今日も今日とてバイトに精を出す敏腕アルバイター、プーサーです。
今日も会計はほとんど終わり、店内に残るのもあと1、2組ほどだ。
閉店時間もあと少し。
店の看板を裏返し、安室さんが厨房の後片付けと明日の仕込を進めている。
窓の外は既にとっぷりと日も暮れている。
少し郊外とはいえ米花町とて東都の一部。
夜闇の中でも街の明るさが空を焼き、星をかすめて文明を示す。
街灯が虫の羽ばたきで瞬いて、私はそれに合わせるように大きく息をついた。
バックヤードでは限界を迎えた梓さんがぐったりと伸びきっていた。
「なんとか今日も乗り切れましたね……アーサー君もお疲れ様です」
「アズサもお疲れ様。飲食店のバイトがこんなにキツいものだなんて初めて知ったよ」
「いつもはこんなんじゃ無いですからね? イケメン効果で異常ににぎわってるだけで、ポアロはもともと純喫茶ですし」
そうですね、朝に来るのも上の階に住む毛利先生たちぐらいだったと聞いていますし。
などと答えながら入ってきたのは、お客さんの食器を下げてきた安室さんだ。
「安室さんもお疲れ様です。アーサー君も途中から中の手伝いしてくれて助かりましたよ」
「それはそれは。飲食店のバイトは初めてだと言っていたけど、とてもそうは思えない仕事っぷりだね」
何事も要領がいいし、日本語も堪能だ、とやや眼を細めてうっそりとほほ笑む。
不意打ちのように引き絞られる警戒の弦に私はギクッと内心肩をすくめた。
実は、最近就業に必要な身分証一式を用意してくれたのはFBIなのだ。
親切にも───本当に親切と言っていいかは諸説あるが───FBIはニコニコ揉み手で私のアメリカ国籍とパスポート、そして日本での就労ビザを手配してくれた。
どうやら米国の上層部の意思も関わってきているらしいのだが、その辺はよくわからない。
ここアメリカじゃないけど他国でそんな縦横無尽に動いて大丈夫か?公安がキレ散らかしてない?
との私の心配をよそに、先日昴さんの紹介でやってきた強面外国人の群れは大盛り上がりでサムズアップするばかりだった。
いやいや、FOOOOO!!本物のアーサー王!!!YEAHHHHH!!!じゃなくてさ。
科学的調査をするのはいいけど、私がアヴァロンから持ってきた宝物を夜通し謎テンションで胴上げしないで……。
実は赤井さんに請われて魔術的酒器や籠等宝物を一部FBIに貸し出していたのだ。
なんでも、私がアーサー王であることを信じてもらうために一時的に提出したら、各方面が目の色を変えて「なんだこれは!?」と驚愕したとのことで。
素早く情報は上層部まで伝わり、裏で色々な力学が働き。
そんなわけで私の身分証は速やかに発行されるという運びになったわけなのである。
ちなみに、FBIの懇願を受けて、今日はバイト終わりにアヴァロンへ寄って追加の宝物を持ってくる予定になっている。
ほんとに返してくれるかちょっと不安だが、アレらには妖精による盗難避けの呪いがかかっている。
貸出期間を越えてちょろまかそうとすれば強烈なしっぺがえしが来るだろうから、そこはまぁ心配いらないだろう。
少し考えに耽ってしまったので、「どうしたんだい?」と安室さんに心配されてしまった。
いけないいけない。
「いや」とだけ答えて会話に戻る。
「アムロのフォローのおかげさ。僕が注文を間違えそうになった時、何度かさり気なく訂正してくれていただろう?」
「……たまたまだよ」
「それでも、僕は助けられた。ありがとう、アムロ」
安室さんの警戒はもっともだ。日本人ではなく正規のビザを持つ外国人労働者でもない。
そんな不審の塊みたいなヤツを警察官として見過ごすわけには行かないに決まってる。
古の騎士としての鋭敏な感覚が、相対する人物の「意識の弦」──警戒の度合いを鮮明に感じ取る。
安室さんは無言で私の瞳を覗き込んでいる。
彼が口を開こうとしたその瞬間。
裏返されCloseの案内が掛かっていた入口が開いた。
来客だ。
「申し訳ありませんがまもなく閉店で………っ!」
「ああ、おかまいなく。僕は同居人を迎えに来ただけでして」
「…………また来たんですね。なんともまぁ健気なことだ。そんなに同居人が心配なんです?」
突如、安室さんの意識の弦が極限まで引き絞られた。
ギリギリとはち切れそうなほどに張り詰めた意識の弦が、私の耳に架空の軋みとなって聞こえてくる。
無言でにらみ合うこと数秒。
ちょっと一般人な私には耐えられなくて、やむなくおどおどと間に割って入った。
「あ、ああ。ありがとうオキヤ。もう少しで終わるから」
「仕事お疲れ様です。では、僕は外の駐車場でお待ちしていますね」
少しばかり挑発的な笑顔を残して、昴さんはさっさとポアロを後にした。
こうして昴さんがくるのはもう幾度目かわからない。
今回はアヴァロンに昴さんも連れて行くから来て当然だが……それ以外にも頻繁にバイトの様子を見にくるので、最近ではどんどん安室さんのギスギス感が高まるばかりだ。
緊張感も死んだ空気もアフターケアせず颯爽と去っていくあたり、流石は赤井秀一である。
責任取ってほしい。
時間にして十秒にも満たない邂逅だというのに何たることだ。
この空気に挟まれて策を成功させきったコナン君はたぶん心臓がレアメタルでできてるんじゃないかな。
振り返った安室さんがにっこりと私に向かってほほ笑んだ。
「そういえば工藤邸に滞在しているんだったね。彼とは親しいのかい?」
「よ……良くしてもらってるよ。今日も僕がこの辺りの地理をよくわかっていないだろうからと迎えに来てくれたんだ」
「へぇ。同じ故郷から来た者同士、息が合うのかな」
お前もFBIの犬か、という言葉の裏がバッシバシに叩きつけられている。
違います誤解です。そんな身分のはっきりした存在じゃなくて申し訳ありません……。
「え、ということはオキヤはイギリス生まれだったのか!僕はてっきり日本人なのかと思っていたよ」
「うーん、僕の勘違いだったかな?」
ごめんね、といいつつ瞳に宿る光は相変わらず出刃包丁より尖って見える。
会話の裏では脳内で目まぐるしく考察と推理が行われているのだろう。冷たい色をしたスカイブルーが私を無機質にとらえている。
しかしだ。
あれ、と私は内心首をかしげた。
彼の弦はまだ引き絞られきっていない。
牽制……というにも不足だ。わざと力を入れていないのか? いや、手加減……警戒をためらっている?
「でももし同郷だったとしたら嬉しいな。僕はウェールズ生まれだから、日本まで来たものの一人で少し寂しくて」
「そうだね、なら交流を邪魔するのも悪いか。あとは片付けだけだから、先に上がってもいいよ」
今日はしっかり働いてくれたみたいだし。
安室さんは人好きのする笑顔の裏で思惑を巡らせながら私をいたわった。
その余裕そうな表情と頼りがいのある仕草の向こう側に、唯人では気付くことのできない疲労を滲ませながら。
「ありがとうアムロ、君も身体には気を付けて。きっと今日も朝からかなり疲れていたんだろう?」
「……」
「最近の君は本業の探偵で忙しいんじゃないかい? それなのに今日も急遽バイトのフォローに入ってくれて。君の優しさは本当にうれしいけれど、無理はしてはいけない」
私はこの勤勉でまじめなお巡りさんへ、心の底からのいたわりと感謝を込めてひとつ礼をする。
安室さんは視線を落とし、逡巡してから少しだけ笑った。
「……君もね」