最近の喫茶ポアロは満員御礼、商売繁盛。
どこのイベント会場かと見まごうばかりの大盛況具合である。
客足はいつまでたっても途絶えないし、時折若い子女を中心に黄色い悲鳴が飛び交う始末。
しがないバイトの私が内心でため息をつくのも仕方ない光景であろう。
はてさて。時は流れて一ヵ月。
私は工藤邸に寄生する無生産ニートから一山いくらの激安アルバイターへと進化していた。
正規の収入源を得て生活費も確保できたので、工藤邸へも幾ばくかの家賃を入れている。
コナン君は「そんなの気にしなくていいのに! 僕も助けてもらったし、新一兄ちゃんの家もお金に困ってないし」と断ったのだが、私の気がそれでは済まない。
あと少年や、極貧アルバイターの私の心をもっと慮って発言して。
とはいえ、立ち仕事体力勝負の現場で無限の体力を持つプーサーの身体で在れたのは幸運だ。
どんだけ重いものを運んでも小揺るぎもしない腕の筋力、目の回るような忙しさでも肉体疲労なんてなんのそののスペック。
気疲れするのは仕方ないが、それ以外の負荷をほぼゼロにまで引き下げられるのは有利以外の何物でも無い。
おっといけない。
私は強く瞬いて自らに気合を入れなおした。
夕方のポアロは学校帰りの女子高生ほか客足が多く、もっとも過酷な労働時間帯だ。
ようやく手に入れたバイト先なのだから、煩悩にかまけてないで真面目に仕事せねば。
チリンと控えめに鳴り響いたドアベルに、私は教わった通りの文言でお客様を迎え入れた。
「ようこそいらっしゃいませ。何名様ですか?」
入店してきたのは新しい3人組の女性客だ。
私の声掛けに気がついたのか、ぱあっとまだ若さの残る顔をほころばせた。
きっと近場の高校生だろう。見覚えのある可愛らしい制服姿だ。
女子高生らはソワソワとした様子で「3人です。席あいてますか」と問うてくる。
「こちらへどうぞ、お客様方。ちょうど窓側が一席空いておりますので、ご案内いたしますね」
キラキラッと効果音が聞こえてくるように角度まで気をつけた完璧な笑顔だ。
白馬の王子様風プーサーのロイヤル所作、指先ひとつにまで気を配ったコスプレイヤーも納得の一品。
女子高生組はかぁっと頬を紅潮させてキャアキャア黄色い悲鳴をあげた。
そうじゃろうそうじゃろう。型月産アーサー王はかっこよかろう。
内心私も鼻高々、他人の下駄でふんぞり返る王失格の有り様よ。
一応言っておくと、この一連の流れに私が意図したものは何一つ無い。
接客しようとすると全自動で中世の理想の騎士風味になってしまうだけだ。
ホントホント、プーサー嘘吐カナイ。
案内してメニュー表を渡す間にも興奮したヒソヒソ声が聞こえてくる。
「あむぴも凄かったけどアサたんもヤバくない?」
「あまりにしんどい……一生貢げる……」
「アサたん!! あのね、私と一緒に写真撮ってほしくて! お願いします!」
「……ははは。お誘いは光栄なのだけれど、今は勤めを果たさなくてはいけなくて。今日のところは写真は許して欲しいな」
本日幾度目かになるかも分からない撮影申請を却下して、私は手順通り今日のおすすめメニューを紹介した。
何でもいいが、まだ若い身空で三次元に貢ぐのはお止めなさい。三次元ヲタクになると財布が死ぬぞ。
あとアサたんってプーサーの愛称初めて聞いたわ。
花の女子高生達は「じゃっ、じゃあカフェオレとガトーショコラのセット3つお願いしますっ!」と早口で返答した。
中央通路をはさんで向かい側では「お待たせいたしました、ハムサンドです」とハートの付きそうなサービスボイスで注文を運ぶあむぴの姿が見える。
……今更なのだが、もうコレほぼホストクラブでは?
若干の後ろめたさに非実体化させた聖剣の様子を伺う。
未成年相手にアコギな商売をした罪とかでポッキリ折れてないよね?
ちなみに、姿の見えない梓さんはげっそりした様子で厨房にてひたすらドリンク錬成する作業にふけっているはずだ。
というか、あれ?
考えてみれば厨房から響く物音すら少ない。
少し心配になってきた。あまりの過労に梓さんが倒れたりしてないよな?
念のための生存確認のためひょいとバックヤードに顔を出せば、梓さんは熟練職人の如き無駄のない動きでケーキセットを6つ完成させていた。
単に音も立てないレベルまで技巧が昇華された結果らしい。
まじか。
「大丈夫かいアズサ、あまり無理をすると体に良くない。注文はひととおり聞いてきたし僕が厨房に入るよ。アズサはしばらく休んでいてほしい」
「私なら大丈夫ですよ。それよりこのケーキセット3番テーブルにお願いします!」
「あ、ああ。運んでおくよ。それより本当に、顔色が。15分だけでも休憩したほうが……」
ここのところの激務もあり、梓さんは目に見えてしおしおだ。
本業の関係で安室さんはバイトを休みがちだし、私はまだ勤務2週間程度のペーペー。
そうなると一番の先輩である梓さんに負担が集中するのも仕方がないわけで。
恐る恐る心配の声をかければ、梓さんはぶんぶんと首を振った。
「いやいやいや、今一人でも抜けたら崩壊しちゃいますよ! アーサー君たちに比べればこっちは動きも少ないですし、本当に大丈夫ですから!」
「だが顔色が良くない。手も冷えきってるじゃないか。女性にこんな、」
私が手を貸そうとした瞬間、シュバッと凄まじい俊敏さで梓さんが距離をとった。
アクション映画か?
「あーーッ接近禁止!! 分かりました休みますから近寄らないで!」
「うん、あぁー、……うん」
両手でバツ印を作って完全拒否の構えだ。
眼だけで周囲の視線を確認しているあたり、安室さんのエージェント的動作が移ってしまっているような気がする。
「安室さんといいアーサー君といい、私がどんだけ炎上してると思ってるんですか!」
「い、いや、その」
「逆ハーババア? 面食い年増の加齢臭が鼻につく??? はーーポアロのバイト最古参は私なんですけど!」
「アズサ、お、落ち着いて…」
「私が炎上して可哀そうだとは思わないんですか? 野生の放火魔は乙女ゲーに早急に帰還してください!」
「アズサって時々すごい語彙力豊かだよね」
「あ゛あ゛???」
「ごめんなさい」
ヤクザもびっくりのメンチの切り方だった。
ごめんて……いやでも本気で私にはどうしようもないのだよ。
このプーサーの霊基は「理想の騎士」という幻想を多分に含んでいるらしく、周囲の無意識の希望や期待を汲み取って無条件に反映してしまうのだ。
意識すれば多少は抑えられるものの、私が少しでもぼうっとしていれば即アウト。
災難だろうが、イケメン男子が女子受け所作を連発するというメリットを踏まえ、そこはぐっと我慢してほしい。
なお、安室さんの方はやや面白がっている確信犯的な面が無くもない。
このとおり私たちの愉快な会話を盗み聞きしていたのか安室さんはひょいと顔を出し、にっこり圧強めの笑みを浮かべた。
「おや、そうなると僕が攻略対象その二ですか?」
「……安室さんのその、自分のイケメン具合を確信してるとこ流石ですよね」
「僕、これでも自信家でして」
「あーーもういっぺん爆発しませんか? 私の心の安寧のためにも」
「あ、アズサはそんなにやさぐれなくても大丈夫だと思うよ……うん」
梓さんは死角で中指を立てないでください。たぶん安室さんも気付いてて余計に上機嫌にさせるだけだから。
「とにかく、二人とも不用意に私に話しかけないこと! わかりましたか!?」
「はい、仰せのままに」
「騎士の片膝立ちもしない! 手をとって微笑まない!!!」
「はい……」
「アーサー君ばっかり構っていて妬けちゃいますね。僕だって仲間はずれは寂しいんですよ?」
「安室さんはその悪質な笑みを納めてから発言してください」
この公安、善良な一般市民をオモチャにしてやがる……。
最近の流れになるが、安室さんは殺伐とした本業の合間の息抜きとしてバイト時間を思う存分有効活用することに決めたらしい。
それでも最後の一線で踏み込ませないあたりはさすがは潜入捜査官といったところか。
憎たらしいイケメンへと殺意の波動を漲らせる梓さんをなんとか落ち着かせ、私は無心で若い子女らへの奉仕に専念することにした。
なお、時折安室さんから寄越されるカミソリのように鋭い視線は考えないものとする。
絶対私の身辺調査してるよね、風見さんに命じて。
知らないスーツ姿の男性が工藤邸の周りをうろついてたし。
おおコナン君、原作がどこまで進んでるのかは知らんがここにバイトに派遣するなら降谷零に一言連絡を入れてくれるぐらいあってもいいのでは。
などと天に向かって物申しつつ。
結局、今日の客がはけたのは午後9時近くになってからだった。