2018年4月2日(月)
高校二年生の春。
E市E高に通っている私、椎名ひよりは進級しても、何も変化のない日々を送っておりました。
私の一日は晴れの日も雨の日も同じです。
学校が終われば、私は颯爽と校舎を出ます。そのまま家に帰ることはせず、河川敷を歩いて図書館に向かいます。
今年はまだ桜は開花しませんね。
どうやら遅れているようです。しかし、蕾は出ていますのでもうすぐ開花するでしょう。
変わらない日々を送る私にとって、こう言った季節の移り変わりは楽しみのひとつです。
ぼーっと景色を眺めながら歩いている内に図書館に到着しました。
学校の図書館ではなく、わざわざ市の図書館に来る理由は、本の蔵書が多いからです。
私は一冊の本を手に取って、いつも座っている場所に向かいます。
今日はやけに人が多いですね…。
席が空いていたらいいのですが。
良かった。いつもの席は空いておりました。この席は日当たりがよく、時の流れを感じられるのです。
四人掛けの長机に本を置き、椅子に腰を下ろします。
暫く読書に没頭していると、私の前に茶髪の男の子が座りました。
私と同級生くらいでしょうか。でも私服ですので…大学生かも知れません。
あまり相手をまじまじと見るのは良くないので、私は視線を本に戻しま――まあ!男の子が読んでいる本は『誰の死体』ではありませんか。
ええ、よく分かってますね彼。
話しかけてみたいですが、私は人づきあいが苦手でどのように話しかけて良いのか分かりません。
あまり本に集中できず、話しかけられず…そのまま図書館の閉館時間となってしまいましたので、帰ることにしました。
翌日の4/3。
私は今日も図書館に来ました。
あれ?
高い位置に収められた一冊の本。
私はふとジャンルの違う本が混ざっていることに気付きました。
「んっ……」
私の身長では届きません。それでも何度かチャレンジしてみます。
「やっぱりだめですね」
「余計なことかもしれないけど」
そう言って、一人の男の子が私が取ろうとしていた本を取ってくれました。
あ、彼は昨日の――
「あ、死体の男の子」
少し緊張していたうえに、人と話すことが久しぶりだったからか、変なところだけ切って声に出してしまいました。
「え……」
彼も私の言葉に固まってしまいました。私は慌てて訂正します。
「すいません。昨日は誰の死体を読んでいませんでしたか?」
「あ、ああ。昨日はそれを読んでいたな。とりあえず、これ」
「ありがとうございます」
本を受け取って、正しい位置に置いておきます。
「ところで、その手に持っているのは『葉桜の季節に君を想うということ』ですね」
「ああ、人気コーナーに置いてあったから読んでみることにした」
「ええ、それはぜひ」
会話はそれだけでした。彼も私と同じで話すことが得意ではないのかも知れません。
閉館時間になったので、図書館を出ます。
「「あ」」
入り口付近でまた彼に会いました。どうやら彼も帰るところのようです。
彼とはゆっくりとお話をしてみたいと思っておりました。ここを逃せばこれからお会いしても話せなくなると思った私は勇気を振り絞って言います。
「あの、恐らく夕食はまだですよね?もしよろしければご一緒しませんか?」
「………え?」
戸惑う彼ですが、すこし嬉しそうな雰囲気になりました。表情の変化がないのであくまでも私の勘ですが。
「学校では小説を好む人がいなくて、話し相手がいないんです」
「オレは構わない。だが、ここの土地勘がないから、案内してもらうことになるが」
「ええ。お任せください」
高校に入学してから、もっともテンションが高くなっていることに気付きました。
私は張り切って先頭を歩きます。
まあ…私は外食することが少ないので、ファミレスしか知らないのですが。
「サイゼリ〇でいいでしょうか?」
歩きながら、ファミレスでも良いのか確認をとることにしました。これで拒否されれば、困りましたね…私の知っているお店はもうないのですが。
「ああ、構わない」
良かった…私はホッと胸を撫でおろします。
「そう言えば、名前を聞いていなかったな。オレは綾小路清隆。そっちは?」
「そうでしたね。私は椎名ひよりと言います。よろしくお願いします、綾小路くん」
私達は道すがら小説の話ばかりをしていました。
「ここですよ」
到着したので、私と綾小路くんは店に入って行きます。
ドリンクバーとお互い一品ずつ頼みました。ドリンクバーを頼んだのはいつぶりでしょうか。
「それではジュースを取りにいきましょうか」
「取りに?ああ、そうだな」
綾小路くんは首を傾げましたが、すぐに理解したのか席を立ち私についてきました。
30秒くらい綾小路くんはドリンクバーの前で固まっていました。
どうしたのでしょうか。
私が先に飲みたいジュースのボタンを押すと、綾小路くんも真似してボタンを押しました。
もしかして――
「初めて来たんですか?」
「…分かるか?」
「そうですね…ドリンクバーの前で固まる人は…その」
さすがの私も言いづらく、言葉を濁してしまいました。
少し肩を下げた綾小路くんと席に戻り、ジュースを飲みながらお話していると、料理が運ばれてきました。
料理をつつきながら会話を繰り広げます。
「このE市で暮らしているんですよね?」
「ああ。1カ月ほど前に引っ越してきたばかりなんだけどな」
「そうなんですか。以前はどちらに?」
「この市に来るまでは東京に居たが、この市に来てからは半年ほどB市に滞在していた」
「B市ですか…私は高校に入学してからずっとE市にいますので、他の市には行ったことがないんです」
他の市に興味はあるのですが、また今度にしましょう、と延ばしているうちにだんだんと行きづらくなってしまったのです。
「あ、と言う事は…綾小路くんはE高へ転校してくるということでしょうか?」
綾小路くんが転校してくるのでしたら、小説仲間ができます。夢の高校生ライフが送れそうな予感です。
「いや、オレはそもそも高校に通っていなくてな」
「あっそう……なんですか」
私は思わず肩を落としてしまいました。学校にもお友達がいれば楽しくなると思っていたのですが、まあ仕方ないことですね。
「そうなんですか。でもE市に住んでいるのでしたら、一緒に図書館にも通えますね」
「ああ、そうだな。だがE市は広いだろ?」
「そうですね。綾小路くんはどのあたりですか?」
「E市のちょうど真ん中あたりだな」
「えっそこはかなり高級住宅街が立ち並ぶところですよね」
「確かにそう言った家が多いな」
こういう所に来たことが無いのも、家が貧しいからなのかと思いきや、高級住宅街が立ち並ぶ場所でアパートを借りておられるとは…。
失礼なことを考えてしまいましたね…反省しましょう。
「ひよりは?」
「私の家もその近くですね。親が女の子の一人暮らしだからとそれなりに良い部屋を借りてくれました」
「良い親だな」
「はい」
少し照れくさく頷いた私。綾小路くんは料理を口へ運びました。
ふふっ今までずっと無表情だった綾小路くんが少し柔和な顔つきになりました。それがおかしくて少々笑みが零れてしまいました。
「不思議な人ですね。綾小路くんは」
まだ出会って間もない綾小路くんの印象はミステリアスな人でした。
「そうか?」
「はい。なんだか綾小路くんと一緒にいると新しい風に揺られている気分になります」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきました。
ただ日常が変化していくような気がしたのです。
私と綾小路くんは、この日からよく図書館で会うようになりました。
一緒に小説を読んで、一緒に図書館を出て、偶にご飯を食べにいく仲です。
私はこの日常を守りたいと思うと同時に、この先にも進んでみたいと思うようになっていました。
この時の私は開花の時期がもうすぐやって来るのを楽しみにしていたのです。
▽▽▽
4/6(金)
16歳。世間一般では高校二年生だ。そんなオレは学校に通っていない。
なら、何をしているのか。
答えは簡単。
ニート…いや、ニートではないはずだ。なぜなら、オレは週3回ほどアルバイトをしているからだ。
高校に通うつもりではいたのだが…まあ色々とあって断念した。
学力には自信があるので、大学にはいけるだろう。
それまでの間は、まあ…あれだ。やりたいと思った事をしている。
とは言うものの、やりたい事がそもそも見つからないのだが。
退屈を弄ぶオレは長袖一枚で出られるこの季節に、部屋でゴロゴロしているのも勿体ないので、街を逍遥していた。
普通の高校生なら、今は学校で授業を受けている時間。ひよりも勉強に励んでいるところだろう。
特に用事もないのにコンビニに寄り、一つ一つ品を見てまわる。缶コーヒーだけ購入し外に出て立ったまま飲んでみる。
コンビニの窓ガラスには余すことなく、ポスターが張られている。
櫛原鏡花!〇×に出演!
映画の告知だろう。
最近、この女優をよく見かける。というより、テレビや雑誌で櫛原鏡花を見ない日はない。
この櫛原鏡花はオレと同級生なのだとか、オレとは世界が違うんだな。
虚しさに身を包まれるのでオレは考えるのをやめた。
いやいや…とオレはかぶりを振る。
そもそも、虚しさを覚える必要などなにもないのだ。なぜなら遂に友人と呼べる女の子を手に入れた。それだけで青春を満喫できるというもの。
そして今日も今日とて図書館に足を運んだ。
銀髪の髪を靡かせた少女は、4人席の一席を陣取っていた。オレに気が付くと、読んでいた本を机に置いて笑顔でこちらに手を振る。
うんうん、友達というのはこういうものだ。
それも可愛らしい女子だ。嬉しくないわけがない。
「今日も一人か?」
「むっ意地悪言わないでください」
完全にブーメランだったが、ひよりは気付かず頬をぷくっと膨らませ拗ねた。
その所作に平和を感じるのはオレだけではないはず。
それから少し小声で雑談をしてから本に目を向ける。
オレは2時間ほどで読み終わったので、本を一度机に置く。
「読み終わりましたか?」
「ああ」
「私もです。では戻しに行きましょうか」
本を戻して二人で図書館を出た。河川敷をのんびりと歩き、小説について語り合う。
「あっ」
ひよりが空を見上げて、声を上げる。
「どうした」
「漸く開花しましたね」
桜の木に近付いて行って、ひよりは言った。
どうやら初桜が訪れたようだ。しかし、まだ蕾ばかりで開花しているのは、一か所だけだ。
「そう言えば今年は遅いとニュースでも言っていたな」
「ええ。今年は桜の木ものんびりしていたのですね」
「ひよりみたいだ」
「もうっ綾小路くん」
軽く睨んでくるが、すぐに笑顔になって言う。
「満開になったら、お花見でもしませんか?きっと満開の桜の下で小説を読むのも楽しいと思います」
「そこでも小説か…だが――」
オレは言葉を切って、桜を見る。
「花見と言うのは、葉桜が咲く頃が良いと聞いたんだがな」
「葉桜…ですか?どうしてでしょうか」
「さあ…誰が言っていたことかも記憶に残ってないな」
昔…誰かが語っていた気がする。そういう考え方もあると知ったオレは、誰が話していたかは、どうでもいいことだった。
誰が何を言っていたのか。その人にどういった感情があるのか。そういう重要なことに気付かせてくれたのは、外に出てからだったな。
桜の開花が始まった。
人生で初めての桜。
経った一枚の桜の花びらを見て、これからの日々が変わっていくことを暗示しているかのようだった。
「葉桜の季節でも、小説を読みに来ましょうねっ」
ひよりは笑顔で言う。
退屈な日々が終わりを遂げるのは良いが、この笑顔は変わって欲しくないとオレはそう思った。
「そうだな」
そう応えてから、ひよりの手に持っている本に目を移す。
「その本は偉く古びてるんだな。もしかして私物か?」
ひよりのカバンにしまい込んでいる本は、基本的に図書館で借りて来た本のはずだが。
「ええ、そうなんです。なんだか久しぶりに夏目漱石の本を読み返したくなりまして…」
「夏目漱石か。好きなのか?」
「まあ、そうですね。ですが誰しもが一度通る道じゃないですか?」
「そうかもな」
小学校の授業でも使われるしな。日本の著名人だしな。
「そう言えば、綾小路くん。夏目漱石は多くの本を残しましたが、『個人的には月が綺麗ですね』という言葉の方が私は印象深いです」
あの部屋にいたころも小説を読むことはあった。そこに夏目漱石の小説は幼少期に読んでいた。だが、その言葉を知ったのは外に出てからだ。
「主に告白するときに使う言葉だな」
「はい、良いですよね。定型文ではなく自分の言葉で伝えるのは」
「ひよりは誰かに伝えたいのか?」
恐る恐る訊いてみる。これで好きな人が居て、その相手と付き合うことにでもなれば、オレはまた一人になるだろう。
青春というものを味わえなくなってしまう。
「もうっ綾小路くん。私は恋人どころか友達も少ないんですから。残念ながらそのような人はおりません。もちろん惹かれている方も」
「そうか。悪いな」
「ですが、もし惹かれる方ができたなら――」
ひよりは一度言葉を切って、手を桜の花びらに近付ける。
「文学に生きる者として夏目漱石のように、違った表現で伝えてみたいです」
花びらを撫で、微笑みながらひよりは言った。
言葉を言い換えたところで、それにどのような作用があるのか、この時のオレには分からなかった。
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