アキの死体は残らない   作:アーチマン

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原作期
最強のデビルハンター


 

 

 

 鬱々とした空模様。曇天が暗い街中を覆っていた。そんな街の中には巨大な屍があった。

 茶色い甲殻に6本の腕。15mはあろうかという体躯。見る限り人型を保つその骸は『ゴキブリの悪魔』。

 

 その上に立っているのは男と女。

 

「死んだか」

「いやー、相変わらずだねアキ君。全然私の出番無いじゃん」

「そんなの、無い方が良いですよ。支援だけでも十分有り難いです」

「ひえー、余裕だね」

 

 血が滴る刀を振って血を落とし、鞘に収める早川アキ。そんな彼に笑いながら話しかけるのは姫野。彼らは公安の依頼によって千葉に足を運んでいた。

 

 討伐対象は『ゴキブリの悪魔』。本来なら隊一つ分の戦力が必要な相手である。それを二人……否、実質的にはたった一人で討伐してみせた彼、早川アキは小さく呟く。

 

「159回か…」

「ん? なんか言ったーアキ君?」

「いえ、何も無いです。肉片もないようですし、早いところ帰りましょう」

「そうだね。…ねぇアキ君! 帰ったらさ、焼肉行こうよ〜」

「えぇ…まあ、良いですよ」

「やった!」

 

 そう言って姫野は足取り軽く歩く。それにアキも続く。曇天は遥か遠くまで続き、アキの心はどんよりとしたままだ。戦闘の余熱が収まらない。この世から悪魔を一匹殺せた幸福と悪魔が蔓延るこの世の理不尽を感じて気持ちが悪い。

 

 やったね、という脳裏に響く脳天気な声に早川アキはため息をつく。彼の力で強化されてのリトライ159回。まだまだ道は長い。

 

 コツコツと靴を鳴らす。早川アキは21歳になっていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 アキが21歳ということは、それはつまり狼の悪魔の事件より6年後ということだ。その間の出来事を簡単にまとめると、まず3年前、高校を卒業したアキは真っ先に公安の門をくぐった。

 

 すると少しの研修でデビルハンターになった。これは酷い。だが都合がいい。戸籍は多少調べられたが、悪魔災害による新戸籍と知れば大概のチェックはパスされる。

 それにアキは貴重なデビルハンター志望。手厚く保護された。

 

 まずは京都の公安対魔1課に送られた。何故なら公安最強の岸辺隊長の手解きを受けさせるのと、『狐の悪魔』との契約の機会を設けるためだ。

 アキはそれを難なく終え、『狐の悪魔』を振り、そして後にアキが『姫野先輩』と呼ぶ人間とバディを組んだ。

 

 そこからは原作までの予行期間である。ダインロットは高校の間も少しだけ()()()ように悪魔を嗾しかけてアキを特訓させたが、デビルハンターになったのなら遠慮はいらなかった。

 

 そうして過ごす内に同期が一人死んだ。アキは一度自殺を図ったがダインロットは断腸の思いでセーブポイントを自殺の直前にした。そもそも『死に戻り』したところでアキの都合が付かないから誰かは死ぬ。避けられない運命だったのだ。

 

 だがそこからのアキはもう怒涛の勢いだった。というのも自分の任務をこなしつつ他人の依頼にも付き纏ったのだ。ダインロットとしてはデスループの経験値が増えるから良かったものの、アキの精神がかなり歪んでいるのは理解していた。

 まあ、元々アキには死に狂ってもらう予定だったので結果オーライです。ダインロットはそう思った。

 

 そんな生活を3年続けた。公安対魔1課の生存率は驚異の60%を超え、早川アキという存在の評価は岸辺隊長を追い抜き、『最強のデビルハンター』の称号を欲しいがままにしていた。

 

 そしてマキマからスカウトを受けた。原作というやつが始まるらしい。

 

 

 

「彼の名前は早川アキ。デンジ君より三年先輩」

 

 公安の建物に二人の男が並んでいる。死んだ顔をしているのは早川アキで、困惑しながらアキを見ているのがデンジである。彼らの間にはあまりにも気まずい空気が流れていた。

 

 それをアキの左目を通してダインロットが見ていた。どうやらこの金髪の、いかにも不良な男が少年ジャンプ+という刊行で屈指の人気を誇るらしい『チェンソーマン』の主人公のようだ。

 掲示板曰く、『最もイカれた男』。そう聞かされてきたものだからどんな化け物かと戦々恐々してみれば、普通の男であった。

 

「今日は早川君について行きな」

「…俺マキマさんと一緒に仕事すんじゃないすか?」

「…マキマさんは忙しいんだ。新人教育をしてるような暇は無い」

 

 アキがそう言う。どうやらデンジに味方はいないらしい。

 

「とりあえずお前は俺と見回りだ。ほら行くぞ」

「ヤダー! マキマさぁーん!!」

 

 アキがデンジの襟を引っ張り引きずる。アキもデンジのことが好きじゃなさそうである。

 

 ダインロットの500年の集大成は全てこの日からのためにある。それはダインロットも承知の上だし、なんだかんだ言って掲示板に従ってきた手前、覆そうとも思っていない。だが…これは、果たして大丈夫なのだろうか?

 

 主人公らしからぬ主人公。アキと相性は悪そうで、どうやらここからさらにもう一人問題児が来るらしい。目標は救済。対象は大体全員。筋書きのエンドロールはハッピーで〆る。

 なるほどね。ダインロットはひっそりと、しかし深いため息をついた。

 

 ゲームしよ…

 

 

 

 ダインロットがゲームに熱中していたら、日は傾き、山の向こうへと消えていくところであった。そんな時に玄関が開かれる。アキが帰ってきたのだ。ダインロットは聞いた。

 

「どうだった? あの金髪の人間」

「どうも…こうも……アイツ、見た事ないタイプのクソ野郎だぞ…」

 

 アキは憂鬱そうにこちらを見て、ゲームをしているダインロットに眉を顰めた。そして何か考え込んだが、それももうどうでも良いとばかりにダインロットに向けて言った。

 

「お前の言った通り、一緒に住むことになった」

「へー…」

「世話頼んだ」

「ん? 今日?」

「おー! ひろォー! たけェー!」

「は?」

 

 ダインロットが突然放たれたアキの言葉を吟味しようとしていると、アキの後ろから金髪の男が出てきた。ダインロットの心臓が跳ね上がる。ソイツは何を隠そう主人公だったのだ。

 どうしてお前がここにいる。掲示板の情報だと主人公がデビルハンターになってから数日後に早川家に来るはずだ。

 

 ダインロットは掲示板に主人公が早川家に来たことを伝える。すると掲示板には『あ、初日だったかも、ごめーん』ときた。彼は殺意を覚えた。

 

「コイツは同居人の…ダインだ。お前、この家のことはコイツに聞け。大体やってくれる」

「おう、よろしくなあ!! ちびっ子!!」

「ちょっ! ごめんって! ダラダラしてたの謝るから! 洗濯物もさ!? 今入れようと思ってたんだほんとだよ!?」

 

 ダインロットはアキの冷たい目線を見て彼の怒りを察した。流石にアキが仕事をしているというのにゲーム漬けというのは頂けなかった。それも目に見える形でアキに見せるのは愚行であった。

 

 崩されることのない安寧が今瓦解しようとしていた。ダインロットはコミュニケーション能力に難がある。初対面の人間との生活なんて彼からしたら地獄そのもの。にぱーっと幼くはにかむデンジを見てダインロットは声にならない悲鳴をあげた。

 

 アキはそれを一瞥したのち、してやったりと笑って買い物へと逃げた。

 

 

 

「ここがトイレ」

「おう」

「ここが風呂」

「おお!」

「終わり」

「えェー…」

 

 デンジに色々と教えていたダインロットだが、そもそも教えることがないことに気づいた。このアパートの部屋はそもそも一人用である。まともな部屋も二つあるかというほどで、要は狭い。

 

 トイレと風呂を教えて、それであとはどうするのが良いのか。彼はウンウンと唸る。そうしていると、デンジが話しかけてきた。

 

「なあ、チビってアイツの弟?」

「は、はぁ!? 弟!? どちらかと言えば兄なんだが!?」

「でもだってお前ちっちぇし」

「それは……そうだけど」

 

 ダインロットは基本子供の姿をしている。狭い部屋においてはそうすることで少しでもスペースを空けるという意義もあるが、大人の姿をとれない理由は他にある。

 

 それは簡単に言えば存在感である。大人の姿は全盛の姿。己の権能を完全に取り戻した際の状態である。そんな姿をとりでもしたら並みの悪魔にもダインロットの存在が知れ渡る。それは彼の望むことではなかった。

 

 葛藤するダインロット。どうせ一緒に住むにあたり、その辺りの認識は擦り合わせなければならない。だがアキのいない中で決めても良いのかという不安があった。

 

「なぁ、俺はァここに住んで良いのかよ」

「……大丈夫だよ。狭いけど元々3人くらい生活できるような部屋だし」

 

 元々アキに、金髪の男の新人の住まいの話が出たらマキマに何を言われようが一緒に住むように仕向けろと言ったのはダインロットである。どうやら妨害は特に無かったそうだが、言った責任がある。あるというか、そうしないとアキに変な疑いを持たれてしまう。

 

 なんだかんだ10年以上を共に過ごしてきたが、彼らの関係はかなりストイックなのである。

 

 おそらくダインロットに気を遣っていた金髪の青年デンジはそれを聞いて、握った拳を振り上げる。

 

「ヨシッ! んなら今日から俺のサイキョー夢生活が始まるぜェ!!」

「おお…がんばれー」

 

 洗濯機の前で拳をあげているデンジと拍手するダインロットであった。しかし楽観視しているダインロットは気づかなかった。この生活は地獄の始まりだと言うことに。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「いちごジャム梅ジャムオレンジジャムにぃ〜〜」

「……」

「バターと蜂蜜ぅ〜あと…」

「…ちょっと良い?」

「んだよ。俺ァ今最強のパン作ってんだ。後にしてくれ」

「控えめに言って文化的最低限度を更新してる」

「あぁ〜〜? 何言ってっか全然わかんねー」

 

 デンジの対面に座るダインロット。彼はもう生気のない顔をしていた。彼は前世今世合わせて初めての、お世話を通り越して「介護」という体験をしていた。

 

 風呂の使い方が分からない。トイレを汚す。服は脱ぎっぱなしで、皿も片付けない。色々なものを触って壊しかけるし、世話をしているのはダインロットだ。

 

 ダインロットは悪魔である。超高位のだ。当然誰かをお世話なんてほとんどしたことがないし、これほどまでにくだらない雑事をさせてくる人間はこの500年通してデンジで三人目なのだ。そんな彼のフラストレーションは最高潮に達していた。

 

「なんでジャムを塗るだけで机がこれだけ汚れる!?」

「あー…あとで綺麗にしてやるよ」

「しないだろ!? どうせっ! しないだろ!?」

「別に机が使えなくなるわけじゃねえんだし、俺ァ使えるぜ」

「ジャムはパンに塗るものなんだよ…ジャム塗れにするなら机でも食ってろ!!」

「何言ってんだ机は食えねえだろ」

「……わァ…ァ…!」

 

 ダインロットは考えることを止めた。常識が無く、知識もないデンジには何を言っても効果はない。皮肉も通じない。ダインロットは呻きながら食パンに齧り付く。

 

 それを側から見ていたアキはため息をついた。応援虚しく、ダインロットが諦めてしまった。早川家の安寧は終わりだ。これからデンジというストレッサーを抱えながらの生活になるのだと考えると頭が痛かった。

 

 そんな折、携帯が鳴る。どうやら悪魔が出たようだ。不謹慎だがアキは内心喜ぶ。そして彼は狭い部屋にデンジといるストレスから逃れるためにいそいそと支度を始めた。

 

 

 

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