開催当日なり。
人でみっちみちになった大英博物館周辺を窓から眺めながら、静かにスタッフルームでお茶を飲む今現在。
コナン君は家で留守番だ。
ホームズ土産を買ってくるという約束で来たのだが、本場イギリスへ行くということで随分羨ましがっていたものだ。
ルーム内にあるTVが「今回の企画展によって生まれた経済効果は何兆円」みたいなニュースを映している。
旅行客も爆増しているらしい。いいことだ。
お昼ご飯に関しては特別に近場のホテルを貸し切って既にいただいている。
イギリス料理と聞いて身構えていたけれど、流石は観光地の一級ホテル。
各種料理も非常に美味しく舌を和ませてくれた。
私は同じく部屋で直立仁王立ちする銭形警部にそっと声をかけた。
「銭形警部、もう一度予告状を見せていただいても構いませんか?」
「構いませんよ、これです。返信は繋がりませんが」
直接銭形警部のLINEに来たというルパンからの予告状は実にシンプルだ。
「x月xx日午後の3時45分に輝ける聖剣をいただきに参ります」。それだけだ。
銭形警部LINEとかやってるんだ、という気持ちとやっぱ仲良いじゃんという気持ちに挟まれてどうも気が緩む。
ちなみに、文章の最後にルパンマーク付きの独特なスタンプが添付されていた。
このスタンプ欲しいな…売ってるのかな。
ちなみに、アーサー王特別展初日の今日はウィンブルドンの決勝と重なっているため、ロンドンの街自体が一種のお祭り騒ぎになっているらしい。
警備体制は過去類を見ないくらいで、ロンドン全体で凄まじい数の警官が集められているようだ。
交通整理も含めて街で警官を見る機会も多かった。
私の向かいでソファに座る館長が、怯えるように額の汗を拭っている。
もしこれで聖剣をルパンに奪われてしまえば、どんな世間的バッシングを受けるかわからないからな。
そのために現場に私がいて、私自身守りきれなかったという形に持っていくつもりなのだが。
銭形警部が眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
「しかも今、街中では不審な怪文書が見つかっているようですからな。ルパンとは関係ないかとは思いますが…人手が足りないのが難しいところでして」
「怪文書?」
「こちらです」
さらっと横から出してくれた昴さん──ほぼ私の側仕えに昇格したらしい──から予告状の写しを貰って。
そこでようやく、私はその事件の真相を知った。
『轟く鐘の音で私は目を覚ます。私は城に住む鼻の長い魔法使い……』
私は一目でその正体を看破した。
ホームズの黙示録だこれ!!!
ホームズの黙示録。
これはコナン君がロンドンに旅行に来たところから始まる長編事件で、大量殺人を予告する謎の予告状がロンドンの街中にばら撒かれその謎を追っていく。
真犯人の名はハーデス・サバラ。
逆恨みでウィンブルドン会場を爆破しようとした悪党である。
現時点でウィンブルドン決勝の開始時刻である二時はもうとっくに回っている。
ルパンの予告は3時45分。私がルパンの現場に間に合うか賭けになるだろう。
一応時刻に合わせて客は緊急避難、内部にはキャメロットから持ってきた仕掛けで粛正騎士を配置しているが……まぁいいか。
後で私自身が取り返せばいいだろう。
「僕は少々失礼する。もう一刻の猶予もない。ウィンブルドンが危ない」
「は?」と疑問符を浮かべた館長と警備担当をそのままに、私は3階の窓をガラガラと開け放った。
夏の風が部屋に吹き込んでくる。
「僕は一足先に向かうが、ウィンブルドンの決勝会場の方にも警官をすぐに配備してください。このままだとまずい」
「失礼、アーサー王よ。それは一体どういう…?」
私の直感(?)が告げている。
このままではウィンブルドンで間違いなく大量の死傷者が出る。
爆弾自体は大したことがないのだが、パニックのまま出口に殺到した人で将棋倒しが起こるのだ。
いまから私が走って、風王結界で爆弾を封じ込めて巻き上げればギリギリ間に合うはずだ。
現在時刻は3時半。決勝終了が爆破の時間だとして、もはや一刻の猶予もない。
会場まで10km超。今の大渋滞満員御礼のロンドンなら、私が走った方が早いだろう。
「頼んだ!」と言って3階の窓から身を投げて、そのまま壁を蹴って走り出した。
ビルの谷間を最短距離でウィンブルドン会場まで駆け抜ける。
騒ぎにならないように風王結界で身を隠しながら、ビルを蹴り信号機を蹴り、風を裂いて走っていく。
走りながらも電話で念のため再確認がてら警備担当者へ話をする。
まぁ要点だけ、怪文書を見たらウィンブンルドンで多くの死者が出る予感がした、とだけ伝えるだけだが。
現場へ急行するので追加人員を送ってほしい、といえば「危険ですので今すぐ戻ってください!!!」と悲痛かつもっともな注意を受けた。
それだとおそらく間に合わないので許せサスケ……。
この後めっちゃ怒られそうだが、これは後ほど謝り倒すしかなかろう。
現場は今まさに最終試合の決着がつく瞬間、というところであった。
会場にこっそり滑り込んだ瞬間、歓声が沸いた。
試合模様はわからないが、ゲームセットのようだ。絶望に俯く片方の選手、ミネルバ・グラスの姿が見える。
あ、やばい。
会場に渦巻く濃密な悪意が一点に凝縮し、破裂するのが視覚的に感じられた。
「ッッ風よっ、吠え上がれ!!!」
咄嗟に悪意の結節点、老婆が抱くぬいぐるみを風王結界で包んで封じ込める。
ドン、と大気を震わせる爆破音だけが会場に響いた。
抑えきれない風が会場に吹き荒れ、わずかな悲鳴が漏れ聞こえる。
呆然とする爆弾犯ハーデスを風王結界を操作して拘束してから、証拠となる爆破スイッチを風で取り上げる。
ハーデスはわけもわからず暴れているようだが、流石に一般人に風王結界の拘束が解けるはずもない。
電話が鳴り、イギリス警察の偉い人から「今どちらにいらっしゃいますか!?」と切羽詰まった声が聞こえてきた。
「ウィンブルドン会場にいるよ。爆発を今、風の力で封じ込めている。下手人を捕らえたから人を寄越してほしい」
「っ!すぐ向かいますので、王はその場の警備担当者と合流してください!」
ドッと会場に警官が雪崩れ込み、私を見つけるや否や凄まじい勢いで駆けてくるのが見えた。
ああ待って、今は風王結界の操作で動けないから、あっち、あっちのハーデスを引っ捕らえてからにして……。
私は無事爆弾の残骸とハーデスを引き渡してから、しおしおと連行されることとなった。
これは凄い怒られるやつ……。
ウィンブルドンの人を救った功績でチャラにならんかな……ならんか……。