嫉妬の冒険譚   作:凪 瀬

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オリジナル展開は正解がない分考えが纏まらなかったり納得できなかったりする。
つまり難産ってことです。遅くなってすいませんでしたぁぁぁ!!


43話 死線と絶望と借りと

 

「アア"ァ"ァァ!!!」

 

「「「グオォォ!!!」」」

 

 喉が(しゃが)れるほどの叫び声と共にズィーヤと魔物の軍勢がぶつかり合う。

 遮蔽物もない荒野で、たった1人の冒険者が20を超える魔物の影に呑み込まれる。

 一般的なLv2であればその瞬間に無惨な挽肉に成り果て、Lv3に成り立てであれば抵抗虚しく致命傷を負い、そのまま死にかねない。

 正しく、絶死の領域。普通の冒険者であれば生き残ることの出来ない絶望の死線。

 

「『歪め』っ!」

 

 群れの中央、最も魔物の密集した場所からズィーヤの怒号と共に、巨大な爆発音と爆炎が吹き上がる。

 比較的小柄な魔物達は爆風によって吹き飛ばされ、重鈍で耐久に優れた魔物達は吹き飛ばされることこそないものの、爆炎による火傷(やけど)によって無視できないダメージを受けた。

 爆心地の中央では、泥の鎧が所々剥がれ顔に細やかな火傷跡こそあるものの五体満足のズィーヤが正面に佇む魔物達に向けて槍を構えている。

 

「思ったより減ったな……死亡、瀕死が5体。中傷以上が7体。軽傷、無傷が10以上……」

 

 窪んだ爆心地の中央で己を囲む魔物達を素早く観察し、彼我の戦力差を頭に叩き込む。

 突然の爆発によって数を減らし、動揺が完全に消えたわけではないとしても、未だ魔物の数は目視できる範囲で20を超えている。

 さらに、先程の爆発によってズィーヤの両腕と左足装備にかけられていた泥の強化も剥がれ、鉄の鈍い輝きが顕になっている。

 戦況は、未だ劣勢。

 

「「「ブモォォォ!!!」」」

 

 いち早く動揺と混乱から回復した複数のミノタウロスがズィーヤに向けて突進を仕掛ける。

 全員が火傷による軽傷を負っているものの、その程度はミノタウロスにとって無傷と変わりない。

 人を容易に吹き飛ばす巨体が壁となり、冷徹にそれを見つめるズィーヤに突撃する。

 

「『歪め』」

 

 ミノタウロス達がズィーヤの槍の間合いに入る前にズィーヤの詠唱が小さく響く。その瞬間、ミノタウロス達の足元に投げられた泥玉が形を変える。

 窪みの一角を埋め尽くす泥の沼。突如として現れたそれを、ミノタウロス達は避けることが出来ず足を取られて転倒してしまう。

 さらに、ミノタウロス達が抜け出そうと体を捩るものの沼は凄まじい速さでその巨体を呑み込んでいき、1体、また1体とミノタウロス達を飲み込んでいく。

 

「『深く望むは我が理想 未だ見えぬ羨望の果て 嫉妬に汚れた泥の理想 変われ、変われ、変われ 嫉妬を満たせ 羨望の道を駆けろ 不出来な理想(プロミコス・イデア)』」

 

 ミノタウロス達が完全に沈黙するまでの間に、詠唱を完了させて新たな泥の玉を作成する。

 ミノタウロス達がズィーヤに触れることすらできず、不気味な泥沼に沈んでいく様子を見ていた他の魔物たちは、その異様さからズィーヤへの攻撃を微かに躊躇してしまう。

 だが、所詮は魔物。躊躇は一瞬、ミノタウロス達が呑み込まれた沼を迂回したり、飛び越えたりと各々の肉体的特性を活用することでズィーヤへ攻撃を仕掛けようとする。

 

「『歪め』」

 

 しかし、接近しようと駆ける魔物達の耳にズィーヤの短い詠唱が響き、彼の手に持った泥玉が変化する。

 手のひらに収まる泥玉は解け、ズィーヤの髪を巻き上げる風を起こし、地面に投げつけられることによって瞬時にその勢いを強め泥色の竜巻を生み出す。

 飛ぶことによって泥沼を回避しようと足元が疎かになった魔物たちは竜巻に巻き込まれ上空へと巻き上げられる。

 迂回することによって回避した魔物達も、吹き飛ばされないよう攻撃の動作を取りやめる必要があり、またしてもズィーヤに攻撃は届かなかった。

 しばらくの間、18階層に巻き起こった泥色の竜巻が周囲の瓦礫と魔物を吹き上げ、振り回し、泥色に微かな赤を混ぜた所で姿を消していった。

 暴風による音が止まり、戦場に似つかわしくない静寂が爆心地の周りを満たした。

 遠く聞こえるゴライアスの雄叫びと戦闘音に紛れて、ドチャリと湿ったものが地面へ叩きつけられる音が響く。

 竜巻によって吹き上げられ、瓦礫と倒木によって全身を叩き尽くされ、傷だらけになった無数の魔物達。重力に逆らえず高い空から無防備に落とされた肉体は、原型を留めない悲惨な肉塊へと変わった。

 

「立ってるのが6体。ミノタウロス4、バグべアー2。やっぱ、ミノタウロスは硬い……っと」

 

 周囲を見回すズィーヤの体がよろける。

 巨大な爆発、広範囲の底なし沼、周囲を吹き飛ばす竜巻。本来なら1度で全ての精神力を使い果たしてしまいかねない魔法を3度連続して行っている。

 スキルによって魔力のステイタスが跳ね上がり、それぞれの威力や範囲を調整しているとはいえ、ズィーヤの精神力はあと1度魔法を発動させることがギリギリなほど少なくなっていた。

 腰に備えたポーチから青色のマナ・ポーションを取り出そうとして、止める。

 生き残った6体の魔物がふらつき無防備な姿を晒すズィーヤに向けて殺到してきたからである。

 

「グオォォ!!」

 

「チィッ……!」

 

 振り上げられたバグべアーの爪を槍で受け流し、側面に流れ、首に向けて穂先を一閃する。

 しかし、魔物の厚い皮と筋肉によって血こそ出たものの、バグべアーにとってはかすり傷にしかならなかった。

 

「「ブモォォ!」」

 

「クソっ!同時攻撃はやめてくれねぇかなぁ!?」

 

 首元から血を流すバグべアーから離れたズィーヤを狙って2体のミノタウロスによって拳が振るわれる。

 一撃でも喰らえば体勢を崩され、ラッシュへと持ち込まれてしまう。

 的の広い胴体を狙って振るわれた2つの拳を前方に転がることで避け、避けた先で足を振り上げたミノタウロスの顎に向かって槍を叩き込む。

 無防備に仰け反ったミノタウロスの魔石を狙って再度槍を突き出し、一体を灰へ変える。

 

「ポーション飲む暇もありゃしねぇ……!」

 

 脳天へ向けて天然武器を振り下ろすミノタウロスの一撃を避け、カウンターとして石付きを顔側面に叩きつける。

 腰をしっかりと捻り、重心から勢いの乗った一撃はミノタウロスの顔に強い衝撃を与え、脳を揺さぶることで体をふらつかせることに成功した。

 追撃しようと槍を構えるズィーヤに向けて、無傷なバグべアーが両腕を振り下ろす。

 バックステップでその一撃を回避し、槍の届く範囲となったバグべアーの頭部を狙って渾身の一突きをお見舞いする。

 自身に迫る穂先を避けようと体をあげるものの、柄を握る力を緩め穂先の位置を伸ばしたズィーヤの方が一手速く、バグべアーの鼻先から後頭部に至るまでを貫いた。

 倒れ込んでくるバグべアーの死体からすぐさま槍を引き抜き、周囲からじわじわと距離を詰めてくる他の魔物達との距離を測る。

 

「やっと2体か……うぇっ、精神力不足で気持ち悪ぃ……っと!」

 

 絶えず足と目を動かしながら呼吸を整えていたが、精神力疲弊によって体をふらつかせたズィーヤの隙を好機と見て、前方から首から血の滴るバグべアーが頭を喰らわんと凶顎(きょうがく)を開く。

 ズィーヤはふらついた体をそのまま前へ倒すことで回避し、バグべアーの股下を潜る事で背後を取る。

 

「シィッ!」

 

 気合いの入った一撃がバグべアーの無防備な後頭部を穿たんと振り抜かれ、ささやかな骨の抵抗を無視し、柔らかく湿った脳内を無秩序に掻き回す。

 痙攣するバグべアーから槍を引き抜こうとしたところで、ズィーヤの脇腹に向けてミノタウロスの豪腕が振るわれる。

 

「ぐっっ……お"ぇっ!」

 

 咄嗟に槍から手を離して横に飛び、衝撃を和らげることに成功。さらに、腕で受け流すことで直撃を避け、致命傷も避けることができた。

 しかし、気の緩んだタイミングと連戦によって無視できない疲労が蓄積された結果、完璧な受け流しとはならず少なくないダメージを負ってしまった。

 

「(痛ぇ……これ、左腕の骨にヒビ入ったかな……?肋骨とかは折れてないと思うが、衝撃が流しきれなかったか、普通に痛ぇ……!)」

 

 左半身を庇うように立つズィーヤを3体のミノタウロスがジリジリと囲う。

 これまでの戦いでズィーヤは様々な『技』を見せてきた。それらは戦力差を埋め、自身のステイタス以上の力を見せ、多対一であろうと劣ることの無い強さを見せてきた。

 故に、ミノタウロス達は警戒する。目を離した次の瞬間には、爆発や竜巻が再度自分たちを襲うかもしれない。

 手負いの獣が最も恐ろしいことなど、ダンジョンという魔境に住まう魔物達の方が身に染みて知っている事だった。

 警戒するミノタウロス達と同じようにズィーヤもまた彼らの一挙手一投足を警戒していた。

 連戦の疲労、精神力疲弊、無視できない左半身のダメージ。そのうえでミノタウロス3体の対処。一般の冒険者であれば絶望し、諦めてしまう悲惨な状況においても、ズィーヤの思考はクルクルと回り続けている。

 それは一重に、常に胸を焦がす羨望(ベル)ならば諦めないという、対抗意識のようなものだった。

 冒険者を初めてから今に至るまで、幾度となく行ってきた死の間際まで自身を追い込む鍛錬。

 骨身と血肉に染み渡った戦闘の経験がこの戦場における最後の策を導き出す。

 懐から泥玉を取り出す。体感的な精神力の残量を考えれば、使えるのはあと1度。その後は精神力欠乏によって即座の継戦は不可能となるだろう。

 最後の頼みであったマナ・ポーションは先程のミノタウロスの一撃によって漏れ出てしまい、荒野に染みを作る水に変わってしまった。

 つまり、泣いても笑っても、これが最後の魔法となる。

 ズィーヤが見覚えしかない泥玉を取り出したところで、ミノタウロスはなりふり構わず突進を仕掛ける。

 3方向から自身に迫る巨体を視界に収めながら、変化させたいもののイメージを確立させる。

 

「っすぅ……『歪め』」

 

 瞬間、手に持った泥玉は弾け飛び、3体のミノタウロスの目と耳に付着した。

 視界と聴覚を遮られたミノタウロス達は必死に泥を引き剥がそうとするも、付着した瞬間から眼球と耳の穴に癒着し剥がすことは不可能となっていた。

 

「同格の魔物3体を倒すにはどうすればいいか?強大な魔法で一網打尽は威力不足で難しい。だが、各個撃破は労力がかかりすぎて、現状ではより難しい。なら、1体にかける労力を減らすためにはどうすればいいか……」

 

 ミノタウロス達に聞こえることのない言葉をツラツラと垂れ流しながら、脳汁が零れるバグべアーの死体から槍を引き抜きミノタウロス達に穂先を構える。

 突然の暗闇に動揺し、聞こえもしない雄叫びを幾度となくあげるミノタウロス達の姿は、元凶であるズィーヤからしても酷く哀れだった。

 

「答え。同格以下にしてしまえばいい」

 

 生物の多くは、情報の大半を視力と聴力によって得ている。

 それらが絶たれたミノタウロス達が恐慌し、無茶苦茶に暴れ回り、時に近くで暴れた他の個体と仲間割れし始めるのも、無理は無い話だった。

 こうして、ズィーヤ対魔物の軍勢による戦いは、呆気ない終幕を迎えることになった。

 

「あ"〜……疲れた……」

 

 魔物の魔石を抜き取り、血肉と灰に塗れた窪みの中央で大の字になって天井を見上げる。

 精神力欠乏に加え同格以上の魔物の群れを駆逐した疲労。怪我の応急処置のため無事だった最後のポーションも使ってしまい、立ち上がる気力さえ湧かなかった。

 

「これ以上は戦力にならねぇな……移動して身を隠さねぇと……クソっ、動けよ俺の体ァ……!」

 

 本格的に精神力欠乏によって意識が朦朧としてきた中で、窪みに近づく複数の足音が聞こえてくる。

 魔物かと身構えるものの、魔物特有の肉球や蹄、爪の音がしないことから冒険者と判断し、力を抜く。

 この状況で火事場泥棒や人殺しをしようとするのなら、そいつはそう長く生きられない。貴重な戦力を減らしてまで生き残れるほど、この状況は甘くないのだ。

 

「おーい!坊主!無事かっ?!」

 

「……あんたは」

 

「お前ら!居たぞ!ポーションを渡してやってくれ!」

 

 窪みで寝転がるズィーヤに向かって複数人の冒険者が近づいてくる。

 その先頭は、『砦』でズィーヤ達に武器を渡してくれたフルフェイスの冒険者だった。

 唖然とするズィーヤを他所に、他の冒険者によって体にポーションが振りかけられ、フルフェイスの冒険者によってマナ・ポーションが飲まされる。

 徐々に肉体が回復する内に、ズィーヤの混乱は大きくなっていった。

 

「あんたら、なんでこんな所に……」

 

「何、あのゴライアスとは別の場所で爆発音と竜巻が起こったって聞いてな。巻き込まれた冒険者が居ないか確認しに来たんだ。そしたら、この窪みと坊主を見つけたってわけだよ」

 

「なんだってそんな危ないこと……」

 

「そりゃ、おめぇみたいなガキに助けられてばっかじゃ、冒険者(俺ら)の面目も丸つぶれだからな」

 

 ズィーヤの言葉にフルフェイスの冒険者が反応する前に、周囲を警戒していた別の冒険者が答える。

 どこか見覚えのある男の顔をマジマジとみていると、照れくさくなったのか居心地が悪くなったのか、ケッとそっぽを向いてしまった。

 

「あっ、あんたバグベアーに襲われてた……」

 

「……お前にばっかいい顔させてられねぇんだよ。それに、今は戦力だって欲しいしな」

 

 それ以上語ることは無いと周囲の警戒に戻った男を周囲の冒険者がからかい、窪みの中には絶望的な戦場に似つかわしくない穏やかな雰囲気があった。

 どこか呆然としながら他の冒険者の顔を見ていくと、ズィーヤの見覚えのある顔がいくつもあった。

 

「……あいつらは、坊主に助けられて生きている。だから、今は自分に出来ることをして恩を……借りを返そうって他の冒険者の手助けをしてるんだよ。……俺含めてな」

 

 寝転がったまま呆気にとられていたズィーヤに向けて、フルフェイスの冒険者が手を差し伸べる。

 

「(あぁ、俺は本当に、冒険者ってやつのことが分かってなかったんだな……だから、これから知っていこう。ここを生き残って、それから知るんだ)」

 

 差し伸べられた手をギュッと握りしめ、引き上げられる感覚に逆らわず立ち上がる。

 自然と握手する形になった2人を讃えるように大鐘楼の音が18階層に響き渡った。




実は窪みに迫る魔物もいましたが、駆けつけた冒険者さん達によって倒されました。つまり、彼らもまた、ズィーヤ君の命の恩人になっていたんですね。

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