大日本帝国が連合軍に対し和平に縺れ込む 作:風吹かば小説家など無名たる
≪風吹かば 小説家など 無名たる≫のですから。
さまざまな航空機が立ち並ぶ飛行場。あちらには百式重爆撃機がおり、そちらにはへんてこな飛行機がいる。なんとプロペラが後ろについているのだ。どうやらここ、「羽田飛行場」はもっぱら軍用として使われているようだ。だが、ここから見る東京の遠景はそんなに変化が見られなかった。
「おお、東京も久しぶりだ」
「それにしてもぜんぜん変わっていないなあ」
屠龍からよいしょと腰を上げて出ると、忘れずに、ここまで運んでくれた操縦手に対し感謝する。
「いやはや、帝国の飛行機乗りであればこの程度当然です」
「そういえば、君の名はなんという?」
「杉森和人でございます」
このとき脳裏には杉森っていう苗字の飛行機乗り……いなかったか? とよぎった。兄弟だったりかもしれないが、世間話をしている暇はない。悲しいことに立場の大きい人間は必然的に忙しくなるのだ。この世界の法則では。とりあえず言うことだけは言うことにする。
「君の操縦は素晴らしかった。ほかのみんなにもわたしが感謝していたと伝えてほしい」
「はい!」
そうして羽田飛行場についた松本少将は故郷を愛しむ暇なく足早に歩んでいくのであった。が、いい意味でその歩みは止めることとなった。
「松本少将でありますか?」
「ああ、そうだ」
「お待ちしておりましたぞ。でありましたら、大本営まで。乗ってってください」
タクシーが待機してくれていたのだ。まぁタクシーと言っても安っぽいものではなく、広々として豪華なものだったが。そして物騒なことに二人ほど護衛がいた。少将たるものを暗殺や襲撃から護衛しなくてはならないから当然ではあるが……
タクシーに乗ってからは案外短かった。おそらく、10、15分ぐらいであったであろう。
戦争が終わったあとはもうすこし映画館だったりが増えてほしい。東京は雰囲気が様変わりしてしまった。そのためにもこれからの会議を頑張ってやらなければな、と。
わたしの敬愛する吉田松陰の格言にこんなものがある。
一日一字を記さば、一年にして三百六十字を得、一夜一時を怠らば、百歳の間三万六千時を失う。
重要なのは積み重ねなのだ。いまはまだ日本は劣勢ではあるが、負けそうにはない。しかし今から一年後にはどうなっているか。その前に積み重ねをしておいてそうならないようにする。だから今必要な案は必勝逆転の案ではなく、徐々に戦力を蓄え英気を養うことなのだ。
大本営に到着した。ここに来るのは約2年ぶりだろうか。
物々しい看板があり、ここが大本営だと堂々と発表しているようだ。入り口には憲兵がいた。
「どうぞ、お通りください」
憲兵はそういい、一礼をする。それにすかさず一礼を返す。
内装には若干の変化が見られた。2年も経っているのだから、少々変わっているのが普通だが。
そして会議室に向かった。向かう途中ではみな敬礼か会釈をしてくれるので、今更だがなんだかうれしかった。
そのうちに御文庫附属庫にたどりついた。そこから会議室まではすぐだ。
そしてここが会議室。
そこには
刹那、一番早く来たのかと思ったが、様子がおかしい。思い返してみれば今日会議が行われるとは通知されてないのだ。必死に記憶を探ってみるとそれは明日らしい。これは失敗だなと思い、回れ右をする。
意気揚々と無人の会議室に入っていった様子は自分でも滑稽だと思う。
それにしても誰も明日ですよと教えてくれないのか、と溜め息をつくがそもそもこれは機密情報なのである。タクシードライバーが教えてくれたり、一卒の憲兵が教えてくれたりするはずがないのだ。だがこの記憶は確実に自分の糧となった。そう確信すると廊下を突き進んでいった。
その日は旅館を借ることにした。あまり使用できるものではないが、少将の権限というものを用いた。部下や護衛から、言い聞かされ警備の問題とやらでそうしたのだ。
旅館なだけあって料理はおいしいものばかりであった。しかも少将が来ると来てか、大盤振る舞いなように感じる。
身質の良い寒ブリの刺身
天婦羅の盛り合わせ
出汁のよく取れた豚汁
新鮮な冬野菜の煮物
炊き立ての白米
すべてが抜群の出来であった。
結局その日は風呂に入った後、寝たのだった。
この日だけ生活水準が大幅に上がった気がした。
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翌日 早朝
会議は午前から始まる。あと数時間の猶予はあるが、おちおちしてられない。
起きてからはすばやかった。
まず寝間着から制服に着替え、洗面所で顔をさっぱりして、歯磨きをおこない、眼鏡など身の回りのものを確かめる。そして汚れていたら、きっちりと拭く。眼鏡は普段つけないが目がわるいのでつけるときにはつけるのだ。そんなときに眼鏡が汚れていたら死活問題である───そう、松本明彦はきれい好きである。今回旅館に泊まったことに表しては満足している。なぜなら基地にいるときには節水でなかなか本格的に湯につかれないし、洗い物もなかなかできないのである。その点海軍は海水ですぐに洗えるから、うらやましいとも一瞬感じたが、海水で洗ったら塩気がつくではないかということに気づいた。やはり陸軍が一番であるなぁ。だが海軍は飯がうまいらしい。その点は侮れないだろう……
朝食をいただく。
朝食ももちろんうまかった。昨日でハードルが上げられていたから超えてくるはなくとも、やっぱり至高であった。特においしく思ったたのが炊き立ての白米
である。やはり日本人の
外に出て視察を行う。もちろん護衛はいるが。
「東京はいつごろから護衛をつけてないと襲われる街になったのだ?」
「いえ、ですが少将どのをお守りするためです」
そういって話を聞かない護衛たち。話は平行線をたどり、埒が明かないため一理あると認めて件を終わりにした。
東京は変わり果ててもやはりというかものすごい活気があふれていた。やはり故郷はよいものだった。しかも懐かしいことにわたしが幼子のころの、明治のころの、建物がいくばくか見られた。
もう会議の時間が近い。きっちりと時間に間に合うよう、余裕をもって大本営へ向かう。今年2回目の大本営だ。道は完全に思い出したため、すらすらと歩いていく。大本営にたどり着くと、御文庫附属庫まで行く。再びの会議室。前回と同じように堂々と。意気揚々と。入室した。懸念していたことは起こらず、何人かがいた。
一人は第40代内閣総理大臣、東条 英機*1
一人は陸軍大将、山下 奉文*2
一人は海軍大将、山本 五十六*3
大物ぞろいである。が、お世辞にも雰囲気はいいものではなかった。なぜかみんなから視線を感じたので会釈をする。そうしたらみんなが会釈を返す。
用意されていた椅子を見て、みなが座っていたため、座ろうとするが、そのまえに一礼をする。わたしは少将なので若干気遣ってくれている気もした。しばらくするとぞくぞくと、政府の者、軍部の者が各々到着した。まず最初にきたのは陸軍中将、牟田口 廉也*4。その次は古賀 峯一。その次は青木一男。その次は……etc,etc……最低でも大佐クラスの錚々たる面子だ。
そしてついに時間となった。
「これより大本営政府連絡会議及び最高戦争指導会議を行う」
「議題については、みな知っている通り東インド攻略作戦。ウ号作戦だ」
「特にイムパール方面への侵攻を企図している」
これについて実行するか実行しないか会議するわけだ。
「では会議開始っ」
こうして始まった会議。
まずは牟田口廉也陸軍中将が口を開いた。
「前回発案された二十一号作戦からの問題は解消されたのでしょうか? 特に後方整備や補給の観点の問題についてです」
「イムパール方面はけわしい山々が屹立しております」
それに山下奉文大将が反応した。
「ふむ、おおむね牟田口廉也中将の意見に賛成である。いまある問題を解決してからするべきではないか?」
それに寺内寿一陸軍大将が反論する。
「いまやっている支那事変いや、日支事変は援蒋ルートのせいでいつまでたっても終わらない。その点イムパールを攻略すれば援蒋ルートを封じることができる」
「それに、太平洋のほうでは劣勢だが、イムパールで勝てば大東亜戦争ぜんたいのカンフル剤となる」
少し間を開けて寺内寿一陸軍大将は再び論での攻勢をしかける。
「二十一号作戦は保留にされて1年と5ヶ月も経っている。そのあいだ何もしていないわけなのか? 補給も整備も十分だろう」
「加え、われらは弱体化の一途を辿るばかり、敵方はみるみる強化されている」
ドンッ
と台パンする寺内大将。
「攻勢を仕掛け、手遅れになるまえにたたくのだ。これは立派な防衛作戦である」
一理ある、と言いたげにたたずむ山下大将……
唸りながらも、反論する牟田口中将。
「ならば、イムパールのまえに支那のほうをどうにかしたらどうではないでしょうか? ずっと追いかけっこをしているようですが」
「その支那を攻略するためにイムパールが重要なのだ。援蔣ルート*5を断つことも目的だ。地図が見えないのか?」
いちいち「貴官は」、と付け加える。
このとき、松本少将はドイツのことを恨めしく見た。ドイツが英国をほったらかしにしてソ連に攻め込んだからこんなことが起きたのだと。やるべくなのはオペレーションバルバロッサではなくオペレーションアシカだったのだ。そうしたら英領のイムパールなんかもずっと攻めやすかっただろうし、支那も支援物資が少なくて困っていただろう。
日和ながらも反論する牟田口。確か彼は忌まわしき二・二六事件で特に関係してないのに左遷されたらしい。かくいう私も無実なのに左遷されたのだが…
「そちらこそ、山と川が見えないのでしょうか」
牟田口中将と寺内大将の論は平行線になった。両方正論である。たしかに支那を落とすにはイムパールを落とすのが一番だが、イムパールを落とすには支那を落とすのが一番だ。理想論はどっちも攻撃だが、すでに太平洋と大陸でやってしまっている以上、厳しい。更に戦線を増やすなど自滅だろう。
「わたしはウ号作戦に賛成である。なz」
言い切る前におぉ、という感嘆が周りから上がる。参謀総長が参戦したことから会議は大きくウ号作戦実施が優勢となるだろう。かくいう私もロンメル将軍のように迅速に行うならよいとも思っている。
「日和見主義の臆病者め!皇軍軍人としての覚悟はあるのか!」
いよいよやばい意見が出始めてしまった。名前は思い出せないが、確か陸大卒だったはずだ。陸大はエリートしか入れない、ものすごい学校のはずだがバカ製造機なのだろうか。権力だけのエリートである。まぁ権力といってもこの男は佐だった気がするが。
白熱する議論。ぎりぎりの鍔迫り合いである。
…
こんななか、上層部になにかされることを恐れて静観するわたしは臆病者かもしれない。いよいよやばくなったら参戦しようかと思っていたが、これでは入りようもない。後回しは危険である。大変なことほど先にやるべし!
そんな行き詰ったとき、海軍の山本五十六大将が口を出した。いままで横から陸軍の激論をみているだけだったが、どう来るのか。
「海軍としてはビルマに防衛線を築くのはどうだろうか。いったん戦線を落ち着かして太平洋をなんとかしなければと思う」
言いたいことをいってもらったからなのか、多くの、攻めるべくは支那でもイムパールでもない──────どっちでもない将校たちがうなづいた。そのあとは陸軍の激論も落ち着き、ウ号作戦は無期限の延期となった。行うとしても小規模の攻撃で援蒋ルートを防ぐ、もしくは妨害する程度でおさめるということで意見がまとまったのだ。
今更だが、コヒマぐらいはとってもよかったんじゃ…
いやとってもよかったんじゃあない。とりたかったんだ…私が…
報告書なし
インパール作戦自体は良いのですが、ジンギスカン作戦がダメでしたね。あの内容ならせめて制空権はとっとかないと。それに3週間ほどで進撃ってのも無理があります。