「「「今年もお疲れ様でした〜!!」」」
「みんなもお疲れ様〜」
年末のシャーレ。
今日は、アビドス、ゲヘナ、ミレニアム、トリニティ、レッドウインター、山海経……キヴォトス中の様々な学校から生徒が集まり、年末のキヴォトス忘年会を開いていた。はて、忘年会……? 誰も卒業しないのに何故……? そもそもこれを4回ほどやったような気がうわなにをする
忘年会は、例年通り大盛況だった。というか開催回数が増えるたびにどんどん参加する生徒が増えるため、そろそろ開催場所をシャーレからもっと大規模なホールか何かにした方がいいのではと感じるぐらいだ。
「ふーっ」
しん、と静まり返ったシャーレで椅子に深々と腰を下ろし、盛大に息を吐く。流石に疲れた。別に私も歳を取った、というような年齢ではないと思っているが、やはり青春真っ只中を過ごす生徒たちが持つエネルギー、バイタルの強さは別格だ。それが100人規模で来るのだからそれを相手する労力は推して知るべしである。いや、生徒といる最中は楽しさの方が勝っているからなんとも思わないのだが、こうやっていざひと息ついてみると、どっ、と疲れが、ね……。今はシャーレには私しかいないし、「疲れた」と言うくらいのことはどうか許してほしい。
コーヒーでも、飲むかな。
適当に一休みしたら私も帰ろう。そう思ってお湯を沸かす。うーむ、温かい。コーヒーは実はそんなに好きというわけでもないが、寒い時期にマグカップを手に取ったときの、じんわりと熱が伝わってくる感触は中々にクセになる。
ふと、机上に置かれた書類に目がついた。確か、今度予定されてるイベントの予算がなんとやら、という書類だったはずだ。気になってしまったので見ることにしよう。……うん、まあこれなら特に何も言う事もないだろう。承認。引き出しから相棒のハンコを取り出して承認印を押す。
うん? この書類は──
「先生」
「うわあ!? び、びっくりした。ミネじゃないか。みんなと一緒に帰らなかったの?」
「シャーレの照明がいつまで経っても明るいままでしたので。先生のことですから、またここからお仕事でもなさるのではないだろうか、と」
「うぐ。い、いや、もちろん私ももう帰るよ? コーヒーを飲んで一服したらシャーレを出るつもりだったんだ」
「ほう。先生の中では『一服』とはそれらの書類仕事をすることを指すのですね」
「……すみませんでした」
言い訳を試みたものの、当然のように失敗する。というより、これは現行犯逮捕のようなものだ。最初から勝てる見込みはゼロに等しい。
「……はあ。仕方がありませんね。手伝います」
「あれ? そんなのやめてさっさと帰りなさい、って言うんじゃないの?」
なんなら、ミネのことだから力付くで私をシャーレから引きずり出すのだとばかり。
「そうしたいのはやまやまですが、言っても先生はお止めにならないでしょう。でしたらできる限り素早く作業を終わらせることを考える方がよいです。一人でやるより二人でやった方が効率がいいでしょう?」
「そ、それはそうだけどさ……いや、そうだね。助かるよ。ありがとう」
「はい。すべきものはこちらですか? でしたら、これとこれとこれは私がやります。先生はそちらをどうぞ」
「うん。お願い」
しばらく、二人しかいないシャーレオフィスに、ぺらり、ぺらりという紙をめくる音と、かりかりというペンが走る音だけが響く。
「そういえばさ、ミネっていつも私を助けてくれるよね」
「はい? なんですか、藪から棒に」
「いやほら、年末でしょ? 一年の振り返りくらいしたっていいじゃない。私たちが出会ってから今日まで、私ってほんとにミネに助けられてるなあ、って思ってさ。いつもありがとね」
「どういたしまして。別に、私が好きでやっていることですから、あまり気になさらなくて結構ですよ。ですが、そう仰ってくれるのであれば無理をもう少しなさらないようにしていただけると助かります。ちょうど、今のように」
「それは本当にごめんね……」
今日は何を言ってもミネに敵わない気がするなあ!
……いつものことかもしれない。
「そ、そうだ! 日頃のお礼を兼ねて何かどうかな!? そ、そう! 例えば、私がなんでもお願い事を聞くとか」
「──ほう」
ミネの声色が変わる。
もしかして、かなり迂闊なことを言っちゃった?
「なんでも、なんでもですか。そうですね」
「い、いや! こう言っちゃった手前なんだけど、もちろん私が叶えられる範囲でね!? あと他の人に迷惑がかからない内容でね!?」
「ええ。それくらい心得ていますよ。もちろん、先生に無理のないようあまり大きな要望を出すつもりもありません」
「ほっ……」
良かった。我ながらひどい失態を晒したような気もするが、どうやら無茶振りは避けられそうで何よりである。
「では、そこで大人しくしてください」
「え? そんなことでいいの?」
「ええ。構いませんよ。ですから、決して、動かないでくださいね」
別に首輪を着けて一日ミネのペットになる、とまで要求されると思っていた訳ではないが、『動くな』とは逆に、コンパクトすぎて不安になってくる。
とりあえず、要求通り固まった私を一瞥し、ミネは作業途中であろう書類を抱えてこちらへ歩いてくる。そのまま、私の左隣へ座り──とす、とその頭を私の肩へ乗せた。
「……あの」
「私のお願い事を聞いてくれるのではなかったのでは?」
「は、はい」
すぐ横を見れば、そこにはいつもと変わらぬ表情のミネがいた。何食わぬ、という表現がぴったり嵌るような澄まし顔で持ってきていた書類を眺めている。
さら、とミネの水の流れのように滑らかな髪が私の頬に触れた。こそばゆい。
「み、ミネ。髪が。髪が当たってる」
「当てていますから」
「髪が当たるような距離感は中々問題なんじゃないのかな!? ほら、教師と生徒の関係として!?」
「……なんですか、これくらいのこと、普段から他の生徒にしているでしょう?」
いやまあ、距離感の近い生徒は他にもいはするが。
だが、それはそれこれはこれ。
「いやあ、なんだかミネが相手だとなんともね……こう、気恥ずかしいというか、なんというか」
「……ふむ、まあ、悪い気はしません。ですがこれは先生から言い出したことですから。ほら、手が止まっていますよ」
「あ、ああ。うん。そうだったね」
それから、作業を再開する。
少し前と同じように、だが決定的に違った状況で。
服越しにお互いの体温が伝わる。
すぐそばから漏れ出る、ほぅ、という呼吸音が聞こえてくる。
いつものように、シャーレで二人で作業をしているだけなのに、なんだか、とても特別な時間のようで。
それはやがて、月明かりに流れて、溶けていった。
「お疲れ様でした、先生」
「うん。手伝ってくれてありがとう。おかげですぐ終わったよ。送ってこうか?」
「お構いなく。では、私はこれで。明日くらいはゆっくりしていてくださいね」
「善処するよ」
「……はあ。まあ、何かあったらまた私を頼ってください。向かいますから」
「うん、ありがとう。……じゃあ私も帰るから。本当に今日は助かったよ」
「はい。では、また」
そうして私たちはシャーレを出て、そのまま何事もなく一日を終えた。
……その後、クロノスにて『シャーレの先生、忘年会の後に救護騎士団長とオフィスにて二人きり!?』という報道がなされたことは、まあ、深く考えないようにしよう。