本日は、五月三日。朝早く。
森谷帝二が留置所から逃走したらしく、警視庁から緊急で連絡が来た模様。
実は昨日夕方に、爆弾を持って変装していた森谷を現行犯で引っ張ることに成功したのだ。
怪しい髭の浮浪者に変装した森谷を、職質という形で持ち物検査。
そして爆弾発見、署まで連行という流れである。
だがしかし、その場で押収した火薬以外にも爆弾を隠し持っていたらしい。
取り調べの合間に隙を見て署を爆破。
逃げ出したとのこと。
警察は何をやっているんだ!と若干の憤りがなくはないが……まぁ、もしかしたら爆薬を口の中に隠すとかのすごいガッツのある森谷帝二だったかもしれないし。
部外者が口を出すことでもあるまいよ。
一応、二度目がないよう工藤邸の周りは緊急でSPで固めて安全を担保することとなった。
またドローン爆撃を仕掛けられてもいいように、今度は私が工藤邸の周りの風を掌握している。
もしドローンが飛んできても、今度ははるか上空へ巻き上げて爆破させることができるだろう。
コナン君はこの朝から慌ただしい喧騒に困り顔をしつつ、歳に見合わない達観を表情に滲ませていた。
居間で朝食を食べながら、コナン君は瞳を伏せて茶碗を取った。
「ま、蘭には俺から電話しとくから大丈夫。どうせドタキャンなんていつものことだしな」
「………コナン君」
もうすでに、今晩の蘭ちゃんとのデートは諦めているらしい。
それも当然だ。こんな事件があって外出が許可されるはずもない。
───そう、普通なら考えるだろう。
私は奥歯を噛み締め、決意を新たにコナン君をまっすぐに見つめた。
彼の大人な諦観の中に紛れた、しとしとと降る雨のような静かな悲嘆が胸を刺激する。
「……なんとか夜までにはことを収めてみせるから。まだ諦めなくていい。安心して待ってて」
「でも……」
「大丈夫だから」
私は言葉を重ねた。
ここまで舐め腐った真似をしてくれた森谷帝二には目にものを見せないといけないだろう。
朝食を一通り食べ終えると、私は席を立って足早に自室へと向かった。
フォウ君が珍しく私の足元までやってきて「ふぉうっ!ふぉうっ!」と私を激励するように吠えている。
コナン君の甘酸っぱい青春デートは誰にも邪魔させはしないとも。
部屋の窓を開けて、外の大気と風王結界とを接続する。
神経が広がるような、奇妙な感覚が体にフィードバックされた。
風をぶん回して森谷の行方を追うのだ。同期範囲はいくらあっても足りない。
───いた。
米花シティビルのトイレに爆弾を仕掛ける森谷の姿が風王結界の触覚に映し出された。
これ、手に持つ紙袋の量からして既にかなりの量を仕掛け終わった後だよな?
爆弾だけに対象を絞ってもう一度都内を捜索すれば、なんと森谷は交通の要所を含めたおよそ六ヶ所にも及ぶ地点へと爆弾を仕掛けていた。
これで私が爆弾解体の知識を持ち合わせていたのなら、ここから遠隔で爆弾を解除できるのだが……。
一応、森谷側も余裕がないらしく、原作映画のように細かな趣向は凝らせなかったようだ。
無辜の人間を狙ってやろうという悪意が消え、純粋に建物を爆破せんとする意志が透けて見えた。
しかしどんだけ自分の建物を爆破したいんだ、森谷帝二。
厄介芸術家すぎるだろ。
第一報の電話をくれた目暮警部も、今頃森谷の後を追って大忙しだろう。
というか、もしかしたら犯人逃走の責を問われてかなり詰められているかもしれない。
そんな忙しい時に申し訳ない…と思いつつ、朝に連絡をくれたので分かった目暮警部の電話に連絡を入れる。
着信音がしばらく鳴り、2秒かそこらあたりで目暮警部が出た。
「はい、こちら目暮」と声が聞こえてきたので、私も返事をする。
「もしもし。アーサーだ。今少しいいかな?」
「!!これは、アーサーさん。こちらは少し立て込んでおりまして……どうされましたかな」
電話越しにも部屋の喧騒と怒号が伝わってくる。
どうならかなりの修羅場な様子。
人の家をドローン爆弾で襲撃するようなヤバい犯人を逃してしまったからね、そりゃこうもなりますがな。
私は慎重に言葉を選んで、ペロリと唇を湿らせた。
「まだ森谷の行方、掴めていないんだろう?」
「……こちらの力の至らぬばかりにご心配をおかけして申し訳ない。ですがこちらも全力で」
「僕の風が森谷を捕捉した。情報共有がしたい。君たちの力になるだろう」
目暮警部が息を呑んだ。既に私の風での遠隔探知は警視庁の知るところだ。
「あまり乱用はせんでくださいよ」と苦言を呈されてはいるものの、今回ばかりは仕方あるまい。
森谷の行方という今最も重要な情報を前に、目暮警部は「むうう」と声を漏らした。
「ですが、あまりお手を煩わせるわけには……」
「こちらにも事件を早期に解決したい事情がありまして。それに」
私は言葉を切った。
ゆったりと目を見開けば、瞳孔が引き絞られるような不思議な感覚に囚われた。
轟々と炉心が燃える。竜の息吹が胸をざわめかせる。
「あまり見ているだけだと、切り刻んでしまいそうで」
「!!」
風を通して視界に映る森谷に、霊基の殺意がぐるぐるととぐろを巻いている。
今すぐにでも風で頸動脈を掻っ切れる位置にいるのに、なぜ我慢しなければならないのか。
ああ、わからない。
竜の客気を必死で抑えるのも限界が近い。
というかプーサーってなんでこんな短気なの?
私がのんびりすぎるだけ?それはそう。
一拍、言葉に詰まった目暮警部が穏やかに私へと声をかける。
「必ずや貴方を安心させられるよう、犯人逮捕に全力を尽くします。ですから、どうか待ってほしい。一度失敗してしまった身ではあるが、どうかもう一度チャンスをいただきたい!」
決意の籠った、誠意ある声色に霊基が少しだけ落ち着きを取り戻す。
彼らも必死なのだ。
爆破により警官三人が重軽傷を負ったと朝の速報でやっていた。うち一人は生死の境を彷徨っているとも。
それでも犯人へ殺意を向けず、職務を遂行する彼らの気高き志よ。
私は電話越しに頷いた。
「もちろん。だけど、邪魔にならない範囲で力を貸すのは問題ないだろう?」
「ええ。それでは高木をそちらへ向かわせますので、彼に情報を共有していただければと思います」
「ああ、分かった」
ともかく警察と合流だ。
私の風王結界で分かったことは意外と多い。
森谷の居場所、姿格好、六ヶ所の爆弾の位置と形状。
警察の包囲網に私の風王結界を合わせれば、早期解決も夢ではないはずだ。
今日の午後に入るまでが勝負だろう。
なんとしてでもあのイかれた建築家を牢屋にぶち込み、コナン君に安心してデートに出かけてもらわなければ!
じろりと風の視線を向ければ、現在、東都環状線がかかる橋の上、線路の間に森谷が爆弾を設置していた。
もし爆発すれば電車はおろか橋自体崩落し、多くの犠牲者が出ることだろう。
ざわざわと風が騒めく。
竜の激怒をなんとか抑えつつ、私は高木刑事の到着を待った。