(げっ、やっちゃった...)
周りが雑談に花を咲かせている教室内にて、私は1人鞄を覗き項垂れていた。
理由は単純、今日の授業で使う教科書を見事に忘れてしまったのだ。
(今から戻って...も間に合わないよね。はぁ....あの先生いきなり当ててくるからなぁ)
ちゃんと確認しなかった今朝の自分を恨むが今更そんな事をしても既に後の祭り。
「話は聞かせてもらったよ、桃花ちゃん!」
「うわっ!あんたいつからそこに...」
どうしようかと頭を悩ませていた時に突如背後から声をかけられ、振り返るとそこには満面の笑みを浮かべた結里が立っていた。
「桃花ちゃんの悩みは私がバッチリ解決してみせるよ!」
「いやそもそも何も口に出してないと思うんだけど」
「私と桃花ちゃんの仲だよ?例え言葉にしなくても桃花ちゃんの考えてる事は何でもわかるんだから!教科書を忘れてきちゃったんでしょ?」
「本当に当ててきた....まあそうなんだけど、とりあえず隣の子にお願いするつもりだったから...」
「駄目駄目駄目!私がいながら別の子に頼むなんて....桃花ちゃんの浮気者!」
相変わらず訳の分からない事を話す結里に若干呆れながらも私は答える。
「って言われても結里は私の前の席じゃん、だから頼りようが無いし」
「...桃花ちゃん思い出して、私達には他の子とは違う特別なものがあるでしょ」
結里はそう言って手を後ろに動かすと、自身の尻尾を掴みながらふふんっと自慢げな表情で告げた。
「そう!私達は尻尾でメッセージを伝えられるんだよ!」
「.....えっと、どう言う事?」
「つまり私が尻尾で文字を表すから桃花ちゃんはそれを読み取りながら話せばいいって事!...その顔信用してないでしょ、じゃあ今からやってみせるから桃花ちゃんは答えてね!」
そう言うと彼女は自分の席へと座り大きな尻尾を私の眼前に見せつけてくる。
「はぁ....わかった」
こうなった結里は頑固だ。
ひとまず彼女の言う”完璧な作戦”とやらに付き合う事にした私は目の前で動く尻尾をじっと見つめる。
「”...彼は過去を振り返り、自らが秘めていた気持ちを思い出した”」
「正解!ほら、いい感じでしょ?」
思ったよりも理解できてしまった自分に驚くが、結里はそんな私を見て満足した様子で引き続き尻尾を動かし始める。
「”彼女は店を後にすると、視界の先に見慣れた人物を見つけた”」
「そうそう、流石桃花ちゃん!じゃあこれは?」
「”.....彼女は大好きな子の尻尾を抱きしめながら、彼女の耳元で愛の囁きを......”」
私はそう口にした瞬間、目の前で素早く動き回る結里の尻尾の先を指でつねり上げた。
「い、痛い!」
「どさくさに紛れて変な文を伝えないで」
「ちぇ、バレちゃった....でもどうだった?これなら大丈夫そうでしょ?」
私につねられた場所をさすりがら、自信満々にドヤ顔で尋ねてくる結里。
「うん、そうだね......隣の子にお願いしようかな」
「えええええええええ!?」
私の返答に余程驚いたのか、彼女は身を乗り出し私の肩を揺すり始めた。
「な、何で!?」
「いやよく考えたら授業中に目の前で尻尾があんなに動いてたら気が散るし、周りの子にも迷惑でしょ」
「そ、そんな......」
がっくりと肩を落とし机に突っ伏してしまった結里をスルーしつつ、私は丁度教室に入ってきた隣の子に事情を話し始めた。
「何とか乗り切った....」
件の授業も無事終わり、私は安堵の息をついていた。
授業中あの先生から見事に当てられたのだが、先程隣の子が快く見せてくれた教科書のおかげで事なきを得ることが出来た。
後でお礼をしなくてはと思いつつふと前を向くと、そこには元気なく尻尾を揺らしいじけている結里の後ろ姿。
「むぅ.....」
「結里、まだ怒ってるの?」
「....桃花ちゃんとの共同作業...」
ぶつぶつとまた変なことを呟いている結里に私はため息を溢しながら、机に突っ伏したままの彼女の頭をそっと撫でる。
「別に結里が嫌で断ったんじゃないって、わかるでしょ?」
「.....」
「ほら、私の為になんとかしようとしてくれたのは本当だし...そこは嬉しかったからさ...」
若干小っ恥ずかしくなりつつも、目を瞑りながら私は素直な気持ちを結里に伝える。
それからしばらく撫で続けた後、未だ机に突っ伏したままであろう彼女の様子を窺うために目を開くと
「えへへへ〜♪」
「......」
先程までの不満そうな態度は何処へやら。
彼女は撫でられていた頭を私の手にぐりぐりと押し付けながら幸せそうな表情を浮かべていた。
私は動かしていた手を止めると軽く彼女の頭をはたく。
「へぶっ!」
「はぁ...心配して損した」
「ご、ごめん桃花ちゃん!つい嬉しくて....ああ待ってよ!」
呆れからか、それとも恥ずかしさを誤魔化す為か、廊下に出て行った少女をもう1人の少女が必死に追いかけて行く光景が同級生達の目に映っていた。