ダンジョン13層。
上層最後の12階層を超えて、中層と呼ばれ始める節目の階層。
現れる魔物の能力や内装は上層に比べて凶悪さを増し、常に冒険者へ疲労と緊張を強いる過酷な環境。
そんな中層に一陣の風が吹く。
深緑のフードを翻し、木特有の柔らかさの中に鈍い光沢を放つ木刀を振るうエルフの剣士は、目の前に躍り出る狼達を一刀のもとに叩き潰す。
木刀が振り切られるのを見計らったように、彼女の背後から飛び込んでくる殺意の滲む武器を携えた二足歩行の兎達。
目視できない背後からの奇襲に、彼女は危なげなく対応する。
振り切った木刀の勢いはそのままに飛ぶ兎を叩き落とし、木刀へ追従するように体を動かす。木刀と体の距離を近くし、再度木刀を振るうための余力を作り上げる。
一斉に攻撃してくる兎達を無駄のない流麗な動きによって物言わぬ肉塊に変え、暫くして魔石を残して灰へと変えさせる。
返り血ひとつなく魔物達を処理した彼女は後方にて二柱の神を守る冒険者たちを一瞥し、再び前線にて襲い来る魔物達を目にも止まらぬ瞬速にて灰へ変えていく。
「つ、強い……」
「あの数を一人で、か」
「凄い……」
視線の先に広がる圧倒的な蹂躙劇に命、桜花、千草のが驚嘆の声を漏らす。
ヘスティア達ベル捜索隊が僅か数時間で上層を抜け、中層を駆け抜けることが出来ているのは、
前面に蔓延る魔物達をほぼ気にすることなく、ベル達を探してひたすら前に向けて進み続ける彼らは、無力な神と共にダンジョンへ潜っているとは思えない快速さで深く潜っていく。
今もまた、通路の奥から雄叫びと共に転がり抜けてくるアルマジロ型の魔物を、すれ違う一瞬、抜き身の小太刀によって切り裂き四つの肉片へと変える。
「流石だ……圧倒的な速度に精度、無駄を削ぎ落とした合理的な動きに間合いの取り方、何より加速が違う。最高速度まで辿り着くのが早い……いや、あれが本当に最高速度か?そんなわけない。あれほど圧倒的なら、神様達へ意識を割いたり不測の事態に対する余力を残していると考えるべき……何より、ここの魔物に対して全力で戦うのは明らかに過剰。なら、最高速度はより速く、より強い?はは、凄いな……」
足元に肉片が転がってきた事を気にもとめず、泥色の長槍を肩に掛けながら覆面の冒険者が見せる鮮やかな戦いに魅入るズィーヤ。
あまりに広い彼我の差に少し冷や汗を浮かべながらも、瞳はギラギラと輝き、漏れだした興奮が口元に笑みを象らせる。
しかし、突如として表情を真剣なものに変え、パーティの後方を向き槍を構える。
「ズィーヤ殿?……っ!ヘルハウンドっ!」
ズィーヤの行動に首を傾げていた【タケミカヅチ・ファミリア】の面々は、横穴から飛び出してくる二頭のヘルハウンドに意識を向け、二柱の神を背に庇って構える。
「ほう、彼も中々……おっと、失礼こちらへ」
「えっ?」
アスフィはいち早く魔物に気づいたズィーヤに感心しながら、こちらへ接近するヘルハウンドを無視してバックパックを背負う千草の肩を引く。
千草がややたたらを踏みながらもアスフィの背後に回ると同時に、彼女が先ほど立っていた岩窟の壁面が一直線に隆起する。
隆起の高さが丁度アスフィの顔くらいまで上り詰めると、アスフィが純白のマントの内側、腰からシンプルな短剣を抜刀。
間髪入れず、牙の並ぶ口だけが存在する
突如として現れた乱入者に【タケミカヅチ・ファミリア】が瞠目する中、アスフィは一切動揺することなく正面から短剣での一閃を見舞い、ダンジョン・ワームの口から尾にかけてを両断する。
「『歪め』」
アスフィが乱入者を処理すると同時に後方からズィーヤの声が響き、暗いダンジョン内に閃光が走る。
「キャインッ!」
突如視界を塗りつぶした光にヘルハウンド達が停止すると、瞼を閉じて無防備な2頭の額がズィーヤの長槍によって穿たれる。
「お見事」
「そちらこそ、よくダンジョン・ワームに気づきましたね」
「まぁ、長年の勘というやつです。貴方もヘルハウンドに気づいていたようですが?」
「俺のはまだまだ荒削りですけどね」
手早く魔石を処理した2人は和やかに会話をしながらパーティへ合流し、先行している覆面の冒険者に追いつくため歩みを進める。
「……ヘルメス、彼女、本当にLv2?」
「はっはー、申請し忘れちゃったかな〜!……ところで、ズィーヤ君って本当にLv2?」
「ん?あの子はLv1のはずじゃ……」
「あれ?ズィーヤ君から聞いてないのかい?彼、数日前にランクアップしてるんだぜ?」
「何っ!?僕はそんなの聞いてないぞ?!」
「まぁ、ベル君達が行方不明の中で話すことでもないだろうからね……っと、急がないと置いていかれる。行くぞ、ヘスティア」
「あっ、くぅ〜!ベル君達を見つけたら色々聞いてやるからな!」
呆然としていた【タケミカヅチ・ファミリア】達も駆け足になる神達の姿にはっとなり、前を歩く覆面の冒険者とアスフィ、ズィーヤへ追いつく為、神達を守護しながら駆け足の行軍を始めるのだった。
「……それで、アンドロメダ、どこを探すんだ?闇雲に探してもベル・クラネル達は見つかりっこないぞ」
魔物との遭遇が途切れ、13階層を進む中で桜花がアスフィに問いかける。
前方で湧いてくる魔物を殲滅した覆面の冒険者も合流し、捜索隊の全員がアスフィの発言を待つ。
アスフィは端正な表情を変えることもなく、カチャリと眼鏡の位置をひとつ整え自身の推論を話し出す。
「神ヘスティアの情報通りであれば、日帰りの準備で中層へ
「事故……縦穴ですか?」
「ズィーヤ・グリスア、知っていましたか。そう、全滅を免れ、かつ1日以上中層に留まっていることから、縦穴に落ちたと考えられます」
息をひとつ付き、前へ向き直ったアスフィは先へ広がる暗闇を見つめながら推論を続ける。
「自力で帰ってこられないほど深い階層へ落ちた彼等が取るべき行動は何か。モンスターの脅威に晒されながら、広大な迷宮を無闇にさまよっている可能性は低い。そんな愚かな選択をするパーティならば、1日を待たずして全滅している……と、私は考えます」
そこで1度言葉を区切り、彼女は自身の結論を唱える。
「地上に帰還する選択肢を捨て、あえて
「……本当に実行するのか?そんなことを?自殺行為みたいなものだろ……まともな神経じゃない」
ダンジョンにおける未到達階層へ
それは自殺行為そのものであり、正しく墓穴を掘りに向かう狂気の選択だ。
桜花が信じられない言葉を耳にしたように言葉を絞り出し、命と千草が絶句していることからも、その選択を取る異常性が伺える。
「私なら、そうする」
パーティの先頭から、鈴の音のような澄んだ声が鳴る。
これまで1度も口を開かなかった覆面の冒険者の発言に、桜花達が勢いよく振り向く。
「そして彼等も──いや、冒険を一度超えた彼なら、振り返らず前へ進むと思います」
「あぁ、俺もリオ……彼女の意見に賛成だ。リリなら18階層のことは知っているだろうし、ベル君に提案する。そして、ベル君なら不確かに迷うよりも、危険に確実な道を行く」
覆面の冒険者の発言に追従してズィーヤも発言する。
状況証拠ではあるが十分な説得力のあるアスフィの推論と明らかに歴戦である覆面の冒険者の理解、そしてパーティの中で冒険者ベル・クラネル達と最も縁深いズィーヤの発言だからこそ、アスフィの出した結論の信憑性が高まる。
「俺もアスフィの意思に賛成だ」
「うーん、僕もベル君は下にいる……気がする」
「賛成5……決まりですね。18階層に向かう。これを現状の方針でいきます」
自身も含めた票数によってパーティ内で多数決を取り、下へ向かうことが決まる。命と桜花、千草も異論を挟むことなく、依然隊列が変わることなく面々は18階層へ向けて歩を進める。
覆面の冒険者が前方に蔓延る魔物を切り払い、道を作る。アスフィとズィーヤが後方と奇襲に備え、【タケミカヅチ・ファミリア】は神達の安全を最優先に堅実な陣形をとって迷宮を駆ける。
奇襲してきた魔物も変幻自在の間合いを持つズィーヤによって倒され、ズィーヤを抜けても千草の持つバックパックから槍や刀を取り出して戦う桜花と命、後方から投擲や道具によるサポートを行うアスフィの遊撃によって処理され、速度を落とすことなく前へと前進を続けている。
「しかし、ベル君達が縦穴に落ちたなら、ボク達もその縦穴を使えば追いつけるんじゃないかい?」
「いえ、神ヘスティア。中層の縦穴は開口と修復を繰り返して無作為に出現します。迂闊に飛び込むと現在地を把握できなくなるので……ミイラ取りがミイラになりかねません」
「それに、ベル君達が帰還しようとしている可能性も捨てきれない。鉢合わせするかもしれないし、順路は辿っておいた方がいい」
自分達が遭難しない為、そしてベル達とすれ違いにならないためにも順路を守ることは絶対条件だ。
【ヘルメス・ファミリア】が話す内容を理解し、ヘスティアは頷く。
ヘスティアの反応を見てから、覆面の冒険者が階段を降り始める。
13階層を超えて14階層へと向かう整備されていない階段。その中に広がる濃密な闇にやや気圧されながらも、ベル達を助ける為だと腹に力を入れ、ヘスティアも彼女の背中を追いかける。
ダンジョン15階層
ここにはベルとズィーヤを死に際まで追い込んだミノタウロスが出現し、その他にも凶悪さが増した魔物達が跋扈する。
しかし、どれだけ凶悪であろうとも適正Lvが2である時点で推定Lv4である覆面の冒険者やアスフィにとっては障害足りえない。
前方に現れては叩き潰されるミノタウロスや大虎、コウモリなどを尻目にヘスティア達はダンジョンを進む。
途中横穴からの奇襲はアスフィが注意し、ズィーヤによって中断され、アスフィのサポートを受けたメンバーによって迅速に処理される。
捜索隊は快速と呼ぶに相応しい速度でダンジョンを走破していた。
「アスフィさん、気配察知ってどうやってます?」
「はい?気配察知?」
「アスフィさんは俺や他の人たちが気づくよりも早く魔物の奇襲に気づいてます。それは気配を察知してるからだと思ったんですが、違いましたか?」
「いえ、間違っていはいません。ただ、どうやっているかと聞かれると……言語化するのは難しいですね」
やや駆け足で進む中、同じ遊撃として並んだアスフィとズィーヤが会話する。
「あえて言うなら、自分に向けられる意思を感じていると言った感じでしょうか?」
「意思?」
「魔物であれば殺意や悪意、害意と言ったものです。生物であればこちらに気づいた時には同時に意思を向けられます。それを感じ取っている感じ……ですね」
「意思……意思……」
駆ける中、横穴の前を過ぎる際、ズィーヤが横穴に向かって泥玉を投げ入れる。
「『歪め』」
泥玉は強大な暴風となって、横穴に潜んでいたヘルハウンド達を吹き飛ばす。風圧で吹き飛ばされ、紛れ込んだ風刃によって切り裂かれたヘルハウンドは立ち上がる余力もないほど瀕死となった。
「なるほど、これが意思か……ありがとうございます、アスフィさん」
「…………これは、末恐ろしいですね」
僅かなアドバイスだけで気配察知を行って見せたズィーヤの潜在能力の高さにアスフィは冷や汗を流す。
長年ダンジョンに潜り、人目を避け、世界を渡り歩いていたアスフィですら気配察知を身につけるまで長い時間をかけた。
それが、Lv2になったばかりの少年に抜かされたという事実に、嫉妬よりも困惑と畏怖が湧き上がる。
当の本人はまだまだ精度を上げられると瞳をギラギラと光らせながら笑みを浮かべているのが、その恐ろしさに拍車をかける。
奇襲に気づける者が2人となった捜索隊は、安全性と殲滅性をより強固なものとしながら、18階層へ向かって足を進めるのだった。
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