夏の東京都心、本日午後一時。
私ことアーサー・ペンドラゴン(偽)は、なにをするでもなく陸橋の手すりへだらんと身を預けていた。
「暑い……お腹空いた……」
その姿は家出したヤンキー高校生そのもの。
顔の良さを全面に押し出せば「不良少年メインなドラマの俳優ロケシーン」くらいまでは押し上げられるか。
ジージーと鳴く夏の風物詩が容赦なく体力を奪う。
私は手すりに寄りかかって恨めしげに空を見上げた。
「やっぱり『
サウナの如き湿度がアスファルトに当たって吹き上がる。
さて、ことの経緯を説明しよう。
おおよそ3日前のことだ。
私は気が付いたらFate名物イケメン騎士、プーサーとして現代東京のど真中、ひいてはその地下に何故か開いていたアヴァロンに放り出されていた。
Fate原点、旧FateことFate/Prototypeに登場する人物にして、伝説に謳われた騎士王アーサー・ペンドラゴン。
おそらくはその生前の姿にぶち込まれる形で、私は現在ここに存在している。
すなわちただ呼吸にて無尽蔵の魔力を生む「竜の炉心」を宿した怪物。
人の形をした赤き竜、神秘の終焉に立った最果ての王そのものということ。
星の息吹そのものである聖剣を携え、白き巨人セファールすらも討ち滅ぼしうるスペックすべてが私の掌の上にある。
単なる一般人には過積載と言わざるを得ない。
正直言って困るし、その気になれば東京を灰燼に帰すことのできる火力とか普通に生きていて使うシーンなど無い。
というより、そんなモンより身分証明の方が大切なのが現代文明社会ってやつなので。
「くっそ、金なし宿なし身分証なしの現代日本生活とか厳しいに決まってるよね! は、ははは、霊基の知識があるぶん古代ブリテンの方が生活しやすかったまであるぞ……!」
頭を抱え、何度目になるかも分からないため息を一つ。
初日はおおよそスペックの確認とキャンプ地の確保。二日目からは現状把握。
そうやってひとまずの情報収集に勤しんでからの今現在だ。
右も左もわからない状態からなんとかここが2000年台の日本であること、自身がなぜか古代のブリテン王そのものとして放り出されているという事実を理解した。
イケメンになれたぞ!などと無邪気に喜んでいた時期が私にもありました。
そうとも。今の私はサーヴァントではなく生身だ。
虚ろな
竜の炉心は遠慮なくひと呼吸ごとに魔力を生み出し、神秘はその一挙手一投足に宿っている。
つまり生きているので食料が必要。
服も用意せねばならぬし、雨風しのぐ屋根も必要。
眠くなれば寝床に入り、身を清める水場もあったほうがいいだろう。
それすなわち、サーヴァントならなんの心配も無い衣食住全てを自分で確保せねばならないということだ。
振り返って今現在。
住所不定、無職の不法滞在外国人労働者アーサー・ペンドラゴン(35)が爆誕したのである。
円卓なんて号泣必至の大惨事だ。私も泣きたい。
既に騎士甲冑は脱いでジーンズにTシャツ姿だ。
使い古しの所々擦り切れたジーンズと若干黄ばんだよれよれTシャツの合わせ技。
その姿は熟練の浮浪者さながら。
実はこの服も人目から逃れながらこっそりゴミ捨て場から漁ってきたものである。
ここに来た当初はFateでお馴染み蒼銀甲冑なフル装備アーサー王だったのでね。
そんな恰好で街中をうろついてみろ。コスプレってレベルじゃねーぞSNSで拡散されるわ!
体に合う服をようやく見つけたはいいが、誰が使ったかもわからん黄ばんだ面白Tシャツを着る羽目になるし。
Tシャツにデカデカとプリントされているのは「粗品」の二文字だ。水引きの模様付き。
これしかサイズが合う服が見つからなかったのだが、何故プーサーにまでなってこんな面白Tシャツ着なきゃならんのだ。
陽光の短髪と甘い顔立ちでなんとか誤魔化されているが、イケメン無罪もそろそろ限界が近づいてきている。
少なくとも、公園の水道で頭を洗う成人男性という絵面は顔の良さ程度では補いきれない。
「あぁぁやっぱりもうアヴァロン点けよう! 熱中症で病院に担ぎ込まれでもしたら全額自己負担で破産する! そもそも無一文だけど!」
ガバッと顔を上げて宝具展開。
またたく間に数百のパーツに分かたれた鞘が不可視の守りとなって周囲を覆う。
瞬間、大気が変貌した。
宝具「
神秘の燐光が僅かに掌へ灯る。
同時に向こう側より漏れだした神代の風、真エーテルが肌を撫ぜた。
アヴァロンの効果で一時的にでも星の内海に繋がった結果だ。
爽やかな常春の温度がやさしく汗まみれの身体を冷やしてくれる。
これこそがアーサー王の宝具。
六次元までの攻撃を遮断する世界最高峰の守護、英雄王ギルガメッシュすら破れぬ星の加護。
「あーーーー…………」
だいたいそんな感じで暑さから逃避した私は、ついに言語を失って呻いた。
陸橋を渡る車はまばらだ。
歩行者はいないため見られる心配もない。
あまりにも悲しい理由で発動された宝具だが、クーラー代わりに冷房を効かせるという役割は十分果たす。
魔力消費のためお腹が減るというデメリットこそあるが、真夏の日本でサバイバルするには意外と便利。
ちょっと聖剣が折れかねない軟弱さだが、霊基も「ブリテンはこんなに熱くない」って言ってるのでセーフセーフ。
敵の不意打ちもこれで防げるわけだし。一石二鳥だ。
そういえば、たしかアーサー王の支配域は元々ウェールズ辺りだったか。
なら平均気温は日本より遥かに低いし、これは仕方なかった必要な犠牲でしたって心の陳宮も言ってる。
しかしそろそろ本当に生活資金を獲得しないとまずい。
この辺りで見かけたアルバイト募集の張り紙は、皆必要事項に履歴書や免許証が必要なものだった。
ただでさえ面は完全に外国人なのだ。
最低限就労ビザが無くてはまっとうな働き口は得られないし、昨今は身分証なしの闇アルバイトの募集すらSNSを通して行われる。
一応顔立ちの良さを考えるに、不法滞在を承知でホストとして雇ってもらえそうでもあるが。
ただしバレれば入国管理法違反で警察が立入調査間違い無し。
そんなの実行すれば秒で聖剣が折れる気しかしないし、あの界隈の闇はただでさえ深すぎる。
下手に手を出して「一軒家の老人からお金を受け取るだけのバイト」とかに当たったら目も当てられない。
………はぁ。
シャクっと黄金の林檎(アヴァロン産)をかじって空腹をしのぐ。
あまり食べるとアヴァロンへ強制帰還してしまう罠果実なので、なるべく控えめな摂取が推奨される。
よもつへぐいの類だと思われるのだが、BOX周回で延々食べ続けていたのが懐かしい。
あのぐらい気軽に食べられる果物が欲しかった
ジージーと蝉が盛り立てる夏のBGMを背景に、私は特大のため息をついた。
ひとまず私の考えるべきは、野生の悪い魔術師に捕獲されてホルマリン漬けされないよう警戒することか。
などとぼんやりアヴァロンの冷風に当たっていたその時。
ふと、鋭いスキール音と喧騒を耳がとらえた。
キキキキキ、ギュギュギュギュギュ、とアスファルトを撃つ摩擦音は自動車やバイクにしてはやけに甲高い。
あれ……こんな街中に暴走族か?と思ったのもつかの間。
年端もいかない少年の声で「逃がすかよ!」との叫び。方向はすぐ右の狭い住宅道路からだ。
瞬間、爆走スケボーが道から吹っ飛んできた。
「ぇええええ!?!?!?」
「っ、しまった!」
そうはならんやろ。なっとるやろがい。
脳内でコントする子女らと宇宙猫。少なくともスケボーの時速は40kmは出ているはず。
すさまじい勢いでドリフトするスケボーに色々常識が覆されそうになりながら、私は回避行動もとらずにまじまじと少年を見た。
宝具「
向こうも一拍遅れてこちらに気がついたらしく、さっと顔色を青ざめさせた。
このまま衝突しては少年もただでは済まない。私はなるべく少年に怪我が無いようキャッチする姿勢をとった。
ぶつかる、と思った瞬間。
恐るべき身のこなしで進行方向を僅かに左へそらし、ほとんど放り出されるように子供は私を躱し切った。
避けることを最優先にして着地は考えていなかったのだろう。
小さな体が陸橋の下、5mの高低差があるアスファルトへと落ちていく。
子供はやべ、という顔をした。
「っ!」
思わず私は動いていた。人々の幻想を受けし英雄、騎士王その人として。
魔力放出で一気に加速し、落下する子供を腕の中へと抱き留める。それと同時に電柱を足場として角度調節。
民家の窓枠をわずかに蹴ってさらに勢いを殺し減速。
最後は雑な五点着地を魔力放出で誤魔化しながら、できる限り子供に負担がかからないようソフトに着陸する。
子供は目をつぶって「うぁ!」と恐怖の声を上げた。
そして恐る恐る目を開き、無傷な己に気づいて呆然と私を見上げる。
パーフェクト。
魔力を用いない常人の着地としてギリギリ誤魔化せる程度の絶技になっていた。
「なんとか受け止められてよかったよ。大丈夫かい、怪我はない?」
「え、あ……うん」
私が気づいていない打撲とかがあってもいけないので、念の為子供に確認する。
こくりと小さく頷く姿を見てほっと一安心。
着地を任されるのはサーヴァントの本懐なのでちょっぴり気合を出してしまったのは内緒だ。
というかスーパーケルト人は何十mという高さから平然と着地できてしまうので、こうした手の込んだ着地に逆に手間取ってしまった。
等と煩悩に浸っていると、ふと子供の反応がやけに鈍いことに気が付いた。
両腕に感じる子供の体温がやけに熱い。
いや、これは。
「……熱があるじゃないか! 道理でフラフラなはずだ。そんな身体であの剣幕……よっぽど急ぐ理由でもあったのかな。けど無理は」
「っそうだ、蘭! ありがとうお兄さん、僕もう行かないと!」
「えっ、あ、ちょっと待って君!?」
はっと思考を取り戻した少年が再び走り出した。
一緒にキャッチしていたスケートボードをたたきつけるように地面へと置き、そのアクセルボタンを足で踏む。
そうかあれ、ボードの前面を踏むことでエンジンが起動するしくみになっているのか。わけが分からんぞ。
どのような体幹なのか、急激に上がった速度を完璧に制御して子供は姿勢を前傾させた。
小さくなっていく後姿をぼんやりと見送る。
………いやCV高山みなみとかマジでキャラ濃いなあの子。
急転直下に過ぎる展開に、私はそんな感想を抱きながら呆然と突っ立っていた。
なんなんだあれ。型月にあんな子いたっけ。未履修作品か?
うんうんと歴代Fateシリーズを脳内で思い返す。
一番可能性が高いのは現代が舞台のStayNight、GrandOrder、月姫、ロードエルメロイ2世の事件簿か。
しかし該当するキャラクターを思い出せない。メルティブラッドは未履修だが、あんな濃ゆいキャラいたら流石にわかるはず。
派生作品のちょい役だろうか。にしては凄まじい逸材感をバシバシ感じたんだが、本気で何者なんだろうかあの子。
爆走スケボー、小学生、高山みなみ。そして「蘭」。
「………あ」
その時ティンと奔った閃きに、私は思わず天を仰いだ。
そんな馬鹿な。じゃあなんで私はアーサー王なんだよ世界観滅茶苦茶じゃねーか!
「嘘だろう……まさかかの探偵モノなのか、本当に? いやいやいや、それじゃあ
どうりで地元のセカンドオーナーたる魔術師がすっ飛んでこないわけだよ!
そんなわけでひとまず、私は急ぎ江戸川コナンらしき人物を追うのであった。
・プーサー主
無人のアヴァロンをキャンプ地としてサバイバルしてた転生者。
竜の炉心を備えたフルスペックアーサー王だが、入国管理局にとっつかまって収容とかは王の尊厳にかけても回避したかった模様。
日本の夏が体に染みる今日この頃。