「練馬区住宅内に『魔人』発生。現在民間人の避難と現場の封鎖は完了しています」
そう電話口から話したのはアキがデビルハンターになってからの知り合いの警察官だった。寡黙な人で実直な男だった。現場入りをしたアキとデンジを出迎えたのはパトカーと警官数名。それから規制線の蛍光色だ。
「早川さん。お疲れ様です。隣の人は新人?」
あたりの警官からは好意の目線を向けられる。ここらの地区の警官達とアキは既に全員と顔合わせを済ませた後である。デンジは面白くなさそうに顔を顰めた。
「人の死体を乗っ取った悪魔…それが魔人だ」
「ふ〜ん。え…あぁ、じゃあオレ魔人じゃね?」
「違う。魔人は頭の形状が特徴的だ」
薄暗い民家を登る。静寂を裂くように躊躇なく二人は悪魔のいる部屋へと足を向けた。部屋には魔人がいた。
「魔人の人格は悪魔だ。今回はお前が殺せ。悪魔になって力を使ってみろ。それで使えるモンかどうか判断する」
「見るな殺すぞ殺すぞ殺すぞデビルハンター共が!」
瞬間、デンジは手に持った斧で魔人の首を刈り取った。ゴトリと頭が床に打ち付けられた音が鳴って、場に静寂が戻る。
ただアキだけがデンジを懐疑的な目で見る。
「おい、なんで悪魔の力使わなかった?」
「あ〜…俺の力使ってで悪魔殺すとよぉ…すっげぇ痛そうなんだわ。だから〜あ〜俺もコイツみてえな魔人になってたかもしれねえからな。それでなんか楽に殺して…やりたくて……」
「…」
その言葉を聞いて、アキは顔を顰めた。デンジの発した言葉はあまりにも軽いし甘い。一々悪魔全員に情けをかけるなど正気の沙汰では無いのである。
悪魔に情けをかけた新人が腕だけになっていた時があった。
悪魔と対話を試みた奴が騙されて殺されるのを見た。
巻き戻る力が無ければ彼らは、そしてその知り合い、親族は後悔の中を彷徨っていたはずだ。
悪魔は、人類の敵だ。例えそれを覆す存在がいたとしても決して塗り替えることのできないものなのである。
アキはデンジを窓に叩きつける。そして言った。
「俺の家族は悪魔に殺された」
「…」
「俺の同僚だって何人も死んでる。日本には悪魔被害者が山のようにいるんだ。そいつらのことを考えても、悪魔とは仲良くなれると思うか?」
さも問いかけるようにデンジへと畳み掛けるアキの言葉には、隠しきれない憎悪があった。だが投げやりな言葉では無い。それにはどこか含むものがあった。
デンジはアキの言葉を聞いて表情を変えるわけでも無く、ただ淡々と言う。
「そりゃ…仲良くなれるならなりてえよ。……俺友達いねぇもん」
「…その言葉、忘れんなよ」
アキはそう言い放った後、デンジを置いて部屋を後にした。アキの内心ではデンジに対する失望と嫉妬があった。なんでもないように悪魔と仲良くなろうとする彼に一種の憧憬すら抱く。
中途半端な俺とは違う。
彼の中には悪魔を根絶やしにしたいと願う始まりの憎しみと悪魔と分かり合いたいという情があった。チラリと脳裏によぎるのは角を生やした少年の姿。
「俺にはもう…」
銃の悪魔を殺し、幸せになる。幸せになるために、銃の悪魔を殺す。幸せのカタチとはなんだろうか。早川アキの根底に残る幸せの残滓とは。
それは家族だ。幸せの中にはいつも家族がいた。不幸の中に家族はいなかった。家族も同然な奴はいたが、それでも彼は不幸だったのだろう。
「アイツしか残ってないのに…」
アイツとは、ダインロットのことである。彼のことを大事にするというのなら、アキは致命的に間違えている。そしてそれをアキは自覚している。
ダインロットとは悪魔である。そしてアキのそばに居て、寂しさと悲しみを和らげてくれた唯一の存在。だが悪魔は殺さなくてはならない。それが根源で、ここはそのために歩んできた道なのだ。
だがダインロットこそ、彼に残された最後の幸せの残滓であり、縋るものなのだ。縋る相手がいるからここまで来れた。死に物狂いで駆け上がってきたのだ。
つまるところ、早川アキは、ダインロットのために「悪魔と仲良くなりたい」と…口が裂けても言えない言葉を言いたかったのだ。
デンジの言葉がアキの頭の中で反芻する。何も考えていないような惚け顔が思い浮かぶ。なんでアイツみたいな奴が、俺が欲しいものを持っているんだと、そうデンジに対して理不尽な怒りを抱く。
6年前に願い、決めた二つの道。それは銃の悪魔を殺すことと人並みの幸せを掴むこと。だがそれは相反する願いだ。片方に傾倒するほど、もう片方が朽ちていく。
イラついたように舌打ちをする。願いに板挟みにされ苦しささえある。彼の背負った強欲は彼を確実に蝕んでいた。
☆☆☆
ところ変わって、アキとデンジは公安にいた。今は直属上司のマキマから話を受けている最中だった。
話はつまり、デンジのバディについてだ。デビルハンターとしてやっていく手前、バディは必須だ。一人と二人ではやれることが全く異なってくるからだ。
生存率にも直結するそれは、本来なら慎重に決めなければならないものなのだが、今回はアキが決めることにした。
目には目を、歯には歯を、リスクにはリスクを。といっても、公安対魔特異4課には余っている人材がすでにいない。よって付けられる人材は自ずと決まっていた。
「おうおう! ひれ伏せ人間! ワシの名はパワー!! バディとやらはウヌか?」
「パワー!? 名前パワー!? つーか魔人なの!? 魔人がデビルハンターなんてやってもいいのか! …まあいいか! よろしくなァ!!」
「…」
パワーの力が溢れんばかりの挨拶をデンジは軽く流す。
そしてそんなパワーの胸を凝視しながら興奮するデンジを横目にアキはひっそりと息を吐く。どうやら彼らは上手くやれそうだ。馬鹿とバカを合わせる発想をした自分を褒めてやりたいくらいだと内心ドヤる。
パワー。公安対魔特異4課に所属している血の魔人。例に漏れず頭がおかしく、だが理性が高いため特異課に配属されたバカである。
魔人とはいえやはり悪魔。一般人とは感性が違う。デビルハンターとして、誰かの背中を預けるバディにするのには抵抗があったが……デンジも常識が無いという点では悪魔と遜色が無いとアキが判断したため、とりあえずデンジと組ませることにしたのだ。
それに、アキとしては悪魔と仲良くなりたいと平気で言えるデンジに対する確認と警告の意味合いもある。だがしかし、もしもデンジがパワーと仲良くなれるのならば、それもアキの望むところなのだ。
「まあ、仲良くやれよ」
アキはそう言って漲っているデンジを視線から外した。
「はぁ…」
「どーしたのアキ君。ため息は幸せが逃げちゃうぞー?」
場所は打って変わってとある小さな商業ビルの4階。車で溢れた道路を見渡せるガラス張りの窓の近くのベンチに彼らはいた。
ため息をつく早川アキを軽く労るように声をかけるのは姫野という女性だ。彼女はタバコを口に咥えたままアキの隣に座った。艶めかしく、そして無邪気な笑顔でタバコを味わう。
アキはそれを横目にことの顛末を話し始めた。
「ふーん、マキマ直々の魔人モドキかぁ〜。こりゃ相当な事が起きてそうだね。しかもその新人、ウチら預かりでしょ?」
「それは、別に問題じゃないですよ。使えるんならすり潰すまで使い続ける。価値があればそれも苦じゃ無い。…けどアイツには常識がない。こないだも、なれるなら悪魔と友達になりたいと言ってたんです。正直言ってイカれてる」
アキが吐露した言葉は全て本心だ。銃の悪魔を殺すために使えるのなら、どんなデメリットでも受け入れる。だが今の彼から見て、デンジという青年はあまりにも
経験も、動機も、覚悟も、恨みも。
それはデビルハンターにとっては致命的だ。自分の芯から溢れ出るレベルの、魂からの衝動無くして悪魔なんて殺せない。そういう奴は大抵死ぬ。デビルハンターなんて大体が死ぬが、その中でも早くに死ぬ。
そういう奴はアキにとって目障りでしか無かった。ただただ早川アキの精神を潰すために死んでいく。不可逆を塗り替える凄まじい権能を貸し出されているアキでさえも、全ては救えない。
「……優しいね〜アキ君は。私なら何も感じないと思うけどな〜……ウチらより早く死んでいく新人なんて珍しくないからね」
「……」
「まっ! 最強無敵なアキ君がいればそんなことにはならないだろうけどさ…」
姫野はそう言ってタバコで白く濁った息を吐く。そして先ほどまでの軽い笑顔を消し、真剣な顔をして言った。
「ウチらもちっぽけな人間だから……アキ君も背負いすぎないようにね」
そして姫野はかつてのなごりを思い出しながら、くしゃりと元気よく笑う。
姫野は知っている。公安関係者からは怪物扱いされているこの青年は、実は弱いのだと。
初めて出会ったとき、アキが彼女の弱さに寄り添ったこと。初めてできた後輩が死んだとき、アキが一人で泣いていたこと。後輩ができるたびに、アキは現場についていき、いつも死に物狂いで助けていたこと。
それは弱きを知らない強者にはできないことだ。デビルハンターはみんな、生き残ればいつかは
しかし、だからこそ寄り添えない。曲がってしまったものは、元には戻らないのだ。
もう悲しむ涙も枯れてしまった姫野を支えてくれた彼は、誰よりも傷ついてきた。誰よりも悪魔を殺してきたアキは、誰よりも弱いのだ。
「そんな深刻な話じゃないですよ」
そう言って早川アキはタバコを吸う。そしてそんな彼を姫野は愛おしく思う。基本、自分と公安のことしか考えない公安デビルハンターと違って、彼はデビルハンターではなく、真剣に
元最強のデビルハンター曰く、イカれてる奴ほどデビルハンターをやれるという。だがどうだろう。デビルハンターとして3年という年月を生き残ってきたアキが未だに正常なのは、
とはいうが、それはきっと姫野の都合の良い妄想だ。正常なものは正常なだけなのだ。きっと、デビルハンターで涙を流せるのは早川アキだけだろう。
だがそれは、早川アキに死んでほしくないと思っている彼女からしても好都合だった。いつか彼女に終わりが訪れるその時、彼が涙を流してくれるのならば、それほど幸せなことはないだろうから。
「ふぅ……まあ、愚痴もこの辺にしときます。まあそれで、予定通りに行くなら、次の部隊行動からは新人1人と魔人が入るのでそこらへんお願いしときます」
「え〜。血の魔人かぁ……ま、寝首かかれないように気をつけるね!」
姫野はそう言って軽やかに笑う。それは絶望していた過去の自分が…笑うことができなかった自分が、彼から貰ったものを誇るためになのだ。
「ヨシっ! 休憩終わり! 見回り行こー」
「そうっすね。行きましょうか」
そして二人は立ち上がり、見回りを再開した。