アキの死体は残らない   作:アーチマン

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ワンワンにゃんにゃんオブ家族

 

 

 

 その一報が届いたのは、アキが姫野と公安内でタバコを吸っていたときだった。

 

『蝙蝠の悪魔とチェンソーの悪魔が接敵』

 

 二人は瞬時に意識を切り替える。公安にいた彼らは、隊としての教育していた二人の新人、東山コベニと荒井ヒロカズを引き連れて建物を出た。

 

「チェンソー…。あの新人か。今日は血の魔人と一緒のはずなんだが…」

「たしかにおかしいね」

「あ、あの…私たち、今から戦ったりするんでしょうか…」

 

 そう問いかけるのは東山コベニだった。見るだけで臆病だと分かるその目つきや顔。怯えた態度はデビルハンターに向いていないとアキは思っているが、公安対魔特異4課に配属されたということはそれなりに期待の新人の可能性がある。

 

 なぜこんな人材が…。そうアキは思うが、アキの人材の恵まれなさはいつも通りなのでそれほど思考を乱されることではなかった。期待の新人だろうとなかろうと、やるべきことは変わらない。

 

「いや、今回、お前達の出番はない。俺がやる」

「ひゅー! アキ君カッコいー!」

 

 隣で姫野が茶化すが、別に冗談でもなんでもなかった。そしてそれは姫野もわかっていた。もはやこの一連の流れは特異4課のお約束になっていた。やっているのは二人だけだが。

 

「準備できたな? なら早く行くぞ」

「は、はい!」

 

 荒井ヒロカズが元気でガチガチな返事をする。アキはそれを聞いて少し不安になったが、とりあえず始めることにした。

 

「公安対魔特異4課。行動開始」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「胸揉む前に死ねっかよ……!」

「くだらな〜い! 低俗な欲望を持つヤツに殺されたものね…かわいそうコウモリ……」

 

 ヒルの悪魔はそう言って喚く。対するはデンジ。

 

 少し前、デンジはパワーの策略により、コウモリの悪魔の贄にされた。だがデンジは胸を取り戻すためにコウモリの悪魔を殺し、ようやく夢を掴んだところだったのだ。

 

 しかし今、思わぬ横槍が入った。ヒルの悪魔。女口調の陰湿な悪魔。掴んだ夢が殺されるのをただ黙って見てるってわけにもいかないのだ。

 

 低俗な欲望。くだらない。もうどうだって良い。

 

「オオオオオ! ッラ!!」

 

 デンジは捨て身のタックルを放った。血も体力も何もかもが足りない状況でも、チェンソーの切れ味はいつも通り冴え渡っていた。

 

 デンジはイライラしながら少し怯んだヒルの悪魔に物申す。

 

「み〜んな俺んヤル事見下しやがってよお………復讐だの、家族を守りたいだの、猫救うだの……あーだのこーだのみんな偉い夢持ってていいなア!! じゃあ夢バトルしようぜ!夢バトル!!」

 

 目つきの悪いデンジがさらにヒルの悪魔を強く睨む。もう血も足りず、外聞なんてあったものじゃないような、獣の咆哮のような怒りだった。

 

 血塗れのデンジはなおも闘志に身を滾らせていた。涎もなんでも垂れ流しながら彼は本能のままに吠える。

 

「俺がテメーをぶっ殺したらよ〜…! テメェの夢ェ! 胸揉む事以下な〜!?」

「吠えててカワイイわあ! 子犬ほど吠える吠える! いいわ! 私が食べたげる!」

 

 少しの間もなくデンジは駆け出す。飢えた獣のように、あるいは狂ったように。目も血塗れの中でギラギラと闘志に塗れていた。

 

「ぎゃッハ!! いいぜ!! 俺に夢バトルで勝ったらなア!!」

 

 ヒルの悪魔の触手をデンジは身軽に駆けて飛んでで避ける。手に武器はなく、あるのは頭のチェンソーのみ。勝算なんてそれだけ。

 

 だがデンジにはそんなこと関係ない。武器人間としての脚力と頭突きのみでヒルの悪魔を削っていく。

 

 己の身を削り、目玉が飛び出しても止まらない。あるのは狂気と闘志のみ。ヒルの悪魔の乱舞とデンジの飛翔はまるで野生生物の生存競争のようだった。

 

 それを倒れ伏したパワーは見ていた。よってデンジをこう呼んだ。

 

「悪魔じゃ……」

 

「ギャあハハハハハハハハ!!!」

「ホホホホホホホ!!」

 

 斬って、ぶたれて、避けて、裂く。そんな繰り返しの中、ついに夢バトルに決着がつく。

 

 ヒルの悪魔の頭にチェンソーを刺したデンジだったが、僅差でヒルの悪魔が上手だった。硬くしなやかな舌がデンジの腹を貫いて持ち上げる。

 

 開かれたヒルの悪魔の口は底なしのように黒く、気味が悪かった。

 

「いただきまァアす!」

「おい」

 

 刹那、ヒルの悪魔の背後から冷たい声がした。強い殺意。ヒルの悪魔は振り返った。

 

「あ…え……?」

 

 その瞬間、声の主はヒルの悪魔の上部から舌にかけて袈裟斬りを終えていた。声の主、早川アキは落ちるデンジを空中で受け止め、華麗に地面へと着地した。

 

「ヒルの悪魔討伐確認」

 

 アキはそう言ったまま、ヒルの悪魔に振り返ることはなかった。そうして痛みに騒ぐデンジを担ぎ、待機していた部隊へと指示を出した。

 

「す、すごい…」

 

 新人デビルハンター、荒井ヒロカズはその光景を見て感嘆の声をあげた。げに恐ろしき大きな悪魔を早川アキはたった一振りの剣で瞬殺した。その事実が何よりも信じられなかった。

 

 そんな後輩の様子を見て姫野はニンマリと表情を崩す。そして腰に手を付けて仰々しく片手で身振り羽振りと口を開く。

 

「どう? あれが特異4課の隊長……公安最強の実力だよ」

 

 未だに口も塞がらないといった様子の新人たちの姿を見て、姫野は得意げに胸を張った。

 

 

 

 デンジは病院のベッドで目を覚ました。辺りを見渡すと、アキがりんごを剥いていた。うさぎさんの形に。

 

「お前の腕…拾っておいたぞ。輸血したらくっついたらしい。本当に悪魔みたいな奴だな」

「まあな、俺ァチェンソーになれるんだぜ。どうだ、すげぇだろ」

「悪魔に負けてるのならすごくないだろ」

 

 沈黙。デンジは途端に顰めっ面をしたが、自分が手こずっていたヒルの悪魔をアキが瞬殺した現場をその目で見ているため、何も言い返せなかった。デンジにはパワーのような虚言癖は無いのだ。

 

 言い返そうと顔を歪めてもがいていたデンジだったが、まるで考えるのに疲れたかのように顔の表情を緩め、だるそうにしながらうさぎさんの形に切られたりんごに手を伸ばす。

 

 それを阻止するアキ。アキは言った。

 

「お前が使えるかはさておき、お前に聞きたいことがある」

「てめ、りんご寄越せよ!」

「血の魔人に殺されかけたか?」

「……パワーはいい奴だぜ」

 

 アキはデンジのことを観察しながらりんごの皿に手を置いている。問いかけられたデンジは咄嗟にパワーの悪行を曝けそうになったが、もしこれでパワーが殺されでもしたら胸を揉むという約束がパーになってしまうので、自己利益に聡いデンジは開きかけた口を閉じ、嘘をついた。

 

 アキはそんなデンジを少し睨む。

 

「監視カメラに巡回エリア外に行くお前達が確認されている。それにコウモリの悪魔が潜んでいたと思われる家にはお前の血が大量に落ちていた」

「んなこたぁ知らないねッ!」

「お前…やっぱり血の魔人に殺されそうになっただろ」

 

 パワー殺処分。そんな言葉がデンジの脳裏によぎる。胸のことしか考えてないデンジにとって、それは最も避けなければならないアクシデントである。自分が殺されかけたという事実より、胸を揉むという欲求を優先する男がデンジだ。

 

 デンジは必死にパワー無罪放免胸揉みツアーになるための選択肢を考えたが、全く思い浮かばなかった。

 

「どうしてお前はそこまで悪魔に肩入れする」

「な、何を言ってるのがさっぱりですな」

 

 危険。アキは咄嗟にデンジをそう評価した。悪魔と仲良くなるなんてことは原則としてあり得ない。こういう思想の奴は周りに迷惑をかけて死ぬのだろう。デビルハンターとしての身分を持っているのなら尚更だ。

 

 目の前のこの男は、いつか悪魔に躊躇する日が来る可能性がある。そしてその時は、バディも危険に晒される。今ここで、デビルハンターをクビにした方が公安に貢献できるのではと、アキは考えた。

 

 しかし…と、アキは今回の件で死傷者もなく、またデンジが民間人を複数人助けていたことを思い出した。こんな軽そうな男だが、少なからず善性はあるとアキは確信したのだ。であれば、クビにして命を奪うのは違うのではないかと思ったのだ。それにダインロットが執着している件もある。

 

「俺の報告次第では、血の魔人も、それを庇ったお前も処分される」

 

 アキはりんごの皿をゆっくりと近づける。

 

「だが今回は死者もでなかったし、お前が一つだけ条件を飲むなら今回は見逃してやる」

 

 皿をデンジの前に置く。それから普段通りの顔をして言った。

 

「俺の言うことは素直に聞く事。戦えといえば戦い、逃げろと言ったら逃げる。俺の言う事を聞いとけば、社交性も常識もないお前でも今の生活は守れるぞ」

 

 あと、素直に聞いてくれれば戦闘が楽だと早川アキは小さく思った。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 それからしばらくして、嵐は訪れた。

 

「おうおうおう、狭い家じゃのお〜!」

 

 鍵穴をぶち壊して家に侵入してきたのは血の魔人パワーだった。右手にキャリーケース、左手と背中にバッグを背負い、猫のニャーコを連れていた。

 

「……」

『早川君家の部屋一つ、パワーちゃんに貸して欲しいの』

 

 電話越しに聞くその話に、早川アキは舌打ちをしないようにするのに必死だった。どんな原理を持ってきて魔人を押し付ける気なのかという、真っ当な疑問をぶつけまいと彼は我慢していた。

 

 そんなアキの横でサムズアップをうざったいほどに見せつけてくるダインロットも早川アキのイライラの原因だった。

 

『デンジ君とパワーちゃん。どちらも我が強くて集団行動に向いていないと聞いています。なので一緒に暮らしをさせることで、共同生活を通してのバディの能力向上を図っているんだ』

「魔人に期待するだけ無駄だと思いますが…」

 

 アキのささやかな抵抗。魔人などという、人類の敵対種と共同生活を送ることにどれだけの危険が潜んでいるのか。先のパワーの所業を考えれば想像に難くない。

 ダインロットの件を問われると何も言えないが、アキはそこから目を逸らした。

 

『心配しなくてもパワーちゃん、いい子にできるって言ってたから大丈夫だよ』

「あー、はい…分かりました。とりあえずこちらで預かることにします。それでは、急な用事が目の前にあるので失礼します」

 

 ダインロットがデンジ達の方へ向かったのを見て、心配になった早川アキはヤケクソで電話を切る。そしてリビングへと振り返る。

 そこには、猫を追いかけるパワーとそれを止めようとするダインロット、そしてダルそうな顔をしたデンジがいた。

 

「…今日はカレーにしよう」

 

 ふと、アキは仕事が忙しくて放置していた期限間近のカレールーのことを思い出した。

 

 

 

「野菜は嫌いじゃ! ポイ!」

「あ! 人参っ!」

「野菜を投げるな!」

「すごい! デンジ以下!!」

 

「風呂はたまにしか入らん派じゃ!」

「入れ!」

「クセえんだよ!!」

「まあ僕もたまに入らないし、気持ちは…」

「は?」

 

「トイレ? 糞はたまにしか流さん派じゃ!」

「「流せ!」」

「クセえんだよ!!」

 

「なんじゃウヌら…人間は繊細じゃのお〜! なあニャーコ」

 

 

 

「疲れた…」

「賑やかになったね」

 

 夜、アキは疲れたようにテーブルに倒れ込む。対面にはダインロット。アキは一人の暴れん坊の始末で今日一日を消費していた。休む暇などなく、猫、魔人(パワー)不良(デンジ)ガキ(ダインロット)の面倒を見ていたのだ。

 

 心地もクソもない疲労感が押し寄せてくる。こんな地雷を送り込んできた上司(マキマ)に言い表せない怒りが湧いてきた。

 対面でのほほんとアイスキャンディーを食べている同居人にも沸々とした怒りがあった。

 

「お前……いや、いい。それよりもダイン、今日来たアイツは魔人だ。お前的には大丈夫なのか? 相性というか、悪魔の生態としてだ」

「全然大丈夫! 賑やかになって面白くなってきたとすら感じるね」

「なら良い」

 

 アキはぶっきらぼうにそう言って、ふと姿が見えない問題児のことに思い至った。

 

「そういえば、デンジと魔人は?」

「さあ? トイレで乳繰り合ってるんじゃない?」

「…!?」

「?」

「お前…そんな言葉どこで覚えたんだ?」

 

 アキは絶句していた。そしてダインロットを見る目は正しく保護者の目線であった。普段から怠惰な生活をしていたダインロットはアキから自立した存在と思われていないのである。幼い子供というのがアキからの無意識下での評価だった。

 

 互いの目線が交差する。ダインロットは極めて己が馬鹿にされていると思った。

 

「いや…! 僕の扱いってそんなレベルなの!? 思春期も迎えてない小学生か!!」

「あ、ああ。悪い。さすがにそこまでじゃないが、まあ…見た目とか、普段の生活とか見てるとな、分かってても勘違いしちまうんだよ。なんか紛らわしい」

「!? 紛らわしい…だと!」

 

 アキが言って、ダインロットが返す。そんなずっと続いてきた日常は、デンジやパワーの襲来であっても崩せるものではなかった。今宵も二人はいつも通りの生活を続けていく。そして遠くないうちに、デンジとパワーがいる生活が当たり前のようになっていくのだろう。

 

 シェアハウス、仕事仲間、あるいは、「家族」のようだと、早川アキはふと、そう思った。

 

 

 





今作のアキは洗脳状態ではなく、マキマに恋愛感情を抱いてないのでマキマのことをカリスマ的な上司だと認識してます。
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