仮面ヤイバーショー当日。
私はフォウ君の見張りもあって、工藤邸で留守番することになった。
無論工藤邸周辺の警備は厳重かつ空気はピリピリ。
有事の際には周辺住民のスムーズな避難ができるように大勢の警察官が待機しているらしい。
家の中の私は公務をほとんどキャンセルしてフォウ君の見張りに終始している。
フォウ君は昨日から食欲がないのか、何も食べずに部屋の隅でじっと蹲ったままだ。
しかも相当機嫌が悪い。
一夜経って今朝、サイズの確認のために抱き上げたらものすごく不機嫌な顔で「フォーヴヴヴ…」と威嚇されてしまったからな。
元々はチワワサイズだったフォウ君。
それが、今ではもう既に柴犬ぐらいはあろうかという大きさになってしまっていて、尻尾の先が宇宙色に染まってしまっている。
あえていうなら英霊結晶・流星のフォウ君と言ったところか。
まだツノが生えてないだけマシとはいえ、いつまでそれが持つかは分からない。
昨晩のうちに話は「犯人の生死問わず」で纏まった。
日本警察は通常通り犯人確保に尽力するが、「犯人に不測の事態が起きても、日本警察は関与しない」とされたのだ。
つまり現場で怪しげな第三者が犯人を射殺するかもしれないが、これは深追いしないということ。
事実上殺人を黙認することになり、白馬警視総監は忸怩たる思いに顔を顰めていた。
きっと犯人が殺される前にコナン君の保護に全勢力を上げろと意気を上げているところだろう。
また、これに追加情報の形で念の為伝説の殺し屋コンドウについて情報共有している。
小規模ではあるものの、テクスチャを縫い止める光の柱の可能性があることを各国に伝えなければならなかったからな。
もし殺害した結果テクスチャの剥離が起これば、そこにあったものは全て歴史が書き変わる。
いたはずの人がいなかった事に、居なかった人物がひょっこり生えてくることもあるだろう。
それに私たちは気づくことはできない。
流石にこれには各国も慄いたらしい。
後ほど可能性のある人物のピックアップを依頼された。
不測の事態で自分が存在ごと消えてしまう可能性があることを思えば、それも当然の反応か。
これは私の知識だけではどうしようもないので、紅子さんに手伝ってもらえるよう依頼するつもりだ。
まあ、そんな感じで時間を潰す今現在。
私はうろうろと部屋の中を熊のように彷徨いてため息をついた。
現場に駆けつけられたらどれほど気が楽になるだろうか。いや、フォウ君のいるこの場こそが真の現場である事に間違いはないのだが。気分的にこう。
ふと、私は昨日使った釜による遠隔地の確認を思い立った。
私がこの場から動けなくなってしまうデメリットはあるが、どうせフォウ君は蹲ったまま大きなため息をついているばかりだ。
今も「ふぉーーーーー………」と陰鬱そうに肩を落としておやつのビスケットを食べようとしない。
ならばちょっとばかし現場を覗き見ても問題ないのではなかろうか。
釜を具現化した後、そろりそろりとリソースを使って風の神経を伸ばしていく。
正直「史上最悪の二日間」について内容はうろ覚えだ。
「鍵泥棒のメソッド」を踏襲してコナン君が記憶喪失になる話だったのは覚えているが、その程度。
なんとか10分の時間をかけて横浜の赤レンガ倉庫へと風を送り込めば、たくさんの子供達の姿が目に映った。
仮面ヤイバーの歌が流され、賑やかな歓声が耳を和ませる。
その中に……居た、コナン君だ。
そして隣でコナン君と手を繋いでいるのは、誰だこの男。
見たところ、コンドウでも犯人グループの誰かでもない。
しかも彼ら以外に犯人組の姿は見えない。
いやまて、そういえばコンドウがいないのは、コナン君がコンドウに依頼をしたからじゃなかったか?
確か、行方不明のコナン君を追って灰原さんと阿笠博士が犯人グループと接触して。
その結果阿笠博士が捕えられたんだったか。
急いで釜の補助を受けながら東都全域を総浚いすれば、爆弾の設置された部屋で縛られたまま転がされている阿笠博士の姿が確認できた。
少しずつ釜の使い方にも慣れてきたからできた荒技だ。
自分一人ならとても脳が追いつかなかっただろう。
同じ建物内に犯人グループの一人、Mとかいうハッカーの姿が見える。
同時に、阿笠博士を救出せんと動くコンドウの姿が確認できた。
───どう動くべきか。
このままだとコンドウの代行として呼ばれたあの冴えない兄ちゃんが、国の用意した殺し屋に殺されてしまう。
彼は「鍵泥棒のメソッド」のもう一人の主人公。名前は……確か桜井だったか?違ったか?…まあいいや。
流石に殺すのは不味かろう。
するり、と風を送り込んでコナン君に話しかける。
これは釜のリソースを使ってギリギリ成立した超遠隔通信機構。
二部六章で妖精達が使う「風の囁き」に近い超級の魔術である。
『無事かい!?コナン君!』
「!アーサーさん!どこにいるの!?」
『僕は風に声を乗せているだけだから、実際はキャスパリーグと共に工藤邸にいるよ。それより、今すぐそこにいる青年と一緒に警察に駆け込んで欲しい!』
「っ、僕もそのつもりだよ。この会場…銃を持ってる人が山ほどいるからね。けど、阿笠博士達が…」
『今コンドウが救出に向かってるんだろう?大丈夫。いざとなったら風で僕が援護するから』
私が全く動けなくなってしまうが、今の要領で遠隔地に対して風の刃を出すことも可能だ。
ちょっとしたカマイタチ程度の威力しか出ないが、人の足の腱を切るぐらいなら楽にできる。
コナン君が会話の合間にスマホを取り出して、電話してる風を装う。
「それと、施設から盗まれた爆弾の量を加味すると、今回の黒幕のところには爆弾がまだ残ってると思う」
『そっちはまた別途考えよう。まずは工藤邸に帰ってくるんだ。キャスパリーグがどうしようもなく機嫌を損ねていて、もう僕の手に負えない』
具体的には、今ちょうど上等なステーキをお出ししても「ヴヴヴヴ…!」と歯をむき出しにして唸られるぐらいにはご機嫌斜めだ。
あまりに動かないので心配して出してみたのだが、作り置きを電子レンジでチンではやっぱりダメらしい。
おいたわしや…フォウ上……。
コナン君は苦笑と、わずかな悲しみを混ぜて頷いてみせた。
彼に対し、謎を前にかなり酷なことを言っているのはわかっている。
それでも世界のため犠牲になれと子供に強要する、その罪深さも。
「わかった。警察の人に話しかけてくる」
『頼んだよ。僕はコンドウの方をフォローするよ』
「というか、その情報どこから手に入れたのさ。もしかして風って通話だけでなくて遠隔地の状況を見れたりするの?」
『その通り。僕も今まで試したことがなかったから初めて知ったけどね』
これまで風王結界で色々できないか隙を見つけてはいじくり回していた経験が生きたな。
今後も風王結界は積極的に動かしていこうと決意するなどして、私は一旦通話を切ったのだった。