嫉妬の冒険譚   作:凪 瀬

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33話 ランクアップ後編

 

「ごめんください」

 

 カフェの営業も終わり、ガランとした店内では、夜の酒場営業の為に店員さん達が清掃に精を出していた。……いや、よく見なくても2人ほどサボってるな。訪ねてきた俺をチラッと見たが、堂々とカードゲームに興じている。

 まぁ、彼女達が休憩時間という可能性もあるので、深く詮索するのはやめよう。

 

「申し訳ありません。ただいま準備中なので……おや、グリスアさん?」

 

 入口からほど近いところをモップで掃除していたリオンさんが相変わらずの美貌を無表情で固めながら対応しようとするも、俺だと気づいて相貌を僅かに緩める。

 初対面でこそ俺の不審さから威圧されてしまったが、会うと表情を緩めてくれるようになるほど仲良くなれたことは少し照れるが嬉しいものだ。

 

「準備で忙しい中すみませんリオンさん。夜の予約をしたいんですが、問題ないでしょうか?」

 

「では、帳簿を確認してくるので少し待っていてください」

 

 そう言ってリオンさんは裏まで行くと、何枚かの紙が挟まれた木板を手にして戻ってきた。恐らく帳簿とはあれのことなんだろう。

 

「本日の予約は空いているようなので、時間と人数をお伺いします」

 

「6時から2名でお願いします」

 

「……2名ではカウンター席になりますが問題ありませんか?」

 

「はい。大丈夫です」

 

「分かりました。6時から2名での予約承りました」

 

「よろしくお願いします」

 

 『豊饒の女主人』で予約するなんて初めてだからな、どこかぎこちない感じになってしまった。後、リオンさんの事務的な対応に店員と客という立場を感じてしまうのも、奇妙な緊張に拍車をかけている気がする。

 

「しかし、グリスアさんが予約するとは珍しい。何か祝い事ですか?」

 

「あ〜……」

 

 どうするべきだろうか。

 リオンさん的には知り合いへの世間話として話題を振っただけなんだろうが、Lv2になったことを答えていいんだろうか?

 エィラさん曰く称号の掲示とは別でランクアップの掲示はされるらしいし、伝えても問題ないのか?リオンさんなら無闇に広めることもないだろうし、仮に広まってもこの酒場の店員内で収まるだろう。

 それに、彼女に一歩近づいたことを伝えたいという見栄みたいなものもあるしな。

 

「実は、ランクアップしまして。その祝いに」

 

「──それは、おめでとうございます」

 

 リオンさんは驚きに目を見開いた後、柔らかな微笑みを浮かべて祝いの言葉を口にする。

 それほど関わった時間が長い訳でもないが、その微笑みには一切の不純がなく、純粋な祝いの気持ちのみであることはわかった。

 だからこそ、その破壊力たるや凄まじい。思わず胸元を押えて膝をついてしまいたくなる程だ。

 ふっ、常日頃から神様の超至近距離スキンシップを受けてなければ即死だったな。だとしても神様とは違った魅力でダメージ自体はあるんだが。

 

『浮気かしら?』

 

 そんなダンジョンよりも低く深い神様の声と共に背筋に冷たいものが走る。今すぐに弁明しなければ情け容赦なく殺されて死してなお暗い部屋に閉じ込められそうな根源的な恐怖を感じる。

 違うんです神様。これは浮気とかではなく純粋さに魅力を感じただけで……そう!憧れの存在が認めてくれたことに喜びを感じる的な!俺の喜びを自分の事のように喜んでくれた人に感謝とか嬉しさを感じるみたいな!そういうのなんです!

 

「グリスアさん?どうかしましたか?」

 

「──はっ!い、いえ。ちょっと幻聴が……」

 

「でしたら、早めに帰って休んだ方がいい。ランクアップする程の『冒険』だ。思わぬ疲れが残っているのかもしれない」

 

 普段通りの凛とした無表情に見えるが、微かに眉が下がっているから心配してくれているんだろう。言葉からも俺を慮る意思が伝わってくる。

 心配をかけるのも本意では無いし、ここは帰ることにしよう。実際、突然神様の声が聞こえてきたしその内容も現実味がなかった。幻聴と考えていいだろう。

 丸2日寝てたとはいえ、心の疲れや過眠による影響もあるのかもしれない。ここはリオンさんの忠言に感謝して帰るとしよう。

 

「そうですね。予約時間まで時間がありますから、1度帰って休んでからまたお邪魔します」

 

「えぇ、お待ちしています」

 

 リオンさんに見送られて店を出る。

 ……ところで、後ろの猫人達、後ろで滅茶苦茶恐ろしい空気を出したミアさんが立ってたけど、大丈夫だろうか?

 

「こんのバカ猫どもっ!」

「「に゙ゃ〜!!」」

 

 ダメだったらしい……。

 

 

 

 

 さて、日も沈んで空の大半が紫に染まり、遠く微かに残った茜色も消えゆく夜6時。

 帰宅する人々や酒場に向かう人々の流れの中を神様と共に進んでいく。

 帰った後神様にちょっと詰め寄られたが、きっと病み上がり(?)の俺を心配してくれたんだろう。そうに違いない。そうであってくれ。

 酒場の時間となった『豊饒の女主人』は昼とは様相の異なった熱気と喧騒に溢れている。

 入れ代わり立ち代わりに動き回る店員達を尻目に、喧々囂々すら生易しく粗野な冒険者達は大盛り上がりだ。

 英雄譚や冒険譚に出てくる酒場のイメージをそのまま転写したかのような賑やかさは合う人と合わない人で大きく意見が異なることだろう。

 

「にゃ?腹ペコ魔物にゃね!ご予約のお客様、ご来店にゃっ!」

 

 入口の辺りで空になった皿を積み上げたお盆を運んでいたアーニャさんが声を張り上げる。その反動で積み上がった皿が崩れそうになるが、一歩動くだけで安定した状態に戻してしまう。

 やはり、アーニャさんも只者じゃない。今の動きもそうだが体幹が強い。ものを落としそうになったら反射的に腕で支えようとしがちだが、体……と言うよりも重心か?を使って支えることが癖づいてる。ステップにも予備動作のような無駄がなく、戦いの中であれば接近にも気づけないだろう。

 明らかに俺よりも強い、他の2人も節々から上級冒険者の片鱗を感じさせているし、リオンさんは言わずもがな。

 一体なぜそれほどの力を持った彼女たちが酒場の店員として──

 

「──っと、やめやめ。人には人の事情があるものだ」

 

「ふふ、そうね。ところで、入口で立ちっぱなしも邪魔になってしまうから中に入りましょうか」

 

「そうですね」

 

 大仰な身振りで話す冒険者の腕を潜ったり、乾杯するために中腰となり、その勢いで飛び出してきた椅子を弾き返したりしながら店の中へと足を進める。

 しかし、中に入って気づいたが、俺達は予約席がどこか知らない。店の中で右往左往するのも邪魔になるだろうし、誰かに予約席を聞く必要があるな……。

 キョロキョロと周囲を見渡せば、ちょうどカウンターで水を飲んでいたリオンさんが目に入る。予約の対応をしてくれた彼女なら場所も把握しているはずだ。

 

「リオンさん」

 

「──グリスアさんと神メガイラ。いらっしゃいませ、予約席はあちら、奥のカウンター席になります。注文はミア母さんに直接どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう、リオンちゃん」

 

「いえ、それでは」

 

 忙しなく動くリオンさんに礼を言いつつ、教えてもらったカウンターに付く。

 他の冒険者たちの喧騒から離れて会話を楽しめつつ、酒場特有の賑やかさを楽しめる。かなりいい席だ。

 

「神様は何か食べたいものはありますか?」

 

「そうねぇ、今日はお肉が食べたいかしら」

 

「肉ですね。ミアさん!今日って何かオススメの肉料理ってありますか!?」

 

「今日は良い肉が入ったからねぇ!香辛焼きがオススメだよ!」

 

「どうですか神様?」

 

「いいわね。それにしましょうか」

 

「分かりました。ミアさん!香辛焼き2つとエールを2つ、後ポテトサラダを1つお願いしますっ!」

 

「あいよ!」

 

 複数のフライパンを操り、手早く、それでいて丁寧に料理を完成させていくミアさん。

 その手さばきは鮮やかで彼女の高い料理技術と目の良さを感じさせる。

 次々と料理を盛り付けては新たな料理を作り始める。迷いを感じさせない判断力と明らかな目測ながら一度も修正を入れない歴戦の経験。

 肉が焼けて、肉汁が弾ける音がカウンターに座る俺にまで聞こえてくる。

 肉を焼く合間に野菜を切り分けていく。そのあまりの速さにまな板に包丁のぶつかる音が音が1つしかしない。

 

「ミアさんの料理は全部美味しいですからね。気絶しないように気を引き締めていきましょう」

 

「もう、ズィーヤったら。いくら美味しくても気絶は言い過ぎよ。……ズィーヤ?なんで目を逸らすの?経験があるの?私聞いてないわよ?」

 

 いや、流石にガッツリ気絶することはありませんでしたよ?ただ、一瞬記憶が無くなって気がついたら食べてたものが消え去ってただけです。

 

「さぁ、ポテトサラダだよ!」

 

 神様からの圧をあの手この手で回避していると、目の前に大きめのボウルが置かれる。

 窪みに沿う形でレタスが敷き詰められ、その中央に山となったポテトサラダが鎮座する。彩りのためか、カットされたトマトが幾つか添えられており、上からはごまダレがかけられていた。

 

「美味しそうね」

 

「早速いただきましょうか」

 

 大きめのボウルから2人前取り皿に分ける。

 

「「いただきます」」

 

 挨拶の後、レタスに乗せたタップリのポテトサラダを口いっぱいに頬張る。

 瞬間、レタスを残してポテトサラダが消え去った。

 いや!これは、あまりの柔らかさとまろやかさによって口の中で唾液に接触した瞬間、解けて溶けたように錯覚した!?

 それでいて、味は濃厚でまったりとしている。

 ポテトの旨味、マヨネーズの酸味、ごまダレの甘さ、それぞれが前へ出ようとしつつも誰かが突出することなく纏まった、絶妙なバランス……!

 ポテトが丁寧に潰されているおかげで噛めばシャキシャキとしたレタスの食感を楽しめる!最初に溶けた時は楽しめるか不安だったが、寧ろレタスの売りである食感を完全に楽しめるという戦略っ!

 味は濃厚なポテトサラダ、しかし食感はシャキシャキと心地よいレタス。レタスの味はポテトサラダによって感じないため、生野菜が苦手な人でもレタスの食感だけを楽しみつつ、ポテトサラダの味を楽しむことの出来る配慮……!

 待て、噛むほどレタスの水気がポテトサラダの濃厚さを徐々に薄めていく……全てのみ飲んだ頃には、後味もスッキリして余韻となった旨味だけが残っている。

 なんと、なんと完成度の高いポテトサラダか……!

 山のように見えるポテトサラダもレタスの大きさと敷き詰められた量を鑑みれば丁度いい。ポテトサラダに疲れたら数枚のカットトマトで味変できる。

 目の前に幻視するのは遥か高い断崖絶壁。その崖の輝ける頂きで堂々とした背中を見せるミアさん。

 ミアさん、貴女は一体どれだけの"高み"にいるというのですか……!

 チラリと隣を見れば、神様もポテトサラダの美味しさに釘付けなのか、小さな口に目一杯頬張って微かに頬を膨らませながら懸命に食べている。

 可愛い……普段は食べる時も瀟洒で上品な神様が、子供のように目一杯頬張ってる……目もキラキラと輝いているし、楽しんでいただけているようだ。

 その後も、2人で黙々とポテトサラダを食べ続け、ボウルの中にはドレッシングの痕だけが残った。

 

「鶏肉の香辛焼き2つ、おまち!」

 

 確かな満足感と微かな寂寥感に浸っていると、目の前に香ばしい香りを放つ皿が置かれる。

 一口大に切り分けられ、一皿に山となって盛り付けられた鶏肉には香辛料の赤や緑が散りばめられ、油によって粘度の高い光沢を放っている。

 見た目も当然だが、何よりもその香りが凄まじい。

 香辛料の辛味を感じさせる香りに、振りかけられた胡椒特有の鼻腔をくすぐる香り。肉汁の微かに焦げた匂いまで含めて食欲を刺激する。

 ポテトサラダで慰められた空腹感を、無理やりこじ開あけるかの如き香りの暴力。これだけで食が進むというものだ。おっと、涎が。

 これを目の前にして待つことなんてできるはずもない。神様と一瞬だけ目配せして、手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 山の中腹を崩し、フォークに刺さる肉を頬張る。

 刹那、脳裏を駆け巡る旨味という名の雷。

 轟雷を響かせ、視界を白く塗りつぶすような旨みの暴力。思わず、体が後方へと吹き飛びそうになるのを寸前で耐える。

 噛む事に肉汁が溢れ、油と香辛料を巻き込みながら口内を蹂躙する。

 豚肉や牛肉に比べて油の少ない印象を与える鶏肉だからこそ、油っこさやくどさを感じさせない。素直な旨味、とでもいうものを舌全体で感じさせる。

 香辛料は味が濃いゆえに一口目のインパクトは香辛料に持っていかれがち……だが、この肉はまるで違う。

 先ずは肉汁の旨味、そして香辛料の絡まった油という一般から外れた味のインパクト。噛み締めるほど香辛料の辛味と胡椒の鼻を抜ける旨味、途切れることの無い肉の旨味の大感謝祭っ!

 細切れもかくやという肉を勿体なくも飲み込めば、口内は油と肉汁でベトベトになっており、もう一口食べる前にお冷か何かで洗い流したいところ──

 

  ドンッ

 

 っ!

 目の前に、置かれる、ジョッキ!

 並々と揺らめく、淡い金色の液体、鼻を突く微かなアルコール臭!

 ジョッキ2つを豪快に置いた手の先を見れば、得意げな表情のミアさんが立つ。

 

「飲みな。これが欲しかったんだろ」

 

「──敵いませんね」

 

 隣の神様にもジョッキをお渡しして、いそいそと乾杯する。本来なら音頭のひとつでも取って飲みたいところだが、今は早く、この液体を体に流し込みたい。

 ジョッキを気持ち大きく傾け、一気に煽る。

 油と肉汁、こべり着いた香辛料で満ちていた口内を黄金の液体が洗い流す。油も肉汁も香辛料も唾液も、口内の一切合切を情け容赦なく分別なく洗い流す。

 思ったより傾けすぎたのか、口の端から外へ溢れそうになるそれを無理やり飲み干す。

 

「──っはぁ!!」

 

  カァンッ!

 

 空になったジョッキを机へ叩きつける。

 口内は店に入る前の清涼感に満ちて、喉は爽やかな朝よりも潤いに溢れている。なによりも、濃い味付けの香辛焼きを食べ、酒で全てを胃の中へ流し込むという贅沢、これが最も気持ちがいい!

 

「──ほぅっ」

 

 隣でジョッキを傾けていた神様も、ジョッキの半分ほどを飲み干して感嘆の溜息を零す、その溜め息が嫌に色っぽくて、思わず喉がなってしまったが、神様と目が合ってしまったので誤魔化すためにも香辛焼きをもう一度頬張る。

 油断していた。

 旨味の暴力と酒で流し込む快感を味わった俺なら大丈夫だとタカをくくっていた。あぁ、認めよう。ここまでの全てがミアさんの計画通りなら、彼女は俺の視界にも入らないほどの"高み"に存在していると。

 あらゆるものを流した無垢な口内(大地)に巨大な旨味(隕石)が叩きつけられればどうなるか?そんなものは自明の理だ。

 その衝撃の大きさに意識を失う(陥没する)だ。

 

 

 

 

「──っは!?」

 

 お、俺はどのくらい意識を失って……口の中が凄まじく美味しい!それに、目の前には空の皿が一枚に空のジョッキが3つ、そして、満タンのジョッキが1つ……。

 つまりは、そういうことなんだろう。俺は旨味に意識を失い、無意識下で美食の限りを楽しんだのだろう。このジョッキ1杯のエールは、無意識の俺が俺に残した最大の祝福。

 では、有難く頂戴しよう。

 ジョッキ1杯を丸々飲み干す。ゴキュゴキュと喉が鳴るのが聞こえ、満腹に近い腹に液体が流し込まれるのを感じる。

 

「──っはぁ!美味い!」

 

 空になったジョッキを並べ、天井を仰ぐ。

 満腹の快感、食後の満足感、美食を味わった余韻。それら全てを同時に味わえるこの瞬間は、生きている内で最も幸せな時間だろう。

 

「──ほぅっ、本当、美味しかったわね」

 

 隣の神様も食べ終わったようで、満たされたお腹を撫でながら満足そうに笑みを浮かべている。

 

「相変わらず坊主は美味そうに食べるし、神様の方もよく食べるじゃないかっ!気に入ったよっ!」

 

 普段と変わらず豪快に笑いながら、ミアさんはこれまでのジョッキに比べて一回り小さいカップを渡してくる。

 エールかと思ったが、匂いを嗅ぐ限り果汁(ジュース)のようだ。

 

「リューから聞いてるよ。それは、私からのサービスだよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう、ミアさん」

 

 感謝を伝えるとその太い腕を軽く振って気にするなと伝えてくる。あまりにも漢気に溢れたその姿に思わず苦笑いが零れるが、厚意はしっかりと受け取っておこう。

 

「じゃあ、神様、改めて」

 

「えぇ」

 

「「乾杯!」」

 

 

 

 

 いつ散るとも分からない冒険者と主神は束の間の休息と確かな成長を祝って杯を傾ける。

 酒場に似つかわしくない、彼らの穏やかな笑い声の響く祝いの席は夜が更けても続いていく。




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