アキの死体は残らない   作:アーチマン

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絶望のリスタート

 

 

 

 11月18日

 

「お兄ちゃん! いくよー!」

「おう!」

 

 日は跨ぎ、約束の日は訪れた。天気は雲ひとつない快晴。照らされた一面銀世界が眩しいくらいに輝いていた。その中でアキとタイヨウは約束通りキャッチボールをしていた。

 

「てい!」

「お、なかなか良いじゃん」

 

 林が道を作っていた。その道中で彼らは熱が入ったようにボールを投げる。

 アキは流石に身体が弱く、年も低いタイヨウに合わせる必要があったが、それでもなお、これまでに感じたことがない新鮮味を味わっていた。

 

 投げる。キャッチ!

 投げる。キャッチ!こける

 立ち上がってまた投げる。軌道が逸れた球をアキは俊敏にキャッチする。

 

 この時だけ、アキはタイヨウの兄でいられた。まだ弱いタイヨウの球は軽い。だがグローブ越しに取った手はジンジンと熱を発した。

 

「うまいな、タイヨウ」

「そう? 才能かなー」

「そうかもな」

 

 おちゃらけた弟は寒さに顔を赤くして白い息を吐いた。タイヨウはそれを見てくしゃっと笑った。軽い球はますます重さを増やし、病弱気味なタイヨウをして驚くほどの成長を遂げた。

 

「はは……くしゅっ!!」

「! おい、寒いか?」

「いや、全然!」

 

タイヨウはブルリと身体を震わせた。だんだんと身体の芯は暖かくなる一方、身体の端は冷え始めていたのだ。

 病弱気味なタイヨウにとって大雪の後の外は寒すぎる。身体は刺激に弱っていた。

 

 アキとしても弟に風邪を引いて欲しくはない。一旦中断しようという考えが頭をよぎった。

 

「よそ見は、厳禁っだーー!!」

「おぉあ!?」

 

 タイヨウは身体全体を振りかぶるようにボールをぶん投げた。白い野球ボールは林の方へ。野球であればボールは免れない。

 

 アキはもはやボールどころか場外に飛び出たボールの軌道とタイヨウの予想外の行動に驚いた。一時はポカーンと心ここに在らずの様子だったが、無遠慮にボールを飛ばしたことに沸々と怒りが込み上げてきた。

 

「おいタイヨウ!! どこに投げて━━━ブッ!!!」

 

 アキの言葉を遮るように飛んできたのは雪玉だった。雪玉はアキの顔にストライク。合戦の法螺貝が鳴る。

 

「あはは!!」

「━このっ! やったなっ!」

 

 アキも雪玉を投げ返す。感情的に勢い任せだ。その雪玉はタイヨウのお腹に当たった。そしてドスッと鈍い音を立ててタイヨウは倒れた。

 

「━━あ。 た、タイヨウ!!」

 

 我に帰ったアキは顔を真っ青にして雪に倒れるタイヨウの元へ駆け寄った。恐ろしい想像が頭を駆け巡る。もしや今までにないくらいの体調悪化を招いたのか、当たりどころが悪かったのか、いくらなんでも本気で投げすぎたか。

 

「はははは!」

 

 倒れたタイヨウから笑い声が響く。彼は天に向かって笑っていた。爛々と瞳孔を焼く眩い光がタイヨウの瞳に透き通る。

 群青色の空は虚のように雲一つ無いが、タイヨウは何か巨大なものに見守られているような気がした。

 部屋の天井よりも、彼は空が好きだった。

 

「早く起きろ、風邪引くぞ」

 

 そんなタイヨウはさておき、アキの心情としてはやはりタイヨウの体調が心配だった。心なしかタイヨウの顔が赤すぎるような気がした。

 もう午前11時、もうすぐお昼が来る。ご飯までにタイヨウは戻しておいた方が良いだろう。タイヨウの疲労も大きいはずだ。

 

「タイヨウ━━」

「お兄ちゃん」

 

 ふと、タイヨウが声を上げる。その声は凛と辺りに響いた。

 

「なんだ?」

「また…また遊んでくれる?」

 

 それは懇願か、もしくは質問か。透き通った青の瞳がアキを貫いて、不安が見え隠れしている。

 おそらく、人生で一番兄と遊んだのは今日が初めてだろう。タイヨウにとって、まるで奇跡的な今日の軌跡は飛んでいく鴎が見えなくなるように、朧に透けるかのような出来事だったのだろう。

 

 杞憂にしては重すぎる過去の経験がタイヨウの心に残っていた。

 

 アキとしてもそんなものは消し去りたい。過去は無くならないが、未来は決められる。アキだって弟が嫌いで冷たく接していたわけではないのだ。

 ひとえにこれは幼さゆえの失敗。成長して大人になれば忘れ去られるか、笑い話になる程度のもの。

 

 だから挽回するとしたらここだ。

 

「ああ、またキャッチボールしよう。お前が元気な時にな」

 

 アキは一歩を踏み出した。彼のスタートラインはもう過去のものになった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「アキは弟と仲良くなったの?」

「まあな」

 

 白い雪の世界で、ダインロットは問いかける。タイヨウはもう家に帰り、戻ってこないアキの下へダインロットが馳せ参じた形だ。

 

「ふーん、良かったね」

「あぁ、ありがとうダイ。ダイが言ってくれなかったら、俺は…」

「解決したのはアキじゃん。僕は何もしてないよ。こっちが感謝したいくらいなんだけど……まあ、感謝してくれるのなら僕のお願いを一つ聞いてもらおうかな」

「あ、じゃあいいわ。俺すげぇわやっぱ」

 

 しれっとお願いを要求してきたダインロットをバッサリ切り捨てるアキ。ダインロットはガーンと項垂れた。その所作にはところどころオーバーなユーモアさがあった。

 

 アキはそんなダインロットに呆れながら道を振り返る。それは近くの町まで続く道。若干白い空と真っ白な雪の地面が遠くの建物を覆い隠していた。

 

 そんな遠くを見ていると、後ろのダインロットが背中越しに声をかけてきた。

 

「アキ。一つ質問するけど」

「ん、ああ」

「田舎のネズミと都会のネズミ、アキはどっちが好き?」

 

 あぁ…とアキは白い息をつく。何十と聞いてきた物語の選択だが、アキはこの手の選択は一切しなかった。これは子供ながら慎重なきらいがあるアキが悩みに悩んで答えを後伸ばしにした結果だった。

 

 正直、アキには好きも嫌いもなかった。そうなのかーで終わって、それを何回も繰り返しただけ。アキはネズミを好きになろうとはしないのだ。

 

 だが、小学生ながらも久しくぶりに聞いたその物語にどこか共感した。今までとは違う感覚でその物語を楽しんだ。考えた。そして決めた。

 

「俺は、田舎のネズミは都会に出て、都会のネズミは田舎に行くべきだと思う。田舎のネズミは美味しいものを知らなかった、都会のネズミは安心して食べることを知らなかった。そんなの嫌だ」

「たしかに、考えてみればどっちも欠けてるね」

「でも好きかで言えば、田舎のネズミが好きかな。都会のネズミはちょっと馬鹿っぽいし」

「へー、なんか意外。アキは都会のネズミって言うと思った」

「都会でも良いけど、今は田舎にしとくよ」

 

 アキはその目をダインロットに向けてニコッと笑った。

 

 

 

「じゃあ、俺らも帰るか」

 

 アキがそう言ったのはすぐのことだ。まだ11時前だがここにあるのは一面銀世界の虚無と林だけで、他には踏まれて汚れた初雪が黒く染まっているだけだった。あとおまけに寒い。

 1時間はキャッチボールをした。予想外に長引いたキャッチボールに疲れが溜まって、アキはもうくたくただ。

 

「━━まだ、ボール取ってない」

 

 ふと、そう声を上げたのはダインロット。彼は帰りの道の中央でアキに振り返ってそう言った。

 

 そこでアキも思い出した。たしかに、タイヨウが投げたボールは大きな弧を描いて林の奥に消えていった。そしてそれは回収されていない。

 アキはため息をつく。自然と頭を下げて雪を蹴った。見上げるとダインロットが無機質な顔をしていた。

 

「…ダイ?」

「…ん? あぁ、ごめん。考え事してた」

 

 ダインロットはすぐに笑顔を貼り付ける。陽気を唄い、人の良さを醸し出す無垢な笑顔を。

 アキは少し、その目で見た無機質な顔に不安を煽られた。何か、見てはいけないものでも見てしまったかのように身体が強張っていた。

 

「こんな雪の積もった中で白い球を見つけるなんてまず無理だから、少し探してみて、見つからなかったら帰ろうか」

「そう、だな。そうしよう」

 

 ちょっと怖くなったが、それは勘違いだ。そんなこと自分でも分かっている。でも何か、今日のダインロットには作為的なものを感じてしょうがない。違和感が頭を駆け巡る。

 

 心の片隅にできた不安がたまらなく嫌になる。

 

 

 そして、

 

 そして、

 

 そして、

 

 

 分け隔てもなくやってくる11時、アキとダインロットが家を見ることができるくらいの距離まで道なりに帰ってきたその時。

 遠い海の向こう、アメリカ合衆国で銃を使ったテロが起こった。銃で人が死に、人々を恐怖に陥れた頃、地獄の底から()()はやってきた。

 

 

 

 銃の悪魔

 

 

 

 世界が嘆くような音が轟き、アキの目の前で、家が吹き飛んだ。

 

「━━は」

 

 爆発より粉微塵に、そして倒壊の音も聞こえない。

 その衝撃は辺り一面を薙ぎ払い、北海道に一本の巨大な人の死体の線を作り上げた。

 

 アキの頭から風が帽子をさらった。鼓膜が破れそうな轟音に、目の前で繰り広げられた暴虐に、アキの思考は停止した。身体は硬直し、目は閉じることができない。

 

 家が吹き飛ばされる様を、

 あって当然の未来が崩れていく様を、

 今までの人生を破壊される様を、

 家族が殺される様を、

 

 アキは血走るほどその目に焼き付けた。彼の人生においてもう二度と、目から離れる事はないだろう。

 墓に眠るその日まで。

 

 

 

 

 

「あーあ」

 

 ふと、隣から場違いな声がした。アキは働かない頭でぎこちなく横を向く。そこには沈んだ顔をしてその場に佇んでいるダインロットがいた。

 悲しんでいるのか惜しんでいるのか、暗い表情だった。

 

「あーあ…ってなんだよ。家が無くなったんだぞ。なんだよこれ。なんだよこれ…。なんで、こんな…はぁ!? ああああ! ふざけんなよ!! なんだよこれぇ!!」

「悪魔だよ」

「っ…あくま…?」

「これは、全部悪魔がやったんだよ」

 

 遠くからサイレンが鳴り響く。町の方は大パニックに陥っていた。

 そのサイレンを背に、今にも憤死しそうで泣きそうなアキと、無表情のダインロットが対峙する。

 

 ポロリと、アキの澄んだ瞳から涙が溢れた。感情の整理が追いついてきて、でも無尽蔵に湧いてくる激情が抑えられないのだ。胸の動悸が激しくて、未だに何が起きているのか理解できていない中、何をしたら良いのか分からない。

 怖い、嫌だ、なんで、そんな思考に情緒はズタズタにされ、バラバラにされ、酷い目眩と頭痛でどうにかなりそうだった。

 

「なんで、悪魔がウチに来るんだ…!!」

 

 涙を堪えるアキは、恨めしそうに狂気を孕む涙声を出した。拳は白くなるまで握り、歯ぎしりでもせんばかりに激情を抑えていた。

 

「運が悪かった。それだけ。悪魔は天災みたいなものだし、運なんだよ」

「…っ! ぐっぅぅう!!」

「……銃の悪魔が憎い?」

「じゅう…?」

 

 鋭い目つきで睨みつけてくるアキが一瞬緩んだ。今にもどこかへ行ってしまうんじゃないかと思わせるほどに昂っているアキは健在ではあるが、一瞬冷静になった。

 

 仇敵の名を心に刻むためかもしれない。

 

「銃の悪魔。それが君の家族の仇の名前だよ」

「そう…か…!!」

 

 ダインロットは言葉でアキの思考を切り替えさせる。悲しみよりも憎しみにヘイトを向けさせる。

 ダインロットは慰めない。弱っているアキを悲しみに溺れさせることもしない。ちょっと悲しむだけなら良い。ただアキが銃の悪魔を恨んでくれればそれで良いのだ。

 

 それが物語の始まりで、ひいてはダインロットの始まりなのだから。

 

「銃の悪魔が憎いなら、僕が力を貸してあげるよ」

「え…」

 

 悪魔の囁き。ニュアンスのおかしさを感じ取り、呆然と立ち尽くすアキの前でダインロットは微笑んだ。

 そして彼は名乗った。

 

「僕は因果の悪魔ダインロット。僕と契約しようアキ。君が望む未来へ、僕が連れて行ってあげるよ」

「は━━」

 

 アキは今度こそ茫然自失になった。今アキがこうして身体が崩れ落ちずに立てているのは親友の存在が大きい。絶望の中にある唯一の希望がダインロットだったのだ。

 

 それが悪魔だった。衝撃的過ぎて脳がパンクする。見ればダインロットの側頭部からツノが生えていた。

 何故気づかなかったのか、そんなおかしい状況の中でおかしい状況を考えるおかしさに気が狂いそうだった。

 

 もう悪魔だと憎む気力も無かった。今はただ安寧が欲しかった。

 

 眩暈がする。吐き気がする。

 

「大丈夫、僕は悪い悪魔じゃないよ」

 

 絶望のリスタートが幕を開けた。

 

 

 

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