ベル君とヘルメス様を探して都市では見かけない木漏れ日の中に入ってみたが、2人の姿はおろか痕跡すらも見つからない。
踏みならされた道を歩いて探しているが、もしかして脇道にそれたんだろうか?全知零能な神たるヘルメス様がいて、魔物がいるかもしれない道に嬉々として進むことは無いだろうし……事件か?
ベル君だけなら可能性はあったが、とらえどころのないヘルメス様がいて、そんな問題に巻き込まれるとも思えない。寧ろ、ヘルメス様が率先して問題を起こしてる方がしっくりくる……というのは、流石に不敬か。
「──分かれ道か」
右か左か。
右には女性陣が水浴びしている水場と崖がある。
左には深い森が広がっていて、何があるかは分からない。ただ、19階層と繋ぐ洞窟が右よりも近いため魔物との遭遇率は高いだろう。
「……左だな」
ベル君とヘルメス様だけで奥まで行くとも思えないが、万が一の可能性はある。仮に奥まで進んでいるのなら2人の安全のためにも、合流した方がいいだろう。後、俺の暇つぶしも兼ねてな。
左の道を進んでいくと、踏みならされた道が徐々に狭まり、ついには獣道と大差がないほど細く雑草に溢れた道に変わっていた。
「これ以上は危険だな。戻って、2人が帰ってきてるか確認するか」
元の道に帰るため背を向けかけた時、前方の茂みが荒々しく揺れる音が響いた。
「グゥゥア……!」
「……まずい」
俺の2倍以上の大きさを持つ熊型の魔物。
血走った目とまろびでた牙から大量の唾液を滴らせる姿は狂気に犯された獣そのもの。結晶の放つ光を反射してギラギラと輝く巨大かつ鋭利な爪は、鉄製の防具など簡単に切り裂いて、人の肉を引き裂くのだろう。
18階層にいる時点で19階層以降の魔物。1匹だけなら可能性はあるが、戦闘音で他の魔物を呼んでしまったら、俺だけでなく拠点のみんなにも被害が及びかねない。
接敵と戦闘は避けたいところだが……
「グアァァアッ!」
「だよなァっ!」
俺を視界に収めた途端、襲いかかってきやがるっ!
ダンジョンとダンジョンの生み出す魔物は人間を殺すために力を振るう。鼻を鳴らして探し物をしてるみたいだったから逃げられるかと思ったんだが、本能には勝てなかったかっ!
一気に振り返ってかけ出す。さっきの分かれ道まで戻って、そこから右へ進む。少し進んだところで右の道と左の道を繋ぐ林を突っ切れば、もう一度左の道に出て、いつかは逃げ切れるかもしれない。
「ちっ!やっぱ速度はそっちのが上かよっ!」
まぁ、俺の作戦は俺の方が速いこと前提の希望的観測だったって訳だ!
どうする、左の森へ飛び込んで水浴びする
ならまっすぐ拠点へ行く?障害物のないこのままじゃ切られて食われて死んで終わる。1番ない選択肢だ。
つまり……
「後は野となれ山となれってな!」
右の木漏れ日の少ない深い森の中へ飛び込み、木や枝を潜り、時には利用することで奥へと進んでいく。
熊も鋭い爪で障害物を切り裂いていくが、足元の根や岩に躓いて思うように進めていない様子。だとしても、速さは五分か俺の方が少し優勢くらい。
どっかに隠れられればベストなんだが……。
走りながら周囲を見回せば、右斜め前方に一際暗くなっている場所が目に入る。
水晶と木と葉で作られた、人が通れるかどうか程度の広さを持つ天然のトンネル。
後ろを見ればツタに顔を引っ掛け、視線が上に向いている熊。狙うなら、今しかない。
地を這うような前向姿勢で藪の中へ飛び込む。視界を両腕で保護しながらLv2の膂力と俊敏で無理やり突っ切り、トンネルの中へ飛び込んだ。
熊の視界に入らないよう少し奥まで進み、他の魔物の巣じゃないことを祈って途中で止まり、外の様子を伺う。
「グゥゥ……グアァ?」
少し遠くから熊の困惑したような鳴き声が響き、しばらくすれば重みのある足音が離れていった。
「……ふぅ、助かった」
力が抜けそうになる体に喝を入れて、トンネルの奥を見る。
それほど長いトンネルでもないのか、少し先にはか細く光がさしているのが見える。
冷静になって考えてみると、この階層は魔物の生まれない場所。そして、19階層から魔物が訪れては帰っていく特殊な階層なわけで、巣があるわけなかった。
それでも、気を抜いて死ぬのはゴメンなので何時でも逃げられるように慎重に歩みを進める。
少し歩くと、水晶や細い木で囲まれた小さな空間が現れる。
そして、光がさす中央には幾つもの十字架が突き刺さる墓場が鎮座していた。
「……冒険者の墓、だがなぜこんなところに?」
いや、今すべきなのは原因の究明でも、ましてや墓荒らしでもない。ただ、顔も知らない誰かが安らかに眠るこの場所で、ダンジョンという地獄で戦い抜いた彼らを弔うこの場所で、彼らの死を悼み手を合わせるべきだ。
木々の隙間から風が吹き、俺の髪を撫でる。
なぜだか無性に、懐かしく、悲しい思いが胸に去来した。
「誰だ」
「っ!」
墓標を見つめながら沸き出る感情を理解しようとしていると、背後から鈴のような声に研がれた刃のような鋭さを乗せた声色で、凄まじい殺気が叩きつけられる。
即座に両腕を上げて抵抗の意思がないことを示しながら、ゆっくりと後ろを振り返ると、驚いた顔をしたリオンさんとキョトンとした顔をするベル君が立っていた。
「グリスアさん?」
「どうも、リオンさん。それにベル君も」
「あ、はい。どうも……?」
警戒を解いたらしいリオンさんに習い、上げていた両手をゆっくりと下ろす。探索中でも経験のない強く鋭い殺気。溢れ出た冷や汗で背中がびしょびしょだ……後で俺も水浴びしようかな。
「何故グリスアさんがここに……?」
「熊の魔物に追いかけられている途中でトンネルを見つけまして、隠れるために飛び込んでここを見つけたって感じです」
「熊……あぁ、『バグベアー』ですか。しかし、よくここの入口が見つけられましたね」
「まぁ、少し目がいいですから」
リオンさんと話している間にもベル君はこの空間と、目の前の墓場が気になるようでキョロキョロと見回しては、リオンさんと俺の方を見ている。
「……ここは、私が所属していた【ファミリア】の仲間たちの墓です」
美しい白花を供え、小鞄から取り出した瓶の中で揺れる酒を数個の墓標にかけていく。下に眠る彼女の仲間に、飲ませるように。
ここがリオンさんの【ファミリア】──【アストレア・ファミリア】の墓……。
だとしたら、先程の懐かしさと悲しみは、かのファミリアに助けられたからこそ感じた、既視感と無念そのものだったわけだ……。
リオンさんは語る。彼女達【アストレア・ファミリア】を襲った悪意と悲劇。そして、最後まで生き残ったリオンさん自身の犯した、正義と反し、正義を捨て、ひたすらに溺れてしまった
「──お2人とも、耳を汚す話を聞かせてしまって、すいません」
「そ、そんなっ」
「気にしないでください」
普段と変わらない冷静な表情のはずなのに、俺には影を含んだ沈痛な表情に見えて仕方ない。リオンさんのそんな表情を、俺は見たいわけじゃない。
「詰まるところ、私は恥知らずで、横暴なエルフと言うことです……クラネルさんやグリスアさんの信用を裏切ってしまうほど」
「そんなわけないっ!」
変わらないはずの冷静な表情なくせに、恥じるように目を伏せて自嘲気味に言葉を吐く彼女を、思っていたよりも大きな声で否定してしまった。
「あの夜、俺は言いましたよね?復讐を司る女神の眷属として、そして俺個人として、復讐した貴女の道を肯定すると。恥じる必要など無いと」
微かに目を見開いて、無表情に驚きを混ぜる器用なことをする彼女に、1歩近づく。
「例え、リオンさんが罪と言おうと、後悔に塗れた恥じるべき道だと言おうと、俺は貴女の復讐を受け入れる。俺や神様に言わせれば、リオンさんの復讐なんて愛すべき物と変わらないんですよ」
あと1歩進めば、リオンさんとぶつかってしまいかねない距離。エルフである彼女にとっては決して許容できない1歩半。
「だから、貴女が貴女を否定しないでください。貴女の歩んだ道を、汚さないであげてください」
見下ろす彼女の表情はどこか硬い。
言いたかったことの半分も言葉にできたか分からない。
ただ、彼女が彼女自身を貶めて、過去を否定することは、とても悲しくて許したくないことだった。
澄んでいるのに、どこか光のない空色の瞳を見開いて俺を見上げる彼女を見つめ返して、少しでも俺の心を伝えようとする。
言葉だけじゃなくて、視線でも、伝えられるものがあるはずだ。
「……リューさん」
俺の隣に並んだベル君がリオンさんと真正面から向き合う。横目に見るその表情は、凛々しく、真摯で、真剣だった。
「
今度こそ、リオンさんの表情は崩れた。
唖然として見開かれた瞳と微かに開かれた唇。
どんな感情がそこに含まれているのか、俺には想像することしかできないが……
「これは……一本取られましたね」
彼女の少しだけ細められた瞳と緩められた唇を見れば、それがいいものであることを、十分に理解できた。
かつて烈火の正義を掲げる少女と並ぶ彼女の輝きには及ばないが、頑強に固められた冷たい無表情に少しだけ熱を伝えることができたことを、俺は嬉しく思う。
一筋の日差しが墓場と小さな草木を照らす中、微かに吹く風と静寂に満たされた穏やかな空気が俺達の間に流れる。
「……リューさんは、どうしてオラリオに来たんですか?」
意を決したように、ベル君がリオンさんに問いかけた。
希望と絶望と野望と夢が入り交じる迷宮都市オラリオ。そこへ訪れる彼ら彼女らは各々の持つ大切なナニカを得るために、塀をくぐり、ダンジョンへ潜る。
【疾風】と呼ばれる強さを持ち、今なお褪せぬ強さを持つ彼女は、何を求めてここへ来たのか。俺も、少しだけ気になった。
「…………私達は、エルフは、見目麗しいとされる種族です」
彼女は微かに口を開き、言葉を紡ぐことに躊躇するように光を仰ぎみた。1拍の後、地面に視界を彷徨わせながら語り始めた。
その美しさと潔癖さから他種族を排斥し、醜いと見下すエルフという種族。その姿こそを醜悪と感じ、里を飛び出し、オラリオへ辿りついた彼女。
しかし、彼女がオラリオに求めた『尊敬し合える仲間』を得るには、彼女に染み付いたエルフとしての習性と潔癖が邪魔をした。
「──結局、私は鼻持ちならないエルフでしかなかった」
「リューさん……」
「……」
「でも」
突如、リオンさんの口調が変化する。
硬く、冷たいものから。暖かく、どこか柔らかな声色に。
そして気がつけば、彼女は俺とベル君に距離を詰めていて
「──えっ」
「こんな風に、私の手を取ってくれる人が、握れる人が、握りたいと思える人がいたんです」
俺とベル君はリオンさんと握手していた。
細く、少し冷たく、滑らかで、柔らか。
しかし、その可憐さの奥には歴戦の力強さを感じさせ、せ、せせへ?
「っ?!、???!!、?!?!!!?」
「これでクラネルさんとは2回目ですね。覚えてきますか?」
「は、はいっ!?」
「ナイフを無くした騒ぎがあった、あの時のことです」
「あの時は本当に驚いた。いきなり手を握ってきた貴方にも、振り払わなかった私自身にも……いえ、今も、驚いています」
「私が最初に手を振り払わなかったのは貴方で3人目。そして、グリスアさんで4人目です」
──1人目は、自分を【ファミリア】に誘った快活な少女の冒険者。
──2人目は、冷たくなっていく自分に温もりを、居場所を与えてくれた心優しい酒場の少女。
「そんな不思議そうな顔をしないでください。私まで馬鹿にされている気分になる」
「ご、ごめんなさいっ!?」
「冗談です……グリスアさん、そろそろ正気に戻ってください」
「はっ!?あ、なんだ、夢……夢?違うな。手、リオンさん?手が、手、てて手ががが」
「う、うわぁ……こんなに混乱してるズィーヤさん、初めて見ました……」
なんで俺はリオンさんと手を、握手を?なん、彼女はエルフで、触れられることを嫌う種族じゃないのか?彼女だけ特別?いや、彼女の話から推測するに、一般的なエルフと同じ程度の潔癖症。
つまり、これは、異常事態でははははは??
「クラネルさん、グリスアさん、今日まで貴方達の言動を目にしてきました。その上で、貴方達の弱さが、強さが、至情が、ひたむきな意志がわかった」
リオンさんの手を握る力が強くなる。
穏やかに、静謐に、神聖に紡がれる彼女の言葉と、その姿から意識を逸らせない。
「クラネルさん、グリスアさん、貴方達は優しい」
空色の瞳を閉じ、一度呼吸を入れる。たったそれだけの動作から、目を離せない。
再び、ゆっくりと空色の瞳が開かれて、その視界に俺たちを収める。
「貴方達は、尊敬に値するヒューマンだ」
リオンさんが、笑った。
普段の物理的な冷たさすら感じる冷静な無表情が溶け、僅かに見えた淡く儚い笑み。
細く、形のいい眉を柔らかくして、小ぶりな唇が綻び緩く弧を描く。
見たことの無いほど、穏やかで、柔らかで、可憐な彼女の笑顔に、顔が熱を持つことを自覚する。
なんというか、不意打ちだった。色々なことが重なって混乱してた事に加えて、見ることのできないと思っていた彼女の笑みに、しっかりと胸を撃ち抜かれてしまった。
誰にともなく言い訳をするなら、ダンジョンで、まさか彼女に不意をつかれるとは全く思ってなかったからだと言わせてもらう。
あ〜、早く顔の熱引いてくれないかな。
パキッ
「……ズィーヤが、他の女に目移りしている気がする」
【メガイラ・ファミリア】のホームにて、カップを片手にギルドから受け取ったベル達の捜索情報を見返していたメガイラが、穏やかな相貌を険しいものに変える。
嫋やかな指が摘んでいたカップの持ち手は、彼女の放つ圧によって音を立てて割れ、ソーサーの上に破片を落とす。
だが、そんなことを気にもとめず、メガイラはダンジョンの方を睨みつける。
「……帰ってきたら追求しようかしら」
どうせ帰ってきたら、帰ってきてくれた喜びに忘れてしまうだろうけど。と思いながらも、複雑な乙女心は独りごちずにはいられなかった。
カップに残ったお茶を飲み干し、割れたティーカップとソーサーを片付ける。
頂点を超えた太陽は未だ高く、ズィーヤ達が帰ってくるにはまだ時間がかかりそうだった。
あえて明言するならば、リューからズィーヤへの好感度はかなり高い。
実は現時点だと総合的に見ればベル君よりも高かったりする。
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