ふらふら   作:九条空

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お手柔らかに


ミホーク

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

 瞬きをすると、場所が切り替わっていた。

 慣れ親しんだ出来事なので、もう驚くこともない。

 

 揺れる地面、広がる地平線、快晴。船の上だ。

 視線を落とせば男がひとり。無断乗船だ――もちろん私の方がである。

 勝手に船に乗るのは海に投げ捨てられるくらいの罪なので、私は素直に謝った。

 

「こんにちは。勝手に乗ってごめんね」

「構わん。暇をしていたところだ」

「きみの心が広くてよかった」

 

 謝って許してもらえることは珍しいので、私は自分の運の良さを喜んだ。

 しかし、手持無沙汰になってしまった。

 勝手に船に乗ったことを怒ってはいないようだが、かといっていきなりくつろぎだすのはさすがに失礼だろう。帆柱に寄りかかりたい気持ちをなんとか押し殺して、これからどうするか考える。

 

 というかよく見たらこの船凄いぞ。船というか、最早筏だ。

 座れる椅子のような場所がひとつ、両脇にろうそくが2本、メインマストは十字架のような形で、食料などをどこに積んでいるのかわからない。

 ちょっとした波で転覆してしまいそうだが、ここは不思議な海グランドラインだし――自分が今どこにいるかわからないのでグランドラインじゃないかもしれないが――不思議な船があってもおかしなことではない。

 

 そもそもこんな一人用の船に密航はできない。

 私が突然この場に現れたのに、不思議そうにしている様子もない男の方が不思議だったが、この海は不思議なことがいっぱいだ。不思議を解明するのに飽きてしまった私のような奴もいるのだし、彼もそうなのかもしれない。

 

「おれの名はなんだ」

 

 私はぱちりと瞬きをした。

 こんな変な船にひとりきりで乗っている人だし、有名な人なのかもしれない。

 しかし私は彼を知らなかった。手配書や新聞を結構真面目に見るようにしていて尚知らない。だから答えを持たない。

 この場合、そんな質問をしてきた意図を考える必要がある。

 彼はどう見たって、自分が有名であることを逐一確かめて自尊心を満たすタイプではない。

 というわけで導き出される答えはこうだ。

 

「突然の記憶喪失かい?」

「答えられぬか」

「……答えられない。記憶喪失なのは私という話?」

 

 呆気なく外したので、へらりと笑ってごまかした。

 こういう態度には覚えがあった。彼は()()()()と知り合いなのだろう。

 

 時と場所をふらふらと、自分の意思に関わらず移動しているので、私は知り合いが多い。

 そして私だけが向こうに知られていることも多い。

 私は正しい時間軸からはずれがちなので、()()()()()()()であることがあるのだ。彼らにとってはもう起きた過去でも、私にとってはまだ起きていない未来だったりする。

 

「覚えていないのか」と問われたとき、私は物忘れが多いとか、ぼーっとしているからとか、適当な話で誤魔化すのだが、彼はとても鋭そうなので手を焼きそうだ。

 だが心配を裏切って、彼は私を不審がることなく、愉快そうに笑ってみせた。

 

「初めて会うのが、これほど何もない時と場所とはな」

「ワーオ」

 

 その一言でほとんど理解できてしまった。

 私は彼を知らないが、彼は私を知っている。私の食べた()()()()についてさえ。

 そうそう誰かに話す内容ではないので、私はこう言った。

 

「私ときみは、とても仲が良かったんだね」

「お前にとっては、過去ではなく未来の話だろう」

「……ウン。これから仲が良くなるんだ。楽しみだな」

 

 ほとんど誰にも話さないから、私の抱える悩みを理解してくれる人もほとんどいない。

 過去と未来が錯綜する感覚は説明が難しい。

 皆が知っていることを知らず、皆が知らないことを知っているというのは苦悩が多いのだ。

 私はそれを彼に理解してほしいと思った――否、これから思うのだろう。だから話すのだ。私の未来で、彼の過去で。

 

「滅多に聞けないことだから、きみの口から、きみにとっては過去、私にとっては未来の話を聞いてみたいけれど……」

「フ。続きを当ててやろう。すべてを聞いては面白くない」

「当たりだ。ともだちっていいねえ」

 

 私が次に何を言うかわかるほど、私は彼と何度も会話を重ねてきているのだ。

 空白の時を感じるたび、不安になることは多々あれど、こうして喜びを感じられるのは滅多にないことだ。

 いつかくる私の知らない彼との時間は、楽しいものに違いない。その時が来るのが楽しみだ。

 

「では一部だけ話してやろう。おれとお前は2度殺し合う」

「ワア。本当に仲が良いんだろうか?」

「もし次の島にたどり着くころまでに、お前が未だこの船に乗っていたら、3度目をやる」

「本当に仲が良いんだろうか?」

 

 やっぱり不安になってきた。

 私は殺されるほど彼から恨みを買っているのだろうか。そんな感じには見えないけれど。

 彼が背中にさしている大剣を見て、ふと思いついた。

 

「ああ。戦うのが好き?」

「おれが本気で戦いたいと思える者も減った」

「そうか。そう言われると断りにくいね。殺し合いじゃなくてもっとこう、穏便なほうがいいんだけど」

「大げさに言わねば、貴様は剣も握るまい」

 

 嘘とも思っていなかったが、殺し合いをしたというのは事実らしい。

 それもしっかり本気の殺し合いだ。

 私が本気で剣を握るのは、命がかかっているときくらいだからだ。

 戦いたいならあっちむいてホイじゃだめかい? とか言わなくてよかった。

 ここまでの寛容さから見て怒ったりしないだろうが、呆れられたら悲しい。

 彼は私をよく知っていても、私はまだ彼を良く知らないのだ。

 

「大事なことを聞き忘れていた。きみの名前は?」

「ジュラキュール・ミホーク」

 

 とても永く感じるようになった人生だが、その名は忘れまいと誓った。

 

「次に会うのが()()()きみだろうと、私はきみを友達だと思って話しかけると約束しよう、ミホーク」

 

 私にとっては運の良いことに、次の島にたどり着くよりも、私がどこかへ飛ばされるほうが早かった。

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