アキの死体は残らない   作:アーチマン

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狼の悪魔 終幕

 

 

 

 闇が満ちる煉獄で、嗤う。早川アキの死は200を超え、だがその顔は安らかだ。

 

 辛さ、痛さ、恐怖。絶え間ない死の連続は着実に早川アキの心をすり減らし、そして早川アキは着実に人間性を失っていた。

 

 死人に口無し。だがそれでも彼は言う。

 

「殺してやる」

 

 悍ましい権能(死に戻り)が発動した。

 

 

 

 

 


 

『瓦礫山の決戦』

 


 

 

 

 

 

「お前で214回だ」

 

 早川アキの宣言。そこは路地裏の決戦だった。直後に彼は狼の悪魔へ向けて駆ける。213のループで研ぎ澄まされた戦闘技術は本物だ。狼の悪魔の攻撃を易々と避けていくにとどまらず、避けては斬りつけるを繰り返す。

 

 アキの反撃は確実に狼の悪魔にダメージを与えた。ここに至るまでにすでに狼の悪魔の鉤爪はほとんど斬り取っていたのだ。最後に振り抜かれた鉤爪も指ごと斬り取る。

 

「……」

 

 背後から迫る死を避ける。斬り取った鉤爪は回復したようだ。見慣れた再生速度だ。だがそれだけ。攻撃した狼の悪魔が致命的な隙を晒す。そこを見逃すアキではない。間合いを詰めて剣を突く。直線を描いたその剣は狼の悪魔の腹に突き刺さり、狼の悪魔が苦悶に喘ぐ。

 

 突き刺さった剣を振って抜く。その剣は容易く硬い肉を裂いた。その直後、アキは剣を振り上げた。振り上げた剣は真上に迫っていた狼の悪魔の二つある頭の片割れの右目を貫いていた。

 

「ガギャァァァァァァァッ!!」

 

 咄嗟に狼の悪魔は頭を上に上げた。がしかし、すでに喉を斬り裂かれていた。血潮を吹く。痛みと混乱が狼の悪魔を襲った。そんな錯乱の中、ガムシャラに振り回した足は全てアキには当たらず、そしてこちらに迫ってくる。この時、初めて狼の悪魔は恐怖を自覚した。

 

 狩られる…ッ!!

 

 だが腐っても動物系最強格の悪魔。ならばと狼の悪魔は方向性を変えた。目の前の死神を近づかせたくない。だが攻撃がかすりもしない。であれば狙うものは別にある。環境を整えるのだと。

 

「…」

 

 狼の悪魔は狙いを建物に変えた。狼の悪魔の巨大な鉤爪が路地裏を構成する建物を軒並み破壊していく。嵐のように振りまかれる破壊の中、アキは破壊の猛威を掻い潜る。

 キイチロウはマサキが拾うので目もくれない。

 

 建物は音を立てて倒壊する。倒壊の瓦礫も、振るわれる鉤爪も全て避け、冷静に、文字通り捌いていく。

 

「グガァッ!」

 

 六つある足のうち、4足の腱を切り裂いた。一時的ではあるが狼の悪魔は足で身体を支えきれず腹をつく。190回の死で作り出した絶好の隙。逃すことはない。

 

 狼の悪魔が行ってきた全ての攻撃パターンに対応する心構えで狼の悪魔に迫る。アキは獰猛に嗤っていた。

 

「ガァァァァァァァァッ!!!」

 

 狼の悪魔はその双頭から咆哮をあげることしかできなかった。その目先に飛び込むアキ。振り上げた剣は片側の頭の右目をもう一度潰し、そして、その頭を首ごと斬り落とした。

 

「ギャァァァァァァァ!!!」

 

 噴水のように流れる血すらも斬り裂いて、暴れる狼の悪魔に剣を向ける。狼の悪魔は最優先で再生した足を使って片頭のまま距離を取る。頭の再生は諦めたようだ。

 そこに瞬時に駆け寄るアキ。立て直す時間は与えない。

 

 瓦礫山は決戦の場となった。

 

 鉤爪によって砕け散った路地裏。吹き抜けが良くなったそこに日が差し込む。まさしくそれは英雄が如き大劇場。勇者と怪物の激突。それは理不尽を斬り裂き、悪を滅ぼす。

 

 殺意は鈍らない。剣は死を描く。狼の悪魔は()()()。その勇者(アキ)を。

 

「オオオオオオオオオ!!」

「ガァァァァァァァァ!!」

 

 振り抜かれた足、振り上げられた剣。打ち合いは無い。だがまさに神がかり的な紙一重の戦いであった。だが、誰が見ても分かる。血を噴き出しているのはただの一匹だけであると。

 

 何十にも及ぶ死をすり抜けてアキの剣は狼の悪魔を裂いていく。徐々に狼の悪魔が後退していく。剣戟と爪牙はどちらかが死ぬまで終わらないが、終わりは近いと誰もが悟っていた。

 

 そして終わりの始まりを告げる決定的な事象が起こる。

 

「ガァァ!」

「……ようやく、ここまで」

 

 再生の限界。狼の悪魔の血が止まらなくなったのだ。地に膝をつくのは狼の悪魔であって、それを成したのはたった一人の、平凡極まる人間だった。

 

「うっそだろ……」

 

 背後からマサキの驚嘆の声が聞こえる。彼らは血塗れ無傷の早川アキの異常性を感じていた。だがそれ以上に惹かれていた。

 

 強い光は照らす者全てを惹きつける。悪を挫く勇者は運命の子で、希望の子。瓦礫の劇場の勇者はアキだ。

 マサキは今も剣を振るアキをただ茫然と見ていた。

 

「もう、終わりにしよう」

 

 アキは言った。理不尽を斬り裂き、凄惨を踏み締め、今やこの戦場を支配するに至った彼は、僅かに息を切らしながらも構える。

 

 狼の悪魔は完全に萎縮していた。恐怖していた。それもそうだ。今まで経験が無いほどに攻撃を避けられ、気づけば四肢を捥がれていた。何度再生して、何度殺そうと試みても決して死なず、当たらず、だが殺意だけは感じとれるほどに膨らんでいたのだ。

 

 なんだコイツは!?

 

 あるのは驚嘆と恐怖のみ。だが最後に残ったプライドだけが、逃亡を否定していた。劣等種の人間相手に逃げたとあれば、悪魔としてのプライドと狩人としての誇りが汚れるようだった。

 

 冷静とは言えない。だが逃亡というのは狙った獲物を生涯逃したことのない狼の悪魔にとっては耐え難い屈辱なのである。だから狼の悪魔は逃げることはしなかった。

 

「ガァァァァァァァァァア!!」

 

 刻まれる。刻まれる。血を噴き出し、孤高の王は惨めに血塗れであった。爪を斬られ、牙を折られ、6本の足は3本が刈り取られた。

 

 蒼の瞳に貫かれる。早川アキ。彼も彼とて余裕は無かった。体力も残りわずかで、剣はいつ折れてもおかしくはない。

 だが、その瞳は爛々と蒼く輝いていた。

 

 そして最後の居合。

 

 最後の剣戟は静かに━━━見合い、死合う。

 

 最後に狼の悪魔はその鉤爪で下の瓦礫を吹き飛ばし、アキを殺そうとした。対するアキは瓦礫に物怖じもせずに突撃し、這いつくばって避けた。

 

 そしてすぐさま立ち上がり距離を詰めて、更に振り上げようとしていた狼の悪魔の足を斬り裂いた。

 

 213回目の死を、乗り越えた。

 

 

「オオ、ァァァァアアア!!!」

 

 前足を刈り取るのと同時に、狼の悪魔は体勢を崩した。アキの目の前に首が置かれるように、その身を落とす。

 だからそれは条件反射だった。その首を視界に捉えた瞬間、アキの身体は沸騰するかのように湧き上がり、その一瞬の隙に行うべき最適の行動に動いた。

 

 力の限り、剣を振り上げ、その首に叩きつけたのだ。

 その剣は吸い込まれるように狼の悪魔の首に向かい━━━

 

「ガッ」

 

 ━━━━呆気なく狼の悪魔の首は斬り裂かれた。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 初めは理解が追いつかなかった。213回の死を経験し、殺戮の為だけに行動してきた彼にとって、この静寂は不気味だった。

 

 彼が今理解しているのは、狼の悪魔の首が二つとも切り取られたということのみ。彼は周りを警戒する。

 

 だが何も起こらない。奇襲はない。動くものもない。とりあえずアキは狼の悪魔の肉体に剣を突き立てた。

 

「は?」

 

 何も起こらない。剣を突き立てる。何も起こらない。剣を突き立てる。何も起こらない。延々と繰り返す試行。だが本当に何も起こらなかった。

 

「…あ」

 

 そして気づいた。狼の悪魔は既に事切れたことに。

 

「は…ははは…!」

 

 勝った。

 

「はははははははは!!!!」

 

 実感が湧くにつれて、アキの口角は段々と上がっていく。笑いが込み上げる。

 悪魔を殺した。自分の手で。それだけでこんなにも湧き上がる興奮。心臓がバクバクと鳴って、涙すら込み上げてくる。

 

「勝ったッ!! 俺の、勝ちだッ!!」

 

 勝ち誇るのは勝者の特権。敗者は何も語らない。ジャイアントキリングの達成感、生存競争に打ち勝った高揚感、殺し合いをした臨場感は全て、アキのみに与えられた。

 

 血と瓦礫の山でアキは喝采していた。

 

 

「なんつーやつだ」

 

 キイチロウを回収し、アキが戦うのをただ茫然と見ていたマサキは驚きを通り越して冷静だった。まさか一般人が狼の悪魔とかいう大物を殺すとは。

 

 いつもなら加勢していたであろう戦いに割って入ることはしなかった。実力不足とかではない。何故か、ただただアキに魅せられてしまったのだ。

 マサキは魅せられるのが好きでは無かった。自分が特別な存在ではないと思ってしまうから。マサキの特別性が歪んでしまうから。

 

 公安にいた頃に魅せられたかつての光景が脳裏に蘇る。かつての苦い記憶であるそれはマサキのコンプレックスだ。だがもう劣等感は抱かなくなっていた。

 どうやら、真に特別というものを見てしまったからであろう。

 

「討伐報告なんてモブいこと、普段ならぜってぇやらねぇんだけどな…」

 

 彼は携帯電話を手に取った。

 

 

「アキくん…」

 

 キイチロウもまた、魅せられた一人だ。遠目に映る早川アキが太陽に照らされ輝いて見えた。

 英雄。陳腐な言葉なれど、彼はキイチロウの英雄だった。

 

 たった一人で逆境を打ち負かし、己が生を掴み取ったその背は大きく見えたのだ。

 

 かつての後悔が脳裏を過ぎる。無惨に殺される家族、逃げることもせず固まっていた自分。何も出来なかった自分。

 俺が早川アキだったら、あの結末は変わっただろうか。あの日、何も出来ずにいた自分と、今日、何も出来ずにいた自分は何が違うのだろう。

 

 家族を見殺しにしたキイチロウと、少なくともキイチロウを守ったアキ。何か…何か、芯の部分で違うのだろう。

 

 キイチロウはふらふらと喝采をあげるアキの元へと歩く。光に寄せられる虫のように。

 限界だった。本当に恐ろしい悪魔にもう少しで捕食されてしまうところだったのだ。気絶してもおかしくない。

 だがこれだけは言おうと気力を振り絞って前に進む。

 

 血を踏み、瓦礫を登り、そしてアキの手前まで来て言う。

 

「ありがとう。本当に、ありがとう。悪魔を殺してくれて、俺を助けてくれて、感謝してもしきれない…」

「…第一志望、デビルハンターですから」

「そうなんだ、将来有望だね」

 

 キイチロウは涙ぐんだ声でアキに言う。

 アキはその涙を見て、感じるものがあったのだろう。ハッとキイチロウを見て、その正体を探る。

 

「おいおい、良いところ全部もってかれたな。なぁ、キイチロウくん?」

「そんなごとありまぜん…」

「おぉ…ガチ泣きかよ……」

 

 後からマサキもやって来た。特に傷は無いらしい。ループの初期に狼の悪魔に殺されたり、戦ったりしていたので、傷だらけのイメージであったが、今アキの目の前にいるのは傷という傷が見当たらないニヤニヤしている……否、安堵の笑みを浮かべているマサキだった。

 

 あぁ、そうか。俺は━━

 

 アキは突然、力が抜けたように倒れ伏す。晴天を見上げた。マサキとキイチロウが慌てて駆け寄るが、慌てなくても全く大丈夫である。

 

 アキは、彼らを見て笑う。そして狼の悪魔を殺してからもずっと握っていた剣を手放した。清々しい気持ちだった。殺して清々しくなれるのは悪魔だけだろう。その点に関してアキは感謝していた。

 

 悲痛な過去も、どうしようもない動機もない。正真正銘人類の敵。殺して清々しくなれるのはかえって長所だろう。

 

「母さん、父さん、タイヨウ……」

 

 見上げる天にいるのなら、見てただろうか。…褒めてくれるだろうか。認めてくれるだろうか。

 

 幸せと復讐、両立できるから……

 

「良い夢、見れそうだな」

 

 俺は心配しなくて良いよと、今はただそれだけを伝えたい。

 

 

 





原作開始前はこれにて終了です。あとは2話くらい補足して、その後に原作期へと突入します!

 「アキとダインロットの関係提示、アキの過去の克服」という課題をこなした今章。ダインロットという存在がいかにアキの中を占めるのかということを表したかったのです。アキ君はこれから悪夢を見ることはないでしょう。悪魔を自力でぶち殺したのでね!かわいいね。

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 次も、もうすぐレゼ編来るので現代編を進めていこうと思います!
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