サブタイトルはアガサ・クリスティの『検察側の証人』から。
「おらおらー、ネタはあがってのよー。さっさと白状しなさいよー、このクソ兄貴ー」
「おや、少し見ない間に随分と口が悪くなりましたね、クレマンティーヌ」
第五席次“一人師団”こと、クアイエッセ・ハゼイア・クインティアはいつもの作り笑いで答えた。
その部屋はこざっぱりとしており、
いかにも、モンスター・テイマーの住まい、といったところだ。こういうところも含めてクレマンティーヌはこの実兄が嫌いだった。机の角に小指ぶつけろ。
「兄妹喧嘩はそのくらいにして、結局どうなの? 今朝、大神殿に行ったことは認めるわけ?」
「ええ。絶死様のおっしゃる通り、確かに私は今朝、大神殿を訪れました。近々カッツェ平野に出現した大型アンデッドを掃討する任務があり、神官長に作戦の詳細を確認しに行った次第です」
淀みなく答えるクアイエッセに、クレマンティーヌは舌打ちしたくなった。過去に模擬戦をした漆黒聖典は皆、絶死を前にするなり捨てられた子猫のように震えるのだが、この優男は例外だった。
ちなみ捨てられた子猫のように震える隊員代表の無限魔力はソファの後ろで直立不動になっている。絶死に席を勧められた時も「へ、へへ、絶死様のお隣なんて、畏れ多いです……」と露骨に遠慮した。
「もし納得いかれないようでしたら、お手を煩わせることになりますが、神官長に直接確認なさっても構いませんよ」
「そうね。裏とりは後々させてもらうとして、あなたが大神殿を訪れた時、巫女姫のいる部屋には」
「一歩たりとも入ってはいません」
「賊らしき不審な人物も?」
「見かけてはいません。もし必要であれば、私がテイムした魔獣――嗅覚の優れたもの――をお貸ししましょうか」
「随分な自信ね。一応あんたも容疑者なのよ」
「私は潔白ですから。探られて痛い腹などありませんよ、クレマンティーヌ」
●
クアイエッセの事情聴取は滞りなく終わった。言い換えるなら、有益な情報はひとつも得られなかったということだ。終始慇懃な態度だったが、事件には関与していないと一貫して主張。アリバイこそなかったが、誰が見てもシロだろう、あれは。
クレマンティーヌとしては、あのいけすかない実兄を犯人に仕立てあげたかったが、今回ばかりは諦めるしかなかそうだ。
「さて、次は三人目ね」
「あー、その前にさー」
次の容疑者のもとへ向かおうとする絶死と、まるで従者ように付き従う無限魔力。その二人にクレマンティーヌは小さく挙手する。
「どうかした?」
「ちょっとお花摘みにいってきていいかしら。さっきのコーヒーが効いてきちゃったみたい」
「いいわよ。それなら、私たちは先に部屋まで行ってるから。――行こうかしら」
残された無限魔力は涙目になっていた。「……置いてかないで」「……二人っきりにしないで」と命乞いでもするような目を向けてくるが、クレマンティーヌは堂々と無視して踵を返した。
歩いてきた廊下を引き返し、角を曲がる。手洗いはこの先だが、と立ち止まったクレマンティーヌは曲がり角からそっと顔を覗かせる。
(……行ったみたいね)
絶死の後ろ姿はない。もう次の容疑者のもとへ向かったのだろう。それでも用心深く、クレマンティーヌは廊下に人気がないことを確かめてから、扉を開けた。
そこは無限魔力の部屋だった。
鍵はかかっていない。事件があったのに不用心、と思うかもしれないが賊に忍び込まれるより絶死を待たせる方が何十倍も怖い。それを物語るように、部屋の中はクレマンティーヌたちが訪れた時のままだった。ティーカップすら長テーブルに放置されている。
(さて、あんまり時間をかけてもいられないし、どこにしようか)
マントの下に手を入れたクレマンティーヌは悩ましげな目で叡者の額冠を見る。ここまでずっと隠し持ってきたが、正直いつ身体検査されるかハラハラしていた。
憲兵相手なら「このクレマンティーヌ様を疑うの?」と凄んでやりすごせるが、絶死相手にそんなことをしたら何をされるかわかったものではない。
(ズーラーノーンへの手土産は……別の何かを用意するしかないか)
諦めつつもクレマンティーヌは偽装工作について考える。どうすれば自然に見えるか。どうすれば発見されやすいか。
(部屋の左右に積み上げられたマジックアイテムの山に紛れさせるのは……さすがに露骨すぎか)
それなら片付けた際に何よりも早く隠しているはずだ。無限魔力を犯人に仕立てあげるのなら、あの
(となると、他人の目には触れず、いつでも自分の手の届くところ)
クレマンティーヌは部屋の奥へ進んだ。ちょうど無限魔力の座っていた椅子と机がある。酒場にあるような簡素なものではなく、脚に
(ここがちょうどいいか)
クレマンティーヌは叡者の額冠を下段のアイテムたちの上に置いた。そうして抽斗を閉めれば、あとは元通り。
(これでいいわ)
クレマンティーヌはすっきりした心持ちで部屋をあとにした。もちろん、手洗いに寄って手を洗うことも忘れずに。
●
そこは居住空間というより、武器庫という表現の似合う部屋だった。剥き出しの壁や床に装飾の類は一切なく、その代わりといっていいのか――。
忍者刀、手裏剣、分銅鎖、鎖鎌。その他にも多種多様な武器と暗器が飾られている。
どこを見ても目に入るのは物騒なものばかり。家具らしいものはひとつもなく、隠れられる物陰もなければ、そもそも人の姿すらない。
一見して留守のようにも見える。しかし――。
部屋の中央。何もなかった空間から、片膝を着いた人影がぬるりと現れ出た。肌は一切見せておらず、体に密着した赤い装束が痩身を覆っている。まとっているのは軽装の鎧。アサシン然としたこの男こそ、三人目の容疑者、第十二席次“天上天下”だ。
その恐ろしさは今やって見せたように気配を完全に消す能力にある。純粋な戦闘能力なら戦士であるクレマンティーヌに軍配があがるだろうが、気配を遮断されれば、見つけ出すのは不可能だ。
「久しぶりね。ちょっと聞きたいことがあるのだけど、今いいかしら?」
「……」
こくり、と天上天下は首肯する。
(相変わらず無口なやつ)
裏稼業の者は口数の多いやつから死ぬ、といわれているが、その中でも天上天下は『超』がいくつあっても足りないほど無口な男だ。クレマンティーヌ自身、この男が誰かと話しているところを見たことがないし、そもそも声すら聞いた覚えがない。体格から男と呼んでいるが、正直性別すら怪しいところだ。
「そう。実は今朝のことなんだけど――」
と絶死は他二人にしたのと同じ質問を投げかけた。
闇の巫女姫の殺害。消えた叡者の額冠。賊の目撃情報。今朝のアリバイ。そのいずれにも天上天下は首を横に振った。つまり、巫女姫殺害と賊については何も知らず、身の潔白を証明する手立てもないということだ。
「そう。なら最後の質問。何の用があって大神殿を訪れたの?」
「……」
絶死の問いかけに、天上天下は隠し武器でも抜くような動作で羊皮紙を取り出す。封蝋に神官長の印が捺された、漆黒聖典ならお馴染みの作戦指示書だ。それを広げると、天上天下は紙面をこちらに向けた。
女三人はぎゅっと顔を寄せ合わせて内容に目を通す。
洋菓子店『シャンタール』
カヌレ・ド・プレーン 六つ
カヌレ・ド・アップル 六つ
カヌレ・ド・オレンジ 六つ
「「「…………」」」
女三人は互いに顔を見合わせた。そして頷いた。
これ、使い走りだ、と。
カヌレとは六大神が法国に伝えた、蜜蝋を使って作る洋菓子だ。『シャンタール』という店名は見たことないが、察するに法都に新しくオープンした店なのだろう。
(しかも、それぞれ六つずつって。神官長六人とも共犯とじゃない)
つまり、天上天下は今朝早くから洋菓子店へ赴き、極秘裏にカヌレを買い、その足で大神殿にいる神官長たちに届けに行ったのだろう。職権濫用もいいところだ。
巫女姫殺害がなければ、今頃はカヌレの品評会でもしていたに違いない。気配を消せる隊員を選ぶあたり周到さを感じる。それはそうと――。
「あんたさ、これ見せちゃっていいの?」
思いっきり神官長たちのスキャンダルを暴露している。
「……」
パチンッ、と天上天下が指を鳴らす。手甲に火打石でも仕込まれていたのか、指先に火が灯り、あっという間に羊皮紙を灰に変えた。
「……」
うんうん、と天上天下は満足気に頷く。これにて任務完了、といったところか。
神官長たちの意外な一面が明らかになったところで、取り調べは終了した。
●
「――で、結局のところどうなのよ」
絶死のいう取り調べで三人の容疑者から話を聞いたが、結果として全員アリバイはなし。犯行時刻のアリバイを崩せなくて歯噛みするなんて展開にはなっていないが、現状では犯人を絞り込むことすらできない。
「そうね。でも、収穫なしって決めつけるのは早計じゃない。まだ四人目の容疑者から話を聞いてなんだから」
「四人目の容疑者?」
まだ漆黒聖典に疑わしいやつがいるのか。クレマンティーヌはいつまでこの茶番に付き合わされるのだ、とげんなりした。
すると、立ち止まった絶死がくるりと踵を返す。そして――。
「あなたがそうよ、クレマンティーヌ」
天上天下が無口なキャラなのは原作小説、アニメ含めてひと言もしゃべらないからですね。サンプルボイスがない。