一方その頃。
アメリカ合衆国、午後10:20。
バージニア州クアンティコにそびえる海軍基地。
FBIの訓練施設としても知られるそこの一角にて、煌々と実験室の光が漏れている。
広大な緑の芝生に夜を反射する美しいガラスの壁面。
入り口中央に掲げられるは星条旗、国の施設たる証だ。
石造りの案内板には「FBI科学技術部・実験室部門(LD:Laboratory Division)」との表記が見える。
そう。
これこそが米国有数の犯罪研究所にして、約500人の研究者から成る正式な学術機関。
通称「FBI研究所」である。
話は3F南端の研究室にて。
いつにないほどの研究者連中のざわめきは、その部屋から響いてきている。
「ジム、そっちの解析は終わったか?」
「おうともよ。予想通りパーフェクトにイカれた結果が出たぜ!」
お世辞にも上品とは言えない言葉だ。
うるさい彼らの上司──年嵩の研究主任が聞けば、眉間に深い谷間を刻むだろう。
一人は無精ひげをそのままにした冴えない白人の中年男性で、もう一人もこれもまた同じ年ごろ程度のブロンドの髪の男。
二人ともデロデロの白衣を着たまま手元のタブレットをぶんぶんと振り回している。
これでも彼らはFBIの名を冠するに相応しいような生え抜きのエリートだ。
アイビー・リーグ(アメリカ名門大学校の通称)からそのまま博士号取得まで至り、紆余曲折の末FBI研究所へと腰を落ち着ける。
そんなエリート中のエリートが、繁華街をふらつくティーンの如く騒ぎ立てているのには理由がある。
「おいおい、陛下から賜った至宝を『イカれてる』なんて形容したら吊るし上げられるぞ」
「斬首刑ってか?ははは、俺の首はぜひとも屍蝋にしてメインラボの棚の一番高いところに飾っておいてくれ!」
「馬鹿言え。んなもん飾るくらいなら、俺はいい結果出したラットの表彰状を並べるね」
ああ、それB棟のアンナが自分の部屋でマジにやってるらしいな、なんて陽気にジョークを飛ばし合っている。
この妙なテンションのバカ騒ぎであるが、一応のところ周囲からは黙認されている。
というより、現在この研究室周辺には限られた人物しか入室を許されていない、というべきか。
事の始まりは海を挟んではるか先、極東とも言われるアジアの島国で「至宝」が発見され、それを何の因果かFBIで管理することになったことからだ。
ジム──だらしない無精ひげの方だ──が手元にあるタブレットへ解析結果を映し出す。
所狭しと並べられた一台ウン十万ドルという高額機器で調べ上げた結果だ。
一部は機材が足りず知人のいる大学で機材を借りたが……それでも、一週間やそこらで調べたとするならパーフェクトと言っていい出来だろう。
専用の保冷庫に試験管がずらりと並べられ、未だ稼働中らしき機器がゴウゴウとモーター音を響かせている。
くすんだブロンド髪の方──ニックがそこに映る、おおよそ現実のものとは信じられない解析結果をのぞき込んでくつくつと笑った。
「しっかしまぁ、本物の黄金の林檎か……食ったらどんな味すんだろうな」
「やめとけよ。実験用マウスを後追いするほど愛鼠家なのか?」
「冗談だよ。こっちは蓋を閉じれば電波も温度も遮断する、気難しい手編みカゴ君で手一杯だ」
二人とも、解析の依頼を受けた当初は率直に言って「FBI捜査官ともあろう者がヤクに手を出した挙句ラリって幻覚のお宝で大騒ぎしてんのか?」と思ったものだ。
古の王が蘇って? 誰ともしれないアメリカ野郎(Yankee)に伝説の武具を預けただって?
B級映画だってもう少しマトモな脚本を書くだろうさ。
────しかし。
ジェイムズから手渡された「お宝」はそんな感想すべてをゴミ箱へ捨てざるを得ない、圧倒的現実をFBI研究所の若きエースへと見せつけたのだ。
レポートNo.1。黄金の林檎(識別番号:A4-29)。
形状は市販のブラムリーアップルと大きな違いは見受けられない。しかし表皮には金属光沢があり、反射スペクトルはAu(金)と同一のものと判明している。
また皮層部に未知の化合物が大量に含まれており、それが人体に与える影響は不明。
A4-29を■■mgラットに投与したところ、10分後著しく活動量が増加し飼育ケースの蓋を突き破って逃走。
捕獲に研究員5名と3時間を要した。
6時間後、同量を同じラットへ投与したが異変はなし。金網で補強された入口に噛みつく様子が見受けられた。
24時間後、再度同じラットへA4-29を■■mg投与。
■■分後、ラットは飼育ケース内から突如消失した。
ラットの消失からおよそ42時間後、3F実験室真下の巨大冷凍庫内にて死亡しているラットを別件でラボを訪れていた捜査員が発見したとのこと。
死骸の位置と解剖結果より、ラットは物理法則を無視して3Fの飼育ケースから1F冷凍庫内へ落下、それにより墜落死したものと推定される。
「そうだよ、お前のカゴ。結局そっちの骨董品はどうだったんだよ。観測機材が全然反応しないんだろ」
「解決済みだ。つまり、あんなのどんな機材でも内部が見えなくて当然って意味だがな」
「ハァン? なんだ、鏡の国にでもつながってたのか?」
「いや。ありゃ普通に中であらゆる物体が停止してるだけだね。中に改造したラバーチキン(音が鳴る玩具)をぶち込んでやったんだが、ふたを閉めた瞬間うんともすんとも言わなくなった」
「おい……もっと他になかったのかよ」
「昼飯のインスタントヌードルを湯を注いでから入れてみたんだが、5時間たっても湯はアツアツだわ麺はまだ硬いわでダメだねありゃ」
レポートNo.2。グゥイズノ・ガランヒルの篭(識別番号:A8-04)。
セイヨウシロヤナギの落枝で編まれたフタ付きのボックスバスケットだ。
前面には不明な生物の革で装飾がされている。
中に有機物・無機物を問わず物を入れると、収納物はA8-04から取り出されるまで時間が経過しないと思われる。
実験は現在までに下記を実施している。(一部抜粋)
投入物 火のついたマッチ棒1つ
経過時間 5時間
結果 マッチ棒直径は投入時点と変化なし。火もついたままだった。
投入物 安物のクオーツ腕時計
経過時間 3時間
結果 時計は3時間前を示していた
*元々俺の時計20分はズレてたんだがな
*餓鬼みてーなチャチい時計つけてんじゃねぇぞ!
投入物 ヨウ素131(放射性物質)
経過時間 8日
結果 実験委託先より、時間経過による放射性崩壊が確認できなかったと報告あり。
*原子レベルで運動を止めてんのか?
*運動を止めてんなら中身は氷漬けになるはずだろうが。止まってんのは時間の方だろ。
*なるほど。一緒に俺の頭の回転も止まったのは分かった。
互いの実験結果をひとしきり見せ合い、二人はゲラゲラと笑いながらデータへコメントを残していく。
こんなものまともに考えてはいられない。
出来の悪いSFホラーが実体化したかのようなシロモノを、態々最新機器を使ってご丁寧に解き明かそうとしているのだから!
この手の品は「種も仕掛けもございません」と相場は決まってるのだ。
神は光あれ、と言った。光があった。
つまり、そういう理由の無い理不尽に決まってる。
それでも調べるのは知的好奇心か怖いもの見たさか。
科学に携わるものの性という奴なのだろう。
躍起になって片っ端から試してまわり、もう二週間も帰宅すらしてない有り様であった。
と、そのとき。
ゴホン、と態とらしい咳が一つ。
自分たち以外の存在をその時初めて認識した二人は、あわあわと床に散らばったままの書類をかき混ぜながら振り返った。
しかして、背後にいたのは研究室内に入ったまま気付いてももらえず困ったように立ち尽くしていた今回の依頼人──ジェイムズ・ブラック──であった。