嫉妬の冒険譚   作:凪 瀬

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32話 ランクアップ前編

 

「頭痛ぇ……」

 

 流石に小竜からの連戦はキツかったか……最後ら辺から帰ってくるまでの記憶が曖昧だし……帰ったら神様が悲鳴あげてたのは覚えてるんだけどな……。

 

「今何時だ……?」

 

 日の高さから見て昼過ぎ、帰ってきた時は霧があった気がするから……まぁ、8時間くらい寝てた感じか?

 普段なら寝過ごしたと思うが……寝た時間を考慮すれば妥当なくらいか?

 起き上がり、伸びを1つしてみる。身体中からバキボキと関節の鳴る音とギシギシと筋肉の伸びる音が全身から聞こえる。

 軽く伸びただけに関わらずこれだけの音を奏でるとは……やっぱり、俺が思ってるよりも激戦だったんだな。

 いや、激戦というよりも、無理や無茶の結果と言うべきか……なんでインファント・ドラゴンに辛勝した直後に周囲の魔物と連戦しようと思ったんだ。あれか?ドラゴンの血には酒精でも混じってたのか?

 昨晩の俺の蛮行に色々と考えていると、部屋の扉がノックされる。

 

「ズィーヤ、入るわよ?」

 

 俺が返事するよりも速く神様によって扉は開かれ、間抜けにも口を半開きにした俺と目を見開いた神様の視線が交わる。

 ノックしたなら返事が来るまで開けない方がいいと思いますよ。

 

「っ!目が覚めたのね!!」

 

「のわっ!」

 

 感極まった様子の神様が、目尻に涙を浮かべながら勢い良く俺に抱きついてくる。

 た、確かに無茶をした自覚はあるし心配をかけた自覚もあるが、そんな泣くほど?

 普段のポーションを使った探索よりは長く戦ってたが、ちゃんと帰ってきたし寝てる時間だって帰ってきた時間を考えれば妥当じゃないか……?

 

「貴方……帰ってくるなり倒れて、2日間も眠り続けてたのよ……!私が、どれだけ心配したと思って……っ!」

 

「……」

 

 全然妥当じゃなかった。

 数時間寝てたと思ったら2日と8時間寝てたらしい。そんなに長い間目を覚まさないってなったら、そりゃ神様も泣くほど心配するわ。

 俺が目覚めたことへの安堵か本当に目覚めたのかへの不安か、あるいは目を覚まさなかったことへの怒りか。

 俺の肩口へ顔を埋め、決して離すまいと服を握りしめる神様の力が弱まる様子は無く、密着した箇所から神様の震えが伝播する。

 ……大切な人が目を覚まさない辛さっていうのを、多少は理解しているつもりだ。

 だからこそ、俺の事を心配して、涙を流してくれる神様の辛さや心配を癒す為に、その華奢な体を抱きしめる。

 俺はここにいる。目を覚まして、神様を抱き締めることもできるということを証明する。

 最初はビクリと体を跳ねさせた神様は、抱き締める俺に答えるように、その細腕で目一杯抱き締め返してくれる。

 窓から差し込む太陽の光に包まれながら、互いの熱と体を抱き締められる心地よい痛みを共有する。

 

「もう、大丈夫よ」

 

「……」

 

 神様の背中に回した腕を解けば、密着した体がゆっくりと離れ、触れていた箇所から熱が引いていく。

 抱きしめた後のこの熱という繋がりが消えていく感覚はどれだけ年齢を重ねても好きになれそうにない……手を伸ばせば届く距離に神様がいるって言うのに寂しく感じてしまう。

 

「そんなに寂しそうな顔しなくていいのよ。貴方が触れたい時に、抱き締めたい時に抱き締めていいの」

 

 細くしなやかな手が俺の頬を撫でる。

 慈悲深く、愛深い神様の言葉は増していく寂寥感をじんわりと溶かしてくれる。

 添えた手の暖かさが心地いい……。

 

「……お見苦しい姿を見せましたね。もう、大丈夫です」

 

「ふふ、見苦しくなんてないわ。そういう姿も貴方の可愛いところよ」

 

「揶揄わないでくださいよ……」

 

「あら、揶揄ってる訳じゃないのよ?ずぅっと本心」

 

「……」

 

 くっ、この神様はこういうことを軽率に言ってくるからどういう顔をすればいいか分からなくなる。

 

「こういう時は、笑ってくれたら嬉しいわ」

 

「……心読まないでくださいよ」

 

 窓から入る陽気に照らされながら嫋やかに笑う神様の姿は、言葉で表すのも無粋なくらい綺麗で、可愛くて、思わず見惚れる。

 ……神様を泣かせないためにも、強くならなくちゃな。

 

 

 

 

「それじゃあ、ステイタスの更新をしましょうか」

 

「……お願いします」

 

 心配をかけたことに謝罪したり体感的には数時間ぶりだが肉体的には3日ぶりのご飯に舌鼓を打ったりした後、俺はベッドの上で神様に跨られている。

 俺が今回『冒険』に行った目的はランクアップしてLvをベル君へ追いつかせるため。

 このステイタス更新の結果でこれからの探索の趨勢(すうせい)が決まると言っても、過言では無い。

 ステイタスはファミリア内であっても無造作に広めていいものでは無い。まして、ステイタスの更新ともなれば、主神と本人以外が立ち会うことも、知ることも稀と言えるだろう。

 神聖文字が読める人間もゼロではない。無用な諍いや不利な状況を作らない為にも、更新時にはカーテンを締め切り、薄暗くした部屋で蝋燭の火を頼りに行うというのが一般的だ。

 勿論、全てのファミリアがそうとは言わないが、エィラさん曰く、中小ファミリアではこうするのが無難だという。

 蝋燭の暖色に染まる火と、白く浮かび上がった神聖文字によって閉め切られた暗闇は淡く照らされる。

 

「緊張してるの?」

 

「……そう、ですね。俺の『冒険』の結果がどうなってるか、期待と不安が半々って感じです」

 

 どれだけ思考を巡らしても、渦巻く緊張と加速する鼓動は止められない。

 早く終わって欲しい。けれど、終わって欲しくない。ダメだった時に、俺は耐えれないかもしれない。だが、ダメでもなんとも思わないかもしれない。色んな感情が湧いて混ざって消えて浮かんでくる。

 

「──終わったわよ」

 

「っ!」

 

 色々と考えている間に、更新は終わった。

 神様から渡された紙には、俺のこれまでとこれからが詰まっていると言ってもいい。

 ランクアップしていたら、ベル君へ1歩近づける、していなければ、別の『冒険』を考える必要がある。

 さて、どうなるか──

 

ズィーヤ・グリスア Lv2

力 :S999→I0

耐久:S999→I0

器用:S999→I0

敏捷:S999→I0

魔力:S999→I0

【発展アビリティ】

狩人:I

【魔法】

不出来な理想(プロミコス・イデア)

・魔力によって不定形の泥を生成する

・泥の形を1度だけ変えることが出来る

【スキル】

歪曲理法(パラモフォシー・ロイギ)

・魔力によって生成された物質の形を変える。

深遠羨望(ヴァフィース・ジロフトニア)

・嫉妬の深さによって経験値に超域補正

・感情の昂りによって力と魔力に超域補正

・嫉妬対象がいる限り効果は持続する

 

「──っ!」

 

「ランクアップ、おめでとうズィーヤ!」

 

「ありがとうございますっ!神様っ!」

 

 良かった……!俺の『冒険』はちゃんと『冒険』だった!彼に、ベル君とおなじ土俵に上がることができた!

 よしっ、よしよしよしっ!

 神様の手前、分かりやすくはしゃぐことはしないが、ステイタスを写した紙を握りしめるくらいは許して欲しい。

 さて、喜んでばかりもいられない。ランクアップしたということは体の感覚も大きく変わったということ。

 ベル君曰く、速度や力の感覚がズレるせいで思うよりも大きく避けたり距離を詰めたりしてしまうらしい。

 俺のような複数の武器種を使い、間合いを意識した戦いが必要な冒険者にとって感覚のズレは致命的だ。

 どれだけステイタスが高くなろうと、そのステイタスを活用できなければ宝の持ち腐れ……目下の課題は感覚のズレを修正することだな。

 できれば今すぐにでも鍛錬をしたいところだが……

 

「ふふ、ズィーヤがまた1つ強くなったわ〜今晩はお祝いねっ」

 

「……そうですね。どこか食べに行きましょうか」

 

「あら、いいわね。ズィーヤの食べに行きたいところに行きましょう」

 

「なら、『豊饒の女主人』にしませんか?あそこは食事の種類も豊富ですし、ミアさんのおかげで問題も起きにくいですから」

 

「そうね。なら、そこにしましょうか」

 

 今は、神様の為に時間を使おう。

 

 

 

 

 神様の為に時間を使うとは言ったが、それはそれとして冒険者の義務としてやらなければならないこともある。

 幸い、『豊饒の女主人』が開店するまで時間もある事だし、するべきことはさっさと終わらせてしまおう。

 昼過ぎになって朝に比べて閑散とした様子の冒険者ギルド、そのカウンターで依頼人と思われる女性と話していたエィラさんの列へならぶ。

 依頼人さんもエィラさんも冷静に話している様子から、大きな問題や至急の依頼というわけでもなさそうだ……っと、他人の事情を無遠慮に推測しようとするのは俺の悪い癖だな。

 悪癖を反省していると、無事依頼が終わったのか女性は去っていった。

 手元でカリカリとペンを動かしていたエィラさんの前に進むと、俺に気づいた様子で普段通り愛想のいい笑みを浮かべてくれる。

 

「こんにちはズィーヤ君。最近姿を見せてくれなかったので心配していましたよ。ミノタウロスの件もあって無茶なことしてないか不安で不安で仕方がありませんでした……。まぁ、ズィーヤ君に限って無理な探索や無茶な戦いはしないと思っていますが」

 

「は、ははは〜……」

 

 や、ヤバイ……深夜からの探索に加えて長時間の戦い、無茶したという自覚がある小竜との戦いに加えて誘き寄せた魔物との連戦……し、信頼を裏切ったみたいで胃が痛ぇ……!

 

「それで、今日はどんな御用ですか?」

 

「あ〜……できれば個室とか使わせてもらうと助かるんですけど……」

 

「!……もしかして、またダンジョンでイレギュラーが?」

 

 朗らかな笑みを消して真剣な表情へ切り替わる。

 確かに、この頃は5階層へのミノタウロスの進出やらシルバーバックの脱走やら9階層で強化種と思われるミノタウロスの進出やらが重なってたもんな……なんなら、それら全部に俺も関わってるもんな。

 そんな俺が個室で話したいってなったらそういう考えになっても違和感はないか……

 

「いや、そういうのでは無いんですが……あまり周りに吹聴するような事でもないので、できれば……」

 

「なるほど……少し待っていてください。使える個室があるか確認してきますから」

 

「ありがとうございます」

 

 それから暫くして、戻ってきたエィラさんに個室へ案内してもらう。

 簡素な部屋には対になったソファの間に机、入口と対角に窓があり陽の光が差し込んで暖かい。横の壁には魔物や採取植物、鉱物などダンジョンについて記された本が詰められた本棚が鎮座する。

 窓側のソファにエィラさんは腰かけ、俺はその前に座る。差し込んでくる日差しが少しばかり眩しいな。

 

「それで、個室を使ってまで人に伝えたくない内容とは?」

 

「実は、Lv2になりました」

 

「なるほど、Lv2ですか。Lv2……Lv2?……ズィーヤ君、今、Lv2になったと言いましたか?」

 

「えっと……はい」

 

 エィラさんは、目を見開き、どこか呆然とした様子で「Lv2」と呟き続ける。視線は俺の方を向いているのに、視界に入ってない感じが、少し怖いな……。

 しばらく待っていると、ようやく落ち着いてきたのか、見開いた目を瞬かせ、何度か深呼吸し始めた。息が吐き終わる頃にはいつも通りの愛想のいい笑みを浮かべていた。

 

「すみません、驚いてしまって。それで、えぇっと……ズィーヤ君が冒険者になったのはいつでしたかね」

 

「そうですね……もうすぐ5ヶ月になりますね」

 

「なるほど、5ヶ月……5ヶ月かぁ……」

 

 いつも通りの朗らかな笑みで「5ヶ月」と連呼し続けるエィラさん。ようやく内容を咀嚼し終えたのか、呟くのをやめて天井を仰ぎみる。

 俺もエィラさんも話す事のない静寂に満たされた個室の空気は奇妙な重さを持っていて少し……いや、かなり気まずい。

 何か、声をかけた方がいいんだろうか……でも、どんな声をかければいいんだ?天井を仰ぎみたまま固まった女性にかける言葉なんて知らないぞ?

 兎に角、この静寂を破ろうと口を開こうとした瞬間、俯いていたエィラさんがバッと顔を上げた。

 

「5ヶ月でLv2ぅぅ〜!?!?!!?!?」

 

「うおっ、うるさっ!」

 

 既視感。つい最近、似たような事があった気がする……。

 

 

〜同時刻ギルドにて〜

「ンクチュッ!」

「どうしたのエイナ。風邪?」

「かなぁ?最近徹夜しちゃったし、体調崩しちゃっのかも」

「気をつけなよ〜」

「ミィシャが頼ってこなければ、徹夜することもなかったんだよ」

「ご、ごめんって〜!」

 

 

「本当に、申し訳ありません……」

 

「いえ、外にはそんなに聞こえていないでしょうから、個室を取って置いてよかったです」

 

 大声で他者のステイタスを暴露するのはタブー。まして、それがレベル、ランクアップのことともなれば大問題だ。

 いずれは知られることとはいえ、ランクアップは羨望と嫉妬の的だ。掲示板に張り出される前に暴露されてしまえば、余計な諍いややっかみの種になるだろう。不要な諍いは避けるに超したことはない。

 それに、冒険者ギルドの職員がステイタスを暴露した日にはギルドへの信用が著しく落ちかねない。せっかくランクアップした冒険者も暴露されたとあってはギルドに来ることを嫌がるだろう。

 そう考えると、エイナさんとベル君は関係性が良かったことやエイナさん自体に人気があったこと、ギルドでの実績かあったことと奇跡的な噛み合いで無事だったのかもしれないな。

 

「いえ、だとしてもステイタスを公言するのはタブー……個室でなければ私の首が飛んでいた可能性すらあります。重ね重ね、お気遣いさせてしまい申し訳ありません」

 

「本当に気にしないでください。それに、この速度でランクアップすることの異常性は俺自身もわかっていることですから」

 

 天才と言われたアイズ・ヴァレンシュタインのランクアップ記録は1年。これは世界最速記録として今まで健在だった。

 だが、つい最近、ベル君の1ヶ月半という目を疑うような記録が樹立されてしまった為、最速記録は塗り替えられてしまった。

 しかし、本来ランクアップとは長く経験を積み、仲間と共に修羅場をくぐり抜けたベテランができるか出来ないかという高み。

 そこに1年で到達するというのは神々も瞠目せざるを得ないほどの才能なのだ。まして、1ヶ月半ともなれば白目を向いて倒れるんじゃないだろうか。

 つまり、ベル君という例外を除き、俺の5ヶ月という期間は神も認める天才を追い抜く速さということだ。

 正直に言えば公表する期間を誤魔化して1年半くらいにしたいが、それはギルドの信用問題に繋がり提出している書類との差異が生まれてしまうためダメらしい。

 エィラさんはランクアップを受理するための書類を持って来て、素早くペンを入れる。

 到達階層や参加したパーティなどいくつか質問されたが、問題なく答えることができ、カリカリとペンを走らせる音が静かな個室に響いていた。

 

「──では、ランクアップの受理はこれで完了しました。お疲れ様でした」

 

「エィラさんの方こそ、お疲れ様でした。それじゃあ、俺は失礼しますね」

 

「はい。掲示は3ヶ月後の神会後となりますので、お楽しみに」

 

「はい。では、失礼します」

 

 エィラさんに見送られて個室から退出する。

 叫び声も漏れていなかったのか、何事もなくギルドの外へ出れば、外は昼と夕方の間くらいの時間になり、ダンジョンから帰ってくる人達も増え始めていた。

 そろそろ『豊饒の女主人』に行って予約しなきゃな。神様と俺と……ベル君達はどうしようか、せっかくだから誘うべきか……いや、ベル君達は2つ名が発表されてからでいいか。

 『豊饒の女主人』に向かって、人々の流れに俺も加わって行った。




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