ふらふら   作:九条空

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ジャック/イヌアラシ

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

 踏みしめたのは、動く大地だ。

 

 地面ではない。ここは巨大な象の背中――そこにあるのはミンク族の国、モコモ公国であるはずだ。

 だが私の視界には、見知った風景はなかった。

 崩壊した建物、巻きあがる粉塵、悲しみと痛みの残滓。

 今まさに、何者かによって国が荒らされている。血と喧騒がここにある。

 

 大柄な魚人族の男が、私に問うた。

 

「侍じゃねェな」

「だから、なに」

 

 彼を、見た覚えがある。

 私はいずれ、麦わらの一味としてカイドウと対峙することになる。

 そのちょっとした予習として、百獣海賊団の高額賞金首は顔を覚えていた。

 

 旱害のジャック。いちいち細かい賞金額は覚えていない。

 わかるのは敵だということだけ。そしてそれで充分だ。

 彼は私に尋ねた。

 

「雷ぞうはどこだ」

「知ってたら、なんだ」

「知ってるなら教えろ。教えねェのは罪だ。知らねェのも罪だ」

 

 そう言われ、この国の人々は攻撃され、国土は荒らされたのだろう。

 ならば私は、きっと彼らと同じ気持ちだ。――私はそれを罪と思わない。

 

「この国の皆は、私の友だ。友の窮地に参上できて光栄に思う」

 

 私は、間に合ったのだろうか。

 この国が踏み荒らされる、もっと前に来なければならなかったのではないだろうか。

 私で、この状況を打破することができるのだろうか。

 同じ場所に長くいられないこの私では――。

 考えても意味はない。私は今やれることをやらなければならない。

 

 ――悪魔の実というのは、稀に覚醒する。

 

 覚醒した能力は周囲に影響を及ぼす。

 私はこの悪魔の実の能力で、たったひとつだけ()()()にしたものがあるのだ。

 

 その形すら()()()()している私の愛刀は、今日は白鞘の姿で現れた。

 

「勝手気ままな剣だ。斬りたいものしか斬らない」

 

 私にとってはそれでいいのだ。

 愛刀の柄を握る。

 

 私がいつも大きく狙いを外してばかりいるのは、愛刀の癖がうつってしまったからだ。

 

「刀としては致命的なことだが、こいつは肉を斬り、骨を断つのが好きじゃない。凄腕の剣士ならばそれを調伏して、己の好きなものを斬るのだろう。だが私は剣士ではない、できれば刀の意思を尊重したい。それでも」

 

 なぜ私がこんなに長く口上を述べたのか。

 それはミンク族の皆が、退避する時間をつくるためだ。

 そうでなければ、すぐにでも飛びかかっていただろう。

 私は己の怒りを抑えるのが得意ではない。

 

「皆下がった!」

 

 遠方から、イヌアラシが吠える。

 

「構わん! 好きにやってくれ!」

 

 それを聞いて――私は鯉口を切った。

 

「お前は斬るよ」

 

 巨体に似合わぬ高速で、初太刀を避けられた。

 追撃。武装色での硬化により弾かれる。

 続いての斬撃は、同じく武装色で防ごうとした彼の油断により当たる。

 

仏堕斬(ぶっだぎ)り」

 

 仏の顔も三度まで。

 三度目の正直。

 

 大きく肩から逆側の腰まで斬られたジャックは、ここにきて初めて表情を崩した。

 彼はどう見たってタフだ。ゾオン系の能力者はみんなそうだが、それも古代種となれば尚のこと。

 深呼吸をして、心を落ち着かせた。

 持久戦になりそうだ、初っ端から飛ばし過ぎては自滅する。

 

「私の扱うこの刀は、三度に一度しかひとを斬らない」

 

 二撃を確実に外す妖刀など、剣士は誰も欲しがらない。

 だが私は剣士ではない。ただの意気地なしだ。

 弱っちい本音を言ってしまえば、私は誰も斬りたくない。

 ――しかし、私はひとを殺したくない割には、殺したいという気持ちは人一倍に大きいのだ。

 

「不人気な妖刀だが、私には有難い。私の殺意は強すぎる――三分の一にして、ようやく帳じりが合うというものだ」

 

 私でも、この刀なら確実に人を斬れる。

 三度に一度しかひとを斬らない刀は、裏を返せば、三度目は確実に当たる刀なのだ。

 躊躇いがあっても、振れば良い。

 三回剣を振るう間に、私の殺意が鈍らなかったのならば、間違いなく斬るべきだ。そう信じられる。

 

「バカが――なぜそれをおれに言う? 三太刀目だけ対処すりゃいいって忠告か」

 

 能力を発動し、徐々にマンモスの姿へと変わっていくジャックを眺めながら、私は肩をすくめた。

 実はこの説明が嘘で、一撃目と二撃目もあてられるのだ、というブラフだったらよかったのだが、私はそんなに器用ではない。

 

 先ほどまでの時間稼ぎに使った、親切な説明はすべて真実だ。

 私はジャックに問うた。

 

「できるのか?」

 

 なぜ説明したのか。説明しても戦闘に問題がないからだ。

 

 構えを上段にする。

 大きく振り下ろしたそれは容易に避けられるが、続けて繰り出すのは高速の突きだ。

 彼がマンモスに姿を変え、的が大きくなるのは助かる。

 大雑把な私の考えることはこうだ――当たらないなら、当たるまで斬ればいい。

 

凪無三(なむさん)

 

 私が刀を振るった回数の()()()()だけ、ジャックの体に傷ができていく。

 マンモスは巨体だ。大したダメージにはならないだろう。

 しかし塵も積もれば山となるという。

 

 ジャックが鼻を大きく振るい、私と距離を取ろうとする。

 私はその思惑に乗ってやり、跳んで後退した。

 振るって刀身から血を落とす。

 

「次」

 

 私の殺意は未だ鈍らない。

 そのくせ、ほとんど崩壊してしまった街並みであっても、私自身が傷つけることには、未だためらいを覚えている。

 あと何度刀を振るえば、満足できるだろうか。

 あと何度刀を振るえば、葛藤を忘れ、斬ることだけを考えられるだろうか。

 

 あのとき、フレバンスのように、私は、我を失うことができるのか。

 そうなってほしいと思うし、そうなってほしくないとも思う。

 わからない、悩んだ時は、目の前にある、できることをやるしかない。

 

 全身全霊をもって、愛剣を振るった。

 




100話記念 抜刀
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