こちらシャーレの窓辺より。   作:Gissele

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前話を見ていただきありがとうございました。
投稿頻度はFATALITY……


災厄へのマイナスのバイアス

熱湯の雨が途切れることなく降りかかる。頭に打ち付けられたそれは肌を這って床へ伝い、汗と埃と硝煙の匂いを洗い流していく。その感覚が心地よくて心が空になりそうだが、体に刻まれた落ちない穢れがそれを許してくれなかった。

 

シャワー室を出て替えのシャツに袖を通す。アイロンをかけたからかピンと張っていて気を引き締められるような感覚に陥るが、既に業務時間外のため気持ちよさだけが肌を覆った。ただ寝ぼけまなこのままアイロンがけをするかと言われると首は縦に動かないが。

 

廊下に出ると普段のシャーレとは違う薄暗く無機質な雰囲気に包み込まれる。幼い子供はこういった非日常に期待をもつのだろうが、これから相対する業務のことを考えると気が重くなる。別に今日やらなければいけないわけではないが、後でやろうとするとイレギュラーが発生するのが世の常。先生への負担も増えるだろうしここで処理すべきだろう。

 

火照った身体と冷えきった心で風邪を引きそうになりながら歩を進め、事務室の前へたどり着く。扉を開けようとすると向こうから開き始めた。一瞬驚いたもののすぐに理由が思い出され、心身の温度差が無くなってきたこともあり平常心が戻ってきた。

 

「人を待たせておいて湯浴みとは、随分な仕打ちではありませんか?」

 

あなたの立場を考えれば妥当、いや十分譲歩しています。そちらこそ自分の立場を理解していない様子だ。

 

「あなたの方こそ先生の小判鮫の分際で大きく出ましたね?あの方の後ろにいるだけであなた自身には何の実績も権限もないというのに」

 

あなたのシャーレ入部に関する手続きや根回しをしたのは私なんですけどね。それにあなたのクソみたいな実績という名の犯罪歴がないだけいいでしょうに。

 

「あぁ、あなた様のお側にいられるなんて……やはりこれは運命、私たちは深いところで通じ合っているのですね!」

 

目の前の仮面を被った生徒は一瞬にして自分の世界にトリップしながら身をくねらせている。つけている仮面のせいでどんな面をしているかは見えないが、多分恍惚とした表情を浮かべているのだろう。キモい。

 

招き入れたことを後悔しそうになるが、それでは話が前に進まない。怠さをため息と共に吐き捨て、未だに自分の世界から抜け出していない女狐もとい狐坂ワカモの横を通りすぎて自分のデスクへと歩きだした。

 

 

 

 

 

狐坂ワカモ。

 

百鬼夜行連合学院に所属する生徒であり、連邦矯正局に収監されていた凶悪な「七囚人」のひとり。先生が着任した日に脱獄しシャーレを襲撃し、他にも無差別的に破壊活動をしている「災厄の獣」。

 

キヴォトスにおいて、或いはシャーレ……ひいては私にとって打ち倒すべき存在がシャーレの内部に入り込んでいる。その状況を作ったのは私なので受け入れなければならないのだろうが、やはり拒否感は拭えない。

 

「それで、今日は一体何の用があって私を呼び出したのです?」

 

そんな私の内情を知らずかワカモが話を切り出す。仮面で表情こそ見えないがこちらを突き刺す敵意のような視線から歓迎されていないことは感じとれる。いや迎えているのはこちらなのだが。

 

まあここで暴れられても面倒なので早速話を切り出そう。その前準備としてワカモに見えるようタブレットをデスクに置く。

 

「……何も映っていないようですが?」

 

その前に確認を。ここに来たのは私の提案を受けるという意思表示で間違いないですか?

 

「受けるつもりはありませんわ」

 

ほう?

 

「私はあくまでシャーレの内部に入り込める機会があったから誘いに乗ったまで。この状況さえ作ってしまえばあなたは用済みですわ」

 

言葉の代わりに銃口を向けるか……所詮は獣畜生、受けた恩を仇で返すのですね。

 

「恩?……あぁ、『連邦生徒会長がシャーレの地下室に何かを運び込んだ』と私に伝えた件ですか」

 

先生が着任した当日にシャーレを襲撃していたワカモ。破壊と略奪を趣味とするこの狂人にその対象の在処を伝え、襲撃するよう仕向けたのは確かに私である。その何かであるシッテムの箱は先生の手に渡り今現在に至るわけだが。

 

「確かにその情報があったから運び込まれた何かを破壊しようとしましたが、破壊するものがそれである必要もありませんでした。そうしてくれと頼んだわけでもないのに一方的に情報を押し付けて、それで感謝をしろと言うのであれば勘違いも甚だしい」

 

その結果先生と接点を持てたとしても?

 

「ええ、あの人と私は結ばれる運命にありますもの。あなたが干渉せずとも出会えていましたわ」

 

お前の捕縛のためにな、と心の中で突っ込んでおく。まあ交渉のテーブルにつかないだろうとは思っていたので次のカードを切ることにした。

 

その先生が、死ぬとしたら?

 

そう言いきる前にワカモの短刀が喉元に突き立てられる。先程まで銃に取り付けられていたそれは喉の肉に食い込み、いつでも息の根を止められる位置にいた。

 

「先生の命を使っての脅迫……万死に値しますわ」

 

脅迫という点については間違いないですが、私が殺すわけではありません。

 

「その言葉をどう信じろと?」

 

信じなくても結構です。あなたが信じなくても私がここで死んでも結果は同じ、迫りくる脅威にあなたは立ち向かわざるを得なくなる。それなら互いに利用し合える駒を増やした方がいいのでは?

 

「なるほど、信用には値しませんわね」

 

そうか、ならばここからは実力行使で──

 

「ですが」

 

薄皮一枚を破くか、といったところで短刀が首から離れる。

 

「あなたの目の濁り……今この場所で死ぬことも厭わないのでしょうね。信じる要素は微塵もありませんが、逆にあなたの発言が嘘であるとも思えません。そういう者の目ではありませんから」

 

それに、とワカモは続ける。

 

「先生に脅威が迫っているかは定かではありませんが、有事の際に■■■■を使えると考えれば一考の余地はあるでしょう。シャーレを襲った際には連れていた雑兵を簡単に制圧したようですし、連邦生徒会としての権限も持ち合わせている。利害さえ一致すれば有用な駒となるでしょうね」

 

では、提案に乗っていただけると?

 

「あなたとの協力関係……その提案を一旦は受けましょう。ただそれを継続するかはあなたの行動次第、それをお忘れなく」

 

十分です、と言いながら手を差し出す。

 

「何の真似ですか?」

 

契約が結ばれるとき、また手を組む時はこうするのがお約束というものです。

 

「はぁ、まあ構いませんわ」

 

そうして秩序と混沌は手を結んだ。互いの脅威に立ち向かうために、或いは互いの心臓を抉るために。

 

 

 

 

 

手を離し、情報共有のためにタブレットを起動する。青白い光が暗い部屋を照らし、視界にこれでもかと刺し存在を主張してきた。

 

「これは?」

 

現在確認されている脅威とその対応の進捗です。

 

「『誇大妄想』に『マリオネット』、『RPG』……全く意味が分からないのですが」

 

通称みたいなものです、気にしないでください。

 

「これはテキストでのやり取り……閲覧には認証が必要と。他にも駒を抱え込んでいるようですね」

 

皆さんは私に賛同、或いは協力してくださっている協力者です。あなたに襲撃されるかも分かりませんので誰かまでは伏せさせていただきます。

 

「そこは後で探りを入れますので……」

 

おい。

 

「まあいいでしょう。情報を一通り見ました、先生の脅威に成り得るのは間違いないでしょうしあなたの発言にある程度の信憑性があることも分かりました。信用には至りませんが」

 

現状ではそれで十分です。有事の際、或いはそうなるかもしれない事案が確認されたら状況とタスクを共有しますので対応してください。

 

「私の方からも要求を送りますのでちゃんと叶えてくださいね?」

 

先生に関する事案、また資金についてならいくらでも。破壊活動をしようものなら頭蓋を粉砕します。

 

「つれないですわね、とりあえずは良しとしましょう」

 

一定の同意を得られ、必要な情報共有を終えられたことに安堵が口から漏れる。自室に爆発物を抱え込むようなものだ、今後もストレスに晒され続けるのだろう。そう思うと手を止めることはできなかった。

 

「何を出して……ケホッ、何ですかこれは!」

 

煙に悶えている狐など意に介さず、揮発したリキッドを肺に迎え入れる。メンソールによる爽快感とフルーツの芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、それを煙とため息混じりに吐き出す。緊張で張り詰めた心が徐々に弛緩していき、それが体にも脱力を与えた。

 

「……タバコにしては機械のような見た目をしていますのね」

 

タバコは未成年が吸ったらダメでしょうが。ベイプって言うんですけど知りませんか?

 

「知ってはいます、というか急に室内で煙を出さないでくれません?」

 

普段から気を張ってるんでね、先生や他の生徒がいない時ぐらい肩の力を抜きたいのだわ。なのでここからは好き勝手やらせてもらいます。

 

「というか学生が持ってていいものなのですか?」

 

店は未成年への販売を自粛してますが、未成年の所持や使用に関して罰則はありません。まあ人に見られたら咎められるとは思いますけど。吸います?

 

「お断りします」

 

つれないですねぇ、と漏らしつつ一度は差し出したそれを再び口へ運ぶ。前回手に入れたフレーバーが甘ったるくて好みじゃなかったから、好みにハマった今回のフレーバーは余計に美味しく感じる。

 

煙を吐ききり、目の前に残っている業務が視界に入ってくる。シャーレや先生の存在が各校に知れ渡り始めた関係で最近は業務の量が増加傾向にあり、割と余裕がなくなってきている。そのための私なので先生の負担を減らすべく時間外労働にてタスクをシバくことにした。

 

「そんなに大きな溜め息をつかないでもらえます?こちらも気が滅入りますので」

 

悩みのタネを増やす側が何言ってやがるんですか。シャーレの業務と先生に来るであろう脅威への備えで忙しいんだから気が滅入るってものでしょうが。

 

「……はぁ」

 

短く溜め息を吐いたと思ったら、ワカモがおもむろに書類の束を持ち隣の席に座った。

 

「さっさと始めなさいな、私も幾ばくか手伝いますから」

 

どういう風の吹きまわしですか。……ああなるほど、そういう。

 

「あなたの無能さに耐えきれなくなっただけですので勘違いなさらぬように。ただ……」

 

ええ、先生にはちゃんとあなたの有能さと健気さを伝えさせていただきますよ。

 

「頼みましたよ。ああ、この狐坂ワカモ、あなた様のためにこの身を捧げさせていただきます!」

 

ところでシャーレの業務わかります?

 

「わかるわけないでしょう、教えなさい」

 

だろうと思ったよ駄狐が。書類の処理は……。

 

「黙って必要なことだけ言いなさい」

 

といったように利害関係と下心の元に協力関係が結ばれた。ああでもないこうでもないと言いながらも溜まった仕事は消滅し、加えて計画を多少詰めることができたのは正直助かる。

 

結果として3時間で仕事は終わり、約5時間程の仮眠をとることができた。仕事中もワカモに色々言われはしたが、その点だけは感謝していた。

 

 

 

 

 

目を覚ますと既に日が昇っており、出勤まで残り数分といったところだった。思わず焦るが、そのままシャーレに泊まっていたことを思い出すと不要な焦りをしたことに溜め息が出る。

 

始業1分前に事務室の扉をくぐると既に先生が書類の決済を始めていた。

 

「おはよう■■■、珍しくギリギリだね?」

 

おはようございます。夜間に書類の整理をしていましてね、仮眠したら油断してこの時間です。

 

「遅くまでお疲れ様、でもあまり無理はしないでほしいかな」

 

先生の仕事が早くなればこんなことしなくていいんですけどね~。

 

「誠に申し訳ありませんでした」

 

冗談です。普通に仕事量がクソなだけです。

 

「確かにすごい量だったもんね。一人であの量の仕事を片付けるの大変だったでしょ?」

 

実は協力者がいまして、と昨夜交わした契約を履行する。監視や盗聴をしている可能性があるのもそうだが、せっかく手に入れた戦力を手離すのも忍びない。ここは狐の機嫌をとっておくことにしよう。

 

 

こちらシャーレの窓辺より。

普通にシャーレの中にいやがりました。




次回の更新ですが、メインストーリーを読む関係で今まで以上に遅くなるかもしれません。そこまで遅れないとは思いますが一応周知しておきます。

にしてもワイルドハントとアリウスのヤバいよね、椎名ツムギが面白すぎる。芸術のテロリストって何だよ。
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