アキの死体は残らない   作:アーチマン

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 激動の2週間だった…遅れてすいません!


狼の悪魔 其の二

 

 

 

 暗い闇。昏い底に堕ちる。その最中、不可逆は塗り替えられ、改変され、軌跡を繋いだ。辿って、戻って、そして彼は━━━

 

 

 

「ッは!?」

 

 早川アキは今、睡眠とは別の意味で覚醒した。場所は恐ろしき路地裏の手前、目の前には2人のデビルハンター。彼は死の少し前まで(もど)ってきたのだ。

 

「アキ君? どうかしましたか?」

「あ、いえ…」

「なんか顔色わりーな」

 

 アキはヨロヨロと膝をつく。足、ある。腕、ある。目も鼻も、内臓もある。それを確かめて安堵する。食われ、喰われ、死を経験し、蘇り、脳に大きな負荷が掛かったがために鼻血まで出てきた。

 

「おぇぇ…」

 

 死んだ。今まさに俺は死んだんだ。

 R18-Gどころではない。身体を貪られ、本能を抉られた。アキのキャパシティの限界を大きくぶち破っていた。

 大丈夫だと示そうとしたが無理だ。大丈夫ではない。アキは早々に取り繕うのをやめて、吐き気を堪えて頭が回復するまで待つことにした。

 

「ど、どうしたんですか!? 何か持病でも持ってんですか!?」

「だ、いじょぶですから…」

「うーーん……持病持ちにしては薬を持ち運ぶカバンがねぇし、ポッケにも何もねぇからその線は無いとして…酔い…にしては急だな」

 

 キイチロウは心配し、マサキは分析した。アキにとって幸運なのはデビルハンターの2人が疑いを持たなかったことだ。悪魔と触れる機会の多い彼らに悪魔契約を微塵も感じさせない『死に戻り』は、確かにアキの身を守ったのだ。

 

「………じゃ、キイチロウ君はそこの彼を見とけな。俺この路地裏一旦見てみるわ」

「!? ま、待ってください!」

「ん? どした?」

 

 蹲っていたアキはマサキの言葉を聞いてマサキを止める。アキとしては虎…否、狼の尾を踏むようなことはしたくはないのだ。狼の悪魔が路地裏に潜んでいると分かっている以上、逃げることもできない状態で悪魔を刺激したくはなかった。

 

「路地裏なんて…いませんよ。ぅ…もっと、都市から離れた森とかにいるんじゃないですか…!」

「んー、まあそうだな。でも俺ゲームなんかじゃマップは全部埋めたい派なんだわ」

「狼の悪魔がもし出てきたら…どうするんですか!?」

「俺が倒す。それが摂理よ」

「…っ! 無理なんですよ…! あなたじゃあ…!!」

 

 マサキはスッと目を細める。それはどこかアキを見定めるような視線だった。未だに膝をついて苦しい顔をしているアキを見て、彼は何か違和感を持っていた。

 

 マサキはアキに歩み寄り、しゃがんで言った。

 

「まるで俺が狼の悪魔に負けるみたいな言い方じゃないかね? 俺強いぞ? 狼の悪魔を2匹ぶった斬ってやったんだ」

「…無理ですよ。2匹倒したからってどうにかなる悪魔じゃない」

「いけるいける! 任せーって!」

「無理なんですよマサキさんにはッ! あなたは負けたんです!」

 

 怒号が飛ぶ。それはアキの口から放たれていた。

 アキは少ししてハッとした。そして青ざめた。言ってはいけないことを言ってしまったと今気づいたのだ。

 苛立ちに任せてつい口走ってしまった。先ほどの言葉は、アキ自身がマサキの敗北を目撃したと言っているようなものだ。そしてそれがどれほど意味不明で、どれほど怪しいものかはアキとしても分かっていたはずなのだ。

 ただの妄言と捉えられるのが一番だが、悪魔に詳しいデビルハンターがただの妄言だなんて思ってくれるかは分からない。いや、もしかしたら過酷な環境ゆえに頭のおかしい人間には慣れっこかもしれないが。

 

「なるほど…その話、詳しく聞きたいなぁ」

「…話も何も、俺がそう思ったってだけです」

「なるほど? じゃあ俺の話聞いてよ」

 

 マサキはアキの背中を撫でながら言った。

 

「お前、違法契約者か?」

 

 背中にゾクリと冷たいものが走る。それはありえないことだった。マサキはアキのあの言葉だけで悪魔契約を疑い始めたのだ。

 どんな人間不信でもこの状態でアキを疑うことはできやしない。何せ証拠がないし、悪魔契約の代償も身体にみられないのだ。

 

 建物の間を縫って、少し冷えた風が吹く。マサキはこちらを凝視しながら剣の柄に触れていた。つまりこれからの言葉が本当に命取りになる。冷静になれ早川アキ。まだ何も知られてはいない。

 

「は…そんなわけないじゃないですか」

「だよね。ちなみに路地裏には何かいるの?」

「そんなの行ってみないと分からないですよ」

「だよね。まあアキ君は俺らの心配しかしてないし、そんな子追い詰めるのは楽しくないから辞めるか」

 

「じゃ、路地裏行ってくる」

 

 マサキは立ち上がり、グングンと進んでいく。焦るのはアキだ。

 

「ちょっと待ってください!!」

「ん?」

「えっと…あー…その、路地裏は危険なんです」

「なんで分かるのかね?」

「それは…勘じゃだめですか?」

「駄目だな」

 

 こちらを見ながらそう口にするマサキ。その目は既にこちらの信頼などないものとしていた。剣気が溢れている。それを肌で感じ取った。

 

 一体いつ理解(わか)ったのか、ボロが出たのか彼の勘か、それは今はもう考えることじゃない。

 

 本当のことを言えば殺されるか、逮捕される可能性が高い。だがそれでも死ぬよりはマシ。アキは最終的にそう結論を出した。しかし死にたいわけではないし、逮捕されたいわけでもない。

 

 考えろ。冷静になれ。今俺がやらなければならないのは狼の悪魔に襲われないことと、素早くダインの元に帰ることだ。どうにかして誤魔化すんだ。

 

「…俺は、契約はしてません。でもッ! 悪魔に呪いをかけられてるんです!!」

「ほぉ…ほぉ…?」

「死ぬと時間が巻き戻るんです…それで、俺はマサキさんがあの路地裏で…!」

「…んー? ちょっと待って、予想外な返答だった。考える」

 

 好感触。出鱈目が意外と通用した。異様に勘が鋭いマサキに内心ガクブルとしていたアキだったが、今では吐き気も忘れて次に繰り出す会話を考えていた。

 一方のマサキは顎に手を置いて何かをウンウンと考え込んでいた。警戒はするが今すぐことを起こそうだなんて考えていないといった風だ。

 

「すごいですねマサキさんは……。マサキさんはアキ君が違法に悪魔と契約した人だとどうして思ったんですか?」

「ん? いや、()()()()()()って思ったからな。なんだろなぁ…」

「そ、そっすか」

 

 一連の話を聞いていたキイチロウがマサキを褒めるが、当の本人もよく分からないといった顔をしていた。阿直マサキは頭が弱いが勘が鋭いという、野生児のような人間だった。

 

「あー、なぁんかまだモヤモヤするなあ…」

「アキ君の呪いですか?」

「ああそれ。時間跳ぶ力とか初耳だし、そんな高位の悪魔がわざわざ一人の人間に呪いをかけるかね? 代償も無しに?」

「それは、そうですけど。でもこんな頭の良さそうなアキ君が契約するとは思えませんよ」

 

 彼らがダラダラと話す中で、すでに早川アキは前回死んだ時刻を通り過ぎていた。それを実感してアキは言い表せない喜びを実感する。

 彼は生存への選択肢(ルート)を掴み取ったのだと、そう思った。

 

 あとは被害者を装い、この場から離れればそれで終わる話だ。

 

「いや、頭良い奴でもやる奴はやる。コントロールできるなんて思っちゃうんだよ」

「そうなんですか。でもまあ、ちょっとここで話すのも何ですし、どこかおちつけるばしょでぇ…………」

 

 キイチロウの首が裂ける。

 

「「「あ?」」」

 

 キイチロウの首が斬られて血が噴き出るのを見て、アキは地獄の再来を悟る。マサキは瞬時に長剣を抜いた。

 

 彼らは狼の悪魔に囲まれていた。一匹一匹は1m程度だが、その数は膨大だった。道の影、建物の屋上、路地裏にもそれらは潜んでいた。

 

「なるほど…アキ君の言ってたことホントなんだな」

「キイチロウさん!!」

 

 誰から見ても致命傷なキイチロウに駆け寄るアキ。血は勢いを無くしながら流れていく。爪だ。彼は爪に喉を抉られたのだ。

 倒れたキイチロウはアキを見て何が起きたか分からないという顔をして、でも痛みと恐ろしさで恐怖に怯えた顔をしていた。

 

「ァ…ぐんッ…タ……ケ…」

「…ッ」

 

 アキは何もできない。彼には傷を治す力がない。できることは精々が止血のみ。がむしゃらに首に持っていたハンカチを当たるが血は止まらない。

 血の花が咲く。キイチロウは怯えた顔で死んだ。

 

 だがマサキは一瞥もしなかった。それは腐っても悪魔退治のプロの経験が成したものである。

 彼の勘が、悪魔から注意を逸せば死ぬと言っている。そしてこの数。悪魔を多く葬ってきたマサキでも厳しい戦いになるだろう。

 

「1200万報酬の悪魔は伊達じゃねえってことか」

 

 普段のマサキならそれこそ嬉々として斬りかかっていたかもしれないが、今回は話が別だ。彼はもう結末を知っているし、自分の勘もそれを裏付けている。

 戦えば死ぬ。それはアキの口から語られた言葉だ。相手は1200万の大物。こちらは荷物と死体と一人。マサキは瞬時に判断した。

 

「アキ君。()()警察の奴らと合流しよう。狼の悪魔は公安に任せるしかねぇ。アイツら直通のモン持ってるからな」

「でも、キイチロウさんが…!」

「信じるぜ」

 

 マサキの言葉の後、その長剣がアキの首を音も無く切り裂く。

 

「…は?」

「キイチロウを頼んだ」

 

 凶刃が、彼の命を終わらせた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「……ッ」

「どうしたんですかアキ君」

「………くそ」

 

 そして時間は巻き戻る。早川アキは三度目のスタートを飾った。

 場所は路地裏手前、前には佐川キイチロウと阿直マサキ。彼らは立ち止まったアキに顔を向けて怪訝な顔をする。

 

 アキは二度死んだ。ここに来てようやく死と向き合う。恐ろしく、悍ましいその現象。昏い底に誘われる背筋も凍るその存在。アキの身体は震えていた。

 足がすくむ。膝が震える。彼は思ってしまったのだ。あと何回、死ぬのだろうかと。

 

『キイチロウを頼んだ』

「…ッ」

 

 怯える脳に最期の光景が蘇る。アキはマサキに殺された。それだけでも彼を憎む理由にはなる。だが痛みはほとんど無かったのだ。マサキは『死に戻り』を最後の最期に信じたのだ。

 そんな俺に願ったのだ。キイチロウを死から守ってくれと。だが自分の命を守れない奴に他人の命が守れるはずがないから無理な相談なのだが。

 

 けど、優しく殺してくれた礼は果たさないと、とは思う。

 

「…え、アキ君どこ行くんですか?」

「……ちょっと用を足しに」

「あぁ、そうですか。でもなんで俺の腕掴んでるんですかね?」

「ちょっと…不安なんですよ。狙われてるだなんて言われたら…ついてきてください」

 

 前回のマサキは警察を頼れと言っていた。確かここは事件現場になったマンションからそう遠くは離れていないし、警察の車両が現場にあったことを考えればまだ近くに警察がいることは間違いない。

 

 このままスッと離れていけば、悪魔も近づかないはずだ。前回の包囲が俺に向けられていたものなのか、路地裏周辺が住処だったのかは不明だが、ここに至る道中全く襲ってこなかったことを考えればまだ襲われないはずだ。

 

「おおー、便所か。なら俺も行こっかなー」

「マサキさんってキイチロウさんのこと好きなんですか? あぁいや、友情的な意味で」

「ん? なんだ急に。そら俺は先輩だからな。かわいいたった一人の後輩は嫌いになんてなるわけないだろ?」

 

 やはりマサキはついてきた。彼にとってキイチロウは大切な存在らしい。やはり同僚のことが心配なのだろう。なんだかんだ破天荒ながらもマサキは今日一度もキイチロウから離れていなかったように思える。凶行に躊躇いは無いが、根は優しいらしい。

 

 よく晴れた青空が道を照らす。5月とは言え日に照らされると少し暑い。歩いているのならば尚更だ。そうして歩いている中で、アキは突然口を開いた。

 

「マサキさん」

「おん?」

「これは言うべきか迷ったんですけど…良いですか?」

「遠慮しなくていいぞー」

「そうですか…なら言いますけど、貴方は狼の悪魔には勝てません。今回は諦めてくださいお願いします」

「ん? はい?」

 

 なんでもないように言う。これは賭けだ。失敗する確率の方が高い賭け。だけどローリスクハイリターンの賭けだ。もしこの賭けに勝てば俺はこのループで大きな助けを得ることになる。だが負ければ下手すると社会的な信用を失う可能性が高い。

 

「俺は…俺は、とある悪魔と契約した違法契約者です」

 

 時間は残っていないかも知れない。どうにか早く『死に戻り』を信用させ、マサキに狼の悪魔を諦めさせなければならない。それがこのループから抜け出す鍵になるはずだ。

 

 

 マサキは目を見開き、長剣を抜く。その直後、早川アキはナニカに腹を貫かれた。

 

 

 





『無意識の甘え』
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