今日は珍しいことがあった。四つ子でもないのに私とそっくりの人がうちに来たのだ。
なんだか様子が変だったけど、あの後は大丈夫だったのか。同じ顔のよしみで、何て言うのは変な理屈だけど家に上げてもよかったかもしれない。
あの人と話していると、不思議と姉妹達と話してるみたいに落ち着けて嫌な気分だってしなかったし。
だからかな。その人からは上杉さんとのこととか、ちょっと思い出したくないことまで聞かれたのに自分でも驚くほどあっさり話してしまった。
でも、話せて良かったと思う。今となっては二人暮らしになっちゃったお父さんが相手だと、上杉さんの名前はあんまり話題に出せないから。
だから本当にあの人に会えたのは運が良かった。
今日はたまたま、昔食べたらいはちゃんのカレーが急に恋しくなったから夜ご飯をカレーにしようと買い出しに出たのが、幸運を呼んでくれたのかもしれない。いくらなんでもそれはこじつけが過ぎるかな。
「あ、できた」
昼間のことを思い出している間にレンジが鳴った。
レンジからレトルトカレーのパウチにを取り出すと、先に用意しておいたカレー皿に入ってるご飯へかける。
傍に置いていたスプーンも取ってから、リビングまで運んだ。
「いただきます」
席に座り一口運ぶと、口いっぱいにフルーツのような甘い味が広がる。甘口を選んだのだから甘いのは当然なのだけれども、気まぐれで初めて選んでみた今日の銘柄はお子様カレーぐらい辛くないように仕上げられていた
個人的には美味しくて好きな味だけど、だけど何となく期待したほどじゃないかな、なんてスプーンを咥えながら思ってしまう。
思い出の中のらいはちゃんのカレーの方がずっと美味しかったから。
窓を見た。
「静かだなぁ……」
時間は夕飯時だというのに、空はまだ夕暮れだった。
橙色の太陽の光は、リビングの中まで入ってきて室内を照らしているけど、床に伸びる人影は私ひとりだけだった。
最近はずっとこうだ。昔は四人で仲良く暮らしていたこのマンションで、私は一人暮らし同然に住んでいる。
帰ってくるのはたまに仕事の隙間を縫って戻って来るお父さんだけ。
昔はこんなんじゃなかった。いつ、どんな時も傍には姉妹や上杉さんがいて、寂しさなんて感じる暇もないくらい賑やかだった。
今でも目を閉じれば、あの頃の光景が目に浮かぶ。賑やかだった皆の声が幻聴のように聞こえる気がする。
だから、現実世界の静寂故に聞こえる耳鳴りのような高い音が、不愉快で、痛かった。
でも、この状況は私のせいなのだから仕方ない。
私が姉妹の皆の期待を裏切ってしまったからいけないのだ。
これは、罰なんだ。
「皆は今、何してるのかな……」
「答えなさいよ。あんたフー君とどんな関係なのよ!」
夕暮れがかった空の下、ボロアパートの軒下で五月は二乃に胸倉を掴まれ詰め寄られていた。
五月の胸は、二乃によって壁に押さえつけられ呼吸一つすることさえ、難しかった。
「離してくださ、い……苦しい……」
訴えかけるも、手の力は緩まない。二乃はただただ瞳を潤ませこちらを睨みつけるばかりであった。
その代わり、
「お前何してる!」
二人の横から風太郎の声がした。
同時、二乃は玄関の外へと引っ張られる。二乃の手はようやく五月の服から離れ、自由になった五月は音を立てて大きく息を吸った。
二乃の方は引き寄せた相手が風太郎であることに今気が付いたらしく、驚きに目を向いた。
「フー君……!?」
「二乃、一体どういう状況だこれは」
「それはこっちの台詞よ! この女誰よ!? 何であんたの家にいるわけ!?」
二乃は五月へと指さした。
対して風太郎。
「五月は今日からここに居候することになったんだ」
「居候……!? 私はそんなの聞いてないわ!」
「お前に……お前らに言うつもりはなかった。言えば反対しただろ」
「当たり前じゃない! 許すわけがないでしょ! こんな、私達姉妹でも何でもない、何処の馬の骨ともしれない女とだなんて────」
「だがもう決まったことだ。これは俺の問題であって、お前には関係のないことだろ」
「……!」
絶句するように、言葉を詰まらせる二乃。
「上杉君、その言い方はちょっと……」
「五月、お前は知らないだろうが、俺と二乃や他の姉妹達の関係は複雑でな。お前と俺が変な関係じゃないと言ったところで、納得してもらえるとは思えねえんだ」
風太郎はそう言うものの、五月は十分風太郎と姉妹達の関係など承知している。それ故に、二乃達に言葉を尽くして説明したとしても納得してもらえないだろうという理屈もわからないでもない。
だがそれでも、話してみないことには結果など分からないのではないかと五月には思えてならなかった。
少なくとも二乃が聞きたいのは居候かどうかとか、五月が何者かとかそういった話ではなく、もっと純粋な風太郎から五月に対する気持ちの面での話だろう。
それを二乃へと伝えるべく、五月は彼の代わりに口を開く。
「あの、二乃……」
「気安く呼ばないで! あんたとは話してないわ!」
「ですがそうしなければ誤解が解けません……」
「誤解って何!? あんたはフー君と一緒に住んでる、それが事実なんでしょ!?」
「ですからそうなったのには理由があるんです……!」
「理由なんてどうでもいいわよ! 問題なのは彼があんたを家に上げていたという事実だけ! 四葉のことを好きになったこの男が、同じ顔の女と一つ屋根の下で暮らすことになって下心を持たないわけないじゃない!」
「…………!」
横で言われたい放題の風太郎が目を見開いた。驚くような表情は、図星を突かれたというより目から鱗という具合に見える。
きっと風太郎本人はそんな下心など微塵も持っていなければ、逆に二乃からそう言った見方をされるかもしれないと考えたこともなかったのだろう。
五月からしても、捲し立ててくる二乃の主張は分からないでもないが、少々誇張が過ぎるように聞こえた。
この世界の二乃と風太郎の積み上げてきたこれまでのことなんて五月は知らないが、それでも想像はできる。
きっと元の世界から近からずも遠からずであろうから、二乃だって冷静になれば風太郎が下心で動くような人間ではないことぐらい分かりそうなものなのだが、なにぶん頭に血が上っているせいで冷静になれないのだろう。
だからまずは二乃を落ち着かせるため、五月は対照的なほど落ち着いた口ぶりで話す。
「上杉君はそんな人ではありません」
「あんたがフー君を知ったような口利かないで!」
「では言葉を返しますが、あなたが知る、あなたの頭の中の上杉君はそんなことを企むような人なのですか?」
「────」
核心を突かれたように二乃は身を固くした。
五月の言うことが、一言一句返す言葉もなく胸の奥に染みたのだろう。
まるで傷口に消毒液がしみているかのごとく、苦悶の表情で二乃は自らの胸を抑えると、何かを逡巡する素振りを見せた。
その間を五月は何もせず、ただ二乃からの反応を待った。
が、次の瞬間。
「五月っ!」
風太郎の声がした。呼ばれた声に、五月は彼の方を見ようとして、視界がブレた。
直後、弾ける様な痛みが頬を刺す。
二乃にはたかれたらしい。
「だから知ったような口を利かないで……第一、なんであんたはそんなに落ち着いてるのよ……! なんであんたの方が彼のことを分かったような口利けるのよ……! 私の方が付き合いだって長いのに……!」
「二乃、お前いい加減に────」
「上杉君、抑えてください。私なら平気です」
自分勝手な言葉をうわ言のように呟く二乃へ迫ろうとする風太郎を五月が静止する。
はたかれた頬は尾を引くように痛んだが、その箇所を自分の手で押さえてから二乃へ向く。
「二乃」
「なによ!」
「確かに、”今の”私はただの部外者で、あなたの気持ちを分かってあげることなどできないのかもしれません」
「……!」
「ですが理解してあげるだけならできる気がします。確かに、ぽっと出の女なんかに偉そうな口を叩かれたくなんてありませんよね」
五月の知る二乃ならば、風太郎に対する気持ちは誰にも負けないと自負している。それは元の世界でも同じで、きっと今だって彼女は四葉よりも自分の気持ちの方が大きいと信じて疑っていないだろう。
この世界でも同じならば、確かに風太郎への理解度の差を見せつけられたことに悔しさを見出すのも頷ける。いわゆる五月から二乃に対する、解釈一致というやつだ。
五月はその二乃の気持ちを否定するつもりなどさらさらない。ただただ、本当に話をしたいだけだからこそ、これで話ができるならと自嘲気に笑みを二乃に見せる。
「あんた……」
「話をしましょう。全てを納得させられるような説明はできないでしょうが、少なくともあなたの心配事を解くぐらいのことはできると思います」
「そんなこと……」
「結論から先に、良いことを教えてあげます」
この世界における風太郎と自分の関係。それを一言で表すなら。
「私と彼は赤の他人です。そこから少しだけ、知り合い程度には進んだ仲でしかありません」
そう、元の世界でも風太郎に向けて使った言葉を口にした。
本当なら友達と言いたかった。そんな彼との、この世界での新しい関係性。
自分で言葉にしてみたら、改めて自覚するかのように寂しい気持ちが湧きあがった。
「……そうなの?」
同意を求めるように二乃は風太郎へと訊ねる。
対して風太郎もそれに頷いて肯定と、ようやく落ち着いたのか二乃は俯いた。
「…………」
しばらく二乃はそのままにした後、目元を拭った。
「……今日は帰る」
「いいのか? 訊きたいことあるんだろ?」
「あるけど……少し頭を冷やすわ。そっちの人……五月さんだっけ?」
「呼び捨てで構いませんよ、二乃」
「……何であんたは勝手に呼び捨ててんのよ……まあいいけど。五月、あんたと話してたら何だか自分だけ馬鹿みたいに怒ってるのが惨めに思えて来たわ」
「惨めだなんてそんな」
「お母さんに恥ずかしいところを見られた、気分的にはそんな感じね」
「────」
顔を上げた時、二乃の顔からは憑き物が落ちたような晴れやかさがあった。
目元だけは赤いが、それでも涙袋の下はすっかり乾いている。
「どうしてかしらね、あんたと話してると、後ろにお母さんの影がちらついて仕方ないわ。同じ顔だからかしら」
「それは……」
返事をしようとして、言葉に困った。
二乃の感覚は正しい。
今、二乃と風太郎に対して使っている敬語は元々、母親の真似事で始めたものだった。
元の世界ではそんな五月のことを、母親のことを知る人々からはよく似ているとも言われていた。
「って、あんたにこっちの母親の話をされたって知らないわよって感じよね」
「いえ、気にしないでください」
「叩いて悪かったわね。もう行くわ……フー君、また連絡する」
「ああ」
自分勝手に振る舞った自覚はあるらしく、少し遠慮がちな笑みを見せると、二乃はひらりと手を振ってアパートの外階段を下って行った。
姿が消え、足音も聞こえなくなったところで風太郎は溜めこんでいたものを吐き出すように一度深くため息を零すと、五月へと向く。
「良く抑えてくれたな。散々暴れてったが、あいつのことは悪い奴じゃないと思ってくれると助かる。ああいう性格だから、昔から人と衝突することが多くてな……」
「ええ、よく知ってます」
「知ってる?」
「あ、いえ、そうなんだろうなと思ったという意味です。とても真っすぐな性格の方のようでしたので」
「……そうか」
いまいち腑に落ちていない様子の風太郎だったが、それ以上は深く訊いてこなかった。
「それより上杉君はどうして戻ってきたのですか? 買い物を終えるには少々早いように思えますが」
「携帯を家に忘れたんだよ」
「ああ……これですか」
言いながら五月はポケットにしまっていた風太郎のスマホを取り出し、彼へと渡した。
思えばこれを彼が忘れなければ二乃と鉢合わせることもなかったわけなのだが。
スマホを受け取った風太郎は、それをズボンのポケットにしまうと、もう一度二乃が去っていった方向へ振り向いた。
「……できればあいつらとは鉢合わせさせずに済ませたかったが、やはり無理があったみたいだな。お前のことを二乃に知られちまった以上、話しておいた方がいいだろう」
「何をですか?」
「お前のことを、他の奴らにもだよ。五月、明日買い出しに出る時、少し寄り道をしていいか? お前に紹介したいやつがいるんだ」
翌日、都内のショッピング施設で買い物を済ませた五月は、その足取りのまま風太郎の後に付き従っていた。
都内の街中を歩く五月の手にはそこそこ膨れ上がったビニール袋が持たれていて、今日の戦利品が入った板。
これから本格的に風太郎の家に居候するにあたって、おおよそ大体の必要な日用品は揃えられただろう。
五月の今日の外出予定としてはこれで終わりなのだが、これから向かうところは風太郎が五月を連れて行きたいという場所であった。
「着いたぞ」
「ここって……」
風太郎に連れてこられたのは雑居ビルの前だった。
そのビルが何なのかを、五月は風太郎が説明するより早く理解する。
一階の入り口横に掛けられている看板に見覚えがあるからだ。平仮名で『なかの』と書かれた看板。
喫茶なかの。それが都内の一角に店を構えていたのであった。
「昨日会った二乃の妹がここで店をやってるんだ」
「妹……二乃はここで働いていないのですか?」
「そうだが、それがどうした?」
「……いえ」
風太郎の口ぶりにもしかしてと思い確認したが、やはりここは三玖がひとりだけで店をやっているらしい。
「入るぞ」
「あ、はい」
扉が開かれると、備え付けの鐘が店内に来客を知らせる。
店内は縦長の空間が広がっていた。
入り口から垂直にカウンターが伸びていて、手前側が十に満たないほどのカウンター席で奥が店側のスペースとなっている。席の後ろ側は人ひとりがようやく通れる程度の幅しかなく、テーブル席はない。突き当りはトイレとスタッフルームへの入り口が備えられているだけで、とにかく横幅の狭さのせいで息苦しさを感じる店内であった。
外からビルを眺めた時も、あまり大きな建物ではないなとは思っていたのだが、前の世界の『なかの』を知っているせいもあってかギャップを感じざるを得なかった。
店内の客入りは閑散としていた。だからゆっくり店全体を見渡すことができていたのだが、ふとキッチンを見た時、中で立っていた女性がこちらを向いてきてることに気が付いた。
さっき鐘が鳴ったから、入店に気が付いたのだろう。
「いらっしゃい」
「よお、三玖」
「フータロー、来てくれたんだ。うちに来てくれるなんて珍しいね」
「ちょっとお前に紹介しておきたいやつがいてな」
そう言うと風太郎は体をひねり、後ろに隠れるようになっていた五月の姿を三玖へと見せた。
五月の姿を見るなり、少し眉をひそめる三玖。
「私と同じ顔……どちら様?」
「五月っていうんだ。二乃から昨日連絡はあったか?」
「……ないけど」
「なら、一から説明する必要があるな。とりあえず席、適当に座らせてもらうぞ」
断ってから風太郎と五月は、横並びの形でカウンター席へと腰掛ける。
それぞれメニューを注文し、三玖が準備をし始めたところで風太郎はこれまでの五月との出会いから直近のことまでをひとしきり説明した。
「────ってわけでしばらく世話することになったんだ。昨日の二乃みたいに鉢合わせれる前に、お前にも伝えとこうと思ってな」
「……事情はわかった。だけど、五月さん」
「五月で構いません」
「じゃあ五月。本当にあなたはそれでいいの?」
「どういうことでしょうか……?」
「フータロー、結構貧乏だから養ってもらうにしてはきっと甲斐性足りないよ」
「なんてこと言いやがる」
風太郎が短くクレームの声を挙げた。
無論、五月だって隣の席の素寒貧の懐事情は承知している。
今日は自分の洋服やら下着やらの代金は全て風太郎に用立ててもらってわけだが、財布を出すたびに苦虫を嚙み潰すような顔を隠しきれていないこともあって心が痛かった。
本当だったら三玖の言う通り、しかるべきところにお世話になったほうが利口な選択なのだろう。
けれども、それは本当に自分が記憶喪失であればの場合だ。
パラレルワールドに放り込まれた自分にとって、どちらが最善の選択なのかはまだ分からない。
分からないのならば、少なくとも自分の身の安全は風太郎が最低限保証してくれるわけだし、この世界の姉妹達────もとい、四つ子達の過去が気になってならないのであった。
「ご心配ありがとうございます。ですが、私もやりたいことがありますので」
「やりたいことって?」
訊かれた三玖に対し、五月は用意していた答えを言う。
四葉、二乃と続き姉妹のはずの彼女達と三度目の初対面を迎えるのだから、いい加減学習もするというものだった。
「あなた方四つ子姉妹と私がそっくりということに、記憶を取り戻すヒントが何かあるのではないかと思っているのです」
「つまり五月は、私達と関わりたいからフータローと一緒にいるってこと?」
「まあ、そういうことになりますね」
五月が答えると、三玖はひとまず作業の手を止め、考える素振りをした。
数秒、沈黙の時間が流れると三玖は諦めたように目を伏せ、首を左右に振る。
「残念だけど、私はあなたに心当たりがない。私達は生まれた時から四つ子であって、五つ子じゃなかったし。お母さんも五人目の話とかはしたことなかったと思う」
「…………」
五つ子じゃない、そう言われてしまうと流石に胸が痛んだ。
「強いていうなら」
「何かあるのですか?」
「昔、一花がふざけて生き別れの妹がいる、とか言ってたことがあったぐらい」
「…………」
それは元の世界でいうところの六海の話だろう。
確認するまでもなく、それは一花が適当についた大ボラであるだろうから詳しく聞く必要もないと考えていいはずだ。
少しだけ、一花が適当をこいて考えた五女の名前が何なのかは気になるところだったが、わざわざ確認するほどでもない。
「ひとまずそれは忘れて良さそうな話ですね」
「本当に?」
「むしろ三玖は少しでも信じていると……?」
三玖は首をふるふると左右に振った。
「一花の与太話にいちいち付き合ってたら身が持たない」
「なんてことを」
風太郎と同じクレームを(一花のために)挙げる五月。
すると三玖、知っての通りの無表情だから冗談を続けるつもりか分からない顔のまま、出来上がったらしい飲み物を持ちあげると、こちらに運びながら言う。
「でも、そうすると手がかりがなくなっちゃうけど、どうするつもりなの?」
「分かりません。ゆっくり手がかりを探していくつもりです」
「俺としては、あまり長居もしてもらいたくないところだがな」
冷たくあしらうように言う風太郎であったが、何故かという問いは三玖も五月もしなかった。
その代わり、五月。
「そうですね、上杉君の薄い財布を更に薄くしてしまうことも心苦しいですし──」
「三玖の軽口に便乗するな」
「こちらでお金を稼ぐ方法を見つける必要だってありそうです……意外とやることが多いんですよね」
「無視もするな!」
五月は無視をした。
「それより三玖、私からも聞きたいことがあるのですが」
「なに?」
「せっかく上杉君もいるのですし、差し支えなければ聞きたいのです。上杉君と四葉がどうして別れることになってしまったのか」
飲み物を運び終え、キッチンに戻った三玖は少し意外そうに目を丸くした。
「なんでそんなこと知りたいの?」
「上杉君がここに私を連れてきてくれた理由と同じです。理由も知らないまま、二乃や”あなた”に敵視されたままというのも納得がいかないからです」
「…………」
五月の言葉に、三玖はぴくりと眉を動かし、目を細めた。
この店に来てから今に至るまで、三玖の五月への当たり方は普通だった。友好的とさえ言ってもいい。
けれども、長年五月だって前の世界で三玖と姉妹をやっていたからわかる。
三玖は恐らく、自分のことを嫌っているだろう。何となく雰囲気で察せた。
今、普通に会話できているのは三玖は二乃ほど直情的ではないから、いきなり喧嘩を吹っ掛ける様なことはしないし、客と店員という立場も手助けをしてくれているのだろう。
五月だってそれを残念には思うものの、これからどうにかすればよいと思っている。
ただ一つ、三玖に対して自分を騙すことは難しいぞと、牽制のつもりで三玖の隠しているつもりの敵対心を指摘したのであった。
「そ」
対して三玖は、たった一音そう発しただけで、それ以上は言ってこなかった。
代わりに風太郎を見ると、
「私は別に構わないけど、フータローはいいの?」
と、当事者へと確認をした。
「五月には二乃が手を出しちまって実害も出てるしな、実際説明するとなるとそこを話すのが一番手っ取り早いだろう。仕方ない」
「私が話すのもいい?」
「できれば、客観的な意見を聞きたいので三玖から話していただけると私としてはありがたいです」
「客観的……」
一瞬、逡巡して見せる三玖。
何か変なことを言っただろうかと思った矢先、三玖はすぐに話始めた。
「私も当事者の一人だから、五月の期待に応えられるか分からないけど……話すね」
そう前置きをしてから、三玖は思い出すように天井を見て、話し始めた。
「四葉はね、フータローと私達を天秤にかけて、私達の方を選んじゃったんだよ」