黒殲のベルゼルク-少年は見知らぬ世界でネクストを駆り無双する- 作:光波気取り
アサルトアーマーを使用した直後でPAを喪ったネクストは、空気抵抗を重く感じ、それがリンクスの身体感覚にも反映される。アリーヤは鋭いフォルムで大気を切り裂きながら着地。直前にはブーストを吹かして勢いをしっかり殺している。
「見事な戦いぶりでしたわ」
この淫魔型アンドロイドは褒めて伸ばすタイプのようである。
「ですが一つだけお願いが。アンドロイドではなく、オートマタとお呼びください。そちらのほうが優雅なので」
AMSに混じった思考を読まれた。フレスベルカは拘りのあるお姉さんだった。
彼女のナビに従い、現在地から南に向かって進んでいる。地上でのブースト移動はエネルギーを消費しない。
正確にはジェネレータの発電量が消費量を大きく上回った状態なのだ。
エネルギーと反応させる推進剤は極めて燃費がよく、一週間ぶっ通しで燃焼させてようやく使い果たすことができる。
「わたくしの指図で動かされることに不安はありませんか?」
「分かってるくせにわざと聞くなんてイヤらしいよフレスベルカ」
「その反応、とても可愛らしいです」
むくれて答えたトーリの反応を愉しむフレスベルカであった。彼女は既に身を寄せる先を見出している。
目的地はコロニー"ヘイヴン・フォウ"――――コロニーとは企業間紛争に大国が介入しエスカレートの末投入された新型AI兵器の暴走により全世界が甚大な被害を被った"大崩壊"と呼ばれる出来事の後、機能しなくなった国家という大きな枠組みから独立する形で生じた共同体だ。
ヘイヴン・フォウは最も繁栄しているコロニーの一つで
しかし、大崩壊以前の工業プラントを復旧し、技術開発を進め、砂漠を緑地に変えて摩天楼を築き上げた。
有力な産業に支えられた中規模の都市はまさに楽園と呼べる場所であり、いち早く大崩壊から立ち直り、支配下のコロニーに独占的な市場を形成した巨大企業群に対して自由主義を謳いながら取引できるだけの力を持っていた。
以上はフレスベルカから伝えられた情報である。
サキュバスそのものなオートマタの自称従者はこの世界の事情を把握しているようなので、その点ではトーリはこの上なく安堵した。
心配なのはアリーヤに、データによれば機体名はヴェアヴォルフ――に乗り続けられるか否かだ。AMSで繋がったネクストは少年にとって肉体の延長であり、それが手の届かない場所にいってしまうのを想像すると、半身を失ったような気持ちになる。
ヘイヴン・フォウから派遣された三機のハイエンドノーマルACに護衛され、アリーヤは基地に誘導された。今はPAを形成するための安定還流は解除され、無防備な状態だ。
コジマ粒子による汚染、それがネクストの戦闘力に付き纏う深刻なリスクだ。不思議とトーリは自分の命が汚染で削られることに恐怖を感じなかったが、他人が汚染に晒されることには我慢ならない。
しかし、フレスベルカによれば軍用のコジマジェネレータにはコジマ物質の汚染特性を中和するレアメタルを用いるよう条約で定められており、ヴェアヴォルフも例外ではないとのこと。
この世界では技術の進歩によって、コジマ粒子がもたらす最悪の問題は解決していた。
しかし、今度は汚染を中和するためのレアメタルを巡る争いが起こっているとトーリは推測している。
(それに、コジマ汚染はいざとなれば敵を攻撃する武器にもなる)
とも推測しており、それは正鵠を射るものであった。
頭でわかっていても実際にコジマ粒子に身を晒すのは怖ろしい。しかし、いつまでもこの狭いコクピットにはいられない。
恐る恐るハッチを解放する。装甲が開いたコアの後部からコクピットブロックがせり出す。はじめて吸う空気には炎の匂いが微かに混じっていた。 太陽の日差しは強く、暑い。
「じっ自分で降りられる、大丈夫だから!」
「脚を踏み外しては危険です。どうか、わたくしにお任せください」
スーツとシートの接続を解除したトーリをフレスベルカが抱き上げた。大きな胸を強く押し当てて柔らかさを感じさせているのは絶対にわざとだ。
明るい太陽の下で従者を自称する彼女を見れば、ぞくりとするほど妖艶な貌をしている。人の欲望を掻き立てるためにある、魔性の美が人工的に形作られていた。
ゴシックドレス風なレオタード越しに体温が伝わってくる。人工の存在でありながら、フレスベルカはどこまでも人間を模していた。
参ります、一言断ってからフレスベルカは跳躍。オートマタの身体能力は人間の比ではなかった。
「わっ!」
恥ずかしいことに悲鳴が出た。生身の体に荷重と風圧を感じて、思わずしがみついてしまう。物々しい軍事基地に場違いなサキュバスが舞い降りた先には乗機をバックに美女が三人。フレスベルカは抱き抱えていたトーリを優しく下ろし、誘導してくれたガーネット・ハーツなるチームの面々の前に少年を立たせた。
「イレーネと申します。ようこそ、ヘイヴン・フォウへ」
金髪ロングのお姉さんは氷のような美貌とそれに相応しい声音をしていた。
「ネクストにこんなちっこいガキが乗ってるなんて思ってもみなかったぜ。しかもタフな戦闘を切り抜けるようなのがよ――っと名乗るのが遅れたな。オレのことはエッダでいい。坊主のことは気に入ったから気安く呼んでいいぜ」
黒髪に赤メッシュが狂暴な印象を引き立てるお姉さんは野性的な笑顔を見せた。
「あなたを出迎えることができて光栄よ、私はニケ。後でたくさんお話しましょうね」
最後の一人は赤い髪が情熱的で色っぽいお姉さん。顔立ちは理知的で、おっとりした雰囲気が包容力を感じさせる。
「トーリです。誘導ありがとうございました」
ドキドキして赤面するのをどうにか堪えながら、トーリは三人の美女に名乗った。
三人とも妖艶なハイレグレオタードを装束にしているフレスベルカと同じくらい目のやり場の困る格好をしていた。
背の高いお姉さんたちは魅力しかないボディに一種の強化スーツを纏っているのだが、それは裸よりも過激な外観をしていた。
色付きのサランラップのような被膜に覆われていて、プロテクターと呼べる物は四肢や首元、肩にだけ付いてる。
大きな胸はその形に沿って色付きサランラップに覆われているだけで、視線からの保護はない。流石に股間には装甲が当てられているが、むしろそれが強調していて扇情的だ。頬から顎までを覆うプロテクターがあり、勇ましいイメージを付与している。戦う女性らしく腹筋が割れていた。
トーリはうっすらと残った記憶を辿るがこんなに綺麗な人たちは見たことがない。
自らもぴちぴちしたスーツを着ている少年は恥ずかしさのあまり俯きがち。
恐る恐るイレーネ達の顔色を窺ったが、不興を買った様子はなく、エッダとニケは自分の反応を可愛らしい思ってくれているように見えた。イレーネの無表情さは少し怖かった。
「これから僕達はどうなりますか?」
トーリは興奮から気を逸らすために質問をぶつけた。
応えたのはニケだった。
「受け入れ態勢を整えています。安全のためにしばらくは行動を制限しなければなりませんが、お二人の自由や権利は必ず保障します」
「ニケはここのコロニーのお偉いさんの娘だから、信頼してくれていいぜ」
「私達は企業と違い、必ず約束を守ります」
残る二人が口添えする。イレーネの言葉には何か含みが感じられた。
「宿舎に案内するそうです。行きましょうトーリ様」
フレスベルカが差し出してきた手をトーリは抵抗なく取った。黒い髪から一対の角を生やした淫魔と手を繋いで歩く。
イレーネ達から対応を引き継いた兵士たちがトーリとフレスベルカを車に案内した。ヴェアヴォルフを残した基地の格納庫を去る時には、背後からはガーネット・ハーツに出撃を要請する声が聞こえ、三人が再びACに乗り込もうとしていた。
振り返ると少年は並んで進む綺麗なお姉さんたちの背中を見送り、心の中でお礼を言った。不意に視線がお尻に向かいそうになり、慌てて向き直り、歩き出す。