降りて降りて、星の内海へひたすらに降りること15分。
人理があやふやだからこそ出せる速度でおおよそ230km──本当に今回も230kmだったかはちょっと定かでは無いが──を下りきり、ようやく私達はアヴァロンへと到着した。
着地は雑な逆噴射だ。
慣性のルールがふわっとしてるので、「止まろう」という意思で行動すればわりとどんな速度からでも自在に止まれるのがアヴァロンの良いところである。
降りてみれば、草花の香りが鼻を僅かに刺激する。
相変わらず美しい景色だ。
私は赤井さんを包む全て遠き理想郷をそのままにして、彼の身に怪我がないかどうか確認した。
真エーテルから赤井さんを守るため、宝具発動はそのままだ。
その赤井さんはといえば、やや呆然とした様子で黙ってなされるがまま。
流石の彼も墜落死必至の速度でノーロープバンジーは堪えたのだろう。
ぼうと眼下の景色を眺めて息を詰めている。
私も釣られてその言葉を失うような絶景へと視線を移す。
眼下に広がるのは見渡す限りの花畑と、そこにたたずむ白亜の大都市。
既存都市のどれとも異なるその姿は、しかし転生者たる私だからこそ見覚えのある顔を持つ。
それこそあり得ざるブリテンの姿、特異点にて語られた神聖円卓領域。
とまぁ、どう見たって六章キャメロットなんだよなぁって話である。
なんでキャメロットがアヴァロンにあるの、とか、私は獅子王プーサーだった……?とか、疑問は尽きない。
青と白で彩られた緻密な彫刻の数々はまさに芸術的と言っていい素晴らしさなんだが。
待てよこれ本当に人間が作った作品か?と疑ってしまう出来なことも否めない。
FGO第2部でブリテン島には割と邪悪な妖精さんがたくさん住んでたからな。
まさかブリテンの荘厳な建築物の数々って妖精さんが作った?と変な邪推してしまう。
あと、霊基の記憶してるキャメロットと若干違うってのがアウト。
建築様式が五世紀ブリテンじゃないだろ云々に関しては元からファンタジーなので気にはしてない。
が、キャメロットINアヴァロンなんて型月的にはとんでもねー厄ネタで確定である。
都市の内部はがらんどうでエネミー一匹いないのがせめてもの救いか。
自分がプーサーになっていると気がついた最初の日、私はここをキャンプ地として生活していた。
それで探索に食糧確保にと走り回ったので一通り地理は把握しているのだ。
まあ、保存食の類は全部干からびて粉になってたからだめだった。
そりゃ1000年以上前の食料なんてダメに決まってるよね。
一部保存系の宝具の中に入っていた干し肉等は問題なく食べられそうだったが、何の肉かわからなくて怖かったので食べていない。
幻想種の肉とかでも全然驚きがないのがブリテン島の怖いところ。
ちなみに、探索を済ませたのはここから三層下まで。
一層目はどこまでも続く花畑と草原、そしてこの神聖円卓領域キャメロットがある。
キャメロット内はどんだけ探しても他の知性体は見つけられなかった。
どこまでもがらんどうで無人の城下町だ。
めっちゃ不気味なので早々に逃げ出した思い出である。
外周の花畑は綺麗な上に害虫やらがいないので観光には良いのじゃなかろうか。
唯一謎のカラフルな鳥さんがいる程度で、生命の気配は極端に少ない。
二層目も同様に草原。幻想種の一匹でも出るんじゃないかとおびえたが、こちらもがらんどう。
代わりに大きな白い塔があったが、あれが噂のマーリンハウスだろうか。
鎧を顕現させて思いっきり突撃したのだが、無限に遠いらしくまるで近づけなかったので実際のところは不明である。
三層目は……まぁ。ノーコメント。
もう二度と近づいたりせぬと固く誓った。
さてはて、振り返った赤井さんの様子は……。
おお。まだ呆然としておられる。
まぁこの風景を見たら当然の反応だよね。完全に異世界ファンタジーだもんコレ。
〜前世FBI潜入捜査官だった俺氏、うっかりたどり着いたアヴァロンで騎士王に拾われ王城生活に!?〜
みたいなラノベもびっくりな超展開だし。
いや、こんな軽薄そうなタイトル、赤井秀一には似合わないことこの上ないな。
せめて『異世界FBI』ぐらい、ベストは全部英字のかっこいいタイトルでハリウッド感を出していくとかか。
……なんて益体もないことを考えつつ、私は赤井さんへと声をかけた。
林檎の島の大地を踏みしめながら、赤井はぼんやりとしたまま先ほどの旅を思い返していた。
気遣わしげな王の視線は、まだ赤井がアヴァロンまでの道のりにショックを受けているとお考えになったのか。
確かに九死に一生と言っていい体験ではあったが、その程度で自失していては黒の組織への潜入など出来なかっただろう。
赤井が未だ呆然と力ないのは別に理由がある。
ただし、重ねて言うが林檎の島へと渡る術は端的に言って墜落であったことは間違いない。
『っアヴァロン、展開!万が一範囲内から外れれば地下百キロの岩盤に生き埋めになると思ってくれ!』
あれは、赤井ほどの男を以てして死を覚悟させるレベルの荒業であった。
秒毎に景色が切り替わり、洞窟の如き世界の裏側を落ちていく。
地層を削り岩盤を削り、また洞窟を落ちていく。
自由落下だけではない未知の推進力によって速度は既に音を置き去りにしている。
嵐の王たる力の具現、アーサー王が展開した風の鎧によるものだ。
それは加速と同時に風の刃として牙をむき、岩盤を削り取ってゆく。
人間など容易くミンチにするであろう環境でなお赤井が生きているのは、伝説の鞘の効果があってこそ。
不老不死を授ける鞘が幾百もの欠片へと分解し、周囲の暴威の全てを不可思議な力で防ぎ切っていた。
その全てが全て、筆舌に尽くし難い奇妙の連続!
『地下百五十キロほどまで来た。あと少しだ、オキヤ!』
あの時そう赤井へと声をかけた王の声は心配ばかり籠っていて、よほど自分は酷い顔色をしていたのだろう。
アーサー王が安全を保障したとはいえ、降下に伴う圧迫感は並みではない。
それこそ、顔のすぐ横をプレス機が通り過ぎて行った感覚に近いはずだ。
寿命の縮むような15分間ののち。
『ここだ!風よ、吠え上がれ!』
2人は唐突に、遥かな空へと放り出された。
そう。
空へ放り出され、吹きすさぶ風に目を開けた、その時。
────その時沸き立った感情を、赤井は未だ言語化できずにいる。
まず初めに、春の草花の甘くみずみずしい匂い。
次に温度。
手触りすら感じられるような、暖かく優しい常春の風が頬を撫ぜる。
視界に広がる一面の青。
天高く雲がなびき、陽光が澄み渡る空に光輪を描く。
口をついて出たのは、「これは…」なんて意味をなさない言葉だけ。
何を聞きたいのかすら定かではないのに、茫洋と呆然と吐息を漏らして、陛下の御前だというのに情けなく自失したまま。
『到着だ。…………全て遠き理想郷へようこそ、オキヤ』
急速に失せていく速度は不可解以外のなにものでもないのに、それを質問する余裕すらない。
先ほどまで数字にするのも恐ろしい速度が出ていたはずだ。
内臓が飛び出るような、どころではなく重力で肉片に変わるような急減速に対して赤井の体は不快感すらほとんど覚えていなかった。
そんな異常をやすやすと越えていく、胸を締め付ける情動の嵐がある。
ああ、見下ろす景色を誰が言葉にできようか。
林檎の島を楽園と語る物語は数あれど、きっとこの景色の百万分の一も表現できてはいないだろう。
まさにこれこそお伽噺。善き物語。楽園の象徴。
『…………………』
まばらな木々に林檎が実り、花々は咲き誇る。
名も知らぬ鳥達が謳い、草の香り、朝露の気配が胸を満たす。清廉なるものだけが存在を許された、罪知らぬ楽園。
その中央に座する白亜の城は鳥肌が立つほどの神聖さだ。
『美しいだろう?来る時こそ過酷だが、ここからの眺めは一見の価値があると思わないかい?』
『……………ええ』
赤井秀一は、きっとこの光景を生涯忘れることはないだろう。
否、この幻想を忘れられる人類などいようはずもない。
理想、信念、善、德。それらすべての具現。
これは人類が切望する「良きもの」が形となった、ありえざる全て遠き理想郷なのだから。