ふらふら   作:九条空

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ニューゲート

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

 振り下ろした斧を当てる相手がいなくなった。

 私は別の場所に飛んだのだ。

 

 足場はない。空中。

 体を捻って体勢を立て直すが、振り下ろしかけた刃は戻せない。

 ぐ、と歯を食いしばり、無理矢理矛先を変えた。

 

 私の一撃で海が割れる。

 

 罪のない海中生物たちを斬ってしまったのは申し訳ないが、そのまま振り下ろしていれば友の船を斬っていた。

 

「グララララ! 随分ご機嫌な登場じゃねェか」

 

 私が飛んだのは、モビーディックのすぐそばだ。

 

 これ以上怒りに身を任せては、私は人ではなくなる。

 だからこの場に飛んだのだろう。

 友の前でこんな顔をし続けるわけにはいかない。

 切り替えなければ。

 

 宙を一度蹴り、モビーの甲板に着地した。

 息を整える時間が欲しい。

 斧を握りこんだまま固まっていた手を、指を一本一本引きはがすことで、なんとか斧を手放した。

 斧は甲板に落ちる前に、どこかへ消えた。

 勝手気ままな剣だから、使われないとわかればいつもこうだ。

 

 自由になった手で、私は中指を立て、海に向かって叫んだ。

 

「世界政府のバカヤロー!!」

 

 それを聞いた白ひげは、親指で水平線をさした。

 

「マリージョアなら反対方向だ」

「世界政府のアホーッ!!」

 

 白ひげに言われた方向に向き直り、肺の空気を全部使って、大声を出した。

 私の声がこだまする。よし、ちょっとすっきりした。

 

「ニューゲート、ありがとう。親切ついでに次の島の方向も教えてくれ」

「船で3日はかかるぞ」

「じゃあ私なら3時間だな」

 

 特に根拠のない数字を呟いて、私は船べりに足をかけた。

 白ひげは私が進もうとしている方向があっているのか、今度は教えてくれなかった。

 

「珍しく急いでるじゃねえか。酒を飲む時間もねェってのか」

「酒を飲める体調だと思うか?」

 

 シャンクスといい、彼らは本当に酒が好きだな。

 私も好きだけれど、命よりではない。死にかけていたら遠慮するくらいの分別はある。

 血まみれのまま暴れ回って、もっと血まみれになった。

 目はあまり見えない。見聞色があるから状況を理解できるというだけだ。

 

「これ以上ここにいたら船を汚すよ」

「おれがそんな小せェことを気にすると思うのか」

 

 はあ、とため息をついた。彼の言うことはもっともだ。

 私は少し頭を冷やした方が良いらしい。

 

 焦りだけがあった。

 どこか、ここではないどこかへ行って、私は何かをしなければならないのではないか。

 漠然とした使命感、目的のない焦りだ。

 

 甲板に座って、ニューゲートを見上げた。霞む目でも、巨人族は見てわかる。

 座った瞬間、もう二度と立ち上がれないかもしれない、と思うほどのダメージが体にあったことを、ようやく自覚する。

 そりゃあ、何もない海へ単身飛び立とうとする私を、ニューゲートも止めるだろう。

 そんなのは、自殺と同じだ。

 

「どこへ行っても変わらねェか」

「世界政府? そうだね。非加盟国の国民が奴隷にされるのを、何度見てきただろう」

 

 革命軍のコアラと出会ったのが、その非加盟国だった。

 大手を振るって歩いていたゴロツキは皆奴隷商人、人攫い、最悪の場合は海兵であった。

 私はあそこで理性を失うほど暴れ、サボに会うことをすっかり忘れた。

 

「世の不幸を見るたびに、自分が幸せであることがつらく思える。苦しむ彼らをさしおいて、私は笑っていていいのだろうか」

 

 そんな権利が私にあるのかと、疑問に思う。

 私のいるこの場所は、誰かの居場所だったのではないか。

 幸せになるべき人間は、私の他にいるのではないか。

 

「世界で誰も泣かない日が来たら、私も隠居できるのにな」

「グララララ! デカすぎる夢だ。悪くねェ」

 

 ニューゲートの笑い声につられ、私も口角を上げた。

 

「お前さんから戦いを奪ってやりてェが、それをやるにゃ、お前は戦うのも逃げるのも上手すぎる」

「ふふ……」

 

 随分な褒め言葉だ。

 

「四肢でも千切ってくれれば、私も止まれるんだけどな?」

「バカ言え」

 

 わかっている。

 それをやるには、ニューゲートは優しすぎる。

 この手と足があるから、足掻き続けなければならないのだと――そう思って自分の手足が億劫になる、私の心が弱いのだ。

 

「ままならないな。世の中も、自分の心も」

 

 私の能力が、もっと心の強い人のところにあれば、もっとたくさんの人が笑えただろうか。

 かえって、いくつもの世界が滅びてしまっていただろうか。

 わからない。私はやっぱり、目の前にあることをやるしかないのだ。

 

 もう二度と立ち上がれそうにないと思ったとしても、やってみれば意外に立ち上がれるものだ。

 私は座り込んでいた甲板から立ち上がり、ニューゲートに礼を言った。

 

「――私は行くよ、ニューゲート。休ませてくれてありがとう」

「死にたがりは治ったか」

「ああ。次はもっとまともな顔を見せに来るさ」

 

 立ち上がってすぐに、浮足立つ感じがした。

 もうここにはいられないのだろう。名残惜しくはある。

 

「あるいはきみが呼んでくれ。楽しいと思ったとき、私のことを思ってくれ。そうしたら私は、きっときみのところへ会いに行ける」

 

 どうせ友に会うのなら、お互い血にまみれていない時が良い。

 私はそう願って、今までも大して見えてはいなかった目を瞑った。

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