やっと宿屋を手に入れたぞぉ!! 人権よ、ついに我がもとに戻ったかッ!!
「今日からお世話になるよ。貴方がコナン君の言っていた沖矢さんかな。オキヤ、と呼んでも?」
などという内心をかけらも表に出さず優雅に優美に挨拶をする。
どうも、プロトアーサーの中の人です。
あれから時は流れて工藤邸前。
哀れな家なし子(属性:王)だった私へ、コナン君は快く食べ物を恵んでくれた。
それだけではない。
サイズの合う服、当面の生活資金、阿笠博士の試作品であるスマホ。
おまけに雨風しのぐ屋根──即ち一時的な仮宿として工藤邸滞在の許可までくれたのだ。
もう彼相手に舐めた口とか利けない。
さんをつけろよデコ助野郎!コナン君さん……コナン君さん大明神マジ聖者……。
とまぁ、大明神の清き御心に心酔する今現在です。
これでゴミ捨て場のダンボールを拾って寝床にしなくともよくなると思うと、思わず涙が零れてしまう涙もろさよ。
固いわ濡れるわ人目は気になるわの三重苦だったからな、アレ。
「ええと。はい、僕が沖矢昴ですが……貴方は?」
「留学生のアーサー・クラークです。コナン君の好意で、この家に暫く住まわせてもらえることになって」
控えめな問いかけは若干の警戒混じり。
昴さんの細められた瞳の奥に鋭い理性が見え隠れする。
どうせ隠しマイク等々で阿笠邸での話は聞いていただろうからな。
事情はあらかた知っているとみるべきだろう。
信じているかどうかは別として。
自然に、緊張の色をみせず。
私はすぐに王侯貴族系の穏やかな微笑で返した。
アーサー・クラークとは滞在にあたって急遽用意した仮の名前だ。
Clarke(クラーク)。霊基の知識によればサクソン人の言葉で聖職者を意味していたらしい。
コナン君がシンキングタイム0.5秒で雑につけた偽名だが、騎士王が名乗るのに悪いものではない。
……ん?もしかしてフィクション作品に頻繁に引用される名言として有名な「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない。」という言葉を残した、アーサー・C・クラークって小説家の名前から来てて、「お前はSF染みている」ってコナン君からのメッセージか?
「ああ、なるほど。貴方がアーサーさんでしたか。話はコナン君から聞いています。ようこそ、どうぞ上がってください」
沖矢さんはぱっと声を明るくして私を招き入れた。
正確には「ぱっと明るくなったように作った声で」と言うべきか。
不器用かと思いきや意外と演技派な油断ならぬ男である。
大学院生沖矢昴というカバーストーリーを持つ彼。その本名は赤井秀一。
現役のFBI捜査官だ。
実のところここまでの流れは非常にスピーディーだった。
コナン君に拾われてからは阿笠邸で三者面談。
簡単な質疑応答を終えるとおいしいご飯の提供があり、気が付けば私の工藤邸滞在が決まっていた。
出会いのシーンから音を置き去りにする急展開だったが、さすがは主人公。
即断即決で私を家に置くことを決めたようだ。
いや、一応物申しはしたよ?
いくら金持ちの御曹司といえども高校生がだ。お家の人に黙って野生の中年男性を飼い始めるってのはどうなのよ。
アーサー王推定35歳中年男性。
15で即位して約20年間ブリテンを治めたんだから当然の年齢である。
誰がどうフォローしようが、今の私はどこの馬の骨とも分からぬ凡骨だ。
はっきり言って自称ブリテンの王様の浮浪者とか病院以外にぶち込むべき場所はない。
断腸の思いではあるものの、いち社会人としての良識に従って丁寧に謝辞申し上げたのだ。
断腸の思いではあったが。思わずしわしわピカチュウ顔になる程度には断腸の思いだったが!
しかしながら相手は黄金の精神を持つ少年誌主人公。
私の苦言を聞いても「いいからいいから」と取り付く島もなく国際電話を一本だけ。
それで私の滞在を決定してしまったのだ。
これには見守る構えだった阿笠博士も大慌て。電話先の混乱も若干伝わってきて申し訳なさが限界突破だ。
なにせ私は先人たる沖矢さんとはわけが違う。
彼はFBI捜査官というこれ以上なく身分のはっきりした人だ。
真っ当な大人だとある種太鼓判を押されたようなもの。
公職の中でもっとも身分を保証された職の一つが警察官……FBIというものなのだからな。
対して私は手に職どころか住民票すら無い始末である。
最終的には圧倒的な実利と欲望に押し負ける形で滞在のお誘いを受けて知ったのだが、内心では聖剣がポッキリ行かないかヒヤヒヤものだった。
中世の価値観では旅の騎士を泊めるとか普通だったからセーフ。
そうに決まってるまだ折れてないし大丈夫、等と虚空に向かって言い訳していた道中です。
うーんジェネレーションギャップ。
「アーサーさんの部屋はここになります。何かわからないことがあったらいつでも聞いてくださいね」
「ありがとう、オキヤ。ひとまず僕は部屋と屋敷をひととおり見てみるよ」
軽く礼を言って扉を閉める。
工藤邸はまさに都心に立つクラシカルな洋館だ。
しんと空気を圧するような気品が家具1つ、装飾品1つからも伺える。
私が充てがわれたのは一階南向きの部屋で、元々は客間だったのだろう。
朝焼けの色をしたカーテンから日が差し込んでいる。
ガラス製のサイドテーブルには薔薇の活けられた小さな花瓶。
緻密な赤い刺繍が一面に広がる滑るような手ざわりのベッド。
その全てが美術館にも似た静謐な空気を際だたせる。
私は若干ののち思考を放棄した。
すっごいお金持ちが住んでる高そうな部屋だぁ。
一生かかっても弁償しきれなさそうな家具が群れで攻めて来るとか完全な負け戦じゃん。
勘弁してほしいでござる。
無論、単純な広さと絢爛さならキャメロットのほうがずっと凄まじいのだと霊基の記憶から理解している。
白亜の居城は仰ぎ見るほどに神聖かつ静謐。
蒼き御旗の垂れる謁見の間へ光が差し込み、聖槍を模した玉座は白く真白くその権勢を示す。
それこそ、人が空想にて描く王の居城そのもの。
霊基の記憶をなぞるだけの私でも「これ以上の城とかありえんな」と思う美しさだった。
風化した無人の城ならアヴァロンにもあるが、当時のキャメロットにも行ってみたかったなぁ、等と観光客魂が疼いたりもする。
また、城の頑丈さも折り紙付きだ。
軒を連ねる円卓の騎士たちの対軍宝具直撃にもある程度耐えうるらしく、食事の場でちょっとした騎士同士の殴り合いがあっても問題ないらしい。
古代の戦士達の集いらしく内ゲバというか死闘というか、喧嘩は日常茶飯事だったようだ。
記憶領域にアクセスするだけで自分のものではない怒りがこみ上げてくる。
怒りか、むしろ笑い?はははせめて痴情の縺れで城壁を破壊するのは止めようね円卓のアホども?
……どうやら触れてはならぬ記憶だったようだ。
とかく、どっちにしろ元一般人からすれば分不相応にもほどがあるマネーのかかり具合だ。
逆に落ち着かなくて座り場所すらわからない。
私はホテルのロイヤルスイートでも広すぎて部屋の隅に荷物を固めるタイプの人間だったんだ。
人間もうちょっと省スペースで行くべきだろうがよぉ!
「さて、何でもいいけどそろそろ荷解きをしないとな…」
自分をたしなめるべく独り言ちる。
あてがわれた自室へ荷物を下ろし、私はふぅと息をついた。
理想郷から持ち出した各種アイテムが意外と重たかったからな。ここなら整理もかねて一息つけることだろう。
神秘を内包し、あらゆる毒に反応して色の変わる酒器。
食物を入れれば腐らずほぼ永久に保管しておけるクーラーボックス上位互換な壺。
ハリポタに出てきそうな林檎の刺繍付き白い透明マントなど。
内包する神秘の濃度から察するに、皆かつてのブリテンにあった宝具の類なのだろう。
まぁ、私はほとんどキャンプ用品としてしか使っていないが。
むしった野草を食べられるかどうか判別するのに便利だったよね、この酒器……。
と、それらを一つずつ革袋より取り出して備え付けの棚へと収めていく。
このよれよれの糞Tシャツは捨てよう。ここに来る前に新しい服を調達できたのでお役御免だ。
地味に灰原さんから「粗品さん」と呼ばれたのを引きずっている私です。
「…………」
最後に。
虚空より実体化させるは黄金の剣。
私は改めて、かの星の聖剣「
二重構造であるこれは通常時でも多くの拘束・多くの封印が為されている。
たしか十三拘束というのだったか。
風王結界による真名偽装の鞘と、そこに加えて宝具「
一定の条件を満たさねば威力が減衰していくが、それを差し引いてもすさまじい威力を持つ星の最終兵器だ。
それすなわち、あのとき私が用いた「
考察は後だ。ひとまず剣の手入れだ。
記憶に従い買ったばかりの布とオリーブオイルで黙々と拭きあげていると、意外と時間がたっていたようだ。
コンコン、と控えめなノック音にハッと意識が引き戻される。
「はい?」と軽く扉越しに声をかけると、沖矢さんがスコーンの乗ったお盆を持ちながら廊下に佇んでいた。
「ちょうどお茶を入れまして。よろしければご一緒にいかがです?」
「……なるほど、ありがとう。喜んで」
突然の誘いに少しばかりビビりつつ、私はにっこりと微笑んでみせた。