黒殲のベルゼルク-少年は見知らぬ世界でネクストを駆り無双する-   作:光波気取り

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目覚め、あるいはプロローグ

 

 鋭い光の軌跡が横一文字に奔った。右腕に装備されたレーザーブレードによる斬撃だ。真っ二つになったMTが爆散するよりも早く、クイックブーストで後退する。

 易々と音速を超えたスピードを叩き出しての後方加速。その最中、勢いを利用して跳躍。脚部のアクチュエータが芸術的な精度で連動し、機体を高く跳ね上げる。

 

 トーリを狙っていた榴弾が空しく通り過ぎた。トーリ。そうだ、それが僕の名前だ。意識が浮上してノイズが取り払われる。

 

 約十メートルの鋼鉄の躰で、砂漠を見渡している。それに違和感を覚え、瞬きすればデジタル計器に照らされた、薄暗く狭苦しいコクピットに視点が変わる。ひどく寒くて思わず身震いする。まるで冷凍されていたみたいだ。

 

 首の後ろにはコネクタがあり、ケーブルで機体と繋がっていた。

 

 ついさっきまでの戦闘は本能的なものだった。意識を完全に取り戻したトーリは著しく動揺した。

 身体に埋められた接続端子、今この瞬間も脳内に流れ込む光。こちらに向かって放たれているマシンガンの銃弾を弾き返す薄緑色の防護膜。

 

(ネクストに乗っている!?)

 

 トーリは仮想の存在でしかなかったはず人型機動兵器アーマードコアに搭乗していた。

 それも絶大な戦闘力と引き換えに有害な粒子を放出する第四世代。アーマードコア・ネクスト。

 

 無意識に求めた情報がAMSを介してトーリに伝達される。

 現在搭乗しているのは03-AALIYAH(アリーヤ)。アセンブルと同時に表示された外観モデルはマットブラックのカラーリング。右腕武装"02-DRAGONSLAYER"、左腕武装"03-MOTORCOBRA"。背部武装はなし。

 

(あれはMT…だよな? けどあんな機体は知らない)

 

 知っている機種のなかで強いて言うのならCR-MT85Mに似ている。アリーヤの洗練されたフォルムと比較すれば、可哀想なほど不格好な敵MTは辛うじて人型で、装甲とキャノンを含めた重武装の重量に抗うようにブースト噴射で機動している。

 

 滑空中のアリーヤに向かって、三機一斉に火力を浴びせてきた。

 

「ちぃっ!」

 

 急降下をかけ、着地寸前でサイドブースト。思った通りのタイミングで敵機が背負っていたミサイルが飛んでくる。時間差で殺到する誘導弾をクイックブーストによる急激な方向転換で振り切る。

 

御主人(マスター)、エネルギー残量に注意してくださいまし」

 

「わかっている。アリーヤはそういう機体だ!」

 

 03-AALIYAHは高出力ブースターに軽量なフレームを組み合わせており、機動戦に特化している。しかし、一方でエネルギー消費が激しく、下手なクイックブーストやオーバードブーストが命取りになる機体でもある――――!!後ろに誰か乗ってる!?

 

 警告してきた嫋やかな女性の声にトーリは慌てて振り返った。そして生死を賭けた戦闘中にも関わらず息を呑んだ。

 

 十八歳くらいだろうか。無機質なコクピットに不釣り合いなゴシック調のコスチュームを着た美しい少女が腰掛けていた。

 正確に述べるならコスチュームは肉感的な肢体が際立つハイレグカットのボディスーツ。遠目にはドレスに見えるように細やかな腕をロンググローブで覆い、腰には飾り程度の燕尾スカートが取り付けられている。

 

 トーリに向けられる笑みは気品ある、しかし淫靡なもの。

 真紅の瞳。闇のような黒髪。白い肌。明らかに人間ではない長い角に笹穂のように尖った耳。淫魔だ、淫魔がコクピットに同乗している!

 

「あっ貴女は一体!?」

 

 身体の奥から熱がこみ上げ、赤面するのを実感しながら、トーリは訊いた。相手は年上のお姉さんなので自然と敬語になっている。

 この時、自分の服装にも気を向けた。未成熟な身体を保護するぴったりとした黒いスーツ。

 体のラインが剥き出しで、恥ずかしく思ったが戦闘用としては申し分ないようで高速戦闘しているのに負担を殆ど感じない。

 

「やっと気づいていただけましたね。わたくしはあなた様の忠実なるシモベ、フレスベルカと申します。また当機の統合制御体も担っております」

 

 確かにフレスベルカの首に向かってケーブルが伸びていて、AMSを介して彼女の意志がトーリの意識を愛撫してきた。

 ネクストを駆るリンクスは統合制御体と呼ばれる機載AIを通じて人機一体の操縦を行う。

 しかし、この女性は一部を除いて生身の人間にしか見えず、発散している色香はアンドロイドという風でもない。

 

 会話の間にもトーリは03-MOTORCOBRA(マシンガン)で敵機を二機撃破、悪あがきにキャノンを構える最後の一機を仕留めにかかっていた。

 

「この身はナノマシンで構築されております。有機体機能の九割を再現していますが、あくまでマスターに奉仕するための人形ですので、どうぞ気の向くまま扱ってくださいませ」 

 

 トーリの疑問に答えるフレスベルカはなぜか愉し気。肉感的な太股が剥き出しのハイレグスーツで高速戦闘を繰り広げるネクストに搭乗して平気なくらい頑丈な躯体らしい。

 

「話はこいつを片付けてからにしよう! 相手は全部無人機なんでしょう!?」

 

「肯定いたします。存分に破壊してくださいませ」

 

 自分のしもべを自称する謎の淫魔フレスベルカの悪魔的な魅力に惑わされないよう、トーリはつとめて意識を集中しながら地を蹴った。

 

 光沢のない黒色の装甲に砂漠の容赦ない陽光を浴びながらアリーヤは敵機に向かって突っ込んだ。

 

 MTが向けている砲口が爆ぜた。紅蓮が視界を覆い尽くし、ネクストの全周を守る神盾の如きコジマ粒子装甲(プライマルアーマー/PA)が淡い緑に輝く。

 

 近距離で放たれた榴弾は所詮近接信管であるため、爆炎はPAに遮られアリーヤそのものに火傷程度の損害も与えなかった。爆発物に対してコジマ粒子の防護膜は極めて高い効果を発揮する。

 

 状況次第では核爆発からも生き延びられるというのは究極的な側面であるが、現代戦の主力となっているミサイルを振り切る機動性に再生可能かつ強固な装甲を併せ持つネクストは最強の機動兵器といえた。

 

 軌道を変えることなく片脚を突き出し、音速を超えたネクストの巨体そのもので敵機を猛打する。

 装甲がひしゃげる手応え。軽々と吹っ飛んだ。砂漠を転がってからMTが爆散した。ジェネレータに誘爆したのだろう。

 

「ブーストキック――――いえマスターはブーストチャージのほうがお好みでしょうか?」

 

 諸々ご存じのような口振りのフレスベルカにAMSを介した通信でトーリは肯定した。

 

 交戦していた敵機を全滅させると、トーリは垂直上昇して一帯を改めて見渡した。

 青空の下、砂漠に現代文明の痕跡である高層ビルが埋もれている。かつてここは都市だったのだ。

 人類は生き残っているのか、休息できる場所はあるのか。戦闘の興奮が鎮まると少年の胸中に次々と不安が沸き起こる。

 

「ご心配なく、地上にはまだ人々が息衝いていますわ。すぐに案内いたします」

 

 フレスベルカの優しい声がトーリを慰撫する。

 

「フレスベルカ……さん。僕はなぜこの機体に乗せられているのか、なんでゲームみたいな感覚で動かせるのか、何より貴女について知りたいのですが」

 

 まずは手近な疑問を解決したい少年であった。

 

「申し訳ありませんマスター。その質問にはわたくしから答えることはできません」

 

 ほんのり意地悪に微笑んでみせる黒い髪のサキュバス。トーリに仕える立場だと宣言したフレスベルカだが、絶対服従ではないようだ。

 

「謎は自らの手で解いてくださいませ。それはきっと楽しいことです――――こんなことを言う従者は信じられないでしょうが、わたくしはいついかなる時でもマスターと共にあります。どうか、あなたの思うがままにこの世界を生きてください。それがわたくしにとっての――――」

 

 言い終わる前に衝撃がきた。

 高エネルギー警告。敵性反応は一つ。トーリはクイックブーストで大きく右に機体をスライドさせており、それが衝撃の原因だった。

 

「無粋な」

 

 忌々しそうに射点を睨むフレスベルカ。

 

「また見たことのない機体だ。MTいや特殊兵器なのか?」

 

 新手も既視感のある見た目ではあるのだが、細部の構造は別物だった。

 

 アリーヤの下方、プラズマ噴射で飛翔し、接近してくるのは前進翼を備えた翼竜といった趣の大型機動兵器。有機的なフォルムだが生物ではなく、機械ではあるようだ。

 外見から先ほど蹴散らしたMTとの技術レベルは雲泥の差と分かる。その背部に装備されたレーザーキャノンに攻撃されたのだ。

 

「敵はPAの性質を知っているんですか?」

 

「肯定いたしますわ。大崩壊当時の暴走AIに制御された無人機であっても、出来の良い個体はレーザーによる貫通や飽和攻撃での減衰を狙ってきます」

 

 翼竜が発射してきたマイクロミサイルをマシンガンで迎撃しつつ高速降下。現在は中距離といえるほどの敵機と離れているが、マシンガンをヒットさせてもいる。しかし、弾丸は厚い装甲に跳弾していた。となればレーザーブレードと蹴りで削り切るか。いや、これでいこう。

 

「アサルトアーマーが搭載されてるから、それで一気に決める。タイミングはフレスベルカさんにお願いしていい?」

 

 言い終わってからいけない、と年上へのタメ口を反省した。戦闘の興奮のせいだ。

 

「お任せを。それとマスター、わたくしのことはフレスベルカで結構ですわ」

 

「なら僕のことはマスターじゃなくて、トーリでいいよ」

 

 少年と淫魔のお姉さんの戦闘処理は以心伝心。F1マシンに酷似したアリーヤのコア背部が解放され、高速飛行用のオーバードブースターがスタンバイ。

 展開したPAのコジマ粒子によってアフターバーナーをかける。甲高い吸気音の直後、トーリはシートに叩きつけられた。覚悟していたが、猛烈な加速だ。

 相対速度が一瞬にして大きく増大する。

 

「フレスベルカ、QBもかける!」

 

「承知いたしましたわ、トーリ様」

 

 肺から空気が絞り出されそうなGでもフレスベルカにとっては苦ではないらしい。

 艶やかな声音が後ろから降ると、トーリはクイックブーストの二段加速をかけた。

 

 出力制御に集中し、最大の加速度を叩き出す高度な操縦をはじめての実戦でやってみせるのがこの少年の才能だった。

 大型兵器のAIはネクストの急接近に困惑したようで、それを悟ったフレスベルカは攻撃的に笑ってみせる。

 

 アサルトアーマー、起動。オーバードブーストで薄れたコジマ粒子の膜だが、励起させれば十分な破壊力になる。

 空中にて球形に広がった破滅的な光がトーリ達の敵を跡形もなく粉砕した。

 

 

 メッセージ付きの救難信号を拾い、救助に向かっていた三機編成のAC小隊もまたコジマ粒子の爆発を観測していた。

 それぞれ個性的なカラーリング。

 かつて戦場を席捲し、ネクストに最強の座を奪われたノーマルと呼ばれる前世代の機種だ。

 その中でもレイヴンの名で呼ばれる専門の傭兵が主に扱う高性能仕様、ハイエンドノーマルで編成された小隊だった。

 

 小隊を構成するレイヴンは若い女性であり、背が高く、魅力的な容姿をしていた。その身に纏っているのは最新鋭の極薄パイロットスーツだ。外見はボディペイントのようで心細いが、局部の装甲部分が頑丈な上に高度な生命維持機能が盛り込まれている。

 

「戦闘中か!? 急ぐぞ! イレーネ、ニケ、オレに続け!」

 

 細身の肉体を鍛えた、攻撃的な印象の女傭兵は猛々しく吠えると、重武装を施した四脚が小隊の仲間を置き去りにして猛加速。

 オーバードブーストを点火して飛び立つ。

 

「エッダ、隊列に戻ってください」

 

 先導していた逆関節ACが呼び止めるが戻ってくる気配はなし。パイロットであるクールな金髪ロングヘアの女性、イレーネは思わずため息。

 

「ふふっ張り切っちゃったみたいね」

 

 最後の一機は軽量二脚だ。ニケと呼ばれた搭乗レイヴンは赤髪に琥珀色の蠱惑的な瞳。おっとりとしていて理知的な印象。

 ニケは操縦桿のトリガーを引いてオーバードブースターを始動している。

 

「とりあえず追いかけましょう」

 

「そうする他ありませんね」

 

 最大戦速で向かうべき状況ではある。

 残る二機もOBをかけて飛び立ち、自由都市ヘイヴン・フォウ専属のレイヴンチーム"ガーネット・ハーツ"は都市の未来を変えるかもしれない存在とのコンタクトを試みようとする。

 

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