ダンジョン18階層にて無事にベル君達を見つけることができた俺達。【ロキ・ファミリア】が17階層の
【ロキ・ファミリア】のヴァレンシュタインさんと暇を持て余しているという第一級冒険者姉妹のヒリュテ姉妹の案内によって、孤島に作られたという街に向けて18階層に広がる平原を歩いていた。
17……いや、正確に言えば16階層か。それまで現れていた魔物の大群が嘘のように、この階層には魔物が生まれない。
上層を過ぎ去り、中層を乗り越えた冒険者達に与えられた安寧の階層。ベル君達が無事だったのも、この階層が存在することを知っていたことが大きいだろう。
天井を見上げれば『朝』のやや落ち着いた光を放つ一際巨大な結晶を中心に、人の身を超えた大きさの結晶が生えていた。
あの結晶は何でできているのか、魔物のようにダンジョンの意志によって生み出されたのか、はたまた、上層と中層で死んだ人間の血が濾過されたものなのか……。
「なんてな」
ダンジョン内に広がる雄大な自然を前に、益体もない思考をしてしまった。
だが、ダンジョンには未だ分からないことも多い。そういうことを調べるというのも面白いかもしれないな。
しばらく進めば『街』のあるという孤島が浮かぶのが見える。だが、あの孤島には一体どうやって渡るんだろうか……?
「んで、あのデカイ島にはどうやって渡るんだ?」
「木を切り倒して繋げた橋があって、そこを渡るんだよ。ほら、あれ」
ヴェルフの気兼ねない質問に──ヒュルテ姉妹の妹──ティオナさんは孤島の少し手前を指さす。
そこには遠目から見ても巨大な大木が横たわっており、孤島とこちら側の橋渡しをしていた。
近づくにつれて、孤島の岩肌が目立つ無骨な威容に圧倒されながら、枝と葉の切り払われただけの天然の橋を慎重に渡る。
時折、ヘスティア様が木肌に躓き湖に落ちそうになるのにヒヤヒヤさせられたが、全員が無事に橋を渡ることができた。
目の前に広がる山……と言うよりも、もはや崖と呼ぶのが適切な険しい岩々の中を、上ったり下ったりを繰り返して、頂上付近に建てられているという『街』を目指さなければならない。
持ってきておいたロープをヘスティア様に巻き付け、俺とベル君に繋げることで命綱の代わりにする。
まぁ、想定していたよりも道幅が広く、岩による封鎖もなかった為、急な高低差に体力こそ使ったものの、比較的安全に眺めのいい高所まで辿り着くことができた。
「おぉ、これが18階層……」
「凄い……!」
「ああ、これはいい眺めだ」
「はっ、はぁっ……へ、へぇ、壮観じゃないか」
これまでのように迷宮や仕切りのない広大な円形状の大空洞。
階層を取り囲む切り立った岩壁は頂点で輝く水晶まで続いている。
遠い岩壁を眺めれば、世界の内と果てを切り分ける巨大な山と勘違いしてしまいそうだ。
下を見れば様々な自然の入り交じった18階層の全貌を覗くことができる。
洞窟、鬱蒼とした森、反射した光をこちらまで届かせる川や泉、遠く木がまばらに生えた湿地帯。湿地帯の方は少し目を凝らせば徘徊している魔物と思われる影が見える。
「私たちと同じように、モンスターもこの階層に入ってくる……」
「18階層は我々の、と言うよりも、モンスターの楽地と言った方が適切ですね」
『モンスターの楽地』か……だとしたら、彼らにとっては
視点を変え、立場を変えれば見え方も変わる。
俺達人類にとって、不倶戴天の敵である魔物とダンジョンにとっては、俺達もまた不倶戴天の敵であり、侵略者か。
だとしたら、ダンジョンに生まれたこの階層は、俺達を異物として、敵として排除するんだろうか?
なんて考えてみたが……この雄大にすぎる自然を見れば、魔物にとっての楽地だろうと冒険者にとって都合のいい階層だろうと、大した差は無さそうだな。
各々が美しい景色を堪能し、高所を後にする。
残り僅かもなかった道のりを登りきれば、目的としていた『街』に辿り着いた。
木の柱と旗で作られたアーチ状の門。看板と思われる上部には共通語で『ようこそ同業者、リヴィラの街へ!』と書かれていた。
なんだろう……にこやかで歓迎している風な文章なのに、下心と邪気のようなものが見え隠れしているように感じる……。
「見てくれに騙されない方がいいわよ。気持ちよくして、懐を暖めようって腹積もりだから」
「あぁ、
冒険者の街という時点で地上ほどマトモなはずないとは思っていたが、これはよりいっそう気を締め直したほうがよさそうだな。
門を潜れば所々に水晶が生え散らばり、幻想的ながら俗っぽさも感じさせる美しい集落系の『街』が広がる。
冒険者の街と言うからどんな無法地帯かと身構えたが……即席の建物こそ目立つものの、階層の特徴と調和して美しいものじゃないか。
ギルドの頓挫した計画を元に作り上げられた無法者達の街。魔物の襲撃によって幾度も壊され、幾度も逃げ出し、幾度も作り直してきた不屈の街。
冒険者らしく、富と名声、力と女が全てな無法の街は気を抜けば全てを貪られる。
そう考えると、美しく見えるこの光景も、虫を誘う食虫植物のような、甘ったるい匂いを放つ腐った果実のような、そういう怪しさを纏っているように感じてしまうな……。
諸々の説明が終わり、大人数での観光も迷惑ということでいくつかのグループに別れて観光することになった。
「で、リリとヴェルフは何を見たい?」
「私はバックパックを」
「俺は整備道具を見てぇな」
「それなら向こうの方かなー!」
と、言うわけで。俺とリリ、ヴェルフとヒリュテ姉妹の5人で観光することになった。
道中の店に並べられた歪んた防具や刃こぼれした武器などを覗くと、品質に比べて法外な値段を書いた値札が堂々と鎮座していた。
これが無法者の街……冒険者が経営をしているだけあって実にがめつい。
薄くニヤついた店主の姿に神経が苛立つが、ここで暴れてしまえばそれこそ無法者だ。
ここにはここなりの秩序があり、暗黙の了解があり、人々の営みがある。それを否定して暴れるのは幼稚だろう。
先を進むリリ達を追いかけて、足を早めた。
「このバックパックが2万ヴァリス!?」
「嘘だろ……?これっぽっちの砥石がこの値段かよ……」
ヒリュテ姉妹の案内の元辿り着いた店では案の定高すぎる金額設定の商品にリリとヴェルフが愕然としていた。
「大人数でここに泊まったらいくら持ってかれるか分かったもんじゃないわ……」
「だから遠征の時は野営してるんだよ」
「道理ですね。商品がこれなら宿なんて余計にでしょうし」
「そうね。1番安い宿屋でも足元見て1人1万ヴァリスくらいなら余裕で求めてくるわよ」
辟易とした表情で愚痴るティオネさんに同意を示せば、深々とした溜め息として帰ってきた。
探索にしても帰還にしても休むという行為は重要だ。大人数での行動なら尚更、俺の想像を飛び越えて大変だろう。
『街』があるのなら必然的に布団やベッドで眠ることができると期待してしまう。そして、その期待は目を疑う高額となって裏切られるのだ。
渋々払って休んだとしても、探索で得た金額に見合うかどうか……本当に余程のことでもない限りは、野営をした方が賢明だろう。
「なんてお金にがめついんでしょう!平気で人の足元を見て……!これだから冒険者は嫌なんですっ!」
「俺の知ってるがめつい小人族に色々と言ってやりたいことはあるが……リリスケ、お前もここで店を開いた方がいいんじゃないか?」
「……」
「おい、考えるな」
「実際、利益は出るだろうけど危険だからやめた方が無難だろうね」
リリなら上手くやりそうではあるが、ここは腐っても18階層。
ここに滞在する冒険者のほとんどはLv2。訪れる冒険者もLv2やLv3などのひと握りの強者たちだ。
そんな相手達にぼったくり価格で商売をしたとしても、武力で商品を奪われ、手に入れた利益まで奪われてしまうだろう。
ここに法はない。故に、何よりも力が物を言う。
リリがどれだけ素晴らしい話術や策謀を持っていたとしても、力なくては話を聞いてもらうことも出来ない。
ここで商売をしないのが無難だろう。
その後、グループでの観光を終えて他のみんなと合流した。
18階層名物という『ダンジョンサンド』なるパン料理。18階層に自生する果物を惜しみなく使った自然な爽やかさと地上にはない独特で強い甘みを感じさせる。
この甘さの要因は
この甘さ、癖になるな。神様曰く俺はかなりの甘党らしいので、このくらいの甘さが丁度いい。
さらに、この極大の甘みの中で喧嘩せず調和し、各々の甘み酸味を主張し合う果物達と、それらを包み込んで素朴で優しい味わいを滲ませるパン……かなり美味しい。
まさかダンジョン内でこれほどの美食と出会えるとは……世の中何が起こるか分からないものだ。
あっという間に食べ終えてしまった寂寥感と口内を満たす甘みに満足感を感じていると、崖際に設置された手すりの傍でヴァレンシュタインさんと話すベル君に気づいた。
相変わらず無表情なヴァレンシュタインさんと、緊張の中で熱く揺らめく恋心に苛まれているベル君。
と、温度差のある2人の姿を眺めていると、ヘスティア様も2人に気づいたのか、憤懣やるなしといった様子でベル君とヴァレンシュタインさんの間に入っていく。
先程までと違い賑やかになった3人の様子にふっと笑みがこぼれる。
ベル君には憧れが必要だが、同じくらい支え合う
自分のことを想い、言葉にして、行動してくれるような慈愛を持ったヘスティア様の存在は、ベル君にとって何物にも代えがたい価値あるものだ。
だからこそ、折れず、曲がらず、理想と憧憬を目指すことが出来るのだろう。
チラリと見えたベル君の屈託のない笑みにつられ、俺も笑みを浮かべる。穏やかな『朝』は緩やかに過ぎ去っていった。
俺達が野営地に戻ってきた頃には18階層には『昼』が訪れ、強まった光が18階層内を燦然と照らしていた。
ティオナさんの一声によって女性陣は水浴びに、男性陣は各々適当に過ごすことになり、俺は暇を持て余していた。
ヴェルフはなにか思案しているようだし、桜花さんは武器のメンテナンスと片付けをしている。
俺も、魔法で泥玉のストックでも作ろうか……いや、昨日の空いた時間に携帯できる限界量は作ってしまったから、無駄になるか。
なら鍛錬?でもなぁ、汗かくのも嫌だしなぁ。
素直に瞑想でもするか、ベル君を誘って軽く森の散策でもするか。
「あれ?」
ベル君が居ない。
いや、それにヘルメス様も居ない。
ヴェルフと桜花さんは気づいてないようだし、2人だけでどこに行ったんだろうか?
色々と考えられるが、嫌な予感がする。ベル君1人なら気にもしなかったが、ヘルメス様も同時に居なくなっているという点で、凄まじく嫌な予感がする。
『いい?ヘルメスは清濁併せ持つ神よ。中立の立場をとってはいるけれど、基本的に巫山戯た
って神様も言ってたからな。
もしかしたらベル君に対して変なことをしている可能性も、変なことに巻き込んでいる可能性もある。まぁ、単純に2人で話してるだけの可能性はあるが……その時は素直に謝るとしよう。
ヘルメス様の身体能力ならそう遠くへは行っていないはず、俺が気づいてないってことはヴェルフや桜花さんがいる方向とは逆向き……となると、森の中か?
滝の方は女性陣が水浴びしてて見張りがいる。2人で抜け出したなら警備がされている場所、ましてや第一級冒険者のいる場所には行かないはず。
なら、水浴びに行った方向とは逆に行ったんだろう。
ベル君の速度なら何かあっても逃げられるとは思うが、神がその辺を考えていないはずもない。できるだけ急いで向かうべきだろう。
「ヴェルフ、桜花さん、ベル君とヘルメス様を探してくる!留守は任せた!」
「ん?おう!わかった」
「了解だ」
2人に断りを入れて、ベル君とヘルメス様を探すため、森の中へと入っていく。木漏れ日の照らす森は、穏やかに俺のことを招き入れるのだった。
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