オバロ・ミステリ ~クレマンティーヌの殺人~   作:なら小鹿

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第4話 疑われた漆黒聖典

 

「……はぁ」

 

 歩みを進めながらクレマンティーヌは重々しい溜め息を吐く。

 時刻は昼前。本来であれば今頃は国外逃亡を成功させ、カッツェ平野の霧の中、エ・ランテルを目指していたはずだったのに。

 

「あら、どうかしたの?」

 

 数歩先を行く絶死が顔を向けてくる。

 大神殿を封鎖せよという神官長の命令も漆黒聖典・番外席次には効かないらしく、駆けつけた闇の神官長は苦い顔をしながらクレマンティーヌと絶死が大神殿から出ることを許可したのだった。

 

 そうして二人が足を向けたのが法都にある聖殿。法国の最高執行機関を擁し、そして漆黒聖典の住居でもある。申し出れば屋敷の斡旋もしてくれるが、法都屈指の豪邸も聖殿(ここ)の暮らしには及ばない。

 もっとも、絶死から「実は私もここに住んでるの」と聞かされた時は本気で引っ越しを考えたが。

 

「取り調べなら任せておいて。やり方はこれで覚えたから」

 

 歩きながら絶死はまたしても『古畑任三郎』の黒い表紙を見せてくる。まだ返していなかったのか、それ。

 

「でも、不思議なのよね」

「なにがよ」

 

 尋ねると、絶死はにんまりと口角を吊り上げて、

 

「私がこうして笑うと、皆なぜか素直になっちゃうの」

「……」

 

 そりゃそうでしょうが、と喉まで上がってきた言葉を飲み込む。

 絶死のその笑みは強者が弱者をいたぶる時の顔だ。模擬戦をした者なら、治療室のベッドで寝ている間、ずっとその笑みが夢に出てきて、うなされたに違いない。クレマンティーヌがそうだったように。

 

「最初の容疑者は、ここね」

 

 憲兵から借りた――いや、漆黒聖典に「それ、ちょっと貸してくれる」と言われて断れるはずもない――リストから絶死が顔をあげる。

 目の前には瀟洒な彫り細工の施された扉。クレマンティーヌの部屋も同じ意匠だが、こちらは入室を拒否するように鎖型のマジックアイテムがかけられている。

 

「面倒くさー、なんで魔法詠唱者(マジック・キャスター)ってこうなのー」

 

 クレマンティーヌは慣れた手付きでスティレットを引き抜くと、剣先で鎖をはずす。すると、一瞬バチッと火花が散った。見回りの衛兵なら重症だろうが、クレマンティーヌくらいになれば指先を火傷する程度。それでも魔法詠唱者(マジック・キャスター)相手にダメージを負わされるなんて、プライドが許さなかった。

 ノブをひねると、扉はあっさり開いた。

 

「邪魔するわよー」

「……邪魔するなら帰ってくれない、第九席次」

 

 気怠げな女の声。部屋に一歩踏み入ろうとして、クレマンティーヌは足を上げたまま固まってしまった。

 足の踏み場がなかったからだ。

 雑然とした部屋。栞を挟んだ魔導書がそこかしこに山積みにされ、金や銀でできたマジックアイテムがぞんざいに置かれている。ひどい散らかり様を『床が見えないほど』と例えるが、まさにそれだった。

 

「……で、あたしに何の用」

 

 ききぃ、と部屋の奥で回転椅子がこちらを向いた。

 そこに座っているのは下着姿の女――漆黒聖典・第十一席次“無限魔力”だ。いつも被っている大きすぎな魔女帽子の下からは青髪と気怠るげな目が覗いている。

 

「んふー、言われなくてもわかってる癖にー」

「……あんたのダルがらみに付き合ってるほど暇じゃないのよ」

 

 無限魔力が手の平をこちらに向ける。上等、とクレマンティーヌは臨戦態勢になる。大抵の魔法は足で避けられるし、この距離ならスティレットで串刺しにすることだって――。

 

「急に尋ねてきてごめんなさいね。ちょっと話を聞きたいんだけど、いい?」

 

 一触即発の空気の中、クレマンティーヌの背中から絶死がひょっこりと顔を覗かせる。途端に無限魔力が引きつった笑みを浮かべた。

 

「……えへへ。どうぞどうぞ、絶死様のご要望とあればいつでも」

 

 魔法を発動しようとしていた手の平を返し、無限魔力は揉み手を始める。まるで貴族に媚びへつらう商人だ。絶死相手に態度を一変させる漆黒聖典は多いが、その中でもこの女は特に重症だった。

 

「そう。ところで、この部屋、どこを歩けばいいの?」

「え……、あっ、い、いま片付けますので、しょ、少々お待ちを……!」

 

 椅子から飛び上がるなり無限魔力は大慌てで床の上のものを退かし始めた。

 

 

 ●

 

 

「い、いかがですか」

「うん。おいしいわ」

 

 絶死の言葉に、ホッと胸を撫で下ろす無限魔力。

 部屋中にあった魔導書やマジックアイテムの類は今、壁際に山積みにされており、姿を現した床には魔法でクリエイトしたテーブルとソファセットが鎮座している。

 

「それで肝心の用件だけど」

 

 絶死は口を付けたティーカップをテーブルに戻す。これも無限魔力が用意したものだ。取り調べに来たはずが、まるで接待されている気分だった。

 

「今朝、闇の巫女姫が殺されたの。知ってる?」

 

 もうその一言だけで絶死の来た理由を察したのだろう。無限魔力はわずかに間を空けて答えた。

 

「……は、はい。憲兵たちが慌ただしく走り回っていたので、何かあったのかと尋ねてみると、その……」

「巫女姫の死を聞かされたわけね。他には」

「……あとは叡者の額冠がなくなっていたと」

「そう。そこまで知っているのなら、話が早くて助かるわ。実は私たちね、巫女姫を殺した犯人を探しているところなの」

「……」

「心当たり、ない?」

 

 絶死が笑みを深くする。

 途端に無限魔力は青ざめ、ぶんぶんと風切り音でも聞こえそうな勢いで首を横に振った。もうこれ、強迫魔法とかそういう魔法の域だろ、とクレマンティーヌはひとり思った。

 しかし、これはチャンスでもある。

 

「そんなこと訊かれても答えられるわけないでしょー。ねぇー。だって、あんたが犯人かもしれないのにー」

「な、何を言って……」

「今朝はどこで何してたか、洗いざらい白状してもらおうかしら」

「……誰があんたの言いなりになんか」

「どうなの?」

「は、はひぃ! 今朝はですね、昨日から夜更かしして魔法の実験をしていまして、そ、その、ついさっき起きたばかりでして……」

「そう。それを証明してくれる人はいる? 朝食を運んできた給仕でもいいわよ」

「そ、それはその……」

「そんなの、いたって関係ないんじゃないの」

 

 びくり、と無限魔力が肩を震わせる。魔女帽子の下から淀んだ目が「余計なことをいうな」と訴えかけてきているが知ったことではない。

 

「どういうこと?」

「だって、こいつ〈転移〉が使えるじゃない」

 

 クレマンティーヌに指をさされた無限魔力はまたしてもびくりと体を震わせる。

 転移魔法の使い手については現場でも話題に挙がっていた。〈転移〉を使えば、憲兵の目や警備魔法を掻い潜って巫女姫の部屋へ行ける。もっといえば、犯行時にアリバイがあっても〈転移〉を使えば現場と自室を行き来できる。

 つまり、無限魔力にとってアリバイは何の盾にもならないのだ。

 

「そこんとこ、どうなのよ。ほら、いま白状したら絶死様も許してくれるかもしれないわよ」

「な、なにを……あたしは巫女姫を殺してなんか……」

「ホントにー。絶死様の目を見て同じことが言えるー」

 

 背後に回ったクレマンティーヌは無限魔力の頭をぐいっと絶死に向けて押さえつける。魔女帽子のツバで見えないが、引きつった表情で冷や汗を垂らしているのは間違いない。このまま嘘でもいいから自白に持ち込めれば――。

 

「けど〈転移〉が使えるから犯人っていうのは、ちょっと短絡的ね」

 

 独り言のように絶死がつぶやく。

 

「確かにクレマンティーヌのいうように、無限魔力にも犯行は可能だった。ただし、可能だったから実行したとは限らない」

「殺せたのに殺さなかった、なんてことあるの?」

「あり得るわよ。例えば、模擬戦で私があなたたちを殺さなかったみたいに」

 

 ぞわっ、とクレマンティーヌは悪寒を覚えた。殺気だなんて生易しいものではない。絶死はその気になれば漆黒聖典全員の首を素手で()ねられる。しかし幸いにもクレマンティーヌの首はまだつながっている。その事実が『可能だった』と『実行した』が同義でないことを物語っていた。

 

「もっとも決定的証拠が出てきたら、話は変わってくるけど」

「……と、おっしゃいますと」

「それこそ、奪われた叡者の額冠とか」

「だったら、今からでも家捜ししてみる?」

「あ、ありませんっ、どこにも叡者の額冠なんてありませんっ」

「怪しいわねー、さっき慌てて片付けた時にどっかに隠したんじゃないのー」

「……第九席次……あんた……!」

「まぁ本当に家宅捜索するなら憲兵も何人か呼んでこないといけなし、今すぐには無理ね」

 

 ホッと胸を撫で下ろす無限魔力。

 

「でも、私たちが帰ってから証拠隠滅を図るとも限らないし、一緒に来てもらおうかしら」

「……は、はひぃ?」

 

 無限魔力 が 捜査メンバー に 加わった。

 

 





Q:他作も含めて無限魔力よく出てきますね。
  何でなんですか?

A:『青髪』『ダウナー系』『ぶかぶかの魔女帽子』
  この三つが作者の性癖だからです。
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