ミステリの有名作からサブタイトルをもってこようとしてましたが、ここで力尽きました……orz
「――では、クレマンティーヌ様が駆けつけられると、闇の巫女姫は既に息絶えており、
「そうなのー。私も部屋のなか覗いてびっくりしちゃったー」
二人の憲兵は強張った顔でクレマンティーヌの供述に耳を傾けていた。上官らしい口髭の憲兵の問いに答えると、その横にいた若い憲兵が一字一句を聞き漏らすまいと羊皮紙にペンを走らせる。
まさか彼らも漆黒聖典に尋問する日が来ようとは考えもしていなかっただろう。
「訊きたいことはそれだけ? なら、もう行っていい?」
「も、申し訳ありませんが、今しばしお待ちを。神官長様から大神殿を封鎖せよとの厳命がありましたので」
口髭の憲兵の言葉に、クレマンティーヌは「ふーん」と不満のこもった目を向ける。それだけで二人の憲兵は青ざめた。
(漆黒聖典としての任務があるっていえば脱出はできるかもしれないけど)
神官長に確認されれば、すぐにバレる嘘だ。さっきの供述も半分嘘のようなものだが、漆黒聖典の言葉に疑いを向けるほど憲兵も命知らずではない。
とはいえ、ここで無理を押し通すのは疑ってくれと大声で叫んでいるようなもの。
「そっかー。神官長の命令なら仕方ないよねー」
「ご理解とご協力、感謝いたします」
廊下の壁を背もたれにしたクレマンティーヌに、二人の憲兵は深々と
●
大神殿は今や憲兵と神官でごった返していた。
闇の巫女姫殺害。そして消えた叡者の額冠。
法国始まって以来の大事件に神官長たちは上へ下への大騒ぎ。事件現場となった儀式室にも大勢の憲兵が遣わされ、塵ひとつすら見落とさんばかりの気迫で賊の痕跡を探していた。
(まぁ、その犯人、ここにいるんだけどねー)
クレマンティーヌは頭の後ろで手を組みながら、心の中だけで笑う。犯人を相手に「して、死体発見時の状況は」と職務に励む憲兵の姿は滑稽だった。
しかし、笑ってばかりもいられない。法国の憲兵は周辺諸国と比較してもかなり優秀だ。さらには神官もいる。魔法を用いて賊の痕跡を探るつもりなのだろう。現場検証が進めば、思わぬ証拠が出てくるかもしれない。
(ちょっとは様子を見ておくべき?)
これでも漆黒聖典の中ではまぁまぁ顔が売れている方だ。適当な憲兵を捕まえて捜査の進み具合を訊けば――。
「通してちょうだい」
「ダメだ。神官長の命により、ここより先は許可のない者は立ち入れない」
「そもそも貴様、何者だ。名を名乗れ」
扉の前に門番のごとく立った憲兵二人が手にした長槍を交差させてバッテンを作る。その前で家から閉め出された子どものように絶死が立っていた。
「…………」
他人の命知らずな言動に冷や汗をかくなんて経験はこれが初めてだった。
相手は法国最強の神人。英雄の領域に達したクレマンティーヌでさえ気を遣う相手を、一介の憲兵が貴様呼ばわりとは。柄にもなく、クレマンティーヌはあの憲兵の首が心配になった。物理的に。
(あ、もしかして……)
前述のように絶死は法国最強であると同時に最高機密でもある。だから面識があのはクレマンティーヌのような模擬戦でボコられた者のみ。言い換えれば、ボコられていない者は漆黒聖典であっても、その存在すら知らない。
ましてや一介の憲兵の前に絶死が顔を見せる機会など、あるはずがない。そして、知らない者からすれば――。
「おい、なんだ。この髪の毛二色の小娘は」
(あーあ、言われちゃったー)
上官らしい口髭の憲兵がクレマンティーヌの胸中を代弁する。こいつもこいつでまぁまぁ命知らずである。
「第二発見者、っていえばいいの。あっちで腰を抜かしてる神官を見つけて現場に駆けつけたんだけど」
「だったら、尋問の時間まで大人しく待っていろ。――おい、絶対に現場には立ち入らせるな。もし無理にでも入ろうとしたなら、その時は強行手段をもって阻止しろ。これは命令だ」
はっ、と敬礼する見張りの憲兵二人。まるで絵に描いたような横暴な役人っぷりに、クレマンティーヌはここが第二の殺人現場にならないかと肝を冷やした。
別にあの憲兵たちが首をもがれようと、どうなろうと知ったことではないが、万が一にもイラついた絶死に八つ当たりでもされたら堪ったもんじゃない。え、メインのタイトルが変わっちゃう? うん、それもある。
「勝手に話を進めないでもらえる。あなた、上官なんでしょ。だったら――」
「黙れ、小娘! 口を慎まないのなら職務妨害で牢にぶちこむぞ!」
怒鳴る口髭の憲兵に、絶死は笑みを深くする。あっこれヤバいやつだ、と経験者であるクレマンティーヌは即座に察する。
「へぇ、そいつは面白そう。――やってみる?」
「貴っ様……! 私を誰だと思って……!」
小娘に挑発された口髭の憲兵が顔を真っ赤にする。よっぽどプライドの高い性格らしい。我慢の限界といわんばかりに憲兵は拳を振り上げる。
「ねぇー、ちょっといいー」
そこへクレマンティーヌが割っては入る。あと二秒遅れていれば、死体が三つ増えていた。
「どうかされましたか、クレマンティーヌ様。ああ、この小娘が目障りなのでしたら即刻牢に」
「違うわよ。実はねー、この
言うや否や憲兵たちがサーッと青ざめる。
「ど、同僚と申されますと……」
「まさか漆黒聖典の……」
「せーかーい。知らなかったー?」
見張りの憲兵二人を見てからクレマンティーヌは口髭の憲兵に目をやる。振り上げた拳は怒りとは違う感情で、わなわなと震えていた。
●
「あなたがいないと現場も見させてもらえないみたいね」
土下座する憲兵三人を横目に、絶死は殺人現場となった儀式室に足を踏み入れた。天井から吊るされた〈
「またさっきみたいなことがあっても面倒だし、ちょっと付き合ってくれない?」
「付き合う? 何に?」
隣を歩くクレマンティーヌに、絶死はまたしても笑みを深くする。
「決まってるでしょ。現場検証よ」
●
闇の巫女姫の死体は大理石の床に無造作に横たえられていた。身に付けているものも肌が透けるほど薄絹と指輪がいくつか――恐らくは疲労無効と飲食不要のマジックアイテム――のみ。
絶死は死体のそばに屈み込むと、まるで憲兵にでもなったかのように巫女姫の体を改め始めた。
「死体の状況は……発見時からそのままみたいね。武器による外傷はなし。死因は?」
「どうなのー」
クレマンティーヌはそばにいた憲兵に尋ねる。
「はっ、死因は窒息死。首に絞められた痕はありませんでしたが、頬に強く押さえられた痕が」
「ほんと、指の痕が残ってる。犯人に口と鼻を塞がれたってところかしら」
「は、はいっ。間違いありません」
絶死に目を向けられ、憲兵はたじろいだように答えた。
「蘇生の準備は? 死ぬ間際に犯人の顔を見ていたなら、事件解決の糸口になるんだけど」
「そ、それが……巫女姫は叡者の額冠を装着していましたので……その……」
「あー、あれって装着者の自我を封じるんだっけ」
絶死は記憶を探るように顎に指をあてる。
「はい。また叡者の額冠も死体発見時には既になく……」
「神器を奪われた巫女姫は発狂していた。それが殺される前なのか後なのか、どっちにしろ犯人の顔なんて覚えてないでしょうね。そうは思わない?」
「なんで私に訊くのよ」
クレマンティーヌもバカではない。法国お抱えの神官が巫女姫を蘇生させて賊の正体を聞き出すことくらい、殺す前からわかっていた。だから、蘇生されても足が付かない殺し方を選んだのだ。
(とはいっても犯人不明のままじゃ、法国も納得しないだろうし)
ここはひとつスケープゴートを用意すべきか。ちょうどお
「ねぇー、ちょっと考えたんだけどさー」
クレマンティーヌが口を開くと絶死と憲兵がこちらを見た。それを確かめてから、クレマンティーヌは続ける。
「巫女姫を蘇生させるのもいいけど、その前に疑うべき相手がいるんじゃないー」
「と、おっしゃいますと」
「第一発見者の神官。あいつが自分で殺しておいて、さも今死体を見つけましたーって騒いだんじゃないのー」
「た、確かに。その可能性は十分考えられます。――おい、第一発見者の神官をすぐに……」
「そうかしら」
異を唱えたのは絶死だった。
「第一発見者を疑うのは当然だけど、この事件に限っては違うと思うわよ」
「ふーん、そうなのー?」
クレマンティーヌはわざとらしく首をかしげてみせる。
間に立たされた憲兵は絶死とクレマンティーヌの顔を交互に見やりながら額に玉の汗を浮かべていた。
「状況から見て、犯人は巫女姫を殺して叡者の額冠を奪ったんでしょ。それ、もう見つかったの?」
「い、いえ……、目下総力を挙げて捜索中でして……、しかし、必ずや発見してみせますので
「別に責めてるわけじゃないわ。けど、見つかってないってことは、まだ犯人の手の中にあるってことでしょ」
ぞわり、とクレマンティーヌは不覚にも悪寒を覚えた。絶死の推理は当たっている。何を隠そう件の叡者の額冠は今もマントの下にあるのだから。
「仮に第一発見者の神官が犯人だとしたら、彼、犯行後に
絶死は問いかけるような目をクレマンティーヌに向ける。
「だったらさー、叡者の額冠だけ別の場所に隠したんじゃないのー。そしたら身体検査も怖くないでしょー」
「証拠を隠しに行ったのなら、その足で逃げればいいじゃない。わざわざ戻ってきて第一発見者のフリなんてせずに」
「で、では、賊はいったい誰に……」
憲兵の顔は早く話を切り上げたいと叫んでいた。しかし、絶死がそんなことを察するはずもない。
「そうね。今はまだ犯人を名指しできないけど。犯行がいつ頃あったか、それはわかってるの?」
「は、はいっ」
憲兵は慌てて羊皮紙を束をめくった。
「生きている闇の巫女姫が最後に目撃されたのが今朝。見回りにきた衛兵が立ち姿を確認しています。儀式魔法を行使していたので、生存は確かです。そして死体となって見つかったのが」
「私たちの会った神官が出てきた時ね。その間、大神殿に出入りした人物は?」
「こ、こちらになります」
憲兵が羊皮紙を手渡してきた。そこにはこの短時間でよく調べたな、といいたくなるほどの人名が並んでいる。いずれも法国の人間だ。もちろん、クレマンティーヌの名前もその中に含まれている。
「となると、この中に賊が……」
「んー、それはちょっと早計じゃないのー。犯人からすれば顔と名前は覚えられたくないわけだしー、こっそり忍び込んだんじゃないのー」
「そ、そういったことも考えられ……」
「ないわ」
またしても異を唱えたのは絶死だった。
「知ってる? この大神殿、侵入者対策の魔法があちこちに仕掛けられてるの。正面の大扉以外から侵入したら――といっても入れる場所なんてないけど――即座に〈
「お、おっしゃる通りです」
そこまで警備に詳しいなら絶死自身が犯人じゃないか、とも思わなくもないが、迂闊なことを口にして半殺しに遭うのは御免だった。クレマンティーヌは黙って絶死の推理を聞く。
「そのうえで訊くけど、今日〈
「い、いえっ、その他の警備魔法も含め発動したものは何ひとつありません」
「〈転移〉はどうなのよ」
すかさずクレマンティーヌは口を挟む。
「巫女姫のいる部屋に〈転移〉して殺した後、また〈転移〉で逃げれば警備魔法も掻い潜れるんじゃないの」
「かもしれないわね。でも〈転移〉するなら、一度は現場を訪れてないといけない。巫女姫の部屋なんて誰でも出入りできる場所じゃないのに、そこに〈転移〉が使えるなんて条件が加わったら、すぐに犯人だってバレちゃうわ」
「んんー、それもそっかー」
おどけた態度で腕を組ながらも、クレマンティーヌは舌打ちしたい気分だった。
しかし、こちらの胸中など知る由もない絶死は「それでも念のため調べておいた方がいいわね」などと転移魔法の使い手について憲兵に尋ねている。
「ああ、それから法都周辺の街道で検問もした方がいいんじゃない。通行人は身分に関係なく、持ち物を改める。拒否したらしょっぴいてきていいわよ。私が身体検査してあげるから」
「はっ! 直ちに上官に進言して参ります!」
背筋を伸ばした憲兵は絶死に敬礼すると、足早に去っていく。その先にはあの口髭の憲兵がいた。
「検問になんて引っかかるの? 私が犯人なら憲兵見るなり引き返すわよ」
「引き返したなら、それでいいわ。犯行があってまだ間もないし、犯人はまだこの法都にいるはずよ」
「そこについては同感ね」
なにせ法都どころか、現場になった大神殿からも脱出できていないのだから。
絶死は犯人を法都に閉じ込める気だ。そうなれば、あとは袋の鼠。ゆっくりじっくり追い詰めていけばいい。
「というわけだから、私たちはリストの容疑者に事情聴取しましょうか」
「…………は?」
思わずクレマンティーヌはすっとんきょうな声を漏らす。空耳か。今『私たち』と聞こえた気がしたが……。
「どうかした?」
絶死の顔が「行くわよ」といっている。どうやら空耳ではなかったらしい。しかし、だ。
「尋問なら、憲兵に任せておけばいいじゃない。わざわざ私たちがしなくたって」
「そうもいかないのよ」
言いながら絶死はリストに目を落とす。そして、
「このリスト、漆黒聖典の名前も載ってるの」
叡者の額冠が盗まれてるなら、〈