(紅茶の)飲み会なう。
実際、これは酒が入っていないだけでお互いの腹を探り合う飲み会以外の何物でも無い。
本来酒を使うところ、沖矢さんが私の年齢に配慮して紅茶に変えてくれただけだ。
まぁ、見た目こそハイティーンだがアーサー王は三十路の偽装青少年なのだがね…。
朗らかでも全然声が笑ってない沖矢さんの誘いに快く応じる。
とりあえず探りでも入れておこうか、という腹だろう。どこの馬の骨かと疑うよねそりゃ。
せめて非武装で行こう、と私は手入れ途中だったエクスカリバーをそっと部屋の隅へ隠した。
素手でもほとんど怪獣みたいな戦闘力あるだろと突っ込んではいけない。
「どうぞ、ああ。一応コーヒーもありますが。苦手なものはありますか?」
「せっかくなので紅茶をいただくよ。苦手なものも特にないけれど、来たばかりの僕にこんな心配りをしてもらって…本当にありがとう」
「いえいえ。これから同じ家に滞在するんですから。せめてゆっくりしていただければと思いまして」
出された紅茶は簡易ではあるものの英国式だった。
スコーンにジャム、マーガリン。
銘柄は分からないが紅茶と、そこに入れる使い切りのクリーム付きだ。さっき食べたばかりだが思わずじゅるりと涎がたれそうになる。
アルトリア族は腹ペコ属性と古来より相場は決まってるんだ。仕方ないよね。
向かい側に座った沖矢さんはどうやらアフタヌーンティーにそこまでのこだわりが無いらしい。
飲めればいい、と思っているのがありありと分かる雑さで昴さんが砂糖ブロックを紅茶へ放り込む。
なるほど、英国生まれのアメリカ人。
漏れ出る赤井さん要素に内心ニヤッとしながら私も滑るような白い陶磁器のティーカップへと手を付ける。
その時。ちょっぴり予想外のことが起きた。
私の体は意識の外で、体に染みついた如き自然な形でティースプーンへと手を伸ばしていた。
紅茶へミルクを注いだ後、優雅に上品にティースプーンを前後に動かしそれを溶かす。
ふちに沿わせるようにカップを持ち、一口。
マナーなど最低限しか知らないはずなのに、英国式の作法を上流貴族もかくやという動きで実践する体に、私は思わずおののいた。
王様って地位にはぴったりで便利なんだが、5世紀当時のブリテンには紅茶とか無かったやろ。
すっと真顔になっていたらしく、沖矢さんに「どうかされました?」と聞かれてしまった。
すぐに愛想笑いをしてごまかしたんだが、少なくともこれは霊基の記憶でもないようだ。
型月ファンタジーを鑑みても霊基の舌が「初めて飲む味だ」と判断している。
アヴァロンの荒廃具合といい私の出現理由といい、もう意味わからんね。
「ホー……」
自動で作法通り動く体を昴さんがしげしげと観察している。
何がホーじゃ文句あるんかコラァ。
こちとら聖剣を大切にしようをモットーに必死でお行儀よくしてるのに、古代ケルト風味で行ってもいいんじゃぞワレェ。
理不尽に荒れる内心を宥め、私は小首をかしげた。
どうもこれまでの貧しい生活に心が荒んでオルタ化しかけている。
オルタなんて美味しい要素はここぞという場面で出さねばプーサーが廃るというもの。ここはクールにいかねば。
「ええと、何かあったかい?」
「いえ。随分と美しい所作だと思いまして。ご実家ではこういったことには厳しいほうだったんですか?」
「そういうわけではないけれど、僕も少し緊張していて。お茶会で粗相があってはいけないから……いや、少し堅苦しすぎたかな?」
ところどころ誤魔化しつつの会話だ。
上滑りする空気に若干の居心地の悪さを感じつつ、それでもできる限り誠実に。
私の敵意のなさを感じたのか、時がたつにつれ沖矢さんの警戒が少しずつ薄まってきているように感じられる。
沖矢さんはスコーンの最後の一かけらを口に放り込んだ後、満を持してといった様子で切り込んできた。
「そういえば、今回あなたが工藤邸に滞在することになったきっかけなんですが。コナン君を助けたと小耳にはさみまして」
「そんな大層なものじゃないよ。偶然その場に居合わせて、かつ運がよかったというだけだから」
「それでも、彼はずいぶん恩義に感じているようだ」
「はは。律儀すぎるとは思うけど。僕も渡りに船だったとはいえ、少し申し訳ないぐらいだし」
まさに、偶然かつ運が良かっただけだ。
瀕死の彼を抱き上げてアヴァロンへ落ちたあと、私がやったことは至極単純だ。
宝具を起動させ、安静にする。それだけである。
あの時、工藤新一の容態は一刻の猶予も許されない状態だった。
それがどれほどかというと、例え「
そこでとっさに思い付いたのが理想郷への一時退避である。
外界に比べ星の内海は人理が固まりきっていない。死の定義もあいまいで、神秘による無理は遥かに利きやすい。
それを利用していったん彼の状態を保存。死にゆく命を停止させる裏技を使ったのだ。
そうして時を稼いだ上で、不老不死の加護によって所持者の傷から血が流れるのを止め、癒し不死身にする剣の鞘「
治療を終えたら回復した彼を背負い、星の内海より這い上がるだけだ。
思い返しても意外と良い判断だったのではなかろうか。とっさの判断にしては上々、と自画自賛している。
実は彼の記憶にない二日間は星の内海より這い上がるのにかかった時間である。
230kmロッククライミング一発勝負。
意識のない人間一人を抱えてのことだったので結構きつかったが、致し方ないことである。
事件簿にいわく、妖精域は地下80km地点より下と定義されている。
あくまで私の体感だが今回降りた地点も地下200km以下ということはないだろう。
それだけの深さの陥穽を黙々と登るのだから、2日で完遂した私は称賛されるべきではとも思う。
途中途中で休憩を挟んだが、8時間過ぎたあたりで心が折れそうになった。ゴール地点すら見えないやんね…。
「なるほど。ですが彼にとっては命の恩人に違いないのでしょう。そう謙遜されずとも、留学中の滞在先が豪華になったと気軽に喜ぶほうが彼も喜ぶでしょう」
「あはは、そうだね。そうさせてもらうよ」
「……それにしても本当に日本語が流暢ですね。そこまで身に着けるのは大変だったのでは?」
「まぁ、言語習得は得意なんだ。これでも特技だからね」
「それは素晴らしい。僕も見習いたいものです」
嘘ではない。英語はギリいけるし。
あと霊基がブリソン諸語と各種敵国語、あと古ラテン語を話せる。
5世紀ブリテンはローマ支配が解かれた直後の時代。つまり乱世。必然的に敵国語を含めた各種方言には堪能にならなければならぬわけで。
日本語で言うなら標準語に加えて津軽弁と京言葉と土佐弁と琉球語を同時に習得してるみたいなものか。
超人かな?
おまえ自身は全然言語習得得意じゃないじゃんほぼ霊基の力じゃんとか言ってはいけない。
と、話しているうちにふとチャイムの音が耳をかすめた。
音は玄関のほうからだ。
沖矢はすぐに席を立ち、私のほうへ朗らかに笑いかけた。
「来客のようですね。僕が出てきますので、ゆっくりしていてください。」
「ああ、それなら僕のほうが」
「いえいえ、今日こちらに来たばかりなんでしょう。疲れているかと思いますし、今回は僕に対応させてください」
「……何から何までありがとう、オキヤ」
ご厚意にあずかって、出ていく沖矢さんの後姿をまったりと見送る。
窓の外には閑静な住宅街。
少しばかり珍しい外観の豪華な一軒家ばかりが立ち並ぶ高級住宅街だ。そこにあってなおひときわ目立つ、世界的小説家工藤優作の邸宅。
その一角で午後のティータイムに勤しむ自分、というのは改めて考えるとこれまでで一番非現実感を覚えてしまう。
アヴァロンとかファンタジーすぎてVRアトラクションみたいだったからな。
大出血の新一君は通常運転なサスペンス冒頭だったし。
そんな雰囲気でぼんやり二杯目の紅茶を味わっていると。
カッ、と。
突如、上の階の窓から強い閃光が目に飛び込んできた。
同時に噴出したらしい
「っ、な…!?」
ま、まさかコレ部屋に置いてきたエクスカリバーが発生元か!?
ふわりと舞う燐光が手に当たると、栄光と理想、戦場に漂う悲願の概念をわずかに感じ取ることができた。
蛍のように夢のように、酷く物悲しい幾万の想いが光となって浮かび上がってくる。
やっぱエクスカリバーなんだわコレ!
まさか時間差で折れたか? やっぱり小学生相手にヒモしてる王様はアウトだったかな、でもそれならすぐ言ってほしいです思い出したように折れるのは止めて本当に!
現場へ急行すれば、ドアを開けた瞬間匂い立つような真エーテルが噴出した。
神代の残り香だ。
これ以上濃度上昇すれば現代人には命に係わる。
部屋の中央で呆然と硬直しているのは先ほど玄関へと向かったはずの沖矢さんだ。
エクスカリバーを右手で掴み、そのまま放すこともできずに腕を震わせている。
「沖矢さんッ!?」
私はすぐさま彼へと駆け寄って剣から腕を引き剥がした。
そうすればパッと電気を消すように光は薄れ、真エーテルの放出も止んでいく。
一過性の異常事態ということで聖剣も折れていない様子でほっと一安心、と同時に困惑とか疑問とかの諸々にしょっぱい顔になってしまう。
というか来客じゃなくて「僕トイレ」の亜種だったんかよ!
クッソ騙された!別に後ろ暗いことなんてないから見てくれていいけど、むしろ存分に見て潔白を信じてくれたほうがいいけど!
エクスカリバーに誤作動なんてあるんか。真エーテルに関しては私がアヴァロン滞在中に込めてただけだから分かるが、沖矢さんに反応した理由がわからない。
その沖矢さんといえば真エーテルに当てられてひどい顔色だったので、バレない程度の出力でこっそり鞘を起動。
治療を始めればまだ軽症だったらしく、幾ばくもせず頬に血の気が戻ってきた。
「大丈夫かい? 先ほどの光といいいったい何が、」
「───いえ、大丈夫ですよ。何故か2階から光が漏れているのが見えまして。勝手に部屋に入って申し訳ありません」
「そ、うかい。ならいいんだが」
沖矢さんは一応体調は無事のようだ。
本当なら病院にかかって欲しいところだが、真エーテルを吸った人間の症状なんて病院じゃわからないだろうし。
むむむ、と悩んでいれば、沖矢さんは瞳を伏せて何やら考え込んでいる。
「────千の松明を集めたかのような光を灯す剣、不死身の加護をもたらす鞘。なるほど」
「……うん?」
沖矢さんがぼそぼそと何事かをつぶやく。
聞き返せども返事はない。
ただ俯いたまま何事かを噛みしめ、長い沈黙の後ようやく沖矢さんはこちらへと顔を上げた。
そして内心の読めない顔でにっこり笑い、立ち上がった。
「いえ。なんでもありません」
・聖剣
「着替えもなしに王を外界に放り出してもうたわ…さすがに悪かったな……。せや!この疑いまくりの眼鏡に王の偉大さを伝えてチャラにしてもらうやで!」
・昴さん
「───なるほど、これはボウヤが信じるわけだ」