「ついにか」
せわしなく行き交う官僚達と、興奮を隠しきれない議員の姿。
ポツリと言葉を落とした彼は、5年前より連邦捜査局長官を務めるアンドリュー・ミュラーだ。
報告のために立ち寄ったホワイトハウス内部の喧噪に感慨深くため息をついた。
先日の事件から、ホワイトハウスはかつてない興奮と密やかな期待に満ち満ちていた。
それは御伽話の騎士王がこの世に蘇った、というにわかには信じがたい事実が目の前にあるためだ。
かの王がFBIへと貸し出した「宝具」と呼ばれるアーティファクトは、およそ現代科学を超越した驚くべき力を持っていた。
内部の時空間を停止させているらしき籠、SFじみた光学迷彩機能を有する外套。
これら神秘の品々を科学的に解明することができたなら、米国の手で新たなる時代を開拓できたなら。
どれほどの国益になるか想像すらできない。
まさに世界を丸ごと変えるゲームチェンジャー。
時代の結節点そのもの。
それが今、米国の手の中にあるのだから!
加えて、今後人心を得るために決定的な要素……即ち蘇った王自身の力添えを米国が得られることは大きな意味を持つ。
その歴史的な価値は元より、かの王はなんと本物の「奇蹟」を扱うことができるのだ。
何より、会合中に持病で倒れたミュラー長官自身がその力により命を救われているという事実がある。
あの時。
ガンと後頭部をハンマーで殴られるような感覚と共に、ミュラーは倒れ込んだ。
当時はなにが起こったのか把握すらできなかったが、後に救急病院にて話を聞いて冷や汗を流したものだ。
倒れた理由は、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血だったのだから。
くも膜下出血の患者の30%は治療により後遺症なく社会復帰できるが、50%は初回の出血で死亡する。
残り20%は後遺症を患うことになる。
昏睡状態になるほど重度の出血ともなると、治療すらできないことも多い。
意識を失って倒れた高齢のミュラーがなんの後遺症も大手術を受けることもなく復帰できたのは、ほとんど奇跡と言って良い。
目が覚めた時に微かに見た光景。
ミュラーへと手を翳した王が、幾百にも分かたれた破片のような光を纏わせた姿。
手をかざすのみで死の坂道を下る人間を救うさまは、まさに聖書に描かれし聖人の御技だ。
その偉大なる姿を思い返し、ミュラーはほうと息をついた。
アーサー王が行ったのは、その玉体を守る神秘の鞘の力を分け与えるという望外の処置であった。
その瞬間王の絶対の守りが失われていたということを考えても、ミュラーに与えられた深い慈悲を感じ取れることだろう。
およそ現代医学では再現不可能な治癒の力を惜しむことなく民へと下賜する。
死を退け、絶望的な病をして予後も良好で麻痺など後遺症もなく完治させるその力。
アーサー王。輝かしき騎士王よ。
ふと、そこにFBI情報部司令官が報告に来たらしく、「失礼します」と窓辺に立つミュラーへと話しかけてきた。
「長官、体のお加減はいかがですか?」
「すこぶる好調だよ。毎日じゃらじゃらと持病の薬を飲まなくてもいいのがこれだけ快適だとは思わなかった」
「本当に、恐ろしいほどの効果ですね。アーサー王の秘宝たる不老不死の『鞘』は。単純な傷だけでなく、あらゆる生活習慣病まで治癒すると言うのですから」
ミュラーは「彼がいる時に倒れられたのは私の人生でも指折りの幸運だったよ」と上機嫌に笑って返した。
今朝。
あなた、薬はいいの?と妻に聞かれたのを思い出す。
若い頃は従軍し、戦線を前に厳しい訓練にも耐えてきたものだが。
高齢になるにつれ身体のあちこちにガタが来て、この頃は高血圧をはじめとした各種薬を常用するようになっていた。
それが急に全て不要になったものだから、妻もまだその変化に慣れないらしい。
鞘による治療は、動脈硬化と高脂血症という生活習慣病を「不死を阻むもの」と定義した。
それが研究者たちの見解だ。
アーサー王の鞘は持ち主に不老不死を齎す。
それこそが鞘の真の力であり、傷を癒やしたり障壁を作り出す機能はその派生に過ぎない。
アーサー王から賜った「神秘」なるものの基礎的な知識から、研究者を動員して仮説をあげていった結論だ。
生活習慣病は原因をひとつに同定できぬ多角的な病であり、傷のようにただ治せばいいというものでもない。
だというのに短時間の発動で薬剤が不要になる程に治療できたと言うのは、概念的な「不死を阻むもの」という障害を取り除く作用が働いた結果だ。
この仮定が真実なら、遺伝病を始めとする数々の不治の病に治療の芽が生まれるだろう。
「それで、情報部からの報告は何だ?」
「日本に常駐する人員から聖剣発動の瞬間を捉えた映像を入手いたしました」
「解析は?」
「現在進めております。ただ、時刻が深夜ということもあり、画質も思わしくなく……」
「構わない。王は近々表舞台に立つことになるのだからな。できる範囲での解析を急げ。科学技術部の方には話をとおしておく」
「承知しました」
入手した約15秒ほどの映像には、聖剣解放前の予備燐光とそのあとに続く宵闇を切り裂くような激しい閃光が映っていた。
何も知らずに見ればなんらかの爆発物かとも思える映像だ。
しかしそれは通常の爆発物と違い光の周囲に破壊や熱を撒き散らさない、極めて高い指向性がある。
既に各研究機関で解析が進められているが、現状もっとも近いのはレーザー兵器や荷電粒子砲など何らかの粒子を撃ち出すエネルギー兵器だろうと考えられている。
現地周辺でのSNSの投稿を確認したところ、周辺地域で金の燐光が立ち上る現象が多数目撃されている。
それに触れた者は皆一様に「物悲しい気持ちが伝わってきた」「悲恋映画を観た気分」などと証言しており、感情に何らかの作用があったことを示している。
聖剣の「戦場に散っていったものの最後の希望、理想」を示すという光の性質が、光との皮膚接触を通じて発現したのだ。
その原理作用は依然として不明な点の方が多い。
「陛下の目的を考えれば、いずれは表社会に立たざるを得ないだろう。黙示録の獣を止めて敬虔な信徒を護られるというのだから」
「国際犯罪者の企みを止め、見事被害を防いだという実績を作られたのは見事でしたね。特に武力を用いつつ被害が皆無という点が素晴らしい」
「ああ。強大な力ではあるが、完全な統制下にあると万人にわかりやすく示されたのだからな。ルパンが死亡しておらず法の裁きに従うという民主主義に沿っているのも、批判を抑える要素になる」
「あとは我々が世論をどの程度持っていけるかにかかっている」
ミュラーの言葉に情報部司令官はハッと息をつめた。
その責任の重大さ、今後の世界の趨勢を分ける重責に思わず背筋が伸びる。
「ところで、奴らは実際のところ持っていたのですか?陛下の探していたという、救世主の血を受けた杯を」
「現在のところは不明だ。陛下は宝石の奪取を優先したため、奴らを捕えることをなさらなかったからな。加えて、奴らはあの光を前にしても情報を吐かなかったらしい」
「面倒な……」
「それが黙示録の引き金になる可能性があるというのなら、我らも全力を賭して陛下の後に続くべきだろうな」
「ええ。この件が終わり次第、人員を再編成して聖杯の情報収集に努めましょう」
林檎の島アヴァロンへ同行したというFBI捜査官からの報告で、かの世界の地下には来たる終末に現れるとされる黙示録の獣が封印されているということが分かっている。
黙示録。世界の終わり。終末。
そのあとに来る千年王国につながる情報は、全てのキリスト教徒にとって到底無視できるものではない。
聖書において、終末にまずサタンたる竜が天より現れるという。
竜は天にて天使たちと戦い、地へと投げ落とされる。
それに怒った竜は、どのような傷も治ってしまう恐るべき獣を海から呼び寄せた。
さらに地の底からは偽の預言者の獣が現れ、人々の額に666を刻印していった。
ミュラーは無言で目を伏せ、十字を切った。
本当に聖書に書かれた通りのことが起きるのなら、インフラを含めた人間社会の全てがひっくり返される。
獣は基督教徒を迫害し、三年にもわたり教徒は苦しめられるという。
その長き苦難ののち、子なるイエスが再び地へ降り立ち正しき教徒達は救われるのだ。
そのあらゆる艱難辛苦のうち少しでも、聖なる王のお力で救われるなら。
一時だけでも苦難にあえぐ子羊たちを救っていただけるのなら。
そしていつか救世主が蘇る日まで、少しでも多くの正しき教徒が生き延びることができるのなら。
米国は常若の王への協力を惜しむことはないだろう。
「しかし、今回の件で日本警察が騒ぐのでは?」
「そのための我々だ。既に我らが同盟国日本には連絡済みだ。下手に騒げば自らの首が絞まるだろうさ」
「陛下を直に見ていないのに納得は難しいのでは?なにぶんファンタジックで非現実的な話になりますので」
「難しいだろうが、それを飲み込ませるのが外交というものだよ」
「それに何より、陛下を直に見てしまえば疑問などすべて氷解する。時間の問題だよ」
「……なるほど。道理です」
これから来る。新たな時代が。人類が2000年の時を経て再び神の神秘を思い出す日が。
その時。
科学と人類は新たなステージに立ち、世の中はキリスト誕生以来の大転換を果たすのだ。
米国偉い人「ワクテカ」
赤井さん「ワクテカ」
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