「ただいまー!ってうわぁぁあ!?」
「ふぉうッきゅーんんん!!!」
コナン君が工藤邸に帰宅して早々、フォウ君が泣きが入った声で弾丸のように突進した。
柴犬ほどもあるサイズでそれをやられると、コナン君は吹っ飛ぶしかなく。
後ろに素早く回り込んでコナン君を受け止めたが、それに構わずフォウ君は顔をぐりぐり擦り付けて泣いている。
どうやら本人的にはよっぽど辛い状況だったようだ。
まぁ、飯も喉を通らない様子だったしな。私なんか一回噛まれたし。
後ろからついてきていたお医者さん数名が目を白黒させている。
しかし、こうも苦難が続くとコナン君にはアヴァロンを預けっぱなしにするのが吉だと思えてくるな。
コクーンの一件以後は私に返してもらっていたのだが、今回はそれが裏目に出た。
「コナン君、ひとまずこれを」
「ん?何を……ってエクスカリバーの鞘!?なんで!?」
「僕の心の安寧のために」
無理やりコナン君の胸にアヴァロンを入れ込めば、「はわわわわ」とコナン君が戦慄した。
自分の体の中に謎のものが入ってくるってちょっと怖いよね。
挿入し終わって一息つけば、コナン君が恐る恐る話しかけてきた。
「……怒ってる?」
「怒る?君が犯人に捕まったのは不測の事態だろう?その後も君は自分が生き残れるよう最善を尽くした。怒る理由がない」
「でも、僕を助けるために人が死んだ」
曇った顔でコナン君が俯く。どうやらTVニュースの報道を見たようだ。
死者3名、重症者8名、そのほか中軽症4名。
昨晩、コナン君を助けるために廃工場に突入して爆発に巻き込まれた警視庁の被害状況だ。
「ふぉうん……」と心配そうにフォウ君が鳴く。
コナン君は私が怒っているか聞いたと言うより、怒られたがっているようだった。
私は心を鬼にして瞳を閉じた。
「なら君は生きろ。君が一分一秒でも長く生き続けることこそが、全人類を救うという償いにして功績となるのだから」
「………分かった」
「そして、いつかその残酷な重荷を君が下ろせるように、僕も全力を尽くすよ」
このまま彼をがんじがらめに縛り付けていていいはずがない。
小泉紅子という魔女の手も借りて、なんとか彼の代替となるビーストⅣ抑制機構を探さなければ。
コナン君は予想外のことを聞いたという顔をして私を見た。
そして、ゆるゆるとした声色で「ありがとう、アーサーさん」と言ったのだった。
その後は助け出されてから健康の確認だ。
特別に工藤邸にまで足を運んでもらったお医者さんに体の調子を確認してもらって、コナン君はようやく解放された。
ぴとっとコナン君に張り付いて離れないフォウ君はようやくチンしたステーキを食べ、そのちょっとパサパサした食感に「フォヴ…」と顔を顰めていた。
コナン君が様子を見にきた私に問いかけてくる。
「アーサーさん、阿笠博士達は?」
「既に保護済みだよ。今警視庁の車で病院に運ばれているところだ。コンドウはうまく姿をくらませたみたいだけど」
「っ!良かった……」
ほっと一息コナン君はつけたようだ。
たしかに、阿笠博士など犯人グループに捕えられて今にも殺されそうになっていたからな。
私がやったことは簡単だ。
風王結界で監視カメラを眺めていたハッカーMの片足の腱を切り、そのまま放置しただけ。
その後突入してきたコンドウは痛みに蹲っているMに訝しげな顔をしていたが。
素早く捕まっていた阿笠博士を救出して去っていった。
素早い仕事だ。流石は殺し屋で名を馳せていた人間である。
コンドウはその時Mから、自分の妻が人質として捕えられていることを知ったらしい。
阿笠博士を残し去っていったのは、一人で妻のもとに駆けつけるためでもあるらしかった。
一通り話せば、コナン君は目を細めてシンキングタイムに入ったようだった。
「残りの犯人グループは黒幕であるアドリブのタツ、そして詐欺師のナナか。今いる場所はわかる?」
「少し探してみようか」
別室にある釜のリソースを使いながら風を展開する。この作業にももう慣れたものだ。
今ならもう少し細かい作業ができる気がするが…それはいいとして。
まもなく、都内のマンションの一角にその姿を見つけることができた。
詐欺師のナナの姿もそこにある。見知らぬ女性の姿もある───こちらはコンドウの妻のようだ。
通話中で、どうやらコンドウを脅しているらしい。
まぁ、犯人達の現在地を警視庁に伝えればそれでお仕事は終了だろう。
「アーサーさんの力が各国に知られちゃうけど大丈夫?」
「それくらいなら別に構わないさ。そもそも、僕は嵐の王だ。元々このぐらい出来てもおかしくないと認識されているさ」
風を操る力自体はもう既にウィンブルドンの会場で見せているからな。
多分またワァワァと騒がれるだろうが、その程度は苦労のうちにも入らない。
コナン君がわずかに俯き、平たいトーンで口を開く。
「犯人、殺すの?」
「各国のヘイトはもはや僕では止めきれない。世界の安寧を脅かしたんだ」
「僕は無事だよ」
「結果論だと、皆そう考えているだろうね」
理解はしている、けれど納得しきれないという様子でコナン君は目を強く瞑った。
「ふぉう……」とフォウ君が優しく寄り添うも、コナン君の顔は晴れないようだった。
「……一応、犯人はなるべく殺さないよう要請は出そう。その上で、警視庁が無事に犯人を保護することを祈るしかない」
「そうだね」
私の要請を無視してでも独断で消しにかかる者も出てくるだろうが、それ以上の面倒は見きれない。
私は冷徹に凶悪犯・タツの未来に見切りをつけた。
あーー、こんなんだから政治に触れてるとダメなんだよ。などと内心ため息をつきつつ。
「推理を警官に伝えて、黒幕がタツだったと推理する役は頼むよ。僕ではうまく説明できる気がしない」
「分かった。アーサーさんはそのままタツの動向を監視してて」
「了解」
そうして。
タツとナナが捕まったのはそれから一時間のことだった。
今のところ留置場で無事に過ごしているらしいが……近いうちに不審死する可能性は高かろう。
それを指摘するほど私は無粋にはなれなかった。
コナン君はもうとっくにその可能性に気づいているだろうが。
それでも、唇を噛んで彼が口に出すことはなかった。
そうして、史上最悪の二日間は私たちに陰鬱な空気感を残して過ぎていったのであった。