アキの死体は残らない   作:アーチマン

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狼の悪魔 其の三

 

 

 

「がッ……!?」

 

 刺して、刺して、その殺意が鋭いものとなってアキの身体を貫く。果たしてそれは長剣だった。しかし、それは阿直マサキのものでは無かった。

 

「チッ…! キイチロウ! やめろッ!!」

「アキ君。お前、違法契約者なのか。おい、アキ。早川アキィ!!」

「な…ぎぃ…!!」

 

 マサキの長剣がキイチロウへと迫る。その剣を持つ右手へと吸い込まれるように振るわれ、それをキイチロウは剣を抜いて難なく躱す。

 

 アキは痛みで力が入らないのか道の往来で倒れ伏す。

 まずい。膵臓辺りを刺された。まだ致命傷では無いがすぐに致命的になる。なぜキイチロウが俺を襲う?契約か?俺が違法契約者と名乗ったから殺そうとしたのか?

 

 うずくまるアキは痛みに耐えながら苦しげながらも顔を上げる。手前にはマサキとキイチロウが相対していた。マサキとキイチロウは共に顔を厳しいものへと変えていた。

 

「マサキさんどいてください。ソイツ殺せないでしょうがァ!!」

「馬鹿やめろッ! キイチロウ君には同情するが落ち着けよ。アキ君に敵意は無い。俺はかわいい後輩を犯罪者にしたくねぇんだ」

「犯罪者!? 俺がッ!? アイツを殺せば犯罪者ァ!? なんで…違法契約者は人道に反したゴミだ。資格もないのに、無知のくせに、周りの被害を考えずに自己利益ばっかのクソ野郎だ!!」

「勘弁してくれよぉ〜」

 

 マサキははぁ…と深いため息を吐く。まるでキイチロウの豹変が初めてでは無いような軽いノリだった。そしてそれは真実なのだろう。先ほどのマサキの反応速度は初めからこうなることを知っていないと出せない速度だったのだ。

 

 キイチロウは本当に切羽詰まったような恐ろしい形相を顔に貼り付けてアキを睨みつけている。その長剣には血がべっとりと付いていた。研ぎ澄まされた殺意が、アキの身体を威圧した。

 

「おいおいアキ君…なんな君。自分から違法契約者だってばらす奴には初めて会ったよ、ほんと…。それもキイチロウの隣でさあ。」

「…ふぅ…ふぅ…ふぅ…! なん…で…」

「アイツ、家族を悪魔と契約して狂った奴に殺されたんだ。だからお前みたいに違法契約してる奴を相手にするといつもああなる。…キイチロウ君、実は一人殺してるんだわ」

 

 そんなこと前回は言ってなかった。言われなかった。悪魔と相対しても全然戦えなかったところを見ていたから全く脅威とは思ってもみなかった。

 

 ふざけんなよ…。アキの心境はまさにこれだ。こんな、こんな些事で死ぬのか?悪魔じゃなくて人間に殺されるなんて、あって良いわけないだろ!!

 アキの無念が心の中で木霊する。だが悲しいかな、痛みで喉がうまく動かないためにその心の叫びは声になることはなかった。

 

「ずっと…! 頭が良いって思ってたのにッ!! 悪いじゃねーかよ糞餓鬼がァァァァァァァ!!!」

「くっ…!」

 

 キイチロウの俊敏さにはマサキが驚いた。キイチロウは重い剣を片手にまるでアスリートのように速いスピードでマサキに迫る。彼はマサキ相手でも手加減はしなかった。高速の剣戟が繰り広げられる。

 

 押されているのはマサキだ。マサキは攻撃特化の剣使いである。だがキイチロウに攻撃などできるはずもない。それもあって彼らの戦闘は均衡を保っていた。

 

「その戦闘意欲、もっと依頼に使えやァァ!!」

「ア!?」

 

 だが均衡は長くは続かない。キイチロウの剣はマサキの力いっぱいの一振りで弾かれた。弾かれた剣は上空に吹き飛び、近くにカランッと落ちる。

 

 だがキイチロウは止まらない。剣が無ければその拳を使って━━

 

「先輩ありがたきパンチ」

「ゲホァッ!!」

 

 マサキのボディーブローがみぞうちに炸裂した。そしてマサキは動けなくなったキイチロウの後頭部をぶん殴って気絶させた。一息ついて剣をしまう。

 マサキは憂鬱だった。なんたって後輩が人を刺したのだ。違法契約者だといえども、さすがに無抵抗の人間を刺したとなれば話は変わる。そしてキイチロウは二度目の犯行だ。一度目は誤魔化せたが、二度目は警察に怪しまれるだろう。

 

 そういった意味でマサキは憂鬱だった。

 

「おーい、アキ君。生きてるかー?」

「…ゲホッ…ゥ…ァ…」

「あー、まあ初めて刺されたら痛いよな。そこでジッとしてろよ。救急車呼ぶからな」

 

 終わった。()()()ダメだった。警察に合流するどころか前回よりも酷い。まだ来ていないが必ずやってくる。狼の悪魔はやってくる。獲物である俺が動けないのだ。彼らは嬉々として狩りに来るだろう。マサキでは勝てないし、俺は逃げられない。どう足掻いてもどうにもできない状況だった。

 

「そういえばアキ君は俺らに何を伝えようとしたんだっけな?」

「…いいです。もう、無意味だから」

「あー、ごめんね? キイチロウ君ってちょっと癇癪持ちだからさ。あー、俺のそばで言ってくれたら守ってやったのになあ」

「……」

 

 そういえば前回、違法契約者を疑われたとき、マサキは俺のそばにずっと居て剣に手をかけていた。俺を警戒してのものだと思っていたが…あれってそういうことかよ…。

 

 かつての優しさを思い知る。マサキは違法契約者でも殺すべきではないという信念を持っていたのだ。なんなら彼はキイチロウとアキの両方を助けようとする意思をこのループの中で貫いている。マトモなのは彼の方らしい。

 

 

 そんなことを思っていると、ザワリッと何か空気が変わる。ピリピリとした敵意が突如として向けられる。マサキとアキは共に気がついた。

 

「…はあ、今回も終わりか」

「なるほどね。これが1200万の大物。その本体といったところか」

「なッ!?」

 

 マサキの見上げる先、小さな3階建てのビルと同じくらいの大きさ、約9mくらいだろうか。それだけの巨体を持つ『狼の悪魔』がそこにはいた。

 

「…は?」

 

 双頭の灰狼。溢れ出る凶暴性と理知的なオーラが神秘的に見えた。だがアキには信じられなかった。今までのループで見たこともない形態の悪魔だ。明らかに狼の悪魔であるそれは、本体なのか。

 今回のループには小さな、であれど多くの狼は姿を現さない。本体が出る時には分体はいらないということなのか。それとも分体は索敵要員だったのだろうか。

 

 何も分からない。それでもただ一つ確かなことがあるとするならば、生存はできないだろうということだけだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 剣を構えるのは阿直マサキである。彼に逃げるという選択肢はない。彼はキイチロウを安全に家に帰す義務があるのだ。早川アキは別にそうでもないが、すでに乗り掛かった船だ。見捨てるわけにもいかない。

 

 状況は正直良くない。しかし彼には絶望が無かった。胸に宿るのは闘志のみ。彼は根が善性で面倒見が良く、少々常識は無いが十分な善人だが、人外の化け物とアニメーションの如く奇天烈な戦闘を繰り広げることに凄まじい喜びを感じる変態なのであった。

 

「格は十分。カッコいい賢狼ってところか。あぁ…漲ってきた。タイマンでの下剋上ってわけだ」

 

 人を魅せるのは難しい。世界的な絵画、才能あるミュージシャン、カリスマスーパースター。彼らはいとも容易く人を魅せるが、どれも特異的で得意な分野というものがある。

 

 阿直マサキは人を魅せるのがすこぶる好きな人種だ。かつてまぐれかなにかで大きな賞を得た時の羨望と高貴を見る目が忘れられない。才能はないが、不相応に手を伸ばそうと思った。

 そして気づけばデビルハンターだった。公安に所属し、人々の平和を守る盾にして矛。

 

 悪魔を殺して殺して殺して殺して殺して殺して、警察関係者から化け物を見る目で見られて、同僚からカリスマとして見られて、彼は心地が良かった。

 

 今でもそんな時を思い返して手を伸ばす。

 

「アアアアア!!」

 

 襲いかかる狼の悪魔の六つある足の一つを切り落とす。赤い血が噴き出て返り血となる。恐ろしく凄まじい戦いである。マサキは地上で踊り狂う狼の悪魔の猛攻を受け流し、避け、去り際に剣で斬りつける。

 

 まるで怪物殺しの英雄のように、彼の命は劇場の輝きに照らされていた。

 

 振り向き側に振るわれた尾をしゃがんで避け、狼の悪魔に直進する。短い攻防ではあったがすでに狼の悪魔もマサキも血塗れだった。マサキとて全ての攻撃を避けられるわけではない。ギリギリ致命傷を避けた時だっていくつか存在する。

 そしてマサキの最大の問題は体力である。悪魔殺しの基本は短期決戦である。それは生物の格が違うからであり、言い換えれば体力の違いである。

 

 当然、マサキの方が分が悪い。だが狼の悪魔は短期で倒せる相手ではない。だから言うなれば、これは実力不足であったといえよう。

 

「ぐッ!?」

 

 マサキが真正面から狼の悪魔の足を受ける。咄嗟に剣でガードをしたが、そのために剣はへし折れてしまった。

 

「へへ…」

 

 ここまでか…。マサキは折れた剣を見てそう思う。狼の悪魔も勝敗を悟ったのか、のそりのそりとマサキに近づいてくる。マサキは全てを受け入れた。所詮この世は弱肉強食。彼は自身が弱肉であることを知っている。かつて思い知ったのだ。

 

「グルル…」

 

 双頭の灰狼は倒れ伏すマサキを叩き潰すようにはたく。何度も何度も、まるで肉を柔らかくしてるんだと言わんばかりに。

 

 マサキの肉は裂け、骨は砕かれ、今にも意識が消えてなくなりそうだった。そんな中で、彼は酷い空虚さを、あるいは戸惑いを覚えていた。

 自分はこうして強大な敵に立ち向かって戦ったことに満足しているはずなのだ。観客は関係ない。この戦いは自己満足の、自分が観客の戦いだった。

 

 だというのに、そこには虚無があった。何かが足りない。何か、己が欲した輝きを取りこぼしているような気がするのだ。他者の羨望の視線か。戦いの高揚か。それともこの戦いの勝利だったのか。

 

 それはもう分からない。

 

「この、クソ野郎、がァ…!!」

 

 否━━━

 

 早川アキはキイチロウの懐から漁った剣を狼の悪魔の横腹に突き刺していた。狼の悪魔が吠える。たったそれだけで早川アキは吹き飛ばされた。

 

 だが、それを見て、垣間見て、阿直マサキは思い出した。最後まで諦めず、抗い、そして勝利をその手に勝ち取るその者を。弱者が強者を打ち破る、そんなご都合主義を。

 

 己が欲した輝きを。

 

「そーだったぜ。忘れるところだった。俺は━━━━━主人公になりたいんだったな」

 

 阿直マサキは死にかけの身体に鞭を打ち、立ち上がる。ちょうどその時、早川アキも立ち上がった。その眼に闘志を宿して。

 

 しかし、立ち上がったところで彼は命の瀬戸際だ。目の前の強大な悪魔を相手にはできない。すでに件の相手は傷を癒してこちらを睨んでいた。だから彼も睨み返す。

 

「早川ァ!! お前は生きろよ!! さっさと逃げな! こっから3分は稼ぐぜ俺がよォ!!」

「ッ!!」

 

 顔を歪めたアキ。だが彼は走り出す。マンションの方へと。マサキの勇姿はしかとアキに刻まれた。それがどれだけの影響を与えるかはマサキは知らないが、それがまるで主人公のようであったらなと願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 そして3分は稼がれた。早川アキは虚空に首を掻かれて死んだ。

 

 

 





『覚悟の入れ方』
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