あうあ…あう…さいしゅうかいって、なんのこと?
バンッ
凶行に巻き戻る。銃声を聞く必要はない。早川アキは数と配置を知っておけば十分に能力を発揮する。身体全体のバネを用いて飛ぶように男に迫る。
そして、抜き身の刀を放ち黒コートの男を斬り殺す。今度は生かさない。優先されるべきなのは情報よりも時間なのだ。
「ふ…おどろ━━━」
「次」
パワーの虚勢も聞かず、アキはおそらく事態が飲み込めていない一般人に扮した襲撃者2名へ向けて突然駆け出した。
それに怯えた二人は慌てて銃を懐から出そうとするが、服に引っかかって1秒出遅れる。アキはその隙を逃さない。次の瞬間には相手を袈裟斬りにしていた。
「ぎゃあ!」
「ぐあっ!」
斬られた痛みで襲撃者は悲鳴を上げる。痛みに身体が怯んで倒れ込む。アキは襲撃者が落とした拳銃を拾い上げ、姫野の方へと投げ渡した。
「アキ君!? これ銃じゃない!?」
「姫野先輩、デンジを起こしてください。状況はかなりまずい。俺たちは今、襲撃を受けている。相手はかなりの手練だ」
「は? 今アキがぶち殺したじゃろ。雑魚じゃ!」
「それはそうだが……これは何かしらの組織が関わった計画的な襲撃のはず。おそらく敵の狙いはデンジの心臓。だから真っ先にデンジを殺して、最強のデビルハンターなんて異名が付いてる俺を殺しにきた」
「……それって、かなりまずいね。私らはかなり後手にいるってこと?」
「そういうことです」
アキは残された時間でできる限りの情報共有を行った。組織的な襲撃、敵の狙い、状況の悪さ。完璧に理解できたのは姫野だけだ。パワーは頷くだけで何も言わない。
「……はっ! 敵!? 敵か?」
「デンジ君落ち着いて。その敵は今アキ君が制圧したよ」
「んだ。もう解決してんじゃん」
そろそろか。アキはデンジの復活を見つつ、前回の襲撃の頻度をできるだけ思い出そうとする。大体そろそろ謎の薙ぎ払いが来るはずだとアキは判断する。
「全員聞け! とりあえず伏せろ。今すぐにうつ伏せになれ! 命が惜しくなかったらな!」
「おけ!」
「あ〜? 何言ってん━━━」
ドオン!という、まるで雷でも鳴ったかのような轟音が場を支配し、店の壁を吹き飛ばす。そして何か白っぽい質量が高速で振り抜かれる。
姫野と意外にもすぐにアキの指示に従ったパワー、そしてアキはそれを難なく回避する。しかし、蘇り立てで頭が上手く働いていなかったチェンソー状態のデンジはその物体に薙ぎ払われて建物から吹き飛んでいった。
「……っんのばか!!」
だが過ぎたことを考えるべきではない。アキはすぐに立ち上がり、吹き飛ばされ、風倒しが良くなった店からデンジが飛ばされた方を見渡す。
「くそっ! デンジを一人にするわけにはいかない! 追うぞ!」
そうしてアキは建物から出ようとした瞬間、その場にあってはならない声が響いた。
「しくりやがったな。全員生きてるじゃん」
「アァ……」
「さっさと殺して」
ゾクリ、とアキは背筋を凍らせる。咄嗟に振り向くと、そこには前回見た二人組がいた。
蛇のように瞳孔が細い金髪の女と、黒コートを着た異形。明らかに只者ではない。横にいる姫野とパワーに目を向ける。姫野は相手に警戒した目を向けている。パワーは震えていた。
「油断した…いや、認識が甘かった…」
「アイツら、怖い…」
……やはり、こいつらは只者ではない。特に左の黒コートの悪魔人間。一見魔人に見えるが、人間の自我を保っている。おそらくデンジと同類。悪魔の力を宿した人間だ。
「次は……本気で行く」
相手が居合いの型を取る。それに応じてアキも刀を構える。だがアキは知っている。この技は目に見えないほどの速度で相手を斬り殺すもの。人間の反射速度しか持たないアキでは止めようがない。
死に戻りの欠点だ。やり直すからといってそれを攻略できるかは別問題。問題を乗り越えるために考える時間すら無い場合もあるのだ。
これは、死んだな。
直感でアキはそう思って諦めた。彼には次がある。死は終わりを意味しない。次はもっと上手くやれば良いのだ。そう次だ。次は居合いを使わせないように立ち回る。アキはそう考えた。
しかし…
「グゥッ!? ガアああ!!!?」
突如として目の前で居合いの構えをしていた黒コートが苦しみ出した。首の何かを取ろうとしているようだ。それはまるで何かに首を絞められているように見えた。アキがそれを呆然と見ていると、後方から声が聞こえてきた。
「アキ君!」
「ぉ…おおお!!」
姫野の声。アキは黒コートに起きている現象を把握した。どうやらゴーストの腕で相手の首を絞めているらしい。
姫野の声が聞こえてからコンマ1秒もかからずアキは飛び出した。目標は黒コート。その首を刎ね飛ばせばどれだけ蘇るとしても相当な手傷のはず。アキはそれを狙った。
だがそれは寸前で止められる。
「ヘビ、尻尾」
その言葉の後から、沢渡の背後で蠢く『白』が生まれた。それは突如として形を成し、『蛇』のような形をとる。その尻尾がまるで鞭のように襲いかかってきた。
アキは上から襲いかかる蛇の悪魔の尻尾を避け、そのまま目標を変更し目の前の女を倒そうと刀を向けるが、蛇の悪魔の尻尾が縦横無尽に暴れ出し、近づくことができなかった。
「くそ! 近づけない!」
「あの女を先に無力化した方が良かったかな!」
姫野はそう言いながらもゴーストを解除せず、黒コートの悪魔人間を押さえ込んでいるようだ。一番対処法が分からなかった黒コートを動かないようにしてくれるだけで随分とありがたかった。
敵はもがいている黒コートと蛇の悪魔の契約者。こちらは3人。内の一人は押さえ込んでいる状況で動けないが、まだこちらが不利というわけじゃない。
それに時間はアキ達の味方だ。これだけのことをされて公安が動かないはずがない。デンジも蛇の悪魔の攻撃をまともに受けたが死んではいないだろう。
奇襲を防ぎ切った今、この均衡を保ち続ければ勝てる!
「ヘビ、丸呑み」
アキの描いた未来は早々に破られる。蛇の悪魔がもがいていた黒コートの悪魔人間を喰らったのだ。ゴーストの腕は強制的に動かされた黒コートを補足できずに、喉の肉を握ったままその場に留まっている。
一瞬で均衡が崩された。
まずい。そうアキが本能的に感じた時にはすでに遅かった。空中で蛇の悪魔が口を大きく開く。
「まずは…一人」
蛇の悪魔の口内で、黒コートはすでに居合いの構えを終えていた。
溜めは解き放たれ、一閃のうちに消える。
「………ッ! グ、ギィ…ッ!」
狙われたのは、やはりアキだった。胴体の前に刀を構えていたものの、残酷にも身体は斬られていた。力が抜け倒れる。
やはりあの居合いには対抗できない。アレを撃たせないようにしなければ、コイツらには勝てない。
黒コートは悠々とため息を吐きながら腕から突き出た刀の血を拭う。先ほどの高速移動を見る影もないほどゆったりとしていた。
「殺し損ねた。浮いてる足場じゃ踏み込めねぇな」
黒コートはそう言って姫野達の方へ振り向く。どうやらアキはすでに脅威と見做されていないようだった。おそらくゴーストの腕も次は効かないだろう。
腕の刀を構えようとした黒コートだったが、何かに気づく。
「……ん? デンジはどこだ!」
「なんだと?」
沢渡もそれに気づく。彼らはどうやら、デンジが蛇の悪魔に吹き飛ばされたのを把握していないようだった。あまりにも間抜けな展開だ。だが誰もそれを指摘できない。それだけの力関係がこの場にはあった。
「アンタ、チェンソーの男の背格好を知っていると言ってただろうが!」
「いねぇもんはいねぇ! さっきまで居たんだよ!! きっと逃げやがったんだ! 薄汚えカスのデンジらしい!」
「何故逃した!!」
「テメェッ! 俺に早川の相手させやがったのに文句か!? ならテメェが奇襲かけりゃ良かっただろうがッ!」
「ヘビだと細かい調整が利かないからアンタにやらせたんだ!」
血が流れすぎている。敵の怒号がかろうじて聞こえるレベルでもう意識が持たない。パワーは何をしてるんだ。せめて、血を止めてくれれば……。
そんな、アキの意識が後わずかで消えるというところで誰かがアキの前に立った。視界もままならないアキだったが目の前に立つ人物は不思議とよく分かった。
「パワーちゃん、アキ君の血を止めて」
「じゃが…」
「良いから……あぁ、大丈夫だよパワーちゃん。アイツらは、私が倒すッ!」
未だに怒号を飛び交わしている敵に向けて姫野は宣言する。その言葉を黒コートは嗤う。
「なんだァ女がよ。さっき喉を潰してくれた礼に殺してやろうか?」
「ゴースト」
「嫌だ。強い人間負けた。アイツらの方が怖い」
「私はその強い人間の
「…」
「……
「………わかった」
ニヤリと幽霊の悪魔が笑う。
姫野はその日、人生の楽しみの半分を投げうった。さっきまで食べていたラーメンの後味を感じられなくなった瞬間は、あまりにも最悪な気分だろう。
そんな姫野を見て、黒コートは訝しむ。
「おい、ブツブツ言ってねぇでなんか言えよ」
「……来なよ」
「あぁ!? 何つった今!?」
「来なよって言ったんだよウスノロ。軽く捻ってやるからさ!!」
「…………殺す!!」
姫野の言葉は黒コートの神経を的確に逆撫でした。
お互いの構えは同時だった。片方は屈み、居合いの姿勢。もう片方は両腕を突き出し、狙いを定める。
強力な悪魔の力を宿した男と、長年公安所属のデビルハンターを勤めてきた女。その勝負はもはや勝負とも呼べなかった。
「アガッ!」
男が喉を押さえる。焼き増しのように再現された光景だ。力では黒コートに分配があがるはずのこの勝負。なぜか制したのは姫野だった。
理由は単純だ。黒コートの居合いが回避不能なように、姫野のゴーストの腕も回避不能なのである。であればあとは予備動作の差である。姫野は対人において無類の強さを誇るのであった。
「あのバカッ!」
沢渡が毒付く。相方の学びの無さに呆れているのだ。学びがないだけでも呆れてものが言えないが、それが実害に直結するからなりふり構っていられない。
「ヘビ! 丸の…うぐぁっ!」
沢渡は蛇の悪魔を呼び出そうとするが、そうは問屋が卸さない。突如何もない場所で沢渡は首を絞められる。散々相方が受けた攻撃であるので沢渡はすぐにそれを理解した。だがどうしようもない。
沢渡は普通の人間である。強引に喉笛を千切ると死ぬし、死んでも蘇ることができない。そしてゴーストの腕に対する有効な手立ては持っていなかった。
「この……クソ、アマがぁ……!」
「そうだよ。私は、アキ君みたいに正々堂々なんてしないしできないよ。強い悪魔を倒すなんてことも一人じゃできない……けどね私、アキ君を守るためならどんなことだってする。腕を代償に守れるのなら喜んで腕を差し出す。何かを代償にアキ君を助けられるのなら何だって差し出せる。だからね……アキ君を殺そうとしたお前たちは死ね」
グッ、と沢渡の喉を締め付ける腕の力が大きくなる。沢渡は動脈を絞められ、呼吸困難よりも先に意識が遠のいていた。
沢渡達は見落としていたのだ。最も早くに始末するべき人間を見誤った。対人特攻の悪魔を持つ姫野こそ、襲撃の最大の妨害であり、難関。早川アキの影に隠れていたが、彼女も歴とした公安所属のデビルハンター。脅威であることに変わりはなかった。
もはや襲撃作戦は続行不可能。彼らに残されたのは
「ヘ、ビ………ァ、バレ…ロ!!」
遠のく意識の最後に、沢渡は必死に気道を確保して声を出すことに成功した。使命は果たしたとばかりに沢渡の意識が落ち、そして蛇の悪魔が動き出す。
姫野達にとって目下最大の脅威となるのは、高速で移動してくる巨大な質量……つまりは蛇の悪魔である。
姫野が幽霊の悪魔に味覚を食わせたのも、黒コートへの対処と同時進行で蛇の悪魔が動く前に契約者を始末するためだった。それだけ蛇の悪魔がもたらす戦力というのは大きなもであったのだ。
「まずい、パワーちゃん! アキ君を連れて逃げて!」
「わ、分かったのじゃ!」
縦横無尽。蛇の悪魔という強靭で巨大な存在が狂ったように暴れ回る。動きに統一性はない。予測は困難だ。蛇の悪魔の尻尾の一撃は鉄筋コンクリートを易々と砕き、当たれば人間が死ぬのは容易に理解できた。
姫野が最も苦手な機動力を持つ相手。今回の場合は状況も悪かった。姫野には守る相手がいるのだ。こういう時、小手先だけの後衛型である姫野にはどうにもできないことだった。
歯噛みする。これが人間と悪魔の差だ。悪魔は簡単に地球上の生物には出せない力を発揮できてしまう。それを一部借りる人間と使いこなす悪魔では歴然とした差があるのだ。
「ぬお!? こ、コイツ……なぜワシを狙うんじゃあ!」
「な!? パワーちゃん!?」
蛇の悪魔は命令を聞き、それを十全にこなすほどの知性がある。そして、契約者の願いもある程度汲み取れる場合がある。
早川アキの死。蛇の悪魔が感じた契約者の意思はそれを最も望んでいたように思える。ならば、それを叶えることは契約を交わした者の責務だと言えよう。
蛇の悪魔はパワーを狙っているのではない。死に体の早川アキを狙っていた。狂ったように暴れる蛇の悪魔だが、本当に狂っている訳ではないのだ。
「パワーちゃんッ!!」
「なっ━━━」
動けない人間を連れて逃げるパワーは非常に遅い。パワーはアキを背負って階段を降り始めた直後、上から降りかかった蛇の悪魔の尻尾に潰された。
「アキ君!!」
姫野の絶叫が木霊した。悲痛は残響になり、乖離が訪れ、そして世界は巻き戻る。
姫野が想定以上に強すぎて滅(突然のアキ死亡)