オバロ・ミステリ ~クレマンティーヌの殺人~   作:なら小鹿

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サブタイトルはアガサ・クリスティ『アクロイド殺し』の第26章『そして真実があるだけ』から。



第9話 そして真相があるだけ

 

(あーあ、また来ちゃったー)

 

 青々と茂った芝生の向こうに、件の大神殿は(そび)えていた。殺人現場だということもあり、大扉の左右には長槍を持った憲兵が門番のごとく立っている。

 

 しかし、他はいつもと変わらない。

 城壁とも見まがうような外観。この景色ももう見納めだと感慨に耽っていたが、また戻ってきてしまった。

 

 春の風を浴びながら、クレマンティーヌは自身の犯行を振り返る。はためくマントの下に叡者の額冠はもうない。それどころか自分を犯人と名指しするような証拠も何ひとつとして。だから――。

 

(ハッタリに決まっている)

 

 クレマンティーヌは自身に言い聞かせる。あのアンチクショウがなかなか現れないのも、自白させるための番外戦術に違いない。そうに決まっている。

 

「――待たせちゃって、ごめんなさいね」

「別に待ってないわよ」

 

 石畳の上をを足音が歩いてくる。風に髪がなびかないよう手で押さえながら、絶死はゆっくりとした足取りで近づいてくる。

 

 焦燥感、というのか。こと戦闘以外において、英雄の域に達した自分が焦りを覚えることがあるなんて認めたくはなかった。

 

「どうかした?」

「自白狙いなら無駄よ。私は脅されてやってもない罪を白状するようなタチじゃないから」

「そうね。模擬戦でも降参はしなかったし」

 

 模擬戦の話はしてほしくなかった。あれはクレマンティーヌにとって戦士としての敗北であり、同時に屈辱でもあるのだから。

 

「昔話なんていいから、さっさと始めなさいよ」

「そうね。せっかくあの時と同じ時間なんだし、早速始めようかしら」

 

 あの時とは、事件発覚の時刻を指しているのだろう。クレマンティーヌが大神殿を出た時も、陽の高さはちょうどこのくらいだった。

 

 カツカツ、と絶死は先を行く。事件当時とは逆に、クレマンティーヌがあとに続いた。

 

「あの日――といっても昨日だけど――、あなたが大神殿から出てきてちょうどこの辺りかしら。私と出会ったのは」

 

 絶死は事件当時の出来事を再現するように、石畳の交差した所で立ち止まった。

 

「すると、大神殿から神官の悲鳴が聞こえてきた」

「あんたは私に『何かあったみたいよ。クレマンティーヌ』って言って、様子を見に行かせたんでしょ」

「よく覚えてるわね」

 

 何度も頭の中で反芻したからね、とは言わなかった。

 

「『はいはい、見てくりゃいいんでしょ』とあなたは気怠げな顔で大神殿へ引き返していった」

「気怠るげな顔はしてないわよ」

「そう。まぁ、これは主観の問題だから置いておいて」

 

 絶死が歩き始め、クレマンティーヌもそれに続いた。再び足を止めたのは大神殿の大扉の少し手前。

 

「大扉が開いて神官の男が駆け出してきた。よっぽど慌ててた男はここで転倒、あなたのマントをつかんで何かを訴えかけようとした」

「あれでしょ、『巫女姫が……、巫女姫が……』ってばかり繰り返してたやつでしょ」

「ええ、そう。それからあなたはどうしたかしら」

 

 絶死がわざとらしく水を向けてきたので、クレマンティーヌは大扉へ向かった。左右にいた見張りの憲兵はクレマンティーヌの顔を見るなり敬礼。ズズズ……、と重たげな音を鳴らして大扉が開く。

 

 天井の高い廊下はあの時に似て静かだった。昨日までは憲兵と神官でごった返していたが、叡者の額冠が見つかった今はその大半が無限魔力の部屋にいる。こちらには最低限の見張りがいるだけだ。

 

 クレマンティーヌは自身の行動を反芻しながら足を進める。ぐるりと大神殿を囲む廊下を、反時計回りに進む。迷いはない。火の巫女姫の儀式室、風の巫女姫の儀式室、それらの前を通りすぎて現場となった闇の巫女姫の儀式室の前で立ち止まる。

 

「これで終わりよ。で、今の再現をどうすれば私が犯人の証明になるのよ?」

 

 もうここまで来ると逆にそこが気になった。

 

「それじゃ認めるわけね、今の行動が事件当日の再現だと」

「ええ、そうよ。そのためにわざわざ呼びつけたんでしょう」

 

 苛立ちが込み上げてくる。クレマンティーヌは乱暴な手つきで後頭部をかいた。せっかく整えた髪型が崩れるが、そんなことはこの際どうでも――。

 

 

 

 

 

「だったら訊くけど、どうしてここで足を止めたの?」

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 ここ、とは闇の巫女姫のいる儀式室の前だ。何を今さらと思いながらもクレマンティーヌは絶死の茶番に付き合う。

 

「そんなの決まってるでしょ。ここが殺人現場だったか、ら…………!?」

 

 そこまで口にして、クレマンティーヌは頬がひきつるのを感じた。

 

「へぇー、そいつは面白いわね」

 

 絶死が笑みを深くする。ぬっ、とクレマンティーヌの顔を覗き込むと、ちょうど下から見上げるような構図になる。

 

「どうして、ここが殺人現場だってわかったのかしら?」

「…………」

「大神殿には儀式室が六つある。しかも、扉はすべて閉まっている。普通ならひとつひとつ扉を開けて巫女姫の安否を確かめてから次の部屋に行くはずよね。なのに、あなたはそうしなかった。どうしてなのかしら」

 

 ──迷いなく歩みを進めていたクレマンティーヌは三本目の袖廊下の前で足を止めた。廊下は代わり映えしないうえ、唯一の目印となるのは奥の扉に彫られた闇神の紋章のみ。

 

「そ、それは……あの神官の男が言ったからよ」

「いいえ」

 

 絶死は即座に否定した。

 

「あなた言ったわよね。私が『ここの巫女姫、どうかしたの?』と訊いたら『さぁ、風邪でもひいたんじゃないの? あの神官も『巫女姫が、巫女姫が』としか言わなかったから、わかんないけど』って」

 

 冷や汗が、こめかみを伝って頬をしたたり落ちる。

 

「あの神官、よっぽど気が動転していたんでしょうね。『巫女姫』とは何度も繰り返してたけど、『闇の巫女姫』とはひと言も口にしなかった。でも、あなたはここで足を止めた。闇の巫女姫の部屋の前でね」

 

「…………」

 

「つまり、あなたは殺されたのが闇の巫女姫だと知っていたのよ。それはなぜが。あの状況下でそれ知っていたのは二人だけ。第一発見者である神官の男と、そして巫女姫を殺した犯人自身」

 

「…………」

 

「あの神官が第一発見者で同時に犯人っていう可能性もなきにしもあらずだったけど、だとしたらクレマンティーヌが殺人現場を知っていたことに説明がつかない。となると、必然的に神官はシロ。犯人はクレマンティーヌということになるわ。──そうは思わない?」

 

 まるで第三者に訊くように、絶死は問いかけてくる。

 

「…………」

 

 その問いに、クレマンティーヌは答えられなかった。いや、ここまでくれば答える必要なんてもうない。

 

「……はぁあああ」

「大きな溜め息。幸せが逃げるわよ」

「うっさいわね」

 

 クレマンティーヌはがっくりと肩を落とした。いや、全身の力が抜けてしまったと表現した方がいいかもしれない。窓のない壁にもたれかかりながら、クレマンティーヌは前髪をかきあげる。

 

「逆に訊くけど、そこまでわかってたなら、何であのとき身体検査しなかったのよ」

「確証がなかったからよ。現場を見たら巫女姫が死体になっていて、叡者の額冠も消えていた。身体検査して証拠が出てくれば犯人確定だけど、そうじゃなかったら警戒されて余計面倒なことになってたでしょ」

「要するに、私は泳がされてたってこと」

「そうなるわね」

 

 性格の悪いアンチクショウだ。クレマンティーヌは心の中で毒づく。

 

「だから、無限魔力にも協力してもらったの」

「協力?」

「捜査に協力させる体で部屋を空けさせたでしょ。もしあなたが犯人なら、隙を見て家主不在の部屋に証拠を隠すと踏んだのよ」

「それ、協力っていわないわよ」

 

 法国ではそれを『利用した』というのだ。いや、王国でも帝国でもそうか。

 

「『事前に犯行現場を知っていた』それと『無限魔力の部屋に叡者の額冠を隠せた』。この条件両方を満たせるのが犯人になる。そう考えた時、当てはまるのはあなただけだったの、クレマンティーヌ」

「初めってから目をつけられてた挙げ句、まんまとハメめられたってわけね、私は」

「人聞きが悪いわね。まるで私が性格のねじくれた女みたいじゃない」

「えぇー? 違うのー?」

 

 おどけた態度で言ってみる。この際だ、言いたいことは全部口に出すことにした。

 

「にしても不思議なのは叡者の額冠なんて奪ってどうする気だったの? 神器級のマジックアイテムではあるけど、使える人間がいないと、宝の持ち腐れよ」

「ああ、それ。だったら心配いらないわ。エ・ランテルにどんなマジックアイテムでも使いこなすタレント持ちがいるのよ」

「へぇー、そいつは興味深いわね。今度遊びに行こうかしら」

「なら、その顔はやめた方がいいわよ」

 

 絶対怖がられるから、賭けてもいいわ、とクレマンティーヌは笑った。

 

「あとわからないのは、そもそもどうして巫女姫を殺してまで叡者の額冠を奪おうとしたのか。そんなことしたら間違いなく漆黒聖典にいられなくなるし、もしかして抜ける気だった?」

 

 それなら脱退理由も気になる、と絶死の顔には書いてあった。こうなってしまった以上、動機についても洗いざらい白状しなければならない。

 実は……、と口にしかけて、クレマンティーヌは壁から背を離した。

 

「その辺の話は長くなるから、座れる所で話してもいい?」

「そうね。──じゃ、そろそろ行こうかしら」

 

 まるでエスコートでもするかのように、絶死が(うやうや)しく腰を折って出口を指し示す。

 慇懃無礼もいいところだ。その気になれば片手でクレマンティーヌを戦闘不能にして、引きずっていけるのに。それとも、これも『古畑任三郎』とかいう例の神書に影響されてなのか。

 

(まぁ、どっちでもいいけど)

 

 クレマンティーヌは歩みを進めた。逃げようにも絶死であれば全力疾走するクレマンティーヌに──それこそ“疾風走破”の二つ名をもつ自分にだって──軽々追い付くに違いない。

 大扉を抜けると、春の風が頬を撫でた。石畳を照らす陽の高さも昨日と同じ。

 

(また春が嫌いな理由、増えちゃったぁー)

 

 女として春を奪われたのも、両親が出来のいい兄ばかりを褒めたのも、この季節だった。

 

 それにしても──。

 

「あーあ」

「どうかした?」

 

 すぐ後ろからこの世で一番嫌いなやつの声がする。どうもこうもない。

 

「ここであんたに会いさえしなかったら、上手くいってたのにねー」

 

 頭の後ろで手を組ながら、クレマンティーヌはひとりごちった。

 

 

 

 

 

 

 

 

        この事件は創作であり、

      “絶死絶命”は架空の漆黒聖典です。

         (スレイン法国)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございます!

“絶死絶命”に古畑任三郎をしてほしいというアイデアから始まったクレマンティーヌの殺人はこれにて解決です。
作者の中では『犯人は後悔する』『絶死に出会ってしまったことが何よりのミス』『“絶死絶命”でしたの台詞を言わせたかった』この三つが書けてかなり満足しています。

ちなみに余談ですが、作中は書籍本編とはパラレルワールドになっています。
なので、叡者の額冠を盗めなかったクレマンティーヌはエ・ランテルに行くこともなければ、アインズ様に鯖折りにされることもありません。
ある意味ではハッピーエンド(?)なのかもしれませんね。
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