モリアーティ教授は「それで、私に何か用かね」と一連の流れを見ていたかのようにゆっくりと口を開いた。
品のいい紳士服に、少し長い灰色の髪を後ろへ流した姿。
それはコナン劇中にあったモリアーティ教授の姿そのものだ。
そこから先は私の知るものと同じ流れであった。
コナン君がモリアーティ教授の正体を見破るのは原作の通り。
使用しているコロンの香りとモラン大佐の言葉遣いから、召使の男の正体こそがモリアーティ教授そのものであるとコナンは突き付けていた。
「よく分かった」と褒めるモリアーティ教授の言葉にコナン君は上機嫌に微笑んでいる。
まぁ、ホームズという作品丸ごと好きな彼にしてみれば、モリアーティ教授だって愛すべき要素の一つなのだろう。
コナン君の肩でフォウ君が「フォウッ!」と胸を張っている。相棒が褒められて誇らしいらしい。
少しばかりコナン君に興味を持ったらしく、モリアーティ教授はくつくつと笑いながらご褒美とばかりにジャックザリッパーの情報を開示していく。
すなわち、今回の一連の犯行がジャック・ザ・リッパーの暴走であること等だ。
後ろでは、表情の読めない顔で諸星君がコナン君を観察している。
そしてどうしたことか、諸星君──ノアズアークは焦ったような顔をしてモリアーティ教授を見た。
その視線に気づいたモリアーティ教授がニヤリと笑い、帽子を深く被る。
「ああ、それと」とモリアーティ教授は今思いついたかのように口を開いた。
「我が終局的犯罪によっての獣の討伐は不可能だ。召喚された立場で申し訳ないがネ、吹けば飛ぶような幻霊の身ではとてもとても」
そう何気なく言って、肩をすくめて両手をひらひらさせた。
!?!?!?
いや待て、姿は完璧にコナンのモリアーティ教授だったぞ!なのに何故……いや、幻霊と言っていたな。
魔弾の射手としての要素のない、純粋な幻霊がこのコクーンのNPCに憑いていると考えれば、外見が違うのは不自然なことじゃない。
だが何故こんなところに幻霊が……。
「ッ!!なるほど、抑止力か。キャスパリーグに惹かれて召喚されたんだね。それにしては少々弱々しいが…」
思わず予想を口にすれば、モリアーティ教授は「かの輝けるアーサー王と比べられてはね」と頷いて自嘲したようだった。
「だが、ここに戦力が集まらないのも当然だよ。私とホームズの見立てでは、この世界のテクスチャは……まぁいいか。語ってどうなるわけでも無し」
自分だけで完結してしまったのか、そのまま教授は黙り込んでふむ、と顎に指を這わせた。
言えよ!!気になるだろうが!!
用語が多すぎて疑問符乱舞だったらしいコナン君が「どういうこと!?教授は何か知っているの!?」と声を上げた。
蚊帳の外の少年探偵団以下数名は完全にファルシのルシがコクーンでパージと言われた時の顔をしている。
一人、ノアズアークだけがなにやら焦ったような顔をしているのみだ。
自分の支配するプログラムにどんどんとイレギュラーが発見されているのだ。
焦りも仕方ないことだ。
「知っているとも。光の柱の少年。君は探偵にしてはあのアンチクショウよりずっと可愛げがあるから答えてあげようじゃないか」
「アンチクショウ…?光の柱……?」
「こんなNPCの身に貶められてはいるものの、私は正真正銘の悪の教授。世の幻想の集ったもの。人理により召喚された幻霊・モリアーティだよ」
優雅に両手を広げるモリアーティ教授の黒々とした強い圧に、コナン君は少し慄いたようだった。
私が間に入り、鋭く問う。
こんなところでモリアーティ教授に特異点をつくられたらたまったものではないからな。
「……君の目的は何だい?」
「特に何も。ホームズもゲーム管理者に退場させられて居なくなったし。私のやる気は地の底をついている。ここでNPCとしての役割を果たしたら後腐れなくおさらばだとも」
言っていることは本心なのだろう。
なんとも気だるい雰囲気というか、あーもうめんどくせー、という気配がダダ漏れしている。
おそらく、霊基としても本当に吹けば飛ぶような規模なのだろう。
力もなく無理難題極まりない獣狩りに出陣させられて、やってられっか、といったところか。
「なので、比較の獣についてはキミに頼んだよ。おそらく他の援軍も来ない。私に出来ることといえば、ここで適当にNPCとしてダラダラ過ごすことのみ」
不意にモリアーティ教授が悪辣に目をぎらりと光らせ、コナン君を見た。
「だから明日の新聞を楽しみにしているといい。これを知ったホームズの顔を見られないのが残念極まりないが」
「……どういうこと?」
「さぁて。それは見てのお楽しみというやつだヨ」
くつくつと笑ってモリアーティ教授が馬車の中へと戻っていく。
確か原作だとジャック・ザ・リッパーに命じてアイリーン・アドラーの命を狙うんだったか。
この意図としては「お前達ベイカーストリートイレギュラーズが勝手に動いたせいでアイリーンは死んだんだ」と暗に見せつけてやるためか。
あるいはお前の管理が悪いせいでアイリーンは命を落としたんだとホームズの罪悪感を煽るためか。
何にせよ趣味の悪い仕掛けである。
去り際にその邪悪さを滴らせて、モリアーティを乗せた馬車は走り去って行ったのだった。
さて。
翌日夜までは動きがないからなのか、時間の流れが非常に早かった。
これはシステム的にノアズアークが気を利かせて早送りにしたのだろう。
ちらり、と見た諸星君──ノアズアークはふぁぁ、と態とらしく大きな欠伸をしていた。
その間に精神的疲労が溜まることがなかったのも幸いだった。
ノアズアークとしてもゲームテンポの調整ができるし、Win-Winと言ったところか。
のんびりと街並みを見ていると、やはり作り込みがすごいことが実感できる。
調度品の数々、当時のロンドンの生きた姿が活気あふれて再現されている。
考えれば考えるほどこれは絶対売って欲しいものだ。
……もしシンドラー社が潰れたら利権だけ私の権限で買おうかな、なんて煩悩が膨れ出す。
設定をいじって私の訓練用設備にもいいし、屋敷から出られず暇してるコナン君の遊び場にもいいだろう。
などと考えていると、新聞の売り子が橋を渡ってこちら側へ駆けてくるのが確認できた。
「緊急ニュースだよ!またジャックザリッパーが出た!」という売り子の言葉に釣られるように新聞を買う。
持っていたのはアメリカドルだったのだが普通に買えたのは僥倖だった。
流石はゲーム。円にも米ドルにも対応しているとは。
はてさて。コナン君はそれでようやく昨夜のモリアーティ教授の思惑を理解したのだろう。
コナン君が横から新聞を覗き込んで早々、「やってくれるぜ!モリアーティ教授!」と苦虫を噛み潰したように叫んだのだった。
・外界
大パニック阿鼻叫喚。
フォウ君がゲームの中にいる生き残りはすでにオールド・タイム・ロンドンの子供達だけだし。
ロンドンステージの子は脱落者ゼロ!さすが王…けどまじで王の命は風前の灯火…!!!
・ゲーム開発者、樫村主任
殺された。それどころではないのか放置気味
・トマスシンドラー社長
獣復活終末目前に目を血走らせた各国要人のヘイトを買い、後ちょっとで吊るされそう。