ロンドンの一角から黒い手が吹き出した。
遊ぼうヨォ、や笑ってワラッテ!などと子供のようにはしゃいで無数の手を我先にと伸ばしていく。
きゃははは、あははは、と幼い声が邪悪さを纏って反響する。
先頭を走るのはルパン三世。
追いかけてくるそれらをひょいひょいと避けながら上手く流れをいなしている。
しかし、本数が多くなるにつれてそれも難しくなってきた。
五エ門が前に出るも、影は刃をすり抜けて切り落とすことができない。
ついにルパンはやや太めの影の腕に捕えられ、「あーれー!!」と悲鳴と共に高所へと持ち上げられてしまった。
「ルパン!!」と焦ったように声を上げた次元が発砲するものの、影には何の痛痒もあたえられない。
ルパンがガックリと体の力を抜いた。
「これはまずい感じぃ…あわわわわ」
「気イ抜けたこと言ってんじゃねぇぞルパン!脱出できねーのか!」
「無理無理。なんか体が痺れて全然動けな……おっ?」
無数の腕を裂くように、細く長い痩せ細った赤ん坊の腕のようなものがルパンの胸に伸びてくる。
手はずぼり、とルパンの胸に差し込まれ、赤く脈動する光を抜き取った。
そしてそのまま、腕は甲高い声でケタケタと笑ってしゅるりと消えた
周囲の建物の二階にもなる高さからパッと離されたルパンが「おわわわわわ」と声を上げながら信号機や二階のベランダ等々を経由して落下してくる。
「ルパン!無事か!」
「なんとか脱出成功〜。でもこれちょっとヤバいような」
胸に手を当てて、ルパンは一つ頷いた。
顔色が悪い。自分でも信じられない、と言った調子で呆然とルパンは口を開く。
「俺、あいつに心臓を取られたっぽいわ」
「はぁ!?!?」
次元が思わずルパンの胸に耳を当てて心音を確認するも、やはり音はしないようだった。
次元はもはや声もなかった。
「心臓を盗むなど、つくづく面妖な……」
青ざめた不二子が「ルパン…!」と息を呑んでいる。
きゃははは!とまた一際大きな声を上げて、止まっていた手が再び動き出した。
と、ちょうどそのタイミングで外へ出たらしい運の悪い一般市民が瞬く間もないうちに黒い影の手に飲まれて。
その瞬間、風の刃が影を切り裂いた。
ルパンが振り返ってまだ青さの残る顔でニヤリと笑う。
「おー、お早いお越しで」
「盗るんなら管理までしっかりしてくれないと。ご覧よ、妖精たちがすっかり盛り上がってしまっている」
くすくす笑って、面白そうな顔で輝ける騎士王が降り立った。
一体いつから見ていたのやら。
「そいつはすまねぇな。俺らも聖剣にあんなおっかねぇ機能があったとは知らなかったんでね」
そう返して、ルパンはアーサー王の戦いをその目で見たのだった。
たどり着いた時、ルパン一味はなんとか全員五体満足のようだった。
しかしルパンの胸に妙な空洞が見えるが…いや、今はそれを気にするべき時ではない。
まずは過度の興奮で暴れる妖精たちの影を鎮圧せねば。
さて。
「カルンウェナン、スピュメイダー!マルミアドワーズ!」
サブ宝具マルミアドワーズを具現化して握り込み、残り2本の宝具を宙に浮かべて回転させる。
これらは私の補助宝具であり、普段はあまり使わず非実体でしまってあるものだ。
先ほど風の刃で助け出した男性に再び手が殺到したので、守るように影踏みのカルンウェナンを発動する。
これは影の動きを止めるには非常に有効な宝具で……ああ、影がギチギチと激しく蠢いている。
どうやら相当に楽しんでいたようで、テンション上がりすぎて抑えがうまく機能していない。
ルパンめ。こんなに妖精を盛り上がらせて責任取れよな!
スピュメイダーの雷を追加投入。人通りの少ない道で助かった。
幻想を纏った攻撃性の雷が轟音を立てて影を照らし、妖精たちはわずかに怯んだようだった。
その中央を一気に駆け抜け、マルミアドワーズで思いっきり切り込む。
風王結界の風を纏って黒い手の中を掻き分けていき、埋もれる聖剣を引っこ抜く。
瞬間。
すっと幻覚であったかのように影が消えた。
手の中の聖剣を握り直し、フゥと一息ため息をつく。
相手がルパンだったからか、ここまで妖精が盛り上がってしまうとは。
あやうく一般人が被害に遭うところだった。
そこで私は聖剣をカラカラと振って、何か違和感があることに気がついた。
……ん?なんか中の妖精の数が足りなくないか?
背後の気配に思考を中断。
私は後ろに立つルパンに声をかけた。
「で、ルパン。なぜ今の隙に逃げなかったんだい?」
「いやー、俺も逃げようと思ったんだけどもよ?ちょっとばかし用事ができちまったもんで」
「用事?」
ルパンはバツが悪そうな顔で頭をかいた。
「俺の心臓返しちゃもらえねーか?ほら、剣は返したんだしよ?」
「心臓?それはどういう意味……」
見ると、呪詛を受けたのか体の一部が妖精に盗まれたような痕跡があった。
霊基の記憶を参照すると、こうした騎士はよくいたらしい。
つまり妖精に面白半分に体を盗まれるという最悪の事件が稀によくある状況だったという意味だ。
ルパンの胸に火時計のような不思議な光が灯っている。
今はまだ一時を指しているようだ。
十二の火が時刻と共に消えていく仕組みだろう。
全て消えたら……。
ふむ、なるほど。完璧に把握した。
「親切な妖精に当たってよかったじゃないか。仮の心臓まで用意してくれて、時間制限もわかりやすくしてくれている。こんな望外の幸運、流石はルパン三世だね」
「待て待て待て!心臓を返せっつってんだよ!」
「ここには無いよ。心臓を盗んだ妖精はどこかへ姿をくらませたようだからね。かくれんぼ……遊びの一環だろうさ」
実に人間に理解がある妖精だ。
なにせ心臓を盗まれたら人間は死ぬのだと理解しているのだから。
こういう遊びで運悪く即死する人が古代ブリテンには割といたようなので、ルパンの幸運は本当に凄まじい。
私は服の埃を払って聖剣を腰に戻し、帰宅の準備を整えた。
就寝時間にこっそり出てきたので、バレる前に帰らねばなるまい。
必死の顔の次元が前に回り込んだ。
「まぁまぁまぁ、今回の盗みには裏があってな、オメーの聖剣を狙う組織について知りたくはねぇか?なぁ不二子!?」
「そ、そうよそうよ!王様は罪のない被害者を見捨てたりしないわよね!」
罪はあるじゃろがい!!!
私は思わず内心で突っ込んだ。
……しかし、剣は取り戻したし、ルパンに伝手を作ることを考えたらこれもちょうどいい機会になるか。
「わかった。どこかゆっくり話せる場所はあるかい?」
「ならあっちにもう直ぐ引き払う予定の俺らのアジトがある。そこなら座って話ができるはずだ」
ルパンと次元、まだ私を警戒する無言の五エ門、怯える不二子さん。そして私。
そんなメンツで、私達は一旦場所を移すことにしたのであった。
・巻き込まれた一般市民
嘘じゃねぇんだ!たくさん手が、黒い手が飛び出てきて、飲み込まれそうになった時にアーサー王が助けてくれたんだ!違う!酒の飲み過ぎじゃねーって!