「助かったよ、本当に。君は命の恩人だ」
「それ僕のセリフなんだけど……まぁいいや」
風呂に入ってさっぱりして、現在は新しい服に着替えて新生プロトアーサーである。
そろそろ汗で悪臭が身体から漂っていたからな。
本気で許されないタイプの不審者になりかけていたところだ。
ありがたいことこの上ない。
粗品とか書かれた最悪のネタTを捨てて、近くの量販店で買ってくれた服を着ればあら不思議。
見応えのある王子様系美青年の誕生である。
せっかくイケメンになれたのだからこうでなくては。
その後は阿笠邸に保管してあった冷凍パスタを恵んでもらった。
なんてことないバター醤油の冷凍パスタの美味しいこと美味しいこと。
やはり空腹は最高の調味料だ。
……なんて言っている場合ではない空腹具合なのはご愛嬌。
二日間リンゴをチマチマ食べていただけの胃に高カロリーが染み渡る。
礼には礼で報いねばなるまい。
私は居住まいを正して、呆れたような顔でワタシの食べっぷりを見ていたコナン君へ一礼した。
「君に感謝を。改めて、僕の名はアーサー。姓はない」
「僕は江戸川コナン。ここは知り合いの家だから気にしないでゆっくりしていって」
阿笠博士と灰原さんの姿は見えない。
どうも念のため奥の部屋に避難させているようだ。
廊下の奥から息を潜める気配がする。
「それで、どうしてあんなところで浮浪者してるのか聞いてもいい?アーサーさん、普通の人じゃないでしょ」
「それは……長くもなければ深くもない話になるけれど、いい?」
「どんな前置き…?いいけど、嘘は嫌だよ」
「聖剣に誓って嘘はないよ」
軽く咳払いしてから、私は簡潔に事情を説明した。
我起床!食料無!身分証無!困困!
「つまり、目が覚めたらアヴァロンにいたんだけど、食料がなくて。現代の身分証とか当然持ってないし」
「アヴァロン…伝説に謳われるりんごの島?」
「そう。君も一瞬見ただろう、あの花畑の世界だよ」
脳内ではふざけてはいるものの、精一杯丁寧に事情を言語化していく。
とはいえ、その荒唐無稽さがなくなるわけではない。
それでも真面目な顔で聞いてくれていたのは、実際コナン君がアヴァロンを見たからだろう。
「やっぱり夢じゃなかったんだ。この辺にあんな綺麗な花園無いし、どう見たってあれは季節の違う花が一様に咲いてた」
「あそこは星の内海、つまりは現実世界のルールが曖昧な場所だからね。花の咲く季節なんて御構い無しさ」
「……あなたはそんな現実世界の外であるアヴァロンから来たと言ってたよね。そして、名前はアーサー」
信じがたい、信じられないと言った顔だ。
そりゃ『如何に奇妙なことであっても、全ての不可能を除外したならそれが真実』とか言ったとして、アーサー王が蘇って助けてくれたはちょっと信じがたいよね。
私は目の前で手をかざし、光の燐片から輝ける聖剣を取り出した。
光を編むように出現したそれに、コナン君が驚愕に目を見開く。
「僕はアーサー。騎士王にしてログレスの地を治めし王。そしてこれがその証、輝ける王の剣、エクスカリバーだ」
中身はちょっとパチモンかもしれないが、ちゃんと霊基の記憶は頭に入っている。
だから限りなく本物……だと思うのだが、やっぱりパチモンかもしれない。
そんな塩梅である。
コナン君は息を呑んで固まったようだった。
「……蘇ったアーサー王が、どうして日本にいるの?ここはイギリスじゃ無いよ?」
「いやそれは僕も知りたい。アヴァロンから上がったら上が東京だったんだよ。あと金も無いし身分証も無いし、食料すらないと来てさぁ。大変だったんだ」
「まぁ、古代ブリテン島の人間の身分証なんてあるわけないから仕方ないけど……そっかぁ」
なんともしょっぱい顔だ。
古代の王が蘇ったなんてファンタジックな話なのに、突然身分証がネックになるんだからそんな顔にもなるか。
パリピ孔明と一緒でひとまず理由なんてない!で行こうと思っているのでそう深く考えもらっても困る。
アヴァロンのきな臭い様子から、何やら型月的に深い事情がありそうではあるが…この際別にいいだろう。
「つきましては働き口に伝手があったら紹介して欲しいんだけど」
「僕小学生だからちょっとそれは難しいかな……いや待って、小学生って通じる?というかなんで日本語喋れるの?」
「ガンバッタヨ。ボク日本語チョトワカル」
「胡散臭…」
ふたたびコナン君の不審者ゲージが上がってしまった。
仕方ないだろ!アイアム!ニホンジン!
「不思議パワーで習得したってことで一つ。少なくとも、僕はブリテン島の言葉と古代ラテン語と現代英語と日本語しか喋れない」
「めっちゃ喋れるじゃん!?」
現代英語に関しては商社に勤めてて必須だったからな。
アメリカ英語だけど無いよりマシだろう。
ブリテン島の言葉とラテン語は霊基の知識を参照して喋れることは確認済み。
もっとも、確かめる相手がいないので片手落ちではあるが。
コナン君がため息をついて頭をかいた。なんかすまんね…。
「仕方ないなぁ。ちょっと父さんに相談してみるから。それまでうちに居ていいよ」
「え、本当かい!?かなり無理筋というか、普通にNPO法人へ行けの一言で締められると思ったのに」
「やるべきことがわかってるなら僕に頼るのはやめよう!?」
なんともグダグダなままに、私の工藤邸滞在は決定したのであった。
「それで、誰とも分からない不審者を気軽に家へ招き入れたってわけね」
阿笠邸にて眉間にシワを寄せる少女。
彼女の名は灰原哀。
かつて違法な組織の幹部として研究の日々を過ごした女だ。
その険のある声にコナンはそっぽを向いた。
耳に痛いのはいつものことだ。
コナンが聞き流す姿勢をとったのを少女も感じ取ったのだろう。
デコピンという実力行使に出たのでしぶしぶコナンも姿勢を正した。
「しゃーねーだろ。あのまま放っといたらマジで倒れかねねぇ状態だったんだし」
「あの沖矢とかいう大学院生といい、貴方の危機管理はどうなってるわけ?」
「だから昴さんは怪しい人じゃねーって」
アーサーを名乗る青年を保護し、ひとまず阿笠博士に頼んで作り置きしてあった冷凍食品を出してもらったことを思い出す。
はふはふと食べる様子はイノシシより勢いがあった。
フードファイターもかくやという食べっぷり。
隣の皿に山盛り乗せられたサラダへと手を伸ばし、ほとんど啜るような速度でパスタを飲み込んでいった姿には博士も親近感を覚えたらしい。
途中から割とノリノリで料理を追加していっていた。
「なるほど。じゃああの粗品さんは怪しい人なのね」
「ぶっ……い、いやアレは廃棄品の服があれしかなかったかららしいし勘弁してやれよ」
「本気で浮浪者なのね。あの顔なら世話してくれる女性なんていくらでもいそうだけれど」
「……まぁな」
事情はすでに限定的だったが説明してある。
コナンの怪我の手当をしたこと、目を見張るような身体能力があったこと。
何らかの不可思議な力があるが、悪い人ではないということ。
「へぇ。不審な点しか無いけど?」
「でも間違いなく悪意のある人じゃねーよ。元々警戒心の強いオメーがこの家に立ち入りを許したんだ、その位はお前自身も感じてんだろ?」
「………あなたのご両親には同情するわ」
特大のため息。
ちなみにあの台風のような両親は急ぎ帰国を決めたらしく、日本への到着はまもなくになるとのこと。
「組織の匂いは感じないし、そこまで反対するつもりはないわ。賛成もしないけど」
灰原も間違いなく感じていたはずだ。
ファンタジック極まる言葉、信じるに値しない素朴でメルヘンな話の内容。
それらを鼻で笑おうとして失敗していたのだ。
言葉の内容なんて彼の前ではさほど関係がない。
無条件で信じたくなる、声そのものに重みが込められたが如き圧迫感。
居心地の良さと緊張とが同居する不条理な感情。
それらを同時に抱かせる佇まい、細かな所作、瞳。そのすべてが本人の想いにかかわらず人を惹きつけてしまう。
すなわち、圧倒的なまでのカリスマ性。
きっとそれこそが歴史においてたびたび出現していた才能、人を従える覇者、王者の資質だったのだろう。
灰原がそっと悟られぬよう言葉を飲み込んでいたのをコナンも理解している。
黒の組織ではない。が、ただびとでもありえない。
そういった謎と不審きわまる人物なのだと。
「けど、なんにせよ貴方が行方不明になって昨日の今日なのは頭に入れておくことね。蘭さんがどれだけ心配したか、忘れたわけじゃないでしょう?」
「わぁーってるよ。俺も今回は迂闊だった」
行方不明だったのは2日程度だ。
それでも毛利小五郎を狙った爆弾犯、大量の血痕、まだ7歳でしかない子供の失踪と並べれば大騒動になることは避けられない。
その上、現場の血痕は優に人ひとり死亡していて可笑しくない量だったのだ。
犯人は縛り上げられていたが、コナンが行方不明であることはすぐに知れた。
何食わぬ顔をして戻ってはみたが、今回ばかりは毛利探偵からも大目玉だった。
目暮警部以下捜査一課の面々にはかなりの心配をかけてしまったし、何より蘭の涙は堪えた。
今を以て未解決である一連の事件。
これらの解決についてはいまだ時がかかる予定で、コナンが口を噤む黙認された謎でもあった。
「ほんと、貴方らしくないことばかり。何故あの男の話を詰めて聞かなかったの?」
「今は聞かないってだけだよ。推理するほうが俺の性に合ってるし」
「今は、ねぇ。謎とあらば猪より無鉄砲な貴方が謎を放置する。それがどれだけ不自然なことか分かってる?」
迂闊といえばこれ以上なく迂闊に見えるだろう。
沖矢昴がいつも居るとは限らないし、使ってない部屋も多いから丁度いいなどと下手な言い訳をして。
彼の滞在を決めたコナンに「ちょっと江戸川君!?」と灰原が思わず声を上げたのも当然だ。
彼は眉間にシワを寄せ、「僕としてはこの上なく有り難いが。本当にいいのかい?僕は間違いなく不審人物だ」と苦言を呈した。
きっとありがたい申し出であっただろうに、良心そのものの擬人化であるとすら感じられる善良さでコナンを心配して見せた。
「あの時、俺は二度助けられた」
ぽつりと、懺悔するような声色でつぶやく。
静まり返る阿笠邸でコナンは白状した。
「絶対死んでただろうな。後で聞いたけど、警察の到着まで15分の間があったらしい。それから119番通報したとして、病院へ到着するのはさらに10分かかる」
おおよそ30分放置されていたと仮定する。
あの時、コナンの体には3発の銃弾が貫通していた。
位置的に2発は肺へ直撃。1発は肝臓あたり。
服に開いた穴と銃口の位置から考えて、心臓に近い動脈もぶち抜かれていたことだろう。
即死しなかったのははっきり言って奇跡だ。たとえすぐに病院に運び込まれたとして、助かる確率はどれほどのものだろう。
ようやっと明らかになった当時の真相を聞き、灰原は引きつった悲鳴を上げた。
「聞いてないわよそんなの!」
「言ってねーからな。変な心配かけたくなかったし、何より今生きてるんだ」
「ッそれ以上ふざけるつもりなら私も考えがあるわ。そもそもあの場の血痕がすべて工藤君のものだったとしたら、輸血もなしに人が生きていられるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないのよ!?」
「悪かったよ。でも仕方ねーだろ。『謎のファンタジー治癒能力で助けられた』なんて口が裂けても言えなかったんだから」
戦慄し絶句する灰原に背を向け、コナンは瞳を伏せた。
彼が差し伸べた手を思い出す。
ゆるゆると灰原が息を吐き、話はこれで終いとなった。