嫉妬の冒険譚   作:凪 瀬

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嫉妬の冒険譚 35話 行方不明と捜索隊

 

 ランクアップと祝いの席から2日、探索と鍛錬によって感覚のズレは一切無くなり、今日から普段通りの本格的な探索へと向かう。

 目的地は12階層。ギルドで教えてもらった情報から、今の俺でも十分に探索できると判断した。

 だが、事前情報で安心して準備を怠るのは馬鹿のすることだ。故に、今回の探索は様子見。

 12階層に出現する魔物の数と接敵間隔、10階層から現れ続ける霧の濃さや他冒険者の数など、実際に行かなければ分からないことは多い。

 今回は11階層で少しだけ鍛錬して、残りは12階層を探索って感じだな。

 イレギュラーも懸念してポーションを3つとマナポーションを1つ、これだけあれば生き残ることぐらいはできるだろう。まぁ、そんなイレギュラーに遭遇しないに越したことはないけどね。

 

「じゃあ、神様。行ってきますね」

 

「行ってらっしゃい。気をつけるのよ」

 

 控えめに手を振る神様に見送られて、扉を開け

 

「メガイラっ!ズィーヤ君はいるかいっ!?」

 

「あ、あらヘスティア、おはよう」

 

「あぁ、おはよう……って!それどころじゃないんだっ!ズィーヤ君は?!もう、探索に行っちゃったかい!?」

 

「いえ、その、ヘスティア?そのね、言い難いんだけど……」

 

「おはようございますヘスティア様。扉、退けてもらってもいいですか……」

 

「お?おぉう!?ご、ごめんねズィーヤ君!!気づかなかったよ!!」

 

 まさか扉を開こうとした直後にヘスティア様に勢い良く開けられるとは……鼻血は出てない、思考も明瞭。脳への異常も無さそうだな。うん、ちょっと痛いのと衝撃があったくらいだ、問題ない。

 

「いえ、お気になさらず。それで、俺になんの用ですか?」

 

「あぁ、そうだった!ズィーヤ君、昨日、ベル君と会ってないかい!?」

 

「ベル君?いえ、昨日は一度も会ってませんが……彼に、何かあったんですか?」

 

「……昨日から、ベル君がダンジョンから帰ってきていない」

 

「!」

 

「サポーター君達も行方知れずだ。恐らく、中層で何かあったんだと思う」

 

「ギルドへは?」

 

「確認を取ったよ。換金所にも行ってない。もしかしたらズィーヤ君が怪我したベル君達を助けてくれているかと思ったけど……そういうわけでもなさそうだね」

 

「依頼は」

 

「出してきた。アドバイザー君に頼んで、もう張り出されてるはずだ」

 

「そうですか」

 

 ベル君が中層へ……担当アドバイザーがいるなら無茶な探索は出来ないし、ベル君は他人の助言を無碍にする人間じゃない。イレギュラー?いや、単純に実力不足か練度不足、あるいは他パーティとの兼ね合いか?

 いや、原因の究明はどうでもいい。重要なのはベル君が中層で帰還できない状態になっていること。

 助けに行く?俺1人じゃ無理だ。誰かに助けを求めるしかない。【ガネーシャ・ファミリア】はどうだ?中層へ行けるくらいの冒険者は街の治安維持に当たってるだろうし、街で不測の事態が起きないとも限らない。シャクティさんに報告はしておくが、それくらいしか出来ないだろう。

 ギルドでパーティの募集?即席のパーティで人命救助できるほど中層は優しくないだろう。

 依頼は誰が受ける?ベル君は今や都市中で噂される"目立つ"冒険者だ。このまま居なくなってくれた方がありがたい勢力だってゼロじゃないだろう。

 それを抜きにしてもやはり中層まで行ける実力者なお人好しは少ない。

 イレギュラーの件を盾に【ロキ・ファミリア】へ協力を仰ぐのは?あぁ、そういえば遠征に行ってるんだったか。そもそも、【ロキ・ファミリア】に人脈は無いしイレギュラーの件は既に処理されている。今更それを掘り返しても無駄だろう。

 どうする?どうすればいい?俺は何ができる?

 

「ズィーヤ、貴方はどうしたいの?」

 

「え?」

 

「貴方は賢いから、きっと色々なことを考えてるんでしょう?でも、一旦自分のやりたいことを口にしてみなさい。そうすれば、私達も手を貸してあげられるかもしれない」

 

 俺のやりたいことを言う……それなら簡単だ。

 

「ベル君を助けに行きたいです」

 

「ズィーヤ君……!」

 

「そう。なら、ヘスティアについて行ってあげて。既に何人か協力者はいるんでしょう?」

 

「あぁ!今はミアハの所が手伝ってくれてる!これからヘファイストスの所へ行って、手伝ってくれるよう頼むつもりだよ!」

 

 そうだ!ヴェルフさんは【ヘファイストス・ファミリア】!中層へ向かっても問題ない上級冒険者がいるかもしれない。その人に協力してもらえれば、ベル君達を助けられる確率はグッと上がる!

 

「そう。なら善は急げね」

 

「ヘスティア様、俺が背負って運びます。乗ってください」

 

「あぁ、頼むよ!」

 

 ヘスティア様の確かな重みを背に感じる。人を乗せている違和感はあるが、走るのに大した障害は無いだろう。

 

「じゃあ、神様。行ってきます」

 

「えぇ、行ってらっしゃい。ヘスティアをよろしくね」

 

「はい。それじゃあヘスティア様、飛ばしますからしっかり掴まっててください!」

 

「あぁ!」

 

 首に回された腕と腰にしがみつく足の力が強まったのを感じてから家を飛び出す。

 目指すは【ヘファイストス・ファミリア】ホーム。

 生き残ってろよベル君、絶対助けてやるからな……!

 

***

 

 そして都市を駆けずり回って無事に協力者を集めることが出来た。

 まぁ、協力者だけじゃなく原因まで見つかったのは予想外ではあったけどな。

 

「すまん、ヘスティア。お前の子が帰ってきてないのは、俺たちに原因があるかもしれん」

 

「……」

 

 【ミアハ・ファミリア】のホーム『青の薬舗』では、ベル君たち捜索のため、協力者達による会議が行われている。

 ヘスティア様の神友である男神ミアハ様と眷属のナァーザさん、同じく神友である紅眼紅髪の女神ヘファイストス様、加えて神様と俺。

 そして、髪を特殊な結い方にしている男神タケミカヅチ様とその眷属たち。

 曰く、負傷した仲間を助けるため『怪物進呈』を行ったところ、その相手がベル君達だったという。なんとも、ありふれた話だ。

 タケミカヅチ様と【タケミカヅチ・ファミリア】は全員が神妙な面持ちで、ヘスティア様に対して深く侘びている。

 謝罪されるヘスティア様は腕を組んで目を瞑り、沈黙を貫いている。

 重苦しい空気の中で俺たちがヘスティア様を見守っていると、彼女は瞼を開いて青みがかった瞳で子供たちの顔を見渡した。

 

「ベル君達が戻ってこなかったら、君たちのことを死ぬほど恨む、けれど憎みはしない。約束する」

 

 なんとまぁ、慈悲深いことだ……。

 あまり直接的な関わりがない俺でもヘスティア様がベル君のことを溺愛していることは知っている。そんな彼女がベル君を失って、その原因の一端が分かっていると言うのに恨むことこそすれ、憎みはしないとは……。

 これが神……いや、ヘスティアという主神の器の大きさか。

 なるほど、ベル君が惚れ込むのも分かる。

 

「今は、どうかボクに力を貸してくれないかい?」

 

「「「──仰せのままに」」」

 

 一糸乱れぬ動きで【タケミカヅチ・ファミリア】の六名が膝を床につき頭を垂れた。

 元から彼らは善性よりの人間だったんだろう。だからこそ、罪悪感や贖罪といった感情で捜索に協力しようとした。

 それは決して悪いことじゃない。だが、中層という一瞬が命取りとなりうる場所で、余計な感情や重みはない方がいい。

 協力する前に、彼らの行いを許し清算することで憂いを絶った。

 

「ふふ、凄いでしょ、ヘスティアは」

 

「えぇ、素晴らしい神ですね」

 

「あら、私以外を褒めるなんて妬けるわね」

 

「俺は神様一筋ですよ」

 

 神様と会話している間にも会議は進む。

 現状ベル君の恩恵もヴェルフさんの恩恵も消えていない。2人が死んでいないならリリも無事と考えていいだろう。

 【ヘファイストス・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】の『遠征』に団員を預けているため戦力的に不安が残る。よって協力者を捜索隊へ参加出来ない。

 【ミアハ・ファミリア】はナァーザさんしかいない上にナァーザさんがダンジョンに対してトラウマを持っているため自動的に除外。

 となると、【タケミカヅチ・ファミリア】の3名と俺を含めた4名で捜索することになるだろう。

 さらに言えば、中層で真っ当に戦えそうなのは巨漢の桜花(おうか)さんと軽装に刀を携えた(ミコト)さんの2人。もう1人の千草(チグサ)さんはサポーターとしての同行だし、俺も中層で通用するかという不安がある。

 このメンバーで中層を探索し、負傷しているであろうベル君達3人を救助、3人の負傷者を連れた状態でまた中層を戻る必要があると考えると、戦力的な不安が根深い。

 救助である以上速さが重要だ。半端な戦力を増やすよりは少ない方が良いが、サポーター含めた4名で中層へ向かうのは、ミイラ取りがミイラになりかねないな。

 

「せめてLv2があと2人……あるいは、Lv3以上が1人いれば何とかなるんだが……」

 

「──オレも協力するよ、ヘスティア!」

 

 やけに響く美声と共にホームの扉が勢いよく開き、いかにも優男といった風貌の神が現れた。

 

「ヘルメス!?何しに来た!」

 

「ご挨拶だなぁ、タケミカヅチ。神友のピンチに駆けつけたに決まって……ヒッ!」

 

 突然現れた男神──ヘルメス様がタケミカヅチ様をあしらい、店内の真ん中を突っ切ろうとするが、俺の方を見て顔を青ざめさせる。

 いや、正確には俺の隣にいる神様を見て、か。

 

「ヘルメスぅ……貴様、どの面を下げてこの場へ来たぁ……!」

 

「や、ややぁ、メガイラ……ほ、本日はお日柄も良く……」

 

 ヘルメス様がこの場に現れた瞬間から神様の雰囲気はドロドロとした重みを持ち、全身を叩くような殺気が溢れていた。

 怒髪天をついた姿に集まった眷属達は誰もが神様から目を背け、慣れた様子の神々はヘルメス様へ呆れを含んだ視線を向ける。

 

「ヘルメス、今度はどんな悪巧みだ?盗みか?詐術か?それとも暗殺か?密輸か?密売か?契約を破らない限りは何をしてもいいと思っている悪逆な貴様は何を企んでいるぅ……?」

 

 地の底を這うかのような低い声でヘルメス様へ詰め寄る神様。詰め寄られるヘルメス様といえば冷や汗を流しながら後方に控えていたメガネをかけた水色髪の女性の背へ隠れようとする。

 メガネの女性──俺の記憶が正しければ【万能者(ペルセウス)】アスフィ・アル・アンドロメダ──は疲労感が酷く漂うため息をついて神様の前に立つ。

 

「申し訳ありません神メガイラ。うちのクソバカボケ主神が怒り狂うほど気に食わないことは心の底から分かりますが、1度落ち着いていただけますか?」

 

「アスフィ?俺って君の主神だよね?言葉、強くない?」

 

「諸悪の根源は黙っていてください」

 

 背後でボソボソと話す主神(ヘルメス様)を一刀両断し、メガネの位置を直しながら改めて神様と相対する。

 

「今はベル・クラネル一行の危機。一刻を争う事態に、こんなのを相手にしている時間はありません」

 

「……」

 

「アスフィ?仮にも俺は君の主神なんだけど……?こんなの……?」

 

 アスフィさんの言葉に思うところがあったのか、神様はおどろおどろしい雰囲気を消して俺の横へと戻ってくる。

 

「ヘルメス。貴様の眷属とこの事態に免じて今回は見逃してやる。だが、この都市で何か悪事を働いてみろ?私が絶対に誅するからな」

 

「は、はは肝に銘じておくよ……」

 

 ヘルメス様は冷や汗と引きつった苦笑いを浮かべながら、ズレた帽子を直す。

 優しい神様をこれだけ怒らせるなんて、一体どれだけの悪行を積んだんだこの神は……。

 

「ズィーヤもごめんなさいね。突然怒っちゃって」

 

「いえ、気にしないでください」

 

「恥ずかしいわ……ズィーヤの前ではこういう姿を見せないようにしてたのに……」

 

 神様は両手を赤らめた頬に添え、羞恥の混じった笑みを浮かべる。

 普段見ることの無い神様の恥ずかしそうな姿に、思わず心臓をギュンッッとしてしまったが、この場に集まった理由を思い出して切り替える。だが、それはそれとして、あの笑顔は脳味噌に死ぬまで焼き付けておこう。

 

「うっ、ううんっ!それで、ヘルメス、なんでここに来たんだい?」

 

「それは勿論、心友(マブダチ)のヘスティアが困ってるなら手を貸すさ!」

 

 なんというか、神様の反応があったということを差し引いても、凄まじく嘘くさい。一言一言が嘘を言っていないのに本当のことも言っていないような軽薄さで、あまり気分のいいものじゃないな。

 神様同士のじゃれ合いもそこそこにヘルメス様、そして【ヘルメス・ファミリア】の団長アスフィさんがベル君救出隊に参加することが決まった。

 冒険者組は準備のため1度それぞれのホームに戻ることになる。

 

「私はもう少しここに残るわ」

 

「分かりました。俺は準備が出来次第集合場所に直行します」

 

「じゃあ、また後でね」

 

 『青の薬舗』前で神様と別れ、ホームに戻った。

 普段の探索道具以外にも救出のための装備に応急処置のための医療キットも必要となる。

 普段使っているリックよりも一回り大きいものが必要になるだろうか?確か、爺さんが使ってたやつが押し入れに入っていたはず……耐久に多少の不安はあれど俺の魔法で強化すれば問題ない。

 ポーションはいくつ必要だろうか?腰に12本入れられるからな……急増メンバーでの探索に加え救出作戦だ。ポーションを多めにして8本、残り4本をマナポーションにしよう。

 非常食や携帯食も多めに持っていくべきだろう。どれだけ長丁場になるか分からない。タケミカヅチ様のところからサポーターが1人入ってくれるらしいが、俺も最低限の物は持っていった方がいいだろう。

 必要なものを少しくたびれたバックパックとポーチに詰め込み、準備を進める。

 この2日で溜め込んだ泥玉も全て携帯し、事前に短槍を長槍へと変える。

 これで準備は整った。夕刻も回って夕日が落ち、空が夜に染まり始めている。

 集合場所へ向かおう。そして、一刻も早くベル君達を助けるんだ。

 

 

 

 

 集合場所には既に俺を除く全員が集まっており、俺が最後だったようだ。

 

「すみません、遅れました」

 

「いいや、問題ないよ」

 

 冒険者組はそれぞれが主武器となるものを携えて、これから挑む作戦への緊張感を漂わせる。

 身軽さを重視した軽装の命さんに同じく軽装の桜花さん、そしてリリのような大きさのバックパックを背負った千草さん。

 月光で反射する銀縁メガネをかけ、ケープを羽織り、その下からは複数のポーチが覗くアスフィさん。

 そして、何故かサラマンダーウールに身を包んだヘルメス様とヘスティア様。

 

「……もしや、ヘルメス様とヘスティア様も着いてくるつもりですか?」

 

「あぁ!よろしく頼むよズィーヤ君!」

 

「よろしくって……」

 

 一切の戦闘力が無い神をダンジョンへ、それもLv2が4人にサポーターが1人というあまりにも心許ないパーティに?

 流石に厳しい……いや、無謀と言ってもいいだろう。ベル君が心配なのは分かるが、彼女が死んでしまえばベル君は危険なダンジョン内で生身の一般人となってしまう。

 それでは本末転倒だ。ここは心を鬼にしてでもヘスティア様を止めるべきだろう。

 だが、俺がヘスティア様を諌める前に、ヘルメス様が間に入ってくる。

 

「あ〜ズィーヤ君、心配いらないよ。なんせ、もう1人めちゃくちゃ強い助っ人を呼んでるからね」

 

「助っ人……?」

 

 ヘルメス様の言葉に首を傾げていると、前の方から人影がこちらに向かっているのに気づく。

 腰まで届くフードの着いた緑のケープ。フードを深く被っているため顔の全容は分からない。

 下は攻めに攻めたショートパンツと腿の半ばまでを隠すロングブーツという組み合わせで、折れてしまいそうな細い脚線美が目立つ。

 風に煽られて微かに翻ったケープの裾からは腰に差された長い木刀と、2振りの小太刀が見えた。

 なるほど、これ以上ない最高の助っ人ですね、ヘルメス様。

 その木刀を、遠目からでもわかる歴戦の雰囲気を、何より近づいたことでフードの奥から覗いた空色の瞳を、俺はよく知っている。

 こうして、全員集まった俺たち捜索隊はダンジョンへと進入した。




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