アキの死体は残らない   作:アーチマン

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「血」と「チェンソー」と「因果」の画策

 

 

 

 胸を揉みたいと言っている場合では無いのかもしれない。

 

 デンジは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のクソ悪魔をクソ先輩に押し付けてマキマさんとランデブーせねばと決意した。デンジには仕事が分からぬ。彼は孤児である。日頃ペットのポチタとサバイバルをしていた。だが自分の不都合には人一倍敏感であった。

 

 彼は、自分が今、明らかにピンチを迎えていることは理解していた。空を流れる雲をぼんやりと見ては、喉の渇きを感じて自販機を探した。

 

 クソ悪魔たる魔人パワーは探し当てた自販機に展示されている飲み物をジッと眺めていた。薄暗く、自販機の蛍光の光がぼんやりと辺りを照らしていた。デンジは先ほどの気持ちを忘れて早川アキに持たされた財布を取り出した。

 

「ジュース飲めるなんてよお。俺にとっちゃ夢みたいなことだぜ」

 

 かつてのデンジのサバイバルは常に極限の最中であった。だが、柔らかいものに手当たり次第噛みついていたあの頃とはオサラバなのだ。デンジは自販機から吐き出された缶の冷たさに文明を感じていた。

 

 ふと、横にいるクソみたいな悪魔を見る。気づけばパワーは猫と戯れていた。大体、今のデンジの憂鬱は全てこの悪魔から始まったものだ。何故その元凶たる悪魔がのほほんと猫と戯れているのか。

 

 そうチラリと思う。そんな折、二人の空間に一人の異物が混じる。

 

「…お! デンジじゃん」

「お前は…えーっと、早川パイセンとこの…」

 

 現れたのは早川家にいた推定アキの弟、ダインロットだった。暖かい今日のためか、いつも着ているパーカーではなく白い半袖のシャツを着ていた。

 

 デンジは突然の再会に困惑し、パワーはチラリと観察する。ダインロットを弱いやつだと判断したパワーは早速絡み出した。

 

「あぁ〜? 人間ー! ワシは今やむなき事情で機嫌が悪い! 早くどこかに行け!!」

「あー、待てよ。コイツはアレだ。早川んとこの弟だ」

「…なんじゃ! この弱そうな奴がか! 全然似ておらんな!」

 

 あれだけ互いに不干渉を貫いて気まずい空気が流れていたデンジとパワーは、気づけば並んでダインロットをジロジロと不躾な目で見ていた。

 とはいえ、デンジからしてみればダインロットは同居人で、デンジよりも小さい。そのためデンジはこれでも気を使っていた。

 

 普段ならあまり気にしないかもしれないが、今のデンジはポチタと融合して小さなものにセンチメンタルだった。

 

「ってか、早川弟。お前ガッコーじゃねえのか?」

「学校? 行ってないよ」

「ほーん…」

 

 デンジは少し目の前の少年と馴れ合いたいと思った。だがそんなデンジの視線を感じたのか、続けてダインロットは言う。

 

「僕はこれでも日本の中学は出てる」

「…へェーーー」

 

 デンジはやっぱり馴れ合いたくないと思った。

 心なしかダインロットは胸を張っていた。常識的に考えて胸を張れるようなことではなかったが、それを指摘できる者は今この場にはいなかった。

 

 それを聞いていたパワーが騒ぐ。

 

「なんじゃウヌら、中学ごときで騒いでおるのか。ワシは大学を支配しておるぞ。とびきりでかいところをなッ!!!」

「へェーー、魔人もでけえ大学通え…ん…」

 

 デンジはめんどくさくなってぼーっとした返事をした。がしかし、目の前には早川弟。一応部外者である。そして一応血の魔人であるパワーが目の前にいる。

 

 つーッと冷や汗が流れる。何も早川弟に関して何か思ったわけでは無い。ただ一応一般人であるこの少年と問題児パワーをぶつけてマキマに怒られることをデンジは危惧したのだ。

 

 とりあえずデンジは早川弟を追い払うことにした。

 

「ま、なんでここにいんのかは知らねぇがさっさと帰んな。俺ら今仕事中だからな!」

「ほぅ…なるほど。公安デビルハンターの仕事ね。悪魔とか狩るの?」

「! さっきワシはこれでもかという大きな悪魔をぶち殺したぞ! どうじゃぁ。すごいじゃろ!」

 

 ナマコの悪魔を過剰に表現するパワー。彼女のプライドの高さと虚言癖は今に始まった事ではない。デンジは少し文句を付けたくなったが、これ以上の早川弟とパワーの接触は危険だと判断したのでその軽い口を閉ざした。

 

 そんな中、ポツリと早川弟は言った。

 

「アキはビル3階程度の大きさの悪魔なら余裕だけどね」

「……なんじゃ、その程度か。ワシは100階はあるビルくらいの悪魔なら倒したこともあるんじゃが」

「あはは、銃の悪魔以外でそんな大きな悪魔現れたこと、ここ最近なかったはずだよ。数年前に台風の悪魔が現れたのが最後だったかな……パワーは何の悪魔を殺したの?」

「…は? 殺しとらんが? 何を言ってるんじゃコイツは」

 

 どうやらパワーの記憶から先ほどの会話はシャットアウトされたようだ。ダインロットも側にいたデンジも呆れる。デンジに至っては先ほども同じように虚言を吐かれてマキマの前で醜態を晒してしまったのだ。苦い記憶に顔をしかめる。

 

 だがそんな雰囲気にお構いなしだとパワーは二人に捲し立てるように言った。

 

「人間はキライじゃ! ワシの賢さを何も理解できておらん。ワシほど優れた悪魔なぞいないんじゃぁ! ウヌらはそれが分かっておらん!」

「ケッ、そうかよ。なら悪魔と仲良くつるんどけよ」

「悪魔もキライじゃ。頭ワルイし、ワシは悪魔に飼ってたニャーコを連れ去られたからの」

「ニャーコ?」

 

 パワーは胸元に抱く猫をギュッと抱きしめる。そんなパワーを見てデンジはポチタを思い出した。猫の話なら絶対共感なんてできないが、犬の話題だけなら分かり合える。どちらもペットなので二人は似て者同士だった。

 

 そしてそれをあまり理解できないのはこの場にただ一匹だけ。

 

「ニャーコって猫のこと? 僕は言葉を喋ってくれない動物に興味でないな。デンジは興味ある?」

「おお、ちょー興味ねえ」

「……ワシが仲良くできるのは猫だけじゃ」

 

 二人の問答が聞こえていないかのようにパワーは猫の顔を揉む。顔は俯き、二人には見えなかった。だがパワーの声ははっきりと沈んでいた。悲しいらしい。

 

「ワシはニャーコを取り戻したい。取り戻す前にマキマに捕まってしまったのじゃが、諦めきれん。もう殺されてるかもしれんが、諦めきれんのじゃ」

「ワシは悪魔からニャーコさえ取り戻せるのなら人間の味方でも何でもしてやる! 猫如きにとウヌらにはわからぬ感情じゃろうがな」

 

 流し目。それは胸元の猫だけに向けられていた。パワーは吐露した感情を素知らぬ顔で二人に押し付けていた。まるで告解のような面持ちでもあったが、二人には通じなかった。

 

「猫ォ? くっだらねぇな〜。俺は胸揉めるっつー事なら何でもできるけどよ」

「猫を大切なものにするのって、なんか寂しくないかな? 一人の時会話もできないし…」

「やはり人間とは分かり合えぬのお」

 

 歯に衣着せるということを知らない二人の直情的な感想がパワーに殺到する。パワーは人間の愚かさを嘆き、自身の身の上を嘆いた。お得意の虚言癖もプライドの高さも、今は軒並み休憩中らしい。

 

「んー、あ〜でも犬だったらまだ分かるかもな…」

「犬を大切なものにするのって、なんか寂しくないかな?」

「……ニャーコを悪魔から取り戻してくれたら胸を揉ませてやるといったらどうする?」

 

 瞬間、世界が止まった。

 否、止まっているのはデンジのみ。アホヅラのまま彼はポーズを保った。デンジに矛先を変えていたダインロットもデンジの突然の停止には驚き、困惑していた。

 

 デンジは目を瞑る。考える。胸を揉む方法…胸を揉ませてくれる……なんで今まで胸を揉んだことがなかったのか……胸を揉むのに邪魔なのは……そう、悪魔だ。

 

 デンジは歯を食いしばる。それはさも義憤に駆られた漢のようだった。

 

「……悪魔がよぉ!」

「おお」

「猫をよお!! さらうなんてよオ!!」

「おお!?」

 

 まるで人を殺しそうな怒りの形相でデンジはパワーの胸ぐらを掴む。そして言った。

 

「んな事ぁ許せねえよなあ!?」

「おお!!」

「デビルハンターとして許せねえ!!」

「おお!!」

 

 凄み、怒り、下心。凄みと怒りは搾りかすで、下心は心の十割。しかし、そんな彼は恥ずかしげもなく宣言した。

 

「そん悪魔、俺がぶっ殺してやるぜ!!」

 

 パワーは驚いた。ダインロットは引いた。最強に昂っているデンジを見て、ダインロットは彼が主人公であることに疑問を抱いた。恐ろしいことに、彼は主人公だった。

 

 橋下の自動販売機はまるでスポットライトのように辺りを照らし、デンジを後押しするかのように輝く。とりあえずダインロットは帰ろうと思った。

 

 そうして無言で後ろに振り返ると、パワーが肩を掴んできた。そして言う。

 

「ウヌももちろん来るじゃろう?」

「あ、結構です」

「なぜじゃ!」

「僕には報酬ないし…」

 

 ダインロットはわざとらしく凹んだ様子を見せる。するとパワーは鬱陶しそうな顔で言った。

 

「ならばウヌにも特別に、ワシの胸を揉む権利をやろう」

「いりません…」

「駄目だぜパワー。コイツまだ小せぇんだからあぶねーことさせたら早川兄が怒っちまう。ってか、一般人巻き込んだらマキマさんに怒られるかもしれねぇ。それはやだね」

「…まあ、良いか。この人間で十分じゃろう」

 

 パワーは飄々とそう言った。だが内心人間のチョロさと自身の頭の良さに笑いが止まらなかった。パワーの人生で最も頭が良かったのはこの瞬間だろう。

 

「じゃあ僕帰るね」

 

 ダインロットはそんな胸を夢想するデンジとニャーコのために悪巧みしているパワーを見て、どこか安心したかのように去っていった。後に残るのは少しの沈黙だけだった。

 

 だがそんなとき、デンジはふと思った。

 

「ん? アイツジュース買いにきたんじゃねぇのか?」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 雑多の中を歩く。そこそこの高さのビルに沿って、どこへ行くでもなくただ歩くのはダインロットだった。

 

「コウモリの展開に支障無し。まあなるようになるでしょ」

 

 彼はそう呟くと後々の物語を夢想する。コウモリ、永遠、襲撃、爆弾、刺客、闇、支配。目標は原作救済。しかし、要は大局が変わらなければ何をしても良いのだ。あらゆる事象の主たる彼にとってもはや救済は些事である。

 

 正直なところ、救済は楽だ。登場人物が死ぬたびに死を無かったことにして隔離し、原作期が終わったと同時に解放すればそれでハッピーエンドだ。

 

 だが彼は転生者という異物であると同時に、紛れもなくこの世界の住人なのだ。喜怒哀楽を世界と共有できる者である。であればそんな救済はツマラナイ。

 

 面白い人生を生きたいと願うのは万人共通の原理である。出来の悪いハッピーエンドは重みがないし、何より白けてしまう。理由もなく過程を飛ばして結果を得られる彼の権能だからこそ、救済はツマラナイのだ。

 

 幸い彼には全世界転生掲示板がある。物語はいつでもそこで聞き出せるし、どんなに面白いことが待ち受けているのかなんて丸わかりだ。昔こそ『未来予知』に近い能力が使えたが……もはや必要もない。

 

 己が人生。これは紙に書かれた物語ではない。架空は現実へと成り下がった。そしてこの世を謳歌する。それがここに生まれた因果の悪魔の目標だった。

 

 超越者ダインロット。彼はとりあえず、今いる『チェンソーマン』世界で「因果の悪魔編」を作ろうと画策していた。どの章の後にいれるか、未定。内容、未定。だがワクワクする。それだけでいい。

 

 決して原作に出てきた闇の悪魔に対抗しているわけではないが、闇の悪魔より格の高い感じの演出ができたらと考えている。決して闇の悪魔に対抗しているわけではない。そうして原作に馴染ませることで、己の存在証明をするのだ。

 

 何故か?陰でコソコソするのはとてもつまらないからだよ。アキに影から力を貸すのも良いけど、原作キャラ全員に本当の自分を知覚されないというのは不服だ。

 

 これは、悪魔としての本能かもしれない。何か、己の胸の奥から溢れてくるのだ。全てを畏怖させよ、恐怖させよという号令が。

 

 今は全く従ってないけど、ただ…ガス抜きは大事だよねって話。

 

 

 

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