昼前のギルドは中々混んでいる。
朝に比べればましになるとはいえ、軽い探索ついでに
エィラさんの受付するカウンターには列ができているようだったので、最後尾に並んで自分の番が来るのを待つ。
10人程度並んでいるようだったから時間がかかると思ったが、流石はエィラさん。10人を一瞬で捌いて数分で俺の番になった。
「次の方どうぞー。って、ズィーヤ君じゃないですか。お怪我な方はもう大丈夫なんですか?何度かお見舞いにも行ったんですが、毎回眠っていらしたので心配していたんですよ……少なくとも歩ける程度には回復したようで何よりです」
「心配おかけして、すいません。一応、探索に行っても問題ないとは言われています」
「それは良かった!ですが、病み上がりですし、凄まじい戦いの後だったのでしょう?暫くは体を休め、準備を整えて、徐々に探索に慣らしていくようにするのが良いでしょう。と言っても、ズィーヤ君は言わなくても分かっているでしょうが」
「いえ、こうして
互いの気を遣いあった会話内容に思わず吹き出して、しばらくエィラさんと笑い合う。
このなんでもない空気が、生きて帰ってきたことを再度俺に教えてくれる。
「それで、今回はどうしたんですか?」
「はい。無事に快復したことの報告と、少々厄介な事になりそうなので、その相談を」
「聞きましょう」
「昨日【アポロン・ファミリア】の団長ヒュアキントス含む一部団員達と言い争いになりました。相手の狙いは同席していた【ヘスティア・ファミリア】ベル・クラネル。恐らく、これからベル君を狙った干渉と、邪魔をした俺に対する攻撃が予想されます」
エィラさんは俺の話を聴きながら手元の紙に素早く書き込んでいく。
「ギルドは派閥間の争いについては不干渉です。なので、都市内での度を超えた戦闘以外は止めることも協力することもできません」
「大丈夫です。まだ干渉や攻撃が行われた訳では無いので、起こる可能性と、最悪『戦争遊戯』になる可能性を報告しておきたかっただけです」
「かしこまりました。それにしても……ギルド側からすると、そんなことせずに堅実に探索をして欲しいんですけどね……」
「まぁ、冒険者なんて荒くれ者の多い仕事ですから。どうしても避けて通れないんでしょうね」
冒険者同士の衝突は探索を続ける中で起こるものだろうし、多種多様な神様もいるため派閥間で問題が起こることも仕方ないことと言えば仕方ない。
ギルドや民間人、真面目な冒険者や善良な神々にとっては頭の痛い話だろう。実際、俺も頭が痛かったりするし。
……今回に関しては、俺も一部原因なんだし、そんなこと言う訳には行かないか。
「では、私はこれを職員に知らせ、警戒を促しておきます」
「助かります。もしもの時は、市民の避難と復興の手配だけお願いします」
「わかっています。……そうならないことを、願うばかりですけどね」
「俺もです。では、今日はこの辺りで失礼します」
「はい。ズィーヤ君もお気を付けて。どうか、ケガだけはしないように」
「はい!」
カウンターから手を振って見送るエィラさんに手を振り返してギルドから出る。
太陽はようやく頂点に辿り着きそうなくらいのまだまだ早い時間。
これなら、バベルの【ヘファイストス・ファミリア】の武具店で十分吟味できそうだな。
「アンタ、【メガイラ・ファミリア】のズィーヤ・グリスア……で、合ってる?」
バベルに向けて大通りに入る寸前、後ろから声をかけられた。
赤毛のショートヘアをした気の強そうな女性と、深い藍色をした長髪を腰まで伸ばした気の弱そうな女性の2人組。
彼女達の肩に刻まれたエンブレムは──弓矢と太陽を模した【アポロン・ファミリア】のもの。
見た感じ向こうは2人とも武装している。負けるつもりはないが、こちらは武器がない。
魔法を使おうにも、数の利を生かして詠唱する時間もくれないだろう。
となれば、戦わずにこの場を切り抜けつつ、情報をできる限り抜き取る。
「……すいません、人違いじゃないですかね?僕、ズィーヤって人じゃないんですけど……」
「えっあっ、そうなんですか……?」
「えぇ、僕はゾーイ。ゾーイ・グリザイアと言うんですが……」
「え、えぇ!?ダ、ダフネちゃん!どうしよう、人違いだったよ!?」
ダフネ……確かLv2の【
隣の女性は分からないが……上級冒険者が、俺に一体なんの用だ……?
「なわけないでしょ!綺麗な黒髪に青い瞳、ニヤケ面に高めの背丈の男!どう見てもこいつがズィーヤ・グリスアじゃない!」
藍色の女性は誤魔化せたが、明らさまに警戒している様子だったダフネを騙すのは難しいか?
いや、まだ誤魔化せるはず。
「いやぁ、髪のことを褒めてもらえるのは嬉しいんですけど、その特徴なら他にもいるんじゃないですか?」
「むっ……!じゃあホントに人違いだったの?」
よし、騙せた。
「えぇと、はい。そうじゃないでしょうか?」
「ご、ごめんなさい!……あの、私たち、ズィーヤさんに届けなきゃいけないものがあるので、見かけたら、教えてもらえると……」
「ちょっとカサンドラ!人違いした上にそんな図々しいこと頼むんじゃないわよ!ごめんね、気にしなくていいから!」
ここで素直に謝罪が飛んでくるあたり、2人は善性のあるタイプなんだろう。少なくとも、関係のない民間人を進んで巻き込もうとするタイプでは無さそうだ。
やはり【アポロン・ファミリア】といえど一枚岩ではないらしい。ここになんらかの付け入る隙があればいいが……。
ともかく、得られる情報は得たし、この辺りで退散するとしよう。できれば、ベル君達にも接触があるかもしれないことを伝えておきたいところだ。
「いえいえ、見かけたら伝えておきま──」
「──あれ?ズィーヤさん。こんな所で何してるんですか?」
場の空気が固まったのが分かった。
いや、固まっていたのは空気なんかじゃなく、俺の体だったのかもしれない。
不自然に軋む関節を無理やり動かし、首を後ろに向ける。
キョトンと、愛嬌を感じさせる顔を不思議そうに惚けさせながら、ベル・クラネルは首を傾げていた。
次いで、ガクゴキと不協和音を奏でる首を前へ戻すと、唖然とした表情のダフネさんとカサンドラさんが目に入った。
「あのー、ズィーヤさん?どうしたんですか?それに、このお2人は一体……?」
「やっっっぱり!アンタがズィーヤ・グリスアだったんじゃないっ!!!私達のこと騙したわねぇ!?」
「こ、これが、夢のお告げであった、泥の嘘は兎が暴くってこと……!?」
「くっ!ベル君、獅子身中の虫とは君のことだったか!?」
「何がどういうことですかっ?!」
しばらくの間、大通りの入口でギャイギャイと4人で騒いでいると、周囲の視線も痛くなっていく。
こんな形で迷惑をかけるつもりも、悪目立ちするもつもりもなかったんだが……くっ!これも全て【アポロン・ファミリア】ひいては神アポロンの責任だっ!
「はぁ……はぁ……もういいわ。ついでにベル・クラネルも見つかったし、寧ろ丁度良かったわね」
「僕ですか?」
再度、不思議そうに首を傾げるベル君を無視して、俺達へ二通の封筒を渡す。
手紙と思われるそれは弓矢と太陽の描かれた封蝋によって止められており、【アポロン・ファミリア】からのものであることが一目瞭然であった。
「これ、アンタ達へ案内状よ」
「アポロン様が『宴』を開くので、も、もし良かったら……えと、別に来なくても結構なんですけどっ……特に、泥……ズィーヤさんは、大丈夫なんですけどっ……」
「案内したいのか案内したくないのかどっちなんですか?」
特に俺。なんで名指しで来ないように言われてるの?
あれかな、酒場でヒュアキントスに喧嘩売ったからブチギレてるからとか?それなら、最初から案内状なんて出すなよという気持ちではあるんだが……。
俺の思考も他所に、ぺしんっとカサンドラさんの後頭部をはたいたダフネさんが身を乗り出してくる。
「必ず貴方達の主神に伝えて。いい?渡したからね?特にズィーヤ・グリスア」
「……わかりました」
「何故俺だけ名指しで念押ししてくるんです?」
「さっき私らを騙した前科があるからよ!」
それにもしっかりとした理由もあるのだが、伝えたところでこちらに利益はないため適当に笑って誤魔化しておく。
何やらダフネさんの額に青筋が薄ら浮かんでいたが、きっと俺のせいではないので気にしないでおく。
「ふぅ……!行くよっ、カサンドラ!」
「えっ、ま、待ってよダフネちゃん……!」
ズンズンと苛立ちを隠そうともしない足音を奏でながら場を離れるダフネさんにカサンドラさんが慌ててついて行く。
ベル君とすれ違うタイミングで何か囁いているようだったが、その内容を聞く間もなく2人は人混みに紛れて行ってしまった。
「……ベル君、ダフネさんに何を言われたんだい?」
「えっと……『ご愁傷さま』って」
「ご愁傷さまね……もしかしたら、この『宴』とやらで何かしら仕掛けられるかもしれない。狙われているのは、君なんだから気をつけるんだよ?」
「……はい」
表情を引き締めたベル君の肩を叩いて別れを告げる。
彼も彼で予定があるだろうし、俺も少し時間を使いすぎてしまった。
途中、タケミカヅチ様が働くじゃが丸くんの屋台で買ったじゃが丸くんを食べながらバベルに向けて歩く。
18階層でのことがあったせいか、なんでもない人達の喧騒や太陽というものが未だに新鮮に感じる。
「さて、武器と防具だが……先ずは武器から見るとするか」
理想は前回と同じ短槍。だが、あれは亡き鍛冶師が残した遺作……同じものとは二度と出会えない。
粉々にしてしまったのは申し訳なかったな……だが、あの場面ではあれが最適解だったし、何度同じ状況になっても同じ選択をしただろう。
寧ろ、貴方の遺作が俺だけでなく数多の冒険者を救い、神までも守って見せたと胸を張っている方が製作者も喜ぶのかもしれない。
どちらにしろ、死人に口なし。俺は俺の想像の彼に恥じないよう戦うだけだ。
兎にも角にも、武器がないと戦うこともままならない。早速武器屋の物色と行くか。
「……とはいえ、やっぱり短槍は無さそうか」
槍の集まった区間を見回っても、長槍が立てかけられているのみ。市販の中で探すのは絶望的か……。
前みたいに片手剣や短剣を買って本種にするべきか……本種としての汎用性は短槍が勝るが、種類の中における数や手に入れやすさは随一だからな。
「だからよ、お前腕は確かなんだからもうちっと愛想とか積極性みたいなのをな……」
「知らん。儂は儂の仕事をするだけだ」
「か〜勿体ねぇ!」
片手剣の区間を眺めていると何やらカウンターが騒がしい。
チラリと覗いてみれば、店員らしきヒューマンと職人と思われるドワーフが言い争い?をしているらしい。
「【デメテル・ファミリア】からの依頼のしなじゃ。名は『
「ガージ……お前のそのなんの捻りもねぇネーミングも依頼が少ねぇ理由だからな?」
「知らん。使うものが分かれば良い」
ガージ……前回の俺の防具達を作った鍛冶師の名前だったか。ネーミングセンスも既視感しかない。
なんというか、イメージ通りの頑固で合理的な職人といった風貌、言動だな。
密かに、俺の命を助けてくれた防具の製作者を見れたことを喜んでいるとガージさんと目が合った。
「……なんじゃ、小僧」
「いえ、何やら騒がしかったので気になって見物を」
「ふんっ、趣味の悪い」
「ガージこらお前!?すいません、お客さん!」
「いえ、趣味が悪いことは自覚していますから。ところで、ガージさん、以前『鉄手』や『鉄膝』といった防具を作ったこと、覚えておられますか?」
「覚えている」
「以前、使わせていただきまして。幾度も危機から助けてもらった防具の製作者に是非お礼をと思いまして」
「受け取ろう。その様子だと、砕けたか」
「えぇ、恥ずかしながら。製作者としては、やはり防具を砕くような冒険者はお嫌いでしたか?」
「気にせん。雑に扱ったならまだしも、小僧はそういった冒険者でもなかろう。して、何が欲しい?」
「……お話が早くて有難いです。鋼の短槍を1本と関節の可動域を広くとった鉄以上硬度を持つ軽鎧一式を」
「予算は?」
「8万ヴァリス」
「良かろう。期間の希望は?」
「可能ならば3日」
「優先順位は」
「短槍」
「であれば、短槍は明後日にここへ取りに来い」
「前金は」
「半分。全て完成し次第全額じゃ」
「分かりました。今お渡しすれば?」
「受け取ろう。後金はこの店へ」
「分かりました」
交渉は成立し、袋の中の8万ヴァリスを小袋に分けてガージさんに渡す。中身を確認したガージさんはひとつ頷くとさっさと帰っていった。
恐らく、すぐに取り掛かってもらえるのだろう。手の早い職人というのは、それだけでも一定の価値がある。
「店の中で失礼しました。では、俺はこれで」
「えっ?あ、はい……またのご来店をお待ちしております……?」
さて、思わぬ縁も結ばれ新しい装備の目処も立った。
後は、ダフネさんに渡されたこの案内状について神様に伝えるのと、罠の場合どう立ち回ればいいかを神様と相談する必要があるか。
……全く余計な疲労を与えて来やがって、【アポロン・ファミリア】め。
***
「ふーん……眷属1人を連れた『宴』ねぇ」
「狙いは、複数ファミリアと眷属の前での糾弾、改宗の要求でしょうか?」
「その辺が妥当でしょうね。今回は怪我こそないけれど、ズィーヤによる追求がファミリアに対する誹謗中傷とでも言うんじゃないかしら」
「だとしたら、ベル君に対してはなんの要求もできないのでは?」
「そこは多分、ベル・クラネルが扇動しただとか、ベル・クラネル達が、とか言ってベル君によるものと誤認させる言い方をするでしょうね」
「であれば、俺たちにできることは……」
「アポロンの主張に否を突きつけることくらいかしらね。そもそも、誰が言ったか言ってないかなんて水掛け論にしかならいないわ」
「厄介ですね……」
「アポロンはそのくらいする。アレの執念は神々も一目置く程度のものではあるから」
招待状をそっと封筒の中に戻した神様はカップに紅茶を注ぎ、剣呑に歪めていた顔をふっと緩める。
「でも、催し自体は面白いわ。ドレスコードもあるようだし……デートがてら、貴方の事をみんなに自慢しちゃいましょうか」
「そうですね……俺たちが準備できることは少ない。なら、少しでも楽しんだ方がお得ですね」
「そうよ。ふふっ、ズィーヤが他の神に目移りしないよう、久々に着飾っちゃおうかしら?」
「俺が神様以外に目移りするわけないじゃないですか」
「あら、今はベル君とエルフの娘にお熱なのに?」
「……それとこれとは別、ということで」
「妬けちゃうわね……ま、いいわ。明日は楽しみましょうね?ズィーヤぁ?」
「ははは……お手柔らかにお願いします」
夜は次第に更けていく。
穏やかに見える都市の水面下、様々な思惑が渦巻く『宴』が始まる。
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