向かう。
「──俺の名前はジョンだ」
「私の名前はバーニスだよ」
「ああ、よろしくなバーニスの嬢ちゃん」
困ってる人がいれば助ける。どうも俺にはその考えが染み付いているらしい。自然と俺は彼女の手助けをしようと動いていた。
「都会にも親切な人がいるんだね〜」
「別に親切心だけじゃないぞ。新規顧客の開拓だ」
「わぁ、仕事熱心。そんな頑張り屋さんには私のニトロフューエルあげちゃう!」
「ありがとう、貰っておこう」
それでいて、俺は感じていた。
足音立てて迫る、トラブルの気配を。