このごろでは、少年探偵団が工藤邸へ遊びに来るといつも何かしら手の込んだ料理が振る舞われる。
本日もそうだ。
鼻歌を歌いながら魚介のパエリア作りに精を出していると、背後から声がかかった。
振り返れば、そこにいたのは江戸川コナンその人であった。
どうやらお腹を空かせて変なテンションになっているおにぎり頭君を置いてきたのだろう。
「機嫌いいね昴さん……」
コナンは半笑いだ。
昴のこのところの機嫌の良さとその原因に気づいているのかもしれない。
「当然でしょう」と片目を開けて微笑み返した。
「まったく坊やも人が悪い。こんな素敵な事実を黙っているなんて、共犯者を蔑ろにしているとしか思えんぞ」
「いやいやいや、むしろ僕は昴さんのテンションの上がり具合のほうがよっぽど予想外なんだけど」
「キャラじゃないでしょ絶対」と呆れた様子だ。
昴はこの聡明な少年にもわからないことがあるのか、と意外に思った。
英国に生まれたものなら、このロマンにワクワクを感じないものなどいないだろう。
「日本人にわかりやすくいうなら、織田信長が現代に蘇ったようなものだ」
「でも正直考えただけで手に余りそうじゃない?」
「とんでもない。ここで米国という権力を出せば、あっという間にハリウッドの題材の出来上がりだ」
「うわぁ……色々な権力関係が拗れそう」
コナンは嫌そうな顔をして首を振った。
昴、すなわち赤井秀一はすべてのファンタジーを否定するつもりはない。
シャーロック・ホームズは霊魂を否定したが、イギリスという風土に生まれ育ち、UFOや超能力への憧れの残るアメリカで過ごしたのだ。
超能力があったら楽しいと思うし、高校生が小学生に変身することもあるだろう。
ちらり、と昴はコナンを意味深に見つめた。
彼はそれに気づいていないようだが……今はそれでいい。
「でもさぁ、安室さんを挑発するのはやめなよ。わざわざポアロまで行ったんでしょ?」
「日本に不慣れな同居人が初バイトに臨んだんです。見に行ってもバチは当たりませんよ」
「もー」
まぁ、バチバチに警戒した降谷零に刺々しい言葉を浴びせられたが。
その程度なら許容範囲内。彼の方も握られている情報がある以上、早計な手には出ないだろう。
「しかし、陛下の喋るとんでもない田舎アメリカ英語には驚かされた。腹筋がアレほど鍛えられた日は他にないだろう」
「ああ、あの。でも標準語で喋ろうと思えば喋れたよね。ちょっと単語が古めかしい感じになるけど」
「やはり1000年以上前ともなると、同じ言語の祖とはいえまるで違うな。前提知識がなければ正直まるで聞き取れない」
「学者さん垂涎の生言語だもんね。僕たちだけで聞くのはちょっと勿体無い感じかも」
はじめ、彼が喋れるという英語を活かしてバイトについてもらおうとしたらしいのだが。
日本語風テキサス訛りがあまりに強いため昴の一存でそれはやめた方がいいと進言させてもらったのだ。
聞き返されること請け合いだ。
感覚的には突然織田信長が外国語訛りの関西弁を喋り出した感覚に近い。
笑ってはいけないし方言に貴賤など無いはずなのだが、どうしてもギャップが腹筋を直撃する。
何故あんな英語を習得してしまったのか。
もっとこう、なんかあったろと思わざるを得ない。
一応、なんとか標準語で喋ることはできるようだが、そうするとどうしたことか、時折交じる単語や言い回しは古のまま。
昴の知識を以ってしても理解に数瞬かかってしまう状況と成り果てた。
まぁ、これでも随分と現代標準英語による意思疎通が改善されてきたところだ。
当初は文法の違いと発音の違いが折り重なり、日本語で会話するより他なかったレベルだった。
昴はこっそりと細めた瞳の先に王の姿を思い浮かべた。
王の姿は15歳前後の金髪碧眼。
甘く整ったアーリア系の顔立ちは自然と人の目を引き付ける。
見目だけに着目すれば、際立った端正さを除けば普通の若者にも見えるだろう。
しかしその実彼は三十路である昴よりも年上で、出生からの経過年数で言えば1500年近くにもなる。
歴史の存在。古の王。ありえざる帰還を成し遂げた常若の名君。
すなわち其れ、アーサー王その人。
とはいえ。
初めてかの王を見た時は、どんな狂人が来たものかと眉を顰めたものだ。
アーサー王伝説について、イギリス人なら知らぬものなどいない。教養と言ってもいい。
それを騙る滑稽な青年が現れたというのだ。
まず最初に「こいつの頭は大丈夫か?」と心配になったものだ。
しかしそれをあのボウヤが信じて家に泊めることを決意するとなると、話は変わってくる。
もし何か事情があるにしろ、祖国の歴史的偉人を僭称するなどあまり見ていて気分のいいものでは無い。
だからと言って何か意趣返しをするほど大人気ないつもりはないが……それでも、一応化けの皮を剥がして真実を掴む程度はしておきたかった。
そうだ、あの時。
赤井秀一という最大の秘密があるのにも関わらず、工藤邸へと住み込みの決まった不可解な青年へと、昴は探りを入れた。
玄関に細工して来客を装い、昴はそっと無防備な青年の私室へと滑りこむ。
あっけないほどその策はうまく行き、疑問には思いつつも「過度な警戒は不要」と判断を下そうとして。
その輝ける聖剣を、昴は見たのだ。
今思えば、己はかの剣に誘導されていたようにも思う。
単なる留学生が自室に真剣を持ち込んでいたという不審。
目立たないよう物陰に隠されていたと言うのに、部屋に入り真っ先にその存在に昴が気が付いた違和感。
愕然とするほど無警戒に剣を手に取ってしまった不可解。
ふらふらと、香に寄せられる蛾のように。
昴は美しき剣を持ち上げて。
ぶわり、と何か目に見えぬ奔流のようなものが昴を包んだ。
手がビリビリと熱く、白熱する痛みとともに何かが身体に流れこむ。
かっ、と咳き込んだ拍子に昴は喀血した。
それでまずい、と感じたのにその場を離れることすらできぬ恐怖よ。
光を束ねた剣が何かを脳裏に焼き付けてくる。
星の輝き、栄光の灯火。
そういった無形の夢、願いがあたりに散らばって浮かび上がる。
かの王こそは。
聖剣より吹き出た力は、昴の脳裏に形を作りながら語りかけた。
遠い星の輝きに手は届かないことなど誰だって知っている。それでも、だからこそ万人の心を揺さぶる色がある。
幼少のみぎりに読んだアーサー王伝説そのままの、狂おしいほどの切望に満ちた物語。
残酷に無邪気に、聖剣の内側に潜む者たちは王の生涯を語り上げた。
昴というただ一人の聴衆に、僅かばかりの懺悔を織り交ぜながら。
「で、どうして今は料理に凝り出してるの?」
コナンが訝しげな顔で聞いてくる。
パエリアはオーブンで焼き上がりを待つのみだ。
昴さんはやや首を傾げてから、うんと頷いて真顔で答えた。
「王の専属料理人ってカッコよくありません?」
「だからそういうキャラじゃないでしょ昴さんは!」
「いざという時はFBIとして動けるし胆力も自信がある。狙撃もできる。で、普段は料理人をしている。実にハリウッド映画感が無いか?」
かなり本気寄りの発言だったのだが、ボウヤの賛同は得られなかったようだ。
ガックリと肩を落としてため息をつかれてしまった。
ただの家事一般を担う料理人兼執事、その正体は優秀なFBI!なんて夢があっていいと思うのだが。
FBIの伝手で現在アーサー王の身分証を鋭意作成中であるし。
「少年の心を持つ赤井さんは脳がバグりそうだからやめようよぉ…」
「男は何歳になっても少年なんだ。知らなかったのか?」
「知りたくなかった……」
両手で頭を抱えてしまったコナンを尻目に、チーンとオーブンの焼き上がりを知らせる音が鳴り響いた。