今回は導入なので比較的短めになっております。
砂に促されて
「……では連絡は以上になります。今後とも先生の補佐をよろしくお願いしますね」
壁の白と窓から覗く青空が何とも眩しく視界を刺されるような感覚に陥る。シャーレで見慣れてはいたが私にとっては劇薬に等しく、目の前が霞むような錯覚を起こしている。
「■■■、聞いていますか?」
聞いていますよリン先輩。
「そうですか、少し視線が合わなかったので気になりまして。ちゃんと休めてますか?」
おそらく先輩と同じです。仕事が無限に増えますよね。
「こちらで業務を割り振っておいて言うことでもありませんが、お互い苦労しますね」
そんな連邦生徒会の隅にある小部屋で言葉を交わす相手は七神リン。失踪した連邦生徒会長の代わりに連邦生徒会をまとめる主席行政官であり、私の上司であり、私をシャーレに突っ込んでバカみたいな量の仕事をぶち込んだ張本人である。その本人もバカみたいな量の仕事をしているものだから文句は言えないが。
「それで、あなたから見た先生はどのような人物ですか?」
善良な大人ですね。たまにだらしなかったり変だったりしますがとりあえずは大丈夫でしょう。
「あなたにそう言わせるなら問題はありませんね。ただ書類の間違いの多さなどだらしなさはこちらにも伝わってきますが」
そんなにミスってやがるんですかあの人。では私の方で提出前に確認しましょう、それでマシにはなるはずです。
「お願いします。そこを除けばいい方なんですけどね」
はあ、と溜め息を吐くその表情は覇気がなく、目元にうっすらと隈が見える。化粧と立ち振舞いである程度ごまかせてはいるようだが、疲労の蓄積は隠しきれない程に深刻なようだ。
リン先輩、捜索の方は?
「……芳しくないですね。時間と資材と労力をつぎ込んではいますが進展がありません」
その疲労の原因は連邦生徒会長の失踪に起因する。連邦生徒会長が行うはずだった業務を背負っているのもそうだし、その捜索によって他の業務が手付かずになっているのもそうだ。その負担はリンに乗っかっているし、その連邦生徒会長との関係も浅からぬものだとも聞いたことがある。結果はリンの表情によく表れている。
「一体どこで何をしているんでしょうか。そもそも無事でいてくれているかどうかも……」
超人と呼ばれるほどの傑物ですからおそらく大丈夫じゃないですかね。とりあえず帰ってきたらケツバットでもくらわせましょうよ。
「何故ケ……そんなことを?」
連邦生徒会やシャーレの業務が増えているのって間接的にあの人のせいですから。
「……間違いではないですがあなたも私の仕事を増やす一因ですよ。たまに無茶な頼みを聞かされることもありますし」
それに関してはマジですみません。ですが必要となれば今後もバンバン頼らせていただきます。
「できれば控えてほしいですが……まあ余裕があれば協力しますよ」
やった、ありがとうリン先輩!
「あくまで余裕があれば、ですからね」
リンはキヴォトスや連邦生徒会の業務に関することであれば協力してくれることがある。私の権限で閲覧できない情報やできない手続きなど無茶なものも多いため、人気がなく盗撮盗聴の対策をした小部屋でやり取りを行っている。
本来なら取り合ってもくれないようなものだが、そこは1年余りで積み上げた実績と信頼に物を言わせている。そんな私でも罪悪感はあるので、せめてと思い可愛げのある後輩を演じると、溜め息混じりに口角が少し吊り上げるのが見えた。こんなくだらないことで笑うとは大分参ってるな?
「そろそろ互いの仕事に戻りましょう。■■■にはいつも無理をさせてしまっていますね、ごめんなさい」
私も迷惑をかけてますし気にしないでください。業務も今の3倍までであれば完璧にさばききってみせますとも。
「ありがとうございます、どうか無理はしないでくださいね」
それはこちらの台詞です。リン先輩はちゃんと休んでください、綺麗な顔が台無しですよ。
「それはあなたもです。それでも今は互いにベストを尽くしましょう」
そうですね、一段落したら一緒に食事でもしましょう。いい店を調べておきますから。
「楽しみにしていますね」
そう言いながら先に退室するリンの背中が見えた。この華奢な肩にどれだけの重圧が乗っていることだろうか、きっと私の想像を遥かに越えているのだろう。
それでも止まることはできない。リンも、私も。だから私は私のやるべきことをやろう。あの人の期待と努力に報いるために。改めて決意を固めると連邦生徒会を後にして、今の戦場であるシャーレへと歩き始めた。
ただいま戻りました、と言いながら事務室の扉を開けるとやけに自分の声が反響していた。中には誰もおらず、聞きなれた書類とデータを処理する音も全く聞こえない。まだ業務は残っているし、帰ったわけではないだろうがどういうことか。
帰る際に送ったモモトークにも既読がつかず、電話するも一向に繋がらない。一瞬襲撃が頭によぎるがその形跡はないし、あったとしてもワカモあたりがどうにかしているだろう。そのワカモがやらかしたとなれば話は別だが、その可能性は先生のデスクにある書き置きが消し飛ばした。
『アビドス高校から救援があったので行ってきます。できたら■■■も来てくれると嬉しいな』
いやモモトークでやれよ!と思わず声が出てしまった。先日の2徹が響いてしまったのか、或いは何も考えてないだけなのか。真相はわからないが今大事なことはそこじゃない。
アビドス高等学校。
砂漠地帯に隣接するこの学校には長い歴史があり、かつてはキヴォトス最大級の学園として繁栄していた学園。数十年前から発生している砂嵐への対応に多額の資金を投入するも状況は好転せず、借金による経営の悪化と生徒の流出によって今は見る影もないほど衰退している。
そんな学園にもまだ生徒がいて、廃校にさせないため尽力していると聞いたことがある。廃校対策委員会といったか、おそらくそこからの依頼だろう。
しかし先生も躊躇いもなしに助けに行くとは、立派な先生とも言えるし無鉄砲とも言える。いや絶対後者だ。そう呆れながら支度を始めた段階で一つ思い出したことがあった。
アビドスは砂嵐によって中心部以外はほとんどゴーストタウンのようになっている。公共交通機関もなくはないが、おそらくそこから長い距離を徒歩で移動することになるだろう。見慣れぬ土地でそんな事態になれば間違いなく遭難する。
遭難、空腹、脱水症状、砂嵐、生き埋め。パッと思い浮かぶ単語だけで死に繋がってしまうほど過酷な環境。いや先生死ぬじゃねーか、と口が言った時点で体は動き始めていた。メガネの右側面を2回指で叩き、非常用の飲食物を入れたリュックを背負い、武器と電子機器一式を持ってエレベーターを使用し屋上へ向かう。備えあれば憂いなしとはよく言ったものだ。
エレベーターから降りて屋上に出る。落ちてきたような青空を見上げると、ジェットエンジンを逆噴射させながらゆっくりと降下する巨大な塊が視界を覆う。轟音と爆風をその身に浴びながらメガネの右側面を1回指で叩くと、目の前の塊から腕と脚が展開され人を模した形となった。
それは私が保有する兵器『ディーヴ』。伝手を使って用意したそれは……まあ言ってしまえばやや小型のゴリアテであるが、私にとっては武器であり盾であり移動手段でもある。白と青で塗装されたそれは指示を仰ぐように頭部の照明を光らせた。
焦らずとも指示は出している。装着しているメガネ型のデバイスが脳波を感知し、ディーヴに信号を送ることで奴も私の指示を感知したようだ。私を腕で抱えると同時にジェットエンジンを噴出、そのまま飛行を開始した。
ディーヴが遮ってはいるものの、なかなかの速度が出ているため風圧やら騒音やらがやかましい。一人分の搭乗スペースはあるものの、最悪そこには先生をぶち込むことになるため空けておく。それにアビドスの様子を空から見たかった、という理由もある。
その目的は叶い、建造物やら道路に少しずつ砂が混じりやがて飲み込まれる様子が目に届く。都市だったものが飲み込まれ砂漠に埋もれる光景は何度見ても異様であり、それがアビドス高等学校の自治区の現状である。
改めて見る非情な現実を受け止めていると、タブレット端末から電子音が聞こえてきた。先生のスーツに仕込んだGPSから位置情報を特定できたようで、アビドスの校舎別館にいるようだ。ちなみに本館は既に砂の下にあり、実質的な拠点と思われる。
一先ず目的地に到着していることに安堵し、改めて目標地点を設定する。数分でそれらしき建造物が視界に入り、ふと気になって遠望鏡を覗き込むと何やら戦闘が起きているようだった。
遠目からではあるが、先生の側にいる生徒の制服がアビドスのものに見える。対して攻撃を仕掛けている生徒達はヘルメットを被っており、ヘルメット団と呼ばれる不良グループであることが分かった。
先生がアビドスの生徒を指揮しているようで、物陰から戦況を注視している。先生が戦場に出ているということは私の出番ということだ。私の思考を読み取ったディーヴは戦場となっている校門付近に向かい急降下を開始した。接敵まで数十秒といったところか。
銃と警棒に手を掛け、メガネの左側を指で叩きディーヴを自律行動へと移行させる。今更戦闘に対して恐怖や緊張などは感じないのだが、心臓の鼓動があまりにもうるさい。それは不安か、あるいは期待か。いや、今は目の前の敵に集中しなければ。
こちらアビドスの砂漠より。
ヘルメット団12名との交戦を開始します。
アビドス編開始です。
奥空アヤネの可愛さがバレないことを切に願います。